心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2007年03月31日(土) 第二の人生(その2)

AAミーティングに行く途中、たくさん寄り道をしていきました。
郵便局によって、JSOとCOに送金しようとしたら機械が現金を受け付けてくれません。土曜は現金ダメなの? あいにく通帳を持っていなかったので諦めました。
年度末なので市の施設に行き、「会場使用料減免申請書」を出しました。

以前、ジャスコでジーンズを買おうと思ったらスリムを売っていなかったので、今日はM/Xへ。リーバイスが6,200円。なにしろジーンズを買うのが10年ぶりぐらいなので、高いのか安いのかわかりません。迷った時は買わないことにしています。
結局、ミーティングの帰りに別のジャスコで2,980円の「ストレッチ素材」のを二本買いました。29"と30"。

さて Second Life。
セコンド・ライフは基本的には無料のサービスです。ソフトのダウンロードも無料ですし、アカウントの作成も無料です。じゃあ開発元のリンデン・ラブがどうやってサーバーの維持費を捻出し、利益を得ているかは、後に回すとしましょう。

アバターが作れるソフトを動かす時は、迷わず性別は「女性」を選ぶことにしています。てゆーか、男のアバターを作って何が面白いのか僕にはわかりませんね。名前は自由に選べるわけじゃないので、少ない選択肢の中から「アリス・リザリー」としました。
アバターの基本デザインを選ぶところで、困ってしまいました。みんなアメコミ調キャラクターです。萌え要素がまるでありません。別に萌えなくてもいいんですが、せめてアジア人の外見が欲しいです。これから日本でサービス開始するというのに、こんなことでいいのか不安になります。一応 Shibuya 系という男女のキャラも用意されているのですが、日本人というよりは、どう見ても酸欠の火星人です。

それから「初心者のためのチュートリアル島」に渡って、基本操作を憶えるのですが、全部英語なので説明を読むのが面倒になります。息抜きというか現実逃避のために始めたのに、なんだか辛いことになってきました。
あとは、アバターのデザインをして遊んでいるうちに、正月の貴重な半日が消費されてしまいました。Second Lifeの住人が、一番時間を費やすのは、実は自分のアバターのデザインなんだそうです。

それが終わってしまうと、もう「するべきこと」はありません。
出会った人と会話(文字チャット)をすることができます。アバターの上に吹き出しのようにせりふが表示されるのが、なんだかおかしいです。でも、みんな英語しか話しません。
移動は歩いたり走ったり、空も飛べます。落ちているものを拾って眺めてみたり、斜面を登ってみたり。壁面に映されるアニメーションを眺めてみたり・・・。現実に引き戻された僕が、もう一度セコンド・ライフを振り向くまで、1ヶ月以上経過してしまいました。

結局それでどうなったとか、おもしろさのキモは何かとか、こうなってくるとセコンド・ライフはもっと面白いとか・・・そう言う話はまた明日。

世の中の日記サイトには「4月1日の内容は特別」ってところもありますが、ひびざつはそんなことはありません。正月のネタ考えるだけで精一杯で、手が回りません。


2007年03月29日(木) 第二の人生

今年のお正月休みにも(例によって)やることがたくさんあったのですが、「ねばならない」ことがあると「それ以外のこと」がやりたくなる反骨精神旺盛(単なる天邪鬼)なので、Second Lifeをインストールして遊んでみました。

セコンド・ライフは、いわゆる仮想世界です。自分の分身(アバター)をデザインし、その分身が仮想世界の中を移動したり、出会った人(だれかのアバター)とチャットしたり、物を交換したりします。

最初に大規模にこれを実現したのは、ルーカス・フィルムのハビタットだったと思います。日本では富士通がライセンスしてました。その後の20年位で、いろんなサービスが始まっては消えていきました。MMORPGと呼ばれるオンライン・ロール・プレイング・ゲームも、基本的な仕組みは同じです。ただRPGには、パーティを組んで敵を倒すという明確な目的がありますが、Second Lifeのような仮想世界の住民には「するべきこと」はありません。
しかし、MMORPG好きの人のブログとかを読むと、話題は「異世界で出会った友人との交流」であったり、「住民たちの変な行動」だったりして、異世界で集まった人間どうしで楽しんでいる様子が伺えます。もはやそこでは、ファンタジー世界とかモンスターの存在は、たんなる雰囲気にすぎません。

セコンド・ライフは、アバターを含めて、その世界にあるすべてが3次元のモデリングで表現されています。ゲーム仕様の高性能パソコンが前提で、ちょっと古いパソコンや、ノートでは厳しいでしょう。3次元のモデリングを採用したおかげで、アバターのデザインも自由になりました。単に目鼻口などの部品を選ぶだけでなく、たとえば鼻袋の大きさから後ろ頭の出っ張り具合まで、体全体を細かくデザインできるようになっています。

セコンド・ライフが話題になり始めたのは、年末ぐらいでしたでしょうか。いずれ日本でもサービスが始まるという案内でしたので、興味本位で正月に遊んでみたわけです。

(明日へ続く)


2007年03月27日(火) キーボード

最近、パソコンのマザーボード・ディジカメ・車のエンジンスターターと、いろいろなものが故障してくれます。

電子機器が故障すると、僕はどう対処するか・・・手でばしんばしんと引っぱたく、あるいは小さなものであれば机の角に「ガン、ガン」とぶつけてみます。電子機器の故障原因の4割(6割だったか)は、部品の接触不良という説もあります。だから、振動を与えて接触を復活させれば直る・・・こともあります。

何十年か前には、テレビが故障したら「ガンガン引っぱたく」のが当たり前の時代がありました。あれには、接点復活の意味があったのです。もっと、当時のテレビは真空管式です。真空管は基盤のソケットに刺さっているのですが、ソケット側、あるいは真空管の端子側が錆びたり、埃が挟まると、導通が悪くなってテレビの映りが悪くなるので、振動させることで接点を復活させていたわけです。

時代は変わって、個々の部品の故障のほうが増えてきましたが、部品と部品を物理的に接触させている場所がそれほど減ったわけじゃありません。それが証拠に、最初に挙げた三つは、いずれも叩くと一時的に直ります。いずれまた同じ症状が出るので、根本的な解決にはならないのが、この修理法(?)の欠点です。
もう一つの欠点としては、修理(?)作業中の姿は、端からすれば「キレてる」としか見えないことです。

パソコンのキーボードを買い換えたのが2年半前。メカニカル式のカシャカシャうるさいのを選んで、気に入って使っていたのですが、Enterキーの接点の寿命が近いようで、ときどきEnter入力が抜ける時があります。
さすがにこれはイラつきます。ムキー。
どうもこれは叩いても直らないようであります。これが製品寿命なのでしょう。

ロジクールあたりの安いキーボードに買い換えようと思っているのですが、
HHKB Professional2
が気になって仕方ありません。23,800円かぁ。さすがにLiteより高いなぁ。

ちなみに、調子が悪い女房を叩いても治りません(試してみてないけど)。


2007年03月26日(月) 身体・精神・依存・毒性

こんな表を考えることができます。

+−−+−−−−+−−−−+
| \| 依存 | 毒性 |
+−−+−−−−+−−−−+
|身体|身体依存|身体毒性|
+−−+−−−−+−−−−+
|精神|精神依存|精神毒性|
+−−+−−−−+−−−−+

身体(からだ)と精神(こころ)、依存と毒性、これで4分割します。

たとえば身体の行と・依存の桁を見ると「身体依存」。たとえば、酒が体から抜けていく時に、離脱症状として上半身の大汗や、手足のしびれや震えが起きることがあります。これは、体がアルコールに依存してしまって、アルコールがないとバランスが取れない状態です。

酒でストレスを紛らわすこと(紛らわせたつもり)を続けていると、ストレスを感じると酒を飲まずにいられなくなります。これがひとつ下の欄の「精神依存」です。
例えば、昼食後に喫煙室でタバコを吸おうと思ったら、人がいっぱいで入れず、悔しい思いをしたとします。これも精神的依存でしょう。

タバコの身体依存というのは、例えば起床後30分以内にタバコを吸わないといられないという症状です。寝ている間は吸えなかったので、血中ニコチン濃度が下がってしまい、すぐにニコチンを補給する必要に迫られているのです。

