セクサロイドは眠らない

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2002年02月11日(月) 彼は、私に抱きついて、意地悪な猫のように私の耳たぶを噛んでくる。私は、そんな風に愛されたのは初めてだったから。

生まれて此の方、友達などいたためしがなかった。

私が身にまとった気味の悪い雰囲気は、幼い頃から両親や姉妹を遠ざけていたから。

もう、慣れっこになっていた。

私は、醜い。黒くゴワゴワとした髪の毛は目のほうにまで垂れ下がり、普通の女の子のように微笑もうとすると頬がこわばってしまう。

--

私は、他人が見えないものを見ることができた。暗闇に潜む者達の姿を見、声を聞くことができた。随分と幼い頃は、そんなことを無邪気に両親にしゃべっていたのだと思う。両親は、それを「感受性が豊か」という言葉で片付けて嫌った。

「まったく、感じ易い子ってのは嫌だねえ。ただの暗闇さえ、化け物の棲家にしちまうんだから。」
そう、母が、誰かに電話で言っていたのを聞いたことがある。その声は、確かに怖がっていた。

私が見えるものを、見えると言わないほうがいい、というのは、その時学んだこと。

そうして、私には、もう一つ能力がある。

私自身が、無意識にその忌まわしさを感じ、封じ込めようとしている能力。

それは、人の心を操る。

ただ、少し「押す」ことができるだけだが。目をつぶり、相手の胸にそっと手を差しこむところをイメージする。それから、少し、「押す」。私が望むほうへ。

ほんの少しだけだよ。

以前は、時折、そうやって誰かの心を「押し」ていた。些細なことだ。私を突き飛ばして知らん顔した子の足を、ブランコから踏み外させたり。

だけど、怖いことだ。

私は、すぐに悟った。そうして、何より怖かったのは、その能力で愛を得ようとするかもしれないことだった。怖かった。そんなことをしたら、何よりも、誰よりもみじめになる。そう思って、私は、悲しい能力を自ら葬り去ろうとした。

彼に会うまでは。

--

私が、そこいらにいる、他人には見えない生息物の声を書き留めた、そのノートを紛失したことに気付いたのは、放課後になってからだった。

どうしよう。

私は、焦った。

クラスメートに見つかれば、ただの、寂しい人間が書いた空想として、笑い飛ばされるだけのことだと分かっていても。それは、いわば、私の友達だった。時折、私に話しかけてくるクリーチャー達のささやき。それらの言葉達は、寂しい私の宝物だった。

私は、机の中やら、音楽室、更衣室などを探し回った。

「ねえ。探してるの、これ?」
背後から声が掛かる。

私は、驚いて振り向いた。

そこに、クラスの女の子達にもてはやされている美貌の少年の姿があった。手に、赤いノートを持って。実のところ、私は彼が好きではなかった。彼を取り巻くどす黒い空気のようなものが私を疲れさせるから。

「ええ。ありがとう。」
「少し読ませてもらったんだけど。良かった?」
「読んだのなら、しょうがないわね。」
「驚いたよ。」
「え?」
「これ、全部本当のことだろう?」
「何言ってるの?」
「分かるよ。きみには、アレが見えるんだ。」

彼は、私の顔をじっと見た。私は、顔が赤らんだ。誰かに見られるのにも慣れていなかったし、私の奇妙な癖をからかわれると思ったから。

「素晴らしいよね。」
「お願い。誰にも言わないで。」
「もちろんさ。誰にも言わない。」

彼は、私を安心させるように微笑んだ。彼の周辺の空気は、相変わらず邪悪なものだったが、少なくとも、彼は今、私に対して真面目に話し掛けているのが分かった。

--

その日から、彼は、私と行動を共にすることが増えた。

クラスメートが噂している。

私は、居心地が悪かったが、同時に誇らしくもあった。彼のアドバイスに従って、髪の毛をすっきりとカットし、眉を整え、薄く化粧もするようになった。

私は、もう知っているのだ。彼の正体を。

「手に入れたいんでしょう?」
私は、訊ねたことがある。

「ああ。」
「私の能力、ね。」
「そうだよ。だけど、何よりも強い、きみの力が好きなんだよ。」
彼は、私に抱きついて、意地悪な猫のように私の耳たぶを噛んでくる。

私は、そんな風に愛されたのは初めてだったから。

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問題は、早くに起こった。

私が授業をさぼるようになったため、私の両親が彼との付き合いを禁じ、それは教師を巻き込んでの騒動に発展した。

私は、自宅に閉じ込められ、その間、気が狂ったように彼を想った。

「どうすれば?」

私が指を差し出すと、クリーチャー達がその指にぶらさがってくる。脳みそのない、可哀想な子達。私は、それを指でひねり潰し、そのどす黒い血を唇に持って行く。

私は、決意したのだ。

--

夜中、彼を呼び出し、彼は、私の外から、窓を伝って私の部屋に忍び込む。

「会いたかったよ。」
その、瞳はキラキラと、狂気に輝いて。

「私を、あなたに捧げるわ。」

彼は、黙ってうなずく。

私は、目を閉じて、私自身の姿を思い描く。

彼への愛の力を借りて。

そのほとばしる力は、あまりにも強大で。

そう。私は、誰からも愛されなかった。愛されたかった。

だから、私は、私の愛に、この身を捧げよう。

聖なる剣を手にするのは、決して純真無垢な勇者ばかりではない。暗闇に棲む魔物でもいいのだ。剣は、剣が選んだ者の手に納まる。

--

私は、小さな鍵になった。

人の心のドアを開く。美しくて、悲しい。時折、チリンと音を立てる。私の持ち主は、人の涙を、怒りを、憎しみを、手にするのが大好きだから。

私は、そのたびに、悲しい音をチリンと立てる。

私の持ち主は、とうとう気付かなかった。その美貌があれば、鍵など使わなくても人の心など容易く操れることに。

チリン、チリン。

血に染まった手が、私を誰かの胸にそっと差し込むたびに。


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