心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2007年03月14日(水) 問題飲酒者に共通の性格

いわゆる典型的アルコホーリクの特徴は、自己愛的自己中心的な核であり、万能感に支配されていて、どんな代償を払ってもその内的完全さを保とうと熱中していることである。
(略)
ジルマンは次のように報告している。彼は、問題飲酒者に共通の性格構造のアウトラインを識別できると言い、この一群の性格を名づければ「挑戦的反抗的個性(defiant individuality)」と「誇大性(grandiosity)」というのが最も合っていると言う。私見では、これは正確な表現である。内面ではアルコホーリクは、人からであれ神からであれ、どんなコントロールも我慢できない。彼はみずからの運命の主人であり、そうでなければならない。彼はこの位置を守るために最後まで戦うのである。

このような性格特徴が多かれ少なかれ持続的に存在することを認めれば、その人にとって神と宗教を受け入れることがいかに困難なことかは容易に理解できる。宗教は神の存在を認めることを個人に要求するが、そのことはアルコホーリクの本性そのものに対する挑戦となるのである。

しかし他方では、ここがこの論文の基本点なのであるが、もしアルコホーリクが自分より大きな力(Power)の存在を真に受け入れることができれば、彼はまさにそのステップによって、自分の最も深い内的構造を少なくとも一時的に、おそらくは永続的に修正することになる。これを恨んだりもがいたりすることなしに行うならば、その時には彼は典型的アルコホーリクではなくなっているのである。

そして不思議なことに、アルコホーリクがこの受け入れの内的感情を持ち続けることができると、以後の人生を飲まずに過ごすことができるようになる。

友人や家族から見れば、彼は宗教に入信したことになる! 精神科医から見れば、彼は自己催眠なりなんなりにかかっていることになろう。アルコホーリクの内部で何が起ったにせよ、彼は今や飲まずにいることができる。

「アルコホーリクス・アノニマスの治療メカニズム」ハリー・M・ティーボー博士
(AA成年に達する〜より)

自分の人生の主役は自分自身ですが、脚本は誰かが書いているんでしょう。いいじゃないですか、主役なんですから。脚本まで書きたがることはないですよ。主役なりにがんばれれば十分では?


2007年03月13日(火) 12個のステップを一言で表す

ということを考える人は、結構いるのでしょうか。

これは英語のメダルに書かれていたものです。

1. Powerless - 無力
2. Believing - 信じること
3. Surrender - 降伏
4. Inventory - 棚卸し表
5. Admitting - 進んで認める
6. Readiness - 準備が整う
7. Humility - 謙虚
8. Willing - やる気
9. Amends - 埋め合わせ
10. Continuing - 継続
11. Meditating - 黙想
12. Awakening - 目覚め

ステップの文章そのままって感じですか。でも、ステップ3は「降伏」。
もうひとつ別のメダル。

1. Acceptance - 受け入れる
2. Faith - 信仰
3. Surrender & Trust - 降伏と信頼
4. Honesty - 正直
5. Courage - 勇気
6. Willingness - やる気
7. Humility - 謙虚
8. Forgiveness - 許すこと
9. Freedom - 自由
10. Perseverance - 根気強く
11. Patience - 忍耐
12. Charity & Love - 思いやりと愛

こちらもステップ3は「降伏」です。日本語は適当に辞書を引いただけですので、あまりアテにしないように。

話は変わりますが、僕がAAに最初にやってきてから、酒が止まるまでに1年と2ヶ月かかりました。その間に、僕が「お前はもう来るな」と言われて追い出されていたら、僕は今AAにはいなかったでしょう。飲まなくても迷惑な存在だったでしょうに。
ただ、「酔っぱらってくるのはもうやめてくれ」とは言われましたけど。
新しい人に不寛容な自分を発見すると、昔を思い出して恥ずかしさが募ります。