右側に移って「身体毒性」は分かりやすいです。「酒は百薬の長」という言葉には「されど万病の元」が続きます。肝臓腎臓は言うに及ばず、全身くまなく酒の害はあります。酒をやめたAAメンバーにとって、体の調子が悪いという話題は、まるで天気の話題のように一般的な話題です。

最後は「精神毒性」。酒を飲み続けたせいで、ひがみっぽくなったり、嫉妬深くなったり、疑い深くなったり・・・。ともかく人間関係の摩擦を生み出す方に変わっていきます。あるいは、無気力になったり、自己破壊衝動が強くなったりして、社会生活に影響がでます。
タバコは吸えないと激しくイライラしますが、それによって性格まで変わってしまうことはなさそうです。依存対象の物質によって、この4つの升目それぞれの強弱は違います。

左半分を「依存症」、右半分を「中毒症」と呼ぶこともできそうです。

しかし、体と心の境界線があいまいであるように、依存と毒性の境界もあいまいであり、概念上の分類に過ぎないのかもしれません。もっとも、病気の名前そのものが、あいまいなものに区切りをつけるための便宜に過ぎないのですが。


2007年03月25日(日) コントロール願望

AAミーティングにやってきて、最初の半年、あるいは一年、ほとんど自分の名前しかしゃべらなかったにも関わらず、やがて少しずつ話をするようになり、とうとうミーティングで司会を引き受けるようになった例を、二つ知っています。

だいたいが「涙も言葉も信じない」と言う集まりです。
後悔の涙を流している人が、やがて同じことを繰り返す。「もう絶対に飲まない」と誓っている人が、やがて飲む。だから、涙や言葉を信用すれば裏切られて当たり前です。信用できるのは、その人が酒をやめるために何か具体的な行動をしていること(AA風に言えば「足で稼ぐ」)です。

何もしゃべらない人に、「正直に何か話せ」と強要してみても、何の役に立たないどころか、反発を招いてかえって有害だと思います。鳴くまで待とうホトトギス、ではないけれど、それを受け入れて待つしかありません。「毎回パスするのが気に入らない」などと自分が思い出したら、イライラする対象が増えるだけです。
わざわざミーティングの居心地を、自分で悪くしてどうするのか?
AAの人数が多い北米では、3年しゃべらない人も珍しくないと言います。ミーティングに足を運び続けるだけで、十分回復へ向かっていると思います。

しゃべらないに限らず、声が小さくて良く聞き取れないとか、話の内容が意味不明だとか、AAらしい話をしていないとか、気にし出せばキリがありません。相手のことが気に障るのは、相手を「自分の型」にはめようとしているからかもしれません。要するに相手を思い通りに操りたいだけの話です。
なのに「AAの第一の目的」なんていう言葉で自分の悪意をごまかしてみたりします。口では無力なんて言いながら、無力であることがたいそう気に入らない。

そうは言っても、ミーティングの司会進行役を任されている時には、ミーティングがAAらしい雰囲気を保つように気を使います。あんまり話題が依存症から離れられるのも困ります。内心で「あ〜、毎度毎度この人ったら、もう」と思っちゃうこともあります。でも苦労なく楽にやっていきたいと思うこと自体が、すでに無力じゃないのでしょう。

困った人は、なにもニューカマーに限りません。
遠くからわざわざやってきたソーバーの長いメンバーも、最近つながったばかりで当を得ない話をするメンバーも、同じ時間を共有してるんですから、どちらが優先というわけにもいきません。「自分の運んでいるメッセージのほうが、他の人のものより重要だ」なんて心の底で思っている人の話なんか、長々聞きたいとは思いません。

とはいえ僕も、ミーティング帰りの車の中で、いろいろをコントロールしすぎていると反省することしきりですけどね。


2007年03月24日(土) 狂ったベクトル

初めてタバコを吸ったのは、小学生の時でした。
近所の友だちと悪ふざけをし、父のタバコを持ち出して、空き地で吸ってみました。吸い込んだ瞬間に、頭ががーんとなり、目の前が真っ暗になりました。意識を取り戻した後に友だちから聞いた話では、僕はその間に口から気持ち悪い液体をはき出していたそうです。
それでも高校生の頃には立派なスモーカーになっていました。

タバコを吸い始めの頃は、吸うことで軽い酩酊感や浮揚感を味わうことができます。それを味わうために吸い出したのではなく、ただ同年齢の仲間たちに後れを取りたくなかっただけでした。そして、煙っぽいのに慣れる頃には、吸うことの夜気持ちよさはどこかへ消えてしまいましたが、それでも吸うのをやめませんでした。

ときどき経済的な理由でタバコをやめてみて、間をおいて吸い始めると、またあの浮揚感を感じることができましたが、1日か2日でそれも消えてしまいました。僕にとってタバコが「無くてもかまわないけど、あると嬉しい嗜好品」だったのは高校時代ぐらいのものでしょう。あとは依存症で、タバコを切らせば夜中のコンビニまで買いに出かけるのが当たり前でした。

深々とタバコの煙を吸い込んで「プハー」とやれるようになるには、相当な訓練が必要です。わざわざ苦労して依存症になったようなものです。

酒の場合もそうでしたね。飲み出した最初からバンバン飲めたって人もいますが、僕は訓練して酒に強くなったタイプです。そして、飲み出した最初から「もう明日どうなってもかまわない」と無茶な飲み方をしていたワケじゃありません。
翌日二日酔いで苦しまないよう、飲む量を加減し、そして(もっと気持ちよくなるために)その量が増えるように=酒が強くなるように、訓練を重ねたのです。まあ、訓練といっても酒を飲んでいただけですが。
それでも、苦労を重ねて依存症になったことに変わりありません。
酒で失敗をすれば、その失敗を繰り返さないように飲み方を工夫しました。

病気になりたくてなったワケじゃありませんが、振り返ってみれば、病気になる方向へと懸命に努力していた自分の姿があります。飲み過ぎた挙げ句に「正気と狂気の境目」を踏み越えてしまったのではなく、最初のベクトルからして方向が狂っていたにもかかわらず、努力の方向を変えることができませんでした。
ま、自分で方向を変えられないからこそ「無力」なんでしょう。


2007年03月23日(金) 安からんこと、なんじが心の家路

純アルコールの消費量を計算してグラフにしてみました。
純アルコール消費量のグラフ 1948-2005
携帯電話からアクセスの方は、画像が見えないかもしれません。ごめんなさい。

これは国税庁の年表に、酒類別の消費量の統計があったので、それに酒類別の標準アルコール度数(これも年表から)を乗じて求めてみたものです。古いところは消費量の統計が無くて代わりに移動量(課税対象)を使ったり、標準度数がない酒類があったり、酒類の区分変更があったり・・・と、正確とは言えないグラフですが、およその傾向はつかめるでしょう。
終戦直後に年5万キロリットルだった消費量が、近年は100万キロリットルを越えています。この間ほぼ毎年増え続けて実に20倍以上です。これほど右肩上がりが顕著な統計グラフも珍しいと思います。

戦前についてはデータがありません。増収増税策として醸造用アルコールを添加する政策がとられる以前は、清酒は高級嗜好品であり、一般にはどぶろくを家庭で作って飲んでいた・・つまり統計のとりようがありません(以降自家醸造は禁止となり、結構重罪です)。

僕は父と40才近く年が離れています。僕の生きる時代と比べ、父が僕と同じ年齢を生きた40年前は、はるかにアルコールの消費量が少なく、まだまだ酒は高級嗜好品であっただろうと思われます。だから、依存症になれる遺伝子と、なりやすい環境が揃っていたとしても、なりたくてもなれなかった人は多かったに違いありません。
現在でこそ「親がアル中」という人は珍しくなくなりましたが、ちょっと前までは「親がアル中」という家は酒に耽溺できるだけ生活の余裕がある=結構いいおうちの出、だったのです。三代アル中ならよほどの資産家?
そうした時代に、資産家でもないのに毎日飲んだくれていたら、風当たりは今よりずっと激しかったのかも知れません。

1990年代に消費量が急激に伸びているのは、酒類販売の自由化や、ウィスキーの値下げの影響かと思います。戦後一貫して消費量が伸びてきたのは、酒税を増収する国策のおかげです。結果としてアルコール依存症の患者も増えたわけですが、それに対する国の施策は増収に見合ったものとは思えません(おお政治的意見)。

