セクサロイドは眠らない

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2001年11月07日(水) だけど、そのまちは、とおすぎて、どうやったって、もどれない

男なら誰でも思うだろう。夢のような、理想の女をこの手で作ってみたいと。細い腰を。弾力のある唇を。従順な眼差しを。時折裏切る無邪気な笑い声を。

私は、仕事のかたわら、夢の女を作るために虚しい努力を続ける。私のそばで、私を称賛の目でうっとりと見つめるやさしい女が欲しかったのだ。私は、魂のこもった人形を作りたかった。嘘でもいいから笑いかけてくれる女が欲しかった。私を否定してズタズタに引き裂いて、終わらない苦しみを与える生身の女などよりずっと。

私の頭はおかしいか?人は、私の行いを愚かだと笑うか?

だが、私は、夢の女を手に入れるだけの頭脳と財力がある。

そうして、出来た。一年がかりで作ったその女に命を吹き込む。さあ、私の名前を呼んでごらん。

「ねえ。あなた、私の愛しい人?」
「ああ。そうだよ。お前は、今日から私のためだけに生きておくれ。」

彼女は、私の肩にしなだれかかって、歌を歌う。低い声で。やさしい声で。私が幼い頃母から歌ってもらっていた子守唄を。


   きのう、みたゆめは、とおい、まちのゆめ

   はなうりむすめは、そのまちを、しって、いる

   だけど、そのまちは、とおすぎて、どうやったって、もどれない


私は、自分の研究成果を彼女に説明する。ある時は、人間が苦痛に思うことを人間に代わって行ってくれるロボットの話。ある時は、人間の心を豊かにする娯楽を提供するロボットの話。

「あなたって天才ね。」
彼女は、うっとりとつぶやく。

「天才なんかじゃないさ。失望するのを怖れない勇気を持っているだけだよ。」
「失望?」
「ああ。失望の連続さ。この仕事はね。結局、いつも彼らは私を裏切るのだ。」
「私は裏切らないわ。」
「ああ。分かっているよ。お前は、私の全てを注いで作った芸術品だ。」

そう言って、彼女の冷たい唇に口づける。

だが、なぜか私はその瞬間、無償に腹が立って、彼女を突き飛ばす。

「きゃっ。」

人間の女性そっくりのおびえた声を上げて、彼女は倒れる。

「お前は嘘吐きだな。」
私は、彼女の美しい顔に。その目に。腹が立ってならない。なぜ、お前は私をあざ笑い、嘘をつき、私を馬鹿にするのだ?

「ねえ。あなた。愛してます。ねえ。抱いて。」
嘘をつくな。嘘をつくな。嘘をつくな。

私は、人形を叩き壊す。

粉々に。かけらも残らぬほど。我が手が痛みでしびれるほど長い時間かけて、彼女の体を叩きのめす。

どうして、嘘をつくのだ。なぜ、私が天才などと?自分一人すら幸せにできぬのに、「多くの人々に貢献した」だのとは、ちゃんちゃらおかしい。私は、他人を幸福にしようなどとは、一度たりとも考えた事はなかった。ただ、自分を幸福にするためだけに今日まで。

--

「なあに?今の音。」

入り口で、妻が私を軽蔑の眼差しで見つめる。

「あら。またやっちゃったの。もう何回目かしら?懲りない男ねぇ。」
彼女は、目を細め、口から煙草の煙を吐き出して、うずくまる私を冷たい目で見下ろす。

たった今叩き壊した人形とそっくりな、その美貌。

だが、何も見ない人形の目とは似ても似つかぬ、ありとあらゆるものを見て来た残酷で空虚な目。

私は、金で彼女を買った。

彼女は、一度も私に興味を持ったことなどない。私が買った時にはとっくに壊れて。歌さえ歌わぬ。


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