「AAの12の伝統」が教えてくれることは、私たちAAメンバーは、その規範を守れていないということです。

下りのエスカレーターを逆に上っている例えは、なにも個人の回復(ステップ)ばかりじゃなく、グループ(伝統)にも言えることですから。立ち止まると下ってしまいます。


2007年03月12日(月) ホリゾン

妻は大学病院に通って、たくさん薬をもらってきます。白いプラスチックバッグ(スーパーでくれる袋と同じヤツ)を2〜3袋かかえて帰ってきます。病院の中で婦人科やら精神科やらはしごしていると、薬が増えてしまうようです。

というわけで、我が家には精神安定剤も眠剤も、売るほどあります(売らないよ)。僕はオーバードーズしたくなれば、いつでも出来る環境の中で暮らしているのです。

最近うつが酷くて眠りが浅く、仕事の効率が落ちています。がんばればがんばるほど効率が悪くなり、うつも悪くなっていく悪循環です。頭痛もするし、目も痛みます。肩や腰も痛み、手足は血行が悪くなって冷たいままです。
僕も眠剤を処方されているので、もっとぐっすり眠れる薬に変えてもらってもいいのですが、そうすると朝起きられなくなったりします。
季節が変わるのを待つように、うつが軽くなるのを待つしかありません。

ふと見ると、妻の薬がテーブルの上に出しっぱなしでした。ホリゾンと書いてあります。ホリゾンを調べてみると、成分名はジアゼパム。抗不安剤、精神安定剤です。
ジアゼパムというと、むかしセルシン錠にお世話になったことがあります。5mg錠を朝昼晩寝る前と一日に合計20mg処方されていた時期もありました。数時間おきに、セルシン飲みながら暮らしていたわけです。そのとき、眠くなったり、気持ち悪くなった記憶もありません。逆に「大して効かない」という感じも受けました。

たいした効果はなさそうだけど、5mgを一錠もらって飲んでみるかと、手を出しました。

服用数分後、背中がぞわぞわし、気がつくとパソコンの前の椅子に座ったまま寝ていました。布団を引いて、5時間ほど寝たのですが、体がだるくて仕方ありませんでした。不安が少し取れて気持ちよくなるかと期待したのですが、結果は気持ちの悪い眠りを数時間もらっただけで、翌日はさらに調子が悪くなりました。

思い出してみれば、セルシンを飲んでいたころは、酒を飲んでいたころと重なります。酒といい、薬といい、体がダウナー漬けだったわけで、マイナートランキライザーの効果が感じられなかったのもうなずけます。
そういえば、以前母が内科医から安定剤を処方された時に、だるくて気持ち悪く寝ていただけだったと言っていました。それが普通の感覚なのかもしれません。自分では、うつの苦しさは減っていないように感じていても、医者が「安定剤も、よく眠れる薬も不要」と判断するだけの改善は、知らずのうちに積み重なったのでしょうか。

さて、ちょっと出来心で薬に手を出してみたけれど、気持ち良くならなかったから、僕はハマらない、大丈夫! という自信は持たないように気をつける必要があります。

思い出してみていただきたいのです。

初めて吸ったタバコは、ただ煙いだけじゃなかったですか? でも、今はわざわざ喫煙室にでかけて吸うほどハマっていませんか?
初めて飲んだコーヒーは苦いだけ、日本茶や紅茶も渋いだけ、でも今は「お茶やコーヒーの代わりに」白湯が出てきたら、物足りなく思いませんか?
初めて飲んだビールは苦いだけだったのでは? 日本酒は臭く、ウィスキーは咳き込むほど刺激が強すぎだったのでは? そして、気持ち悪く、頭痛くなりませんでした? ところが、何年か後には、おもいっきりハマっていませんでしたか?
覚醒剤だったら、最初から気持ちよくなるだろうって? あれは、ヤったあとセックスするのが気持ちいいのだそうです。

みんな、気持ちよくないものを、苦労してトレーニングして、依存していくのです。セックスやギャンブルもそうかもしれません。人間の行動は不思議です。だから、薬も気をつけることにします。

壊れているなら修理(薬)も要るかも知れませんが、「壊れていないものは修理しない」のが原則。


2007年03月10日(土) 10 years ago (14) 〜 手遅れだと言われても、口笛...