どぶろくが自家醸造できると言っても、かなり面倒な手順が必要です。酔っぱらえればいいアル中のためには、もっと簡単な方法がある・・と、とある人から教えてもらったことがあります。
その手順とは:まず一升瓶を良く洗う。中に水を入れ、蜂蜜を溶かす。パン発酵用のイースト菌をスーパーで買ってきて混ぜ、瓶を密閉しないで暖かいところに置く・・。
僕は試したことがないので、これで本当にエチルアルコールができるか知りません。もしあなたが試してみて、その結果病院に運ばれることになっても、それはあなたの自己責任ということでお願いします。

人生には終わりがあります。もしアル中が飲まずに死んだのなら、飲まないアルコホリック業界の人間としては、目的達成に拍手を送りたいです。もし飲んだまま死が訪れたとしても、ともかくその人の苦しみに終わりが来たことを良しとしたいです。
飲まない一日に感謝できないアル中は、その他の人生の贈り物にも感謝できない。「今日一日の感謝」が僕のテーマです。その人の心の家路の安からんことを祈ります。


2007年03月21日(水) mixiとWikiはまだ先

mixiもやってみたいと思っていますし、Wikipediaの編集に参加したいとも思っています。
取り掛かるのは難しくないけれど、続けていくことの困難さを思って始めていません。人間の持つ時間は有限なので、なにかを始めれば、それに取られる時間は、他のことを減らすことで調達しなければなりません。その「ほかの事」が、ただぼ〜っとしているだけであったとしても、それはそれで人生には貴重な作業です。

心の家路には、毎日150〜170人ぐらいのユニークビジターがあります。この数字はトップページと雑記のページで数えているので、他のページだけ見る人(含む自分)はカウントされていません。
雑記は、えんぴつさるさる日記 にも同じコピーが置いてあります。えんぴつのアクセス数が毎日160〜180ぐらい。さるさるは毎日10〜20です。このうち家路本体とえんぴつの重複が20〜30ぐらいです。

最近「えんぴつ」のアクセス数が伸びてきたのは理由があって、その大部分が携帯電話からのアクセスです。去年のことですが、携帯電話各社がトップページに検索ボックスをつけるようになりました。auはGoogle、SBMはもちろんYahoo! JAPAN、ドコモはgooです(ただ、この前ドコモの端末にちょっと触らせてもらいましたが、iメニューの中に検索ボックスが見当たりませんでしたが)。その検索ボックスで、「アルコール依存症」などで検索してくる人が多いのでしょう。さるさるのアクセス数の半分、およそ80ぐらいは携帯電話です。

「心の家路」の携帯電話用ホームページには、短くて更新の止まったコンテンツがあるだけで、あとはえんぴつへのリンクが置いてあるだけです。だから、えんぴつをブックマークしている人が多いのでしょう。

携帯用ページは、iモード用とEZweb用を手で編集して作りました。容量制限やタグ制限もきついので、PC用ページが更新されても、携帯用はほったらかしです。携帯用ページを自動生成するプログラムを書きたい・・。そして携帯電話ユーザーにも、心の家路の雑記以外のコンテンツも読んで欲しい。そう思いながら怠惰なままに時間ばかりが過ぎていきます。いや、怠惰じゃなくて、ぼう〜っとする作業に熱中しているのか。

mixiやWikiを始めてしまうと、滞っている作業がさらに滞ります。だらそれが済んでからにしようかと思っています。まあ、このペースでは当分先になるでしょう。

「mixi読み逃げ」ってダメなの?
2ちゃんもmixiも、その中にいる人たちが独自の文化を作るのでしょう。


2007年03月20日(火) 代謝しきれない?

昨日の話の続きです。

純アルコール換算で、毎日150ml以上飲む人を「大量飲酒者」とする話をしました。なぜ150mlかというと、24時間アルコール漬けになるからです。たとえアルコール依存症にならなかったとしても、内臓に負担がかかって、さまざま病気の元になりますから、この分類にも意味があります。
焼酎やウィスキーを、二日で一本空けているなら、あなたも大量飲酒者の仲間入りです。

さて、日本にどれぐらい大量飲酒者がいるのか?
有名なのは、額田の式というやつで、これはさまざまなアルコール飲料の消費量から純アルコールの消費量を計算し、人口なども考慮して大量飲酒者の数を「推計」する式です。残念ながら、具体的にどういう式なのかは知りません。それから計算した数が、220万人(のちに230万人)です。
この数字が始めて世の中に出たのは、1981〜82年ごろのようです。
(※額田粲:Lederman Mode1 の研究及び関連調査、昭和55年度調査研究結果報告書()、(社)アルコール健康医学協会、pp9-28,1981)
ヒマなひとは Lederman Model で検索してみてください。WHOの推算式よばれているのもこの式ではないかと思います。

この230万人という数字は、あくまで「大量飲酒者」の数で、アルコール依存症のひとの数ではありません。依存症になってしまった身からすればちょっと悔しいのですが、それだけ飲んでも依存症にはならない人、環境や体質に恵まれた人が結構たくさんいるのです。別の見方をすれば、「まだ」依存症になっていない人であるかもしれず、「まだ」ならないうちに寿命のほうが早く来てしまう人なのかもしれません。

近年行われたアルコール依存症の調査研究では、患者数は九十数万人でした。医療機関で依存症の治療を受けている人は一万数千人というデータもあります。

話は変わって、焼酎ビン半分で24時間酔うならば、もっとたくさん毎日飲んだらどうなるのか? 例えば毎日焼酎(4合ビン)一本とか。だんだん体内にアルコールが蓄積されていく・・・てことはなくて、尿や汗からアルコールのまま排出されてしまいます。もっともそれは腸で吸収された後の話で、吸収されないまま外に出てしまう分も多いでしょう。
たくさん液体を飲めば、たくさん液体が出ます。おかげで、AAのミーティングにも尾篭(かつ笑える)話がごろごろしています。そういう汚い話を、暗くならず、明るくライトに聞かせる技量を、みなさん磨いていらっしゃいます。
自分の過去を笑えるようになるのも、回復でしょうか。


2007年03月19日(月) アルコールの代謝

二郎さんのところの掲示板にも書いたのですが、書き直して再掲します。

人間の肝臓は、一時間あたり、体重1キログラムあたり、0.1グラムのエチルアルコールを分解する能力があるとされています。体重55Kgの人なら、一時間に0.1g×55=5.5グラムの分解能力です。
アルコールの度数(何パーセントというやつ)は、重量比だったり、容積比だったり、酒の種類によって違うのですが、高アルコールの酒は容積比が多いようなので、ここでは容積比で計算します。
アルコールの比重を0.8とすると、5.5g÷0.8=6.8ml。つまり、健康な人の肝臓は、一時間に6.8ミリリットル(=6.8cc)のアルコールを分解できるのです。6.8ccがどれくらいか想像できない人は、シアナマイドを飲むあの小さなカップを思い浮かべてください。あれは10ccですから、2/3ぐらいです。人の体が、ほんのちょっぴりずつしかアルコールをできないことが分かるでしょう。

日本酒やワインの度数は15%ぐらいです。6.8ml÷0.15=46ml。一合の4分の1です。つまり、一合の日本酒が体で分解されるのに、4時間かかります。夕方にワインボトル2本空けたならば、翌々日の午前中まで酒が体に残るでしょう。

日本酒を6合飲むと、24時間アルコールが体に残り続けます。次の日も飲めば、体も脳もアルコール浸しの状態が続いていくことになります。これはあまりに不健康なので、毎日5合〜6合飲む人を、アルコール依存症であるかどうかにかかわらず「大量飲酒者」という分類をしたのです。

最初は酒に弱くて少ししか飲めない人が、やがてたくさん飲めるようになる、いわゆる「酒が強くなる」現象があります。依存症になる人は、最初から思いっきり飲める人も結構いますけど、たいていこの過程を通ります。これは必ずしも、肝臓の能力が上がっていくことを意味しません。どちらかというと脳の反応が変わっていくのが主のようです。もともと肝臓が持っていた潜在能力以上は引き出しようがないのです。

