セクサロイドは眠らない

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2002年02月04日(月) 私達が服を脱いで派手な音を立て始めると、クリームは、やれやれ、という顔で部屋を出て行く。

「おかえり。そろそろ、行くよ。」
私は、友達に別れの挨拶を終えて戻って来た、真っ白なフワフワ猫のクリームを追い立てて、荷物を片手にその街を後にする。

「ごめんね。今度はもう少しゆっくりできると思ったんだけどねえ。」
凍ったアスファルトの上を後ろからついて来るヒタヒタという足音に向かって、謝る。

クリームは、どうせそんなこと慣れてるよ、というように、知らん顔な表情なんだろう。

もう、それは私の癖なのだ。一つの恋愛が終わったから、次の街に行くのか。次の街に行きたくなるから、恋愛を終わらせてしまうのか。街から街へと移動するのが私の趣味だった。

生まれ育った街を離れて、もう何年が経っただろうか。

私は、移動し続けるのが好きだった。そうしていれば、退屈せずに済むし、つまらない慣習や人間関係に縛られずに、自分が変わっていくのを感じることができたから。

--

その街は、狭くて、雑多で、素敵な街だった。

私は、DJをやっているという男の子と知り合い、彼の部屋に転がり込む。

彼は、生まれてから一度も、その街を出たことがないという。

「いろんな街に行ったことがあるなんて、うらやましいな。どうだった?」
「そうねえ。面白かったわ。」
「僕、ここしか知らないんだよね。」
「いつか、よそへ行ってみたらいいわ。」
「うん。そうしよう。」
なんてことを言い合いながら。

私達が服を脱いで派手な音を立て始めると、クリームは、やれやれ、という顔で部屋を出て行く。

--

彼は、映画を撮りたいと言う。

「なんで?」
「頭の中に浮かんでくるものを、みんなに見せてやりたいんだ。」
「それって、素敵なことなの?」
「うん。すごく。でもね。僕の頭には、一瞬にしていろんなことを浮かんでくる。だけど、説明するのが追いつかない。言葉だけじゃ足らないんだ。だから、映画にして見せることができたら、どんなに幸せかな、って思う。」
彼は、楽しそうだ。

彼の瞳には、きっと、いろんな美しい男女やら私が見たこともない光景なんかがが映っている。

突然、私は、それに嫉妬してしまう。

彼は、今、まだ、何者にもなれていないかもしれないけれど、それでも、彼が今見て、憧れている美しい世界が、私以外のものであることに嫉妬してしまう。

「あれ?どうして泣いてんの?」
彼は不思議そうに訊ねる。

「うん。どうしてかな。なんだか、嫉妬。あなたの見てるものに。」
「変なの。きみみたいに、いろんなものを見て来た人が、僕の見てるものに嫉妬するなんて、さ。」

そうかな。

ねえ。私は、あなたの体に恋をしてるのかな。心に恋をしてるのかな。

そんなことを考えるのが、恋ならば、なんて楽しく、切ない。

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彼は、最近、白ギツネのハーフコートに、網タイツ、ピカピカのブーツを履いた女の子と、よく一緒にいる。

「そろそろ、この街も終わりかな。」
私は、クリームに向かって、つぶやく。

--

今朝も、彼が軽い足取りで出て行った後、私は、クリームに言う。

「お友達にお別れを言っておいでよ。駅で待っとくから、さ。」

クリームは、黙って出て行く。

私は、駅で待つ。

手の平に息を吹きかけながら。

いつものように戻ってくる筈のクリームは、夜になっても姿を見せない。

「どうしたのかな。」

私は、明け方、駅のホームで、凍えそうな体でほとんどウトウトしているところを、彼に見つけられる。
「凍え死んじゃうよ。」

それから、彼の部屋に連れて行かれて、熱いお風呂に入れられて、指を一本一本、マッサージしてもらう。

「どこ、行こうとしてたの?」
「次の街。」
「僕にお別れも言わずに?」
「あなたは、どこに行ってたの?」
「映画に出てくれそうな女の子達としゃべってた。」
「それで?」
「頭の中だけで、映画は進んで行くんだ。」
「そう。」

私は、それから、すっかり温まって、彼の腕で眠る。

--

私は、もう、その街を出て行くのをやめた。

なぜなら、クリームは戻って来ないから。

私が出て行ったなら、クリームは私を見つけられないから、私はまだその街に残っている。

彼は、「本当に映画を撮りたいから。」と、街を出て行った。

私は、彼を待つとも、待たないとも、決めないままに、その街で。

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ある日、私は、ひょっこり、クリームそっくりな真っ白の猫とすれ違う。後ろには、白に黒いブチの入った子猫が続いていた。

「あら?」
私は、微笑む。

そういうわけなのね?

私は、嬉しくなる。

街を取り替えなくても、景色は変わって行き、私の幸福も変わって行くのだ。


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