10 years ago (14) 〜 手遅れだと言われても、口笛で答えていたあの頃

明け方まで仕事をしていたので、土曜午後の断酒会の研修会に行くかどうか迷ったのですが、体力的に無理しても行くことにしました。水澤都加佐先生の講演「親子を考える」です。
さすがにプロの話は分かりやすいですね。

お恥ずかしい話ですが、僕はいままでずっと「水澤先生は女だ」と思ってました。だってほら、つかさって女性の名前でもあるでしょ。だって、写真を見たことも、声を聞いたこともなかったんですもん(言い訳)。

男女共用名とでも言うんでしょうか、例えば「かずみ」とか「まこと」とか。中学の同級生には和美(♂)がいました。「まこと」は女性の場合には字がたいてい真琴ですね。でも大学時代下宿の隣人は真琴(♂)でした。話が逸れました。

で、行って良かったか? 良かったですよ。
NO INPUT, NO OUTPUT です。入力がなければ出力がない、とでも訳しましょうか。NINO(ニーノ)は創造性について「刺激を受けないと、アイデアも出ない」という意味で使うんでしょう。でも、いろいろなものがNINOです。
お金を稼がないと、使うお金がない。ご飯食べないと、出るもの出ない。コンピューターも入力がなければ、ただの箱。そして、自助グループだって、人の話を聞かなければ、自分の話はできません。愛された経験があって、愛する能力が育つってこともあります。

すくなくとも、僕はAAだけでは用が足りません。実際には、なかなかAA以外のところには行けませんが、不足があることだけは忘れないでいたいものです。いくら肉が好きでも、野菜も食べないといけません。
適切な導き(インプット)がなければ、行動(アウトプット)も変わってくれません。そう思います。

もっとも、講演が終わったら、酒害体験発表が始まる前に帰ってしまったので、言動不一致と言われても仕方ありません。夕方からはAAミーティングでした。

「10 years ago 〜 手遅れだと言われても、口笛で答えていたあの頃」
というシリーズものを書いていたのですが、13話で止まってしまい、1年以上ほったらかしでした。続きを書く前に、これまでのインデックスを掲げておきます。

(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
(9) (10) (11) (12) (13)

さて、10年前(正確には11年前)、僕ら夫婦は新婚旅行中でありました。

南の島の滞在を終えて、僕らはシドニーに移動しました。3週間酒を断って、そこそこ体調も良くなっていたはずなのに、結婚式から始まった数日の飲酒で、またあの「体のだるさ」と「何をやるのもしんどい無気力」が戻ってきてしまいました。

そんな状態にもかかわらず、妻は僕の「日本に帰ればきっぱり酒をやめる」という約束が守られると信じていたのでしょう。いや、何もかも台無しにしたくなければ、そう信じるほかなかったのかもしれません。

タバコにはすごい税金がかかっていて、日本円にすると一箱500円以上でした。おまけに妻の立ち寄る店はどこも灰皿が置いてなくて、炎天下の歩道で人目を気にしながら吸う羽目になりました。汗がだらだら出るのですが、それが例の気持ち悪い汗なのか、単に暑いだけか、もう区別がつきませんでした。

日本に帰りたくないと、強く思いました。

理由は二つあって、ひとつは帰りの飛行機の旅です。またあの狭いエコミークラスの座席に押し込まれ、今度は心身の不調にも耐えなければなりません。来る時にすら、機内サービスのビールとワインでは足りなくて、乗務員に追加を頼んでいるくらいです。すでに禁断症状の始まった帰りの旅では、きっとあてがわれる酒では足りなくなるでしょう。はたして十何時間も耐えられるものかどうか。