日本酒なら5合半、ワインなら1本半、ウィスキーや焼酎なら瓶半分、ビールなら大瓶5本半、毎日これ以上飲むと、肝臓他の臓器は休まるヒマはなく、脳はつねにアルコール漬けの状態にさらされます。病気になるのも当たり前という気がします。
それでも人間生きていく強さがあるのがすごいと思います。

ちなみに精神科で出す薬は、アルコールより代謝速度が速いようで、血中濃度のグラフを見ると、短い半減期であっというまにゼロに近づいていきます。


2007年03月18日(日) 甘んじて受け入れる(ア・ドッグ・ハズ・カム)

そのうち書こうと思っていたのですが、我が家に犬がやってきています。

ともかく妻は太りすぎで、筋肉も落ちているので、体を動かさないと良くないと、医者を含む周囲から言われていました。フィットネスクラブにも通ったのですが、嫌になってしまったらしいです。「散歩でもしたらどうか」と勧めたのですが、一人でするのはつまらないと言います。犬でも飼っていれば散歩に行くのにね、という話が、ずいぶん前から出たり引っ込んだりしていました。

しかし我が家はアパート住まいなので、動物を飼うには大家(妻の父)の許可を得ないと行けません。そこで、犬はダメだが猫なら良いという話になりました。というわけで、我が家の一員に子猫が加わったのが昨年夏です。
でも、猫は散歩に連れて行けないしね。

何度か犬という話がぶり返した後、ついに大家の許可が出てしまいました。まったく、父親ってのは娘に甘いものです。たとえその娘が四十過ぎでも。はぁ〜、やれやれ。

我が家は狭いし、猫もいるので、室内犬は飼えません。必然的に、中型犬になります。でもね、犬は10年以上生きるんです。娘が成人しちゃいますよ。後になって世話ができないとか言って、人に押しつけるな、とそれだけは念を押しておいたのですが、どうだか怪しいものです。

そんな経緯で、先月我が家にビーグル犬がやってきました。スヌーピーのモデルになった犬種ですね。一番無駄に吼える犬種でもあります。無駄に高かったです。注射にもお金がかかりますし、1年間は指定の餌を与えないと行けません。

名前は偉大なるドラマーの名前をもらって「ポン太」としました。ポン太はまだ子犬なので室内のケージの中にいます。人間が散歩に連れて行く時と、遊んでくれる時だけケージの外に出してもらえます。
僕の主治医からは、「奥さんはともかく、あなたに負担がかからないか心配だ」という話をもらったので、なるべく犬には関わらないことにしています。妻は毎日午前午後と散歩に行って、体重も体脂肪率も減ってきているようです。

去年妻が入院した時に「私の通帳を持ってきて」と頼まれ、(見てはいけない)とは思いながらついつい中を見てみたら、残高は僕名義の通帳より一桁多かったです。その後二桁多くなり、現在は三桁多い状態です。別に妻の貯金がうなぎ登りに増えたワケじゃありません。まあ、今月の給料日まで、もう引き落としはないはずだから大丈夫でしょうけど。

僕には妻は変えられない、と最近つくづく思います。いかに口うるさく言っても、変わらないものは変わりません。
無力とは諦めに似ているとAAの仲間が言っていました。その時、諦念という言葉も出ました。accept には「受け入れる」とか受容という言葉をあてますが、「甘受」という訳語もあります。背中に「金づる」という言葉を書いた紙を貼って歩いた方がいいのかもしれません。


2007年03月17日(土) アイ・サレンダー・トゥー・ユー

よく使われるミーティングでのテーマ(ようこそAAへ)の中に「無条件降伏」ってのがあります。これは英語のsurrender(サレンダー・降伏)を訳したものです。

なんで日本語に「無条件」がついたのか知りませんが、おそらく太平洋戦争で日本が連合国に無条件降伏したことが影響しているんでしょう。
僕は戦争の時は生まれてもいなかったので、当時の時代の気分は分かりませんが、想像するに「もう負けました。何でもいいからもう戦えません。どうとでも好きにしてください」という感じだったのかもしれません。そして、鬼畜米英に乗り込まれて、これから日本はどうなっちゃうんだろう? という不安に占められていたのかもしれません。でも、日本は焼け野原から復興を遂げました。
いつまでも、国の誇りにこだわって戦い続けたら、こうはならなかったと思われます。

だから僕らも、つまらない(役に立たない)プライドは捨て、酒と戦うのをやめ、自分以外と(も自分とも)戦うのをやめ、「どうとでも好きにしてください」とハイヤー・パワーに申し出るのが良いんでしょう。日本国民が、戦時下の情報統制の中で英米のことを何も知らなかったように、僕らもハイヤー・パワーのことなんて何も知りませんでした。知らないものに身をまかせるのは、不安でしかたないものです。

でも「神さまは悪いようにはしない」と聞かされますし、さまざまな意味で復興を遂げた先ゆく仲間の姿が、それを証明してくれます。だから、どーんと大船に乗った気持ちで、この身を委ねてみるしかないのでしょう。

もちろん戦後日本の復興は、日本人の勤勉さに支えられていたでしょうから、僕らのステップ3にも、その後のステップに取り組む「やる気」が求められているのは当然です。降伏した後、だらだらしてちゃいかんよと。

もちろん現在中東で起きていることを見れば、戦争に負けることが良いことだとはとても言えません。やっぱり人の集まりは神になり得ないし、変わってもしまうものであります。まあ、最近AAのミーティングで「無条件降伏」というテーマが出てくるのを聞いたことがないのが不安であります。

アフターミーティングで仲間と話した中に、以前と比べてAAにやって来る人の軽症化が進んでいるという話題がありました。たとえば、禁断症状の中で幻覚幻聴を体験した話は、以前はありふれたものでしたが、最近はあまり聞きません。底つきの底を浅くしようという、いろいろな人の努力は、確実に実を結んでいます。
しかし、受け入れる側にとっては、以前の方法論が通用しない面もあります。状況に合わせて自分が(自分らが)変わっていかなければならないのは当然でしょう。

ispired by a post on big foot net meeting mailing list. thanks :-)


2007年03月16日(金) お祭りではなく日常がプログラム

僕はそんなに頻繁にAAミーティングに通うタイプではありません。

AAに来て最初(スリップ以前)は、現在のホームグループに週一回と、地元で月一回やっていたミーティングに出ていただけでした。再飲酒して、精神病院から戻ってきて、現在のソブラエティが始まるのですが、それでも月・水・土と週に三回のミーティングが基本でした。

「当時の長野県ではAA会場が少なかった」という理由は言い訳ですね。事実その頃、毎日ミーティングに参加している人もいました。月=松本、火=篠ノ井、水=上田、木=佐久、金=更埴、土=諏訪、日=信濃病院という組み合わせだと聞きました。
僕は妻のお腹の中に子供がいたり、お金がなかったりという理由で三回でした。退院してすぐに仕事を再開したのも理由のひとつでしょう。
現在は、基本的にホームグループの週二回しか出ていません。

最初の一年は、AAのイベントにはまったく行きませんでした。でも、病院メッセージには月に1〜2回行っていました。だから知っているAAメンバーの数はいっこうに増えませんでした。でも、うつが酷かったので、たとえたくさんのAAメンバーと出会ったとしても、彼らと心の触れあう交流なんてできなかったでしょう。
こつこつと自分のルーチンワークをこなしていた、それがかえって良かったと今では思えます。

二年目からは、毎月第四土日に皆で泊まるイベントに、毎回参加していました。経験の長い仲間の話を聞き、同じぐらいの時期の仲間と青臭い議論を朝までしたりしました。その頃から少しずつ週末のAAイベントへの参加が増えていきました。でも、せいぜい年に数回です。毎月どこかに出かける人や、ほとんど毎週出かけている人もいて、うらやましくもありましたが、僕には家庭の事情もあって、それほど家を空けるわけにも行きませんでした。

最近すこし子供が大きくなってきたので、ちょこちょこ出かけています。昨年を数えてみると、1月、4月(3回)、6月、7月、8月、10月、12月と出かけています。泊まったのは8月の安曇野だけですが、意外と多いですね。そういう時期なのでしょう。

でも、AAで出かけても、あまりAAプログラムをやっているという感じはしません。AAプログラムは、ミーティングで仲間に会うのが1/3、一人で取り組む部分が1/3、霊的な目覚めを伝えていくのが1/3だと思っています。真ん中が抜けている人が多いような気がします。真ん中が抜けていれば、最後の1/3もどうだか怪しいし。

行けば楽しい。しかし行くだけで満足してしまうのが、恐ろしい気がします。イベントから帰ってきた日常のほうが、AAプログラムでしょうから。
イベントに行くためにミーティング場を休止にしてしまう神経が僕には理解できません。それってチェアマンが飲んでミーティング場を開けられない事態と、同じじゃないですか。ああ、だから別にそれでもいいのか。なんだそうか。気にすることはないか。


2007年03月15日(木) 飲酒によるストレスの拡大再生産

恋愛している時の、天にも昇るような幸福感は、いずれ消えていきます。大切な何かを失った悲しみも、時間と共に薄れていきます。

なぜなのか?

人間の体には恒常性維持(ホメオスタシス)という仕組みがあります。中学か高校で習ったはずです。たとえば体の水分が不足すれば喉が渇いて水を飲み、水を飲みすぎればおしっこがたくさん出るようになっています。こうやって体の中身を一定の状態に保っています。

人間の心にも同じような仕組みがあると考えるのが「相反過程説」です。恋愛の多幸感も、喪失の悲しみも、脳にとっては大変なストレス状態で、それを平穏な状態に戻そうとする働きがあるという考え方です。
ストレスがあると、脳の中である種のホルモンが分泌され、それが体をストレスに対処できる状態に調整します。このホルモンは同時に、人の気分を不安や憂鬱に導きます。

面白いのは、依存性のある薬物を体に入れると、この「ストレス対処のホルモン」が分泌されるというのです。薬が体から抜けていくことがストレスであるようです。酒を飲んで気持ちよくなっても、酒が抜けていくと気持ち悪くなるという経験は、誰にでもありますね。要するに、薬で気持ちよくなると、脳は気分が悪くなるように自己調整するわけで、相反過程が上手く説明できます。

気分が憂鬱である、あるいは仕事でストレスを感じているとします。
それを、酒を飲んで気分を晴らすことにします。
いったんは気持ちよくなりますが、やがて酒が抜けてきて、ストレス対処のホルモンがでて、憂鬱あるいはストレスが強まります。酔いは短時間でなくなりますが、ホルモンは長いこと出続けますから、飲む前より状態は悪くなり、気が晴れず、ストレスも強く感じることになります。
そこで、次回はもっとたくさん飲んで、沈んだ気分を盛り上げようとします。
たくさん飲んだぶんだけ、もっと憂鬱になります。
そうやって、デフレスパイラル的に、どんどん悪化していくわけです。

憂鬱な気分やストレスを解消するために酒を飲むと、依存症になりやすいのです。そして、依存症者が「ストレス解消のために飲む必要がある」という言い訳を用意したとしても、そのストレスは実は自らの飲酒によって拡大再生産したものに過ぎないのでしょう。

前の日に具っする眠れて気分が良く、ストレスも感じていなくて体調がいい休日・・・そういう時を選んで酒を飲んでいれば、依存症にはならなかったかもしれませんね。


2007年03月14日(水) 問題飲酒者に共通の性格

いわゆる典型的アルコホーリクの特徴は、自己愛的自己中心的な核であり、万能感に支配されていて、どんな代償を払ってもその内的完全さを保とうと熱中していることである。
(略)
ジルマンは次のように報告している。彼は、問題飲酒者に共通の性格構造のアウトラインを識別できると言い、この一群の性格を名づければ「挑戦的反抗的個性(defiant individuality)」と「誇大性(grandiosity)」というのが最も合っていると言う。私見では、これは正確な表現である。内面ではアルコホーリクは、人からであれ神からであれ、どんなコントロールも我慢できない。彼はみずからの運命の主人であり、そうでなければならない。彼はこの位置を守るために最後まで戦うのである。

このような性格特徴が多かれ少なかれ持続的に存在することを認めれば、その人にとって神と宗教を受け入れることがいかに困難なことかは容易に理解できる。宗教は神の存在を認めることを個人に要求するが、そのことはアルコホーリクの本性そのものに対する挑戦となるのである。

しかし他方では、ここがこの論文の基本点なのであるが、もしアルコホーリクが自分より大きな力(Power)の存在を真に受け入れることができれば、彼はまさにそのステップによって、自分の最も深い内的構造を少なくとも一時的に、おそらくは永続的に修正することになる。これを恨んだりもがいたりすることなしに行うならば、その時には彼は典型的アルコホーリクではなくなっているのである。

そして不思議なことに、アルコホーリクがこの受け入れの内的感情を持ち続けることができると、以後の人生を飲まずに過ごすことができるようになる。

友人や家族から見れば、彼は宗教に入信したことになる! 精神科医から見れば、彼は自己催眠なりなんなりにかかっていることになろう。アルコホーリクの内部で何が起ったにせよ、彼は今や飲まずにいることができる。

「アルコホーリクス・アノニマスの治療メカニズム」ハリー・M・ティーボー博士
(AA成年に達する〜より)

自分の人生の主役は自分自身ですが、脚本は誰かが書いているんでしょう。いいじゃないですか、主役なんですから。脚本まで書きたがることはないですよ。主役なりにがんばれれば十分では?


2007年03月13日(火) 12個のステップを一言で表す

ということを考える人は、結構いるのでしょうか。

これは英語のメダルに書かれていたものです。

1. Powerless - 無力
2. Believing - 信じること
3. Surrender - 降伏
4. Inventory - 棚卸し表
5. Admitting - 進んで認める
6. Readiness - 準備が整う
7. Humility - 謙虚
8. Willing - やる気
9. Amends - 埋め合わせ
10. Continuing - 継続
11. Meditating - 黙想
12. Awakening - 目覚め

ステップの文章そのままって感じですか。でも、ステップ3は「降伏」。
もうひとつ別のメダル。

1. Acceptance - 受け入れる
2. Faith - 信仰
3. Surrender & Trust - 降伏と信頼
4. Honesty - 正直
5. Courage - 勇気
6. Willingness - やる気
7. Humility - 謙虚
8. Forgiveness - 許すこと
9. Freedom - 自由
10. Perseverance - 根気強く
11. Patience - 忍耐
12. Charity & Love - 思いやりと愛

こちらもステップ3は「降伏」です。日本語は適当に辞書を引いただけですので、あまりアテにしないように。

話は変わりますが、僕がAAに最初にやってきてから、酒が止まるまでに1年と2ヶ月かかりました。その間に、僕が「お前はもう来るな」と言われて追い出されていたら、僕は今AAにはいなかったでしょう。飲まなくても迷惑な存在だったでしょうに。
ただ、「酔っぱらってくるのはもうやめてくれ」とは言われましたけど。
新しい人に不寛容な自分を発見すると、昔を思い出して恥ずかしさが募ります。

「AAの12の伝統」が教えてくれることは、私たちAAメンバーは、その規範を守れていないということです。

下りのエスカレーターを逆に上っている例えは、なにも個人の回復(ステップ)ばかりじゃなく、グループ(伝統)にも言えることですから。立ち止まると下ってしまいます。


2007年03月12日(月) ホリゾン

妻は大学病院に通って、たくさん薬をもらってきます。白いプラスチックバッグ(スーパーでくれる袋と同じヤツ)を2〜3袋かかえて帰ってきます。病院の中で婦人科やら精神科やらはしごしていると、薬が増えてしまうようです。

というわけで、我が家には精神安定剤も眠剤も、売るほどあります(売らないよ)。僕はオーバードーズしたくなれば、いつでも出来る環境の中で暮らしているのです。

最近うつが酷くて眠りが浅く、仕事の効率が落ちています。がんばればがんばるほど効率が悪くなり、うつも悪くなっていく悪循環です。頭痛もするし、目も痛みます。肩や腰も痛み、手足は血行が悪くなって冷たいままです。
僕も眠剤を処方されているので、もっとぐっすり眠れる薬に変えてもらってもいいのですが、そうすると朝起きられなくなったりします。
季節が変わるのを待つように、うつが軽くなるのを待つしかありません。