もうひとつは、なんとか日本に帰れても、その先ずっと酒をやめていけるかどうか。

ああ、ほんとに日本に帰りたくない。後先考えず、妻を残して、このままシドニーの街の中に一人で消えてしまおうかと何度も思いました。

ふと、シドニーがこれだけ大きな都市なら、きっとAAの会場もたくさんあるに違いないと思いました。思えばAAで酒をやめた時期もあったのに、どうして自分はまたこうなってしまったのか。こんな状態では仕事ができそうにないし、酒をやめるにはまた精神病院に入院するしかなさそうでした。
さすがに新婚早々、精神病院に入院するわけにもいかないでしょう。連続飲酒やら、父の死やら、結婚の準備やらで、仕事もずいぶんと遅れていますから、そちらも休めません。でも、仕事の効率は、これからも果てしなく落ちる一方でしょう。

入院するなら、その前にまず日本に帰り、挨拶回りを済ませ、仕事を片づけて、あきれる周囲を説得して・・・少なくとも3〜4ヶ月は必要と思えました。そのひとつひとつのハードルが、とても高すぎて越えられそうにありません。

八方ふさがりで、どうすればいいのか?

最後の晩、ホテル最上階のバーに行き、さらに部屋のミニバーのボトルを全部空けました。妻との約束では、これが最後の酒になるはずでした。もちろん、そうならないことは、僕が一番よく知っていたのですが。

(そのうち続きます)


2007年03月08日(木) 減らない悩み

悩みが減ることが、回復のモノサシではありません。

完全な回復を遂げれば、それこそ修行を積んだ高僧のように解脱して、この世の煩悩から解放され、笑いながら生きていけると信じたくなるのが人情です。でもいかな高僧、聖人といえど、現世的な悩みから解放されることはないはずです。

12のステップを積んでいけば、やがて生きる苦しみから完全に解放される、と期待するのはゴーマンな態度なんだそうです。自分にそれを期待するのも傲慢なら、人に期待するのも傲慢です。
何年ソブラエティを続けても、生きることは相変わらず苦しいままってことは、よくあることです。そこで「何年経っても、自分はちっとも回復しない」と嘆いてみたりします。あるいは、自分より経験の長い仲間が、悩みながら生きているのを見ると「ああ、ソブラエティばかり長くても、この人は回復していない」と見下してみたり、挙げ句には「AAには回復した人なんて、一人もいないじゃないか」と結論づけて、奇妙な自己満足を得てみたりします。

アルコール依存症は治らない病気です。だから、また無事に酒を飲めるようにはなりません。努力しなくても「飲まない生活」が続いていく人は少数派で、多数は継続的な努力を求められます。だから普通の人と違ってしまいます。
治って欲しいと思うのは、また酒が飲める日、あるいは飲めなくても酒の問題に煩わされない日が来ることを期待している態度です。でも、その日は来ません。
治ることが大事なんじゃなく、病みながら生きていくことが大事です。

同じように、悩みがなくなる日を期待していても、その日は来ません。すくなくとも、生きているうちには来ません。
悩まなくなることが大事なんじゃなく、悩みながら生きていくことが大事なんです。

「ステップを使ったって、そりゃバケツの水を耳かきで汲み出してるようなもんだよ、でもそれを続ける」とスポンサーから教えられました。
悩みながら生きていくのが、自分に与えられた役割じゃないですかね。

まあ、若いうちからそんなこと言ってるヤツは気持ち悪いですが。


2007年03月07日(水) 信仰によって生きてきた

人は何かを信じなければ、生きていけないのだと思います。

生まれたばかりの子供は、金銭の価値など知りません。
子供が保育園に通っていた頃、親がお金を使って財布がカラになっても、次の買い物までにはまた財布にお金が入っているのはなぜか? という疑問を持ちました。銀行に行ってお金をおろしてくるから、と言うのが彼女の考えた解答でした。
「みんな、お金が欲しいから銀行に行くんだ。だったら、もっと銀行に行って、たくさんお金を出してくればいいのに」
でもね、銀行はお金をくれるところじゃないんだ。預けたお金を返してくれるだけなんだよ。僕らのぶんを全部出してきたら、もう銀行に行ってもお金はくれないんだ。じゃあ、預けるお金はどこから沸いて来るのか? それはパパが毎日働いて、ひと月に一回お給料をもらっているからなんだ。