ふと見ると、妻の薬がテーブルの上に出しっぱなしでした。ホリゾンと書いてあります。ホリゾンを調べてみると、成分名はジアゼパム。抗不安剤、精神安定剤です。
ジアゼパムというと、むかしセルシン錠にお世話になったことがあります。5mg錠を朝昼晩寝る前と一日に合計20mg処方されていた時期もありました。数時間おきに、セルシン飲みながら暮らしていたわけです。そのとき、眠くなったり、気持ち悪くなった記憶もありません。逆に「大して効かない」という感じも受けました。

たいした効果はなさそうだけど、5mgを一錠もらって飲んでみるかと、手を出しました。

服用数分後、背中がぞわぞわし、気がつくとパソコンの前の椅子に座ったまま寝ていました。布団を引いて、5時間ほど寝たのですが、体がだるくて仕方ありませんでした。不安が少し取れて気持ちよくなるかと期待したのですが、結果は気持ちの悪い眠りを数時間もらっただけで、翌日はさらに調子が悪くなりました。

思い出してみれば、セルシンを飲んでいたころは、酒を飲んでいたころと重なります。酒といい、薬といい、体がダウナー漬けだったわけで、マイナートランキライザーの効果が感じられなかったのもうなずけます。
そういえば、以前母が内科医から安定剤を処方された時に、だるくて気持ち悪く寝ていただけだったと言っていました。それが普通の感覚なのかもしれません。自分では、うつの苦しさは減っていないように感じていても、医者が「安定剤も、よく眠れる薬も不要」と判断するだけの改善は、知らずのうちに積み重なったのでしょうか。

さて、ちょっと出来心で薬に手を出してみたけれど、気持ち良くならなかったから、僕はハマらない、大丈夫! という自信は持たないように気をつける必要があります。

思い出してみていただきたいのです。

初めて吸ったタバコは、ただ煙いだけじゃなかったですか? でも、今はわざわざ喫煙室にでかけて吸うほどハマっていませんか?
初めて飲んだコーヒーは苦いだけ、日本茶や紅茶も渋いだけ、でも今は「お茶やコーヒーの代わりに」白湯が出てきたら、物足りなく思いませんか?
初めて飲んだビールは苦いだけだったのでは? 日本酒は臭く、ウィスキーは咳き込むほど刺激が強すぎだったのでは? そして、気持ち悪く、頭痛くなりませんでした? ところが、何年か後には、おもいっきりハマっていませんでしたか?
覚醒剤だったら、最初から気持ちよくなるだろうって? あれは、ヤったあとセックスするのが気持ちいいのだそうです。

みんな、気持ちよくないものを、苦労してトレーニングして、依存していくのです。セックスやギャンブルもそうかもしれません。人間の行動は不思議です。だから、薬も気をつけることにします。

壊れているなら修理(薬)も要るかも知れませんが、「壊れていないものは修理しない」のが原則。


2007年03月10日(土) 10 years ago (14) 〜 手遅れだと言われても、口笛...

10 years ago (14) 〜 手遅れだと言われても、口笛で答えていたあの頃

明け方まで仕事をしていたので、土曜午後の断酒会の研修会に行くかどうか迷ったのですが、体力的に無理しても行くことにしました。水澤都加佐先生の講演「親子を考える」です。
さすがにプロの話は分かりやすいですね。

お恥ずかしい話ですが、僕はいままでずっと「水澤先生は女だ」と思ってました。だってほら、つかさって女性の名前でもあるでしょ。だって、写真を見たことも、声を聞いたこともなかったんですもん(言い訳)。

男女共用名とでも言うんでしょうか、例えば「かずみ」とか「まこと」とか。中学の同級生には和美(♂)がいました。「まこと」は女性の場合には字がたいてい真琴ですね。でも大学時代下宿の隣人は真琴(♂)でした。話が逸れました。

で、行って良かったか? 良かったですよ。
NO INPUT, NO OUTPUT です。入力がなければ出力がない、とでも訳しましょうか。NINO(ニーノ)は創造性について「刺激を受けないと、アイデアも出ない」という意味で使うんでしょう。でも、いろいろなものがNINOです。
お金を稼がないと、使うお金がない。ご飯食べないと、出るもの出ない。コンピューターも入力がなければ、ただの箱。そして、自助グループだって、人の話を聞かなければ、自分の話はできません。愛された経験があって、愛する能力が育つってこともあります。

すくなくとも、僕はAAだけでは用が足りません。実際には、なかなかAA以外のところには行けませんが、不足があることだけは忘れないでいたいものです。いくら肉が好きでも、野菜も食べないといけません。
適切な導き(インプット)がなければ、行動(アウトプット)も変わってくれません。そう思います。

もっとも、講演が終わったら、酒害体験発表が始まる前に帰ってしまったので、言動不一致と言われても仕方ありません。夕方からはAAミーティングでした。

「10 years ago 〜 手遅れだと言われても、口笛で答えていたあの頃」
というシリーズものを書いていたのですが、13話で止まってしまい、1年以上ほったらかしでした。続きを書く前に、これまでのインデックスを掲げておきます。

(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
(9) (10) (11) (12) (13)

さて、10年前(正確には11年前)、僕ら夫婦は新婚旅行中でありました。

南の島の滞在を終えて、僕らはシドニーに移動しました。3週間酒を断って、そこそこ体調も良くなっていたはずなのに、結婚式から始まった数日の飲酒で、またあの「体のだるさ」と「何をやるのもしんどい無気力」が戻ってきてしまいました。

そんな状態にもかかわらず、妻は僕の「日本に帰ればきっぱり酒をやめる」という約束が守られると信じていたのでしょう。いや、何もかも台無しにしたくなければ、そう信じるほかなかったのかもしれません。

タバコにはすごい税金がかかっていて、日本円にすると一箱500円以上でした。おまけに妻の立ち寄る店はどこも灰皿が置いてなくて、炎天下の歩道で人目を気にしながら吸う羽目になりました。汗がだらだら出るのですが、それが例の気持ち悪い汗なのか、単に暑いだけか、もう区別がつきませんでした。

日本に帰りたくないと、強く思いました。

理由は二つあって、ひとつは帰りの飛行機の旅です。またあの狭いエコミークラスの座席に押し込まれ、今度は心身の不調にも耐えなければなりません。来る時にすら、機内サービスのビールとワインでは足りなくて、乗務員に追加を頼んでいるくらいです。すでに禁断症状の始まった帰りの旅では、きっとあてがわれる酒では足りなくなるでしょう。はたして十何時間も耐えられるものかどうか。

もうひとつは、なんとか日本に帰れても、その先ずっと酒をやめていけるかどうか。

ああ、ほんとに日本に帰りたくない。後先考えず、妻を残して、このままシドニーの街の中に一人で消えてしまおうかと何度も思いました。

ふと、シドニーがこれだけ大きな都市なら、きっとAAの会場もたくさんあるに違いないと思いました。思えばAAで酒をやめた時期もあったのに、どうして自分はまたこうなってしまったのか。こんな状態では仕事ができそうにないし、酒をやめるにはまた精神病院に入院するしかなさそうでした。
さすがに新婚早々、精神病院に入院するわけにもいかないでしょう。連続飲酒やら、父の死やら、結婚の準備やらで、仕事もずいぶんと遅れていますから、そちらも休めません。でも、仕事の効率は、これからも果てしなく落ちる一方でしょう。

入院するなら、その前にまず日本に帰り、挨拶回りを済ませ、仕事を片づけて、あきれる周囲を説得して・・・少なくとも3〜4ヶ月は必要と思えました。そのひとつひとつのハードルが、とても高すぎて越えられそうにありません。

八方ふさがりで、どうすればいいのか?

最後の晩、ホテル最上階のバーに行き、さらに部屋のミニバーのボトルを全部空けました。妻との約束では、これが最後の酒になるはずでした。もちろん、そうならないことは、僕が一番よく知っていたのですが。

(そのうち続きます)


2007年03月08日(木) 減らない悩み

悩みが減ることが、回復のモノサシではありません。

完全な回復を遂げれば、それこそ修行を積んだ高僧のように解脱して、この世の煩悩から解放され、笑いながら生きていけると信じたくなるのが人情です。でもいかな高僧、聖人といえど、現世的な悩みから解放されることはないはずです。

12のステップを積んでいけば、やがて生きる苦しみから完全に解放される、と期待するのはゴーマンな態度なんだそうです。自分にそれを期待するのも傲慢なら、人に期待するのも傲慢です。
何年ソブラエティを続けても、生きることは相変わらず苦しいままってことは、よくあることです。そこで「何年経っても、自分はちっとも回復しない」と嘆いてみたりします。あるいは、自分より経験の長い仲間が、悩みながら生きているのを見ると「ああ、ソブラエティばかり長くても、この人は回復していない」と見下してみたり、挙げ句には「AAには回復した人なんて、一人もいないじゃないか」と結論づけて、奇妙な自己満足を得てみたりします。

アルコール依存症は治らない病気です。だから、また無事に酒を飲めるようにはなりません。努力しなくても「飲まない生活」が続いていく人は少数派で、多数は継続的な努力を求められます。だから普通の人と違ってしまいます。
治って欲しいと思うのは、また酒が飲める日、あるいは飲めなくても酒の問題に煩わされない日が来ることを期待している態度です。でも、その日は来ません。
治ることが大事なんじゃなく、病みながら生きていくことが大事です。

同じように、悩みがなくなる日を期待していても、その日は来ません。すくなくとも、生きているうちには来ません。
悩まなくなることが大事なんじゃなく、悩みながら生きていくことが大事なんです。

「ステップを使ったって、そりゃバケツの水を耳かきで汲み出してるようなもんだよ、でもそれを続ける」とスポンサーから教えられました。
悩みながら生きていくのが、自分に与えられた役割じゃないですかね。

まあ、若いうちからそんなこと言ってるヤツは気持ち悪いですが。


2007年03月07日(水) 信仰によって生きてきた

人は何かを信じなければ、生きていけないのだと思います。

生まれたばかりの子供は、金銭の価値など知りません。
子供が保育園に通っていた頃、親がお金を使って財布がカラになっても、次の買い物までにはまた財布にお金が入っているのはなぜか? という疑問を持ちました。銀行に行ってお金をおろしてくるから、と言うのが彼女の考えた解答でした。
「みんな、お金が欲しいから銀行に行くんだ。だったら、もっと銀行に行って、たくさんお金を出してくればいいのに」
でもね、銀行はお金をくれるところじゃないんだ。預けたお金を返してくれるだけなんだよ。僕らのぶんを全部出してきたら、もう銀行に行ってもお金はくれないんだ。じゃあ、預けるお金はどこから沸いて来るのか? それはパパが毎日働いて、ひと月に一回お給料をもらっているからなんだ。

「え? パパって、毎日お金をもらうために行ってるの? 遊びに行ってるんだと思ってた」(バレたか)

それから、彼女はお金について、彼女なりに勉強したようです。そして、出た結論は・・・「宝くじ3億円当たればいいのに」だそうです。
お金がいっぱいあれば、欲しいものは何でも買ってもらえる。そして彼女は、父親が「体調が悪い」などと言って仕事を休んで寝ていると、「ダメじゃないの働かなくちゃ」と余計なことを言うようになりました。

そうして彼女は、それまで知らなかったお金の力を信じるようになりました。それを子供っぽいと笑うことはできません。僕だって、大人になってからだって、お金の力を信じてきたし、今も信じているのですから。
お金で何でも買える訳じゃないけれど、たいていのものは手に入ります。逆にお金のない苦しさも(嫌ってほど味わったおかげで)よく知っています。金がないと酒も買えんのですから。

お金の力は、理屈で考えなくても、感じられるものです。そもそも僕にはあまり備わっていない力が、自分の周りから消えてしまわないように願うばかりです。

AAでは「自分より大きな力を持った存在」について考え、その力を信じていきます。お金の力を知らなかった子供が、それを感じるように成長するのと同じで、my Higher Powerを知らなかったアルコホーリクが、感じられるようになるのが成長でしょうか。いままでは、あってもなくても気にしなくて、感じることもできなかった存在が、自分の周りから消えてしまわないように願うようになるのは、確かに成長でしょう。

今はそれが感じられなくても、探求心を失ってはいけないと思います。


2007年03月06日(火) 脳の変化

依存性のある薬物を、動物が好きなだけ自分で摂ることができるようにしておくと、摂取を繰り返す(つまり依存症になる)話は以前に書きました。そのとき、脳の中で起きている変化は、昔ながらの動物に強制的に薬物を与える実験とは異なるものであることも、書きました。

さて、脳の中には「報酬系」という仕組みがあります。報酬系を刺激されると、大変に気持ちが良い(らしい)のです。ラットの報酬系に電極を植え、ラットがスイッチを押すと刺激が加わるようにしておきます。すると、気持よさを求めてでしょうか、ラットは頻繁にスイッチを押すようになります。自己刺激行動といいます。

ラットにコカインを与えて、自己摂取する(人間で言えば依存症)ようにします。その上で、先ほどのスイッチと電極を試させます。すると、前より強い電流が流れないと「自己刺激行動」が起りません。薬物の自己摂取が、脳を変容させ、薬物以外への感度を低下させてしまったのです。

人間の薬物依存症者でも、薬物以外の報酬に対する感受性が下がるとされます。これも他のことに興味がなくなる変化が、脳の中で起きているのです。よくアル中さんが酒をやめるのに、「酒以外のことに興味を持てればいいのだが」と言うのですが、それはなかなかそれが難しいものです。
それは、酒以外のことに対して無感動になっている心の問題だけでなく、脳の中が「酒以外では、よほど強い刺激でないと感じなくなった」せいでもあります。スポーツで発散すれば、と言っても、スポーツから得られる感動が、普通の人よりずっと少ないのだから、無理な話です。

おそらくそういう鈍感さも、年月と共にホメオスタシスによって、元に戻っていくのでしょう。酒をやめて何ヶ月か経過したアル中さんが、「ふと見かけた花の美しさに感動した」というような話をするのも、そうした変化ではないかと思います。

アルコールは数日すれば体から抜けてしまいますが、脳に起った変化が元に戻るには、長い年月がかかるというお話でした。

ラリー・ニーヴンのSF小説に、脳に電極を植えて、自己刺激ばっかりしている未来を描いた場面がありました。リング・ワールドだったかな。


2007年03月05日(月) 雑感(陰口・遊び)

ひとはなぜ陰口を言うのか。もちろん根本には、恨みとかねたみとかあるんでしょうけど、なぜ表面に出てくる陰口を抑えられないか。
心理学の本によれば、「その人を無視できないから」だそうです。

妻のことは愚痴る夫も、遠い親戚のことは愚痴らない。遠い親戚のことは普段忘れているけれど、毎日の生活で妻を無視するわけにはいきません。それは自然なことです。しかし、毎日顔をあわせるわけでもないのに、気に障って仕方ない相手もいます。気にしなければいいのにできず、思わずどこかで陰口を言ってしまうのは、相手の存在が、それだけ自分の中で大きくなっている証拠です。

愛であるか、憎しみであるかはともかく、いずれでも相手に心理的にとらわれているのです。陰口を言ってしまうのは、緊張した心がバランスを取ろうとする、ごく自然な行動です。それを止めるのは現実には難しい。だから、陰口から解放されたければ、まずその「とらわれ」から解放を目指すことから始めるのでしょう。

だが、相手を無視しようとすればするほど、相手の存在が重みを増したりするのは、相手がアルコールの時と同じであります。「ああ、神さまでも何でもいいから、このとらわれから解放してください」と素直にお願いできた時は、少し楽になります。でも、ぶり返しますけど。そんなもんです。

さて、やはり季節の変わり目が前倒しで来ているのでしょうか? 僕も調子が良くありません。注意力不足で、判断力不足。それはいつものことかも知れませんけど。ひがみっぽくなってきております。

地図を見れば、思わずドライブに行きたくなり、「自転車に二人乗りの高校生のカップル」という文章を目にすれば、「俺もそういう高校時代が過ごしたかった」と思わず愚痴が出る・・・。これも、子供の頃、あるいは大人になっても若いうちに、十分遊んでおかなかったツケが回ってきているのでしょうか。

恨みがましいひとを幸せにするのは難しい。まさにそのとおりです。


2007年03月04日(日) アル中的性格

アルコール依存症者特有の性格ってのが、たぶんあるのでしょう。「性格」と呼ぶよりは、「欠点」とか「社会的不適合」のリストとか呼んだ方が良さそうですけど。
まず最初は、アル中さんに多いと言われる自己愛性人格障害の診断基準をひいておきます。