「え? パパって、毎日お金をもらうために行ってるの? 遊びに行ってるんだと思ってた」(バレたか)

それから、彼女はお金について、彼女なりに勉強したようです。そして、出た結論は・・・「宝くじ3億円当たればいいのに」だそうです。
お金がいっぱいあれば、欲しいものは何でも買ってもらえる。そして彼女は、父親が「体調が悪い」などと言って仕事を休んで寝ていると、「ダメじゃないの働かなくちゃ」と余計なことを言うようになりました。

そうして彼女は、それまで知らなかったお金の力を信じるようになりました。それを子供っぽいと笑うことはできません。僕だって、大人になってからだって、お金の力を信じてきたし、今も信じているのですから。
お金で何でも買える訳じゃないけれど、たいていのものは手に入ります。逆にお金のない苦しさも(嫌ってほど味わったおかげで)よく知っています。金がないと酒も買えんのですから。

お金の力は、理屈で考えなくても、感じられるものです。そもそも僕にはあまり備わっていない力が、自分の周りから消えてしまわないように願うばかりです。

AAでは「自分より大きな力を持った存在」について考え、その力を信じていきます。お金の力を知らなかった子供が、それを感じるように成長するのと同じで、my Higher Powerを知らなかったアルコホーリクが、感じられるようになるのが成長でしょうか。いままでは、あってもなくても気にしなくて、感じることもできなかった存在が、自分の周りから消えてしまわないように願うようになるのは、確かに成長でしょう。

今はそれが感じられなくても、探求心を失ってはいけないと思います。


2007年03月06日(火) 脳の変化

依存性のある薬物を、動物が好きなだけ自分で摂ることができるようにしておくと、摂取を繰り返す(つまり依存症になる)話は以前に書きました。そのとき、脳の中で起きている変化は、昔ながらの動物に強制的に薬物を与える実験とは異なるものであることも、書きました。

さて、脳の中には「報酬系」という仕組みがあります。報酬系を刺激されると、大変に気持ちが良い(らしい)のです。ラットの報酬系に電極を植え、ラットがスイッチを押すと刺激が加わるようにしておきます。すると、気持よさを求めてでしょうか、ラットは頻繁にスイッチを押すようになります。自己刺激行動といいます。

ラットにコカインを与えて、自己摂取する(人間で言えば依存症)ようにします。その上で、先ほどのスイッチと電極を試させます。すると、前より強い電流が流れないと「自己刺激行動」が起りません。薬物の自己摂取が、脳を変容させ、薬物以外への感度を低下させてしまったのです。

人間の薬物依存症者でも、薬物以外の報酬に対する感受性が下がるとされます。これも他のことに興味がなくなる変化が、脳の中で起きているのです。よくアル中さんが酒をやめるのに、「酒以外のことに興味を持てればいいのだが」と言うのですが、それはなかなかそれが難しいものです。
それは、酒以外のことに対して無感動になっている心の問題だけでなく、脳の中が「酒以外では、よほど強い刺激でないと感じなくなった」せいでもあります。スポーツで発散すれば、と言っても、スポーツから得られる感動が、普通の人よりずっと少ないのだから、無理な話です。

おそらくそういう鈍感さも、年月と共にホメオスタシスによって、元に戻っていくのでしょう。酒をやめて何ヶ月か経過したアル中さんが、「ふと見かけた花の美しさに感動した」というような話をするのも、そうした変化ではないかと思います。

アルコールは数日すれば体から抜けてしまいますが、脳に起った変化が元に戻るには、長い年月がかかるというお話でした。

ラリー・ニーヴンのSF小説に、脳に電極を植えて、自己刺激ばっかりしている未来を描いた場面がありました。リング・ワールドだったかな。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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