自己愛性パーソナリティ障害

1) 自分の重要性に関する誇大な感覚
(例:業績や才能を誇張する。十分な実績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)。

2) 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。

3) 自分が“特別”であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人たちに(あるいは施設で)しか理解されない、あるいは関係があるべきだ、と信じている。

4) 過剰な賞賛を求める。

5) 特権意識、つまり、特別有利な取り計らい、あるいは自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。

6) 対人関係で相手を不当に利用する、つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。

7) 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。

8) しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思いこむ。

9) 尊大で傲慢な行動、または態度。

(診断基準は5点以上)

次は、僕が入院した時にもらった依存症のテキストから「アル中的性格」を引用します。

1) 感情的に未熟である。
(例:何でもないことで腹を立てたり、得意になったり。自分の感情を抑える力が乏しい)

2) 依存心が強い。
(強い性格の有能な奥さんが多いのは、アル中夫がしっかりものの妻を選ぶから)

3) 自己中心的な性格。
(他の人が悪い、世の中が悪い)

4) 猜疑心が強い。
(好意を素直に受け取れず、ひねくれて解釈する)

5) 陰気で強情である。
(暗く無気力に見えるが、内面には敵意を隠していて、時にそれが爆発する)

6) 劣等感が強い。
(自信に溢れているように見えても、内面では自信を欠く。失敗すると自分を責め、無能だと思う)

7) 緊張に耐える力が弱い。
(ものごとを適切に処理するのが下手で、笑って受け流せばいいことにも、敏感に反応し、屈辱と受け止めて恨む)

断酒を続ければ、こうした性格は修正されていくとも書いてあります。本来的にその人が持っている性格ではなく、成長過程や飲酒の中で、そういう性格が身に付いたということでしょう。


2007年03月03日(土) ネカマ(その3)

とりあえず僕は、某社のやっていた無料のメールサービスで、仮名のメールアドレスをひとつ用意しました。身元確認の要らないサービスでありながら、メールボックスの容量が2MBというのは、当時としては大容量でした。これで、架空の女性はネット上で存在を始めました。

あとは、架空のプロフィールと、男が喜びそうな文章を5分ででっち上げ、くだんのサイトの女性用掲示板に書き込みました。

やることを済ませて満足感を得た僕は、その晩はひさしぶりに早寝をしたのでした。

翌日、ウェブメールにログインした僕は、目を疑いました。受信ボックスの新着メール数が400を越えていたからです。うーん、これが全部男からか。
とりあえず少し読んでみることにしました。あー、男のメッセージって鬱陶しいくらい暑苦しい。彼らの言うことを信じるなら、世の中の男の1/3は、職業が医者か弁護士ということになります。それが本当なら、医者や弁護士を職業とする人は、異常に出会い系が好きなのだと思われます。それに比べて女は正直です。

読み進めるにつれ、世の中にはさまざまな「女の口説き方」があるんだと、ちょっと感心しました。勉強になったと言いましょうか。さすがに下半身充血した男のメッセージには途中で辟易してしまい、大多数のメールは未読のまま放置されることになりました。

さらに翌日ログインすると、今度はメールボックスが溢れていました。送信元はフォームメールですから、HTMLメールや添付ファイルは届きません。純粋にテキストだけのメールが、2MBの容量を二日で満杯にしてしまうとは・・・。
競争相手は数十人どころか、その一桁も二桁も上でありました。あらかじめこの事実を知っていたら、はたしてそのサイトに引っかかったかどうか。
おかげさまで、そうした出会い系サイトとはそれっきり縁が切れました。

あんなにモテたのは、人生後にも先にもあれっきりであります。まあ相手は全員男ですけど。ぎらぎらした男たちの欲望にさらされて、背筋がぞぞっとしたものです。それを考えると、ネカマが趣味の人たちって、本当に度胸が据わっているなぁと、ちょっと感心したりして。男相手に、愛のメール交換とか、愛のチャットとか、とてもできません。

メールに返信はまったく出しませんでした。メールサービスが有料化される時に、金を払わないアカウントはすべて削除されたそうなので、ネット上にしか存在しない架空の女性は、その時点で存在をやめたことになります。

ともかくこれが、ひいらぎのネカマ体験記の一部始終です。ネカマひいらぎと粘着質地雷男の神経戦を期待していた方、ごめんなさい。

後日、出会い系サイトを使った経験のある女性と話すチャンスがありました。念のため言っておきますが、その女性とは出会い系サイトで出会ったワケじゃありませんし、xAのメンバーでもありません。
そのときにうかがった「女性の側から見た出会いサイト」の話は、また機会があったら書きたいと思います。

はて、シャーラザットはどこへ行ったやら。(この項終わり)


2007年03月02日(金) ネカマ(その2)

普通はシェヘラザードというんですね。バートン版の翻訳ではシャーラザットだったんです。

出会い系サイトというものがあります。どのような「出会い」を求めているかは人それぞれでしょうが、まあ多くのサイトは男女交際の相手を探すのが目的でありましょう。もちろんこれも、ネットの普及とともに現れたものです。それ以前にも、パーティラインやら伝言ダイヤルやら、はたまたテレクラというものは、世の中に存在していたわけですけど。

携帯電話の出会い系サイトを未成年者が利用することが社会問題になっていますが、今回の話はもっと大人の人々、それも既婚の男女が「たまにはパートナー以外の人と情熱的な出会いを・・・」というどろどろした欲望が渦巻くサイトの話です。
回りくどいことを言っていますが、要は不倫浮気系出会いサイトです。

ある時僕は、そうしたサイトのひとつに、ふらふらと引き寄せられてしまいました。まあ、ネット上であれば、人が眉をしかめるような場所へも平気で出かけていってしまう僕であります。
そこには交際相手を求める女性のための掲示板があって、男はその中から選んだ女性にメールを送って求愛する仕組みになっていました。といっても女性のメールアドレスが分かるわけでなく、フォームメールで送る仕組みですから、相手の身元は一切分かりません。女性は届いたメールの中から、気に入った男性を選べばいいシステムです。

そこが有料だったらすぐに立ち去っていたでしょうが、フォームメールを送るのは無料でした。「あわよくば」という妄想を抱いた僕は、何人かの女性にメールを送ってみたのです。

当然のことながら返事なんか帰ってきませんでした。そこで素直に諦める人もいるのでしょうが、僕はすぐムキになるタイプであります。ギャンブルや株にはまる人の気持ちが分かる気がします。
もちろんこの類にはサクラはつきものです。「サクラって何ですか?」という質問は救済できないので、広辞苑でも引いてください。たとえサクラが混じっていても、数打ちゃ当たる・・・と物量作戦に出ました。しかしメールを送るのは無料でも、メールを書く時間がバカにならなってしまいました。

さすがにそれが虚しくなった時、ふと「はたして自分にはどれだけ競争相手がいたのだろうか」という疑問が浮かびました。少ない資源に多くの競争相手が群がっていることが明らかになれば、自分も諦めやすくなるかも知れない、そう思いました。

そのサイトには、交際相手を求める男性のための掲示板もあることは知っていました。が、目が血走った男たちの浮ついたメッセージなど読みたくもなかったので、それまでそこを覗いたことはありませんでした。お前だって目が血走っていたんだろうって? 確かに。
その掲示板を見て、僕は書き込みの多さに圧倒されました。その数はまさに圧倒的でした。

掲示板の記事数を元に、そのサイトの男女比を推定するなら、女性一人に対し、男性数十人。やっぱり男って、こういうことになると・・・。

いやしかし、これはあくまで掲示板の記事の比率にすぎません。これを元に、掲示板に投稿した女性に送られるメールが数十通だとは言い切れません。掲示板には書き込まなくても、メールは送る男は多いかも知れず、また逆に少ないかも知れません。が、残念なことに男である僕には、女性の元に何通のメールが届いているのか、知る手段がないのであります。。

それでも、判断を下すには、正確な事実を知らねばなりません(そんな義務はない?)。そこで・・、僕は女になってみることにしたのです。

「続きは明日の夜」とシャーラザットは言うのでありました。

(まだ続く)。


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