FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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CREATIVE特選品
★作者お気に入り
そよそよ よそ着
ティアーズ・ランゲージ
眠らない、朝の旋律
一緒にいよう
海岸線の空の向こう
夜行歩行
逃げた文鳥
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:温度差の絶対値(往路)

 冷たくなっていく心は、自分の体温の上昇に気付いて思い知る。

 言葉のひとつひとつが、突き刺す氷のように冷ややかに私を襲う。いつも痛む前に封じておこうと思うのに、決まって手後れになってから思い出す。切なさは増して、恋の終わりを肌に知らせる。

 初めての夜は羽田帰りだった。1週間東京を不在にしていた帰京間近、裕樹は待ち切れないカードで私を迎えた。前の晩に滞在先にまで携帯を鳴らして、さりげなく復路便を確認して。もうそろそろ東京に帰ってる頃だと思ったなどと、見え透いた嘘まで助長していく。

 到着口の柱の影でこっそりと待つ彼の姿を見つけた時、私は装いも忘れて喜んだっけ。もう、単なる飲み友だちではなくなっていた瞬間。裕樹の真っ向なオフェンスは勝利の道を突き進んだ。見果てぬ夜の始まり。

 エモーショナルに喜びと満足を折り重ねた日々。すべてが私たちに味方しているのだと、運にゆだねた身の程知らずの逢瀬は続いて。気付かずに連なる怠惰は、落とし穴を仕込む。自らが落ちる穴だとわかっていても、草に群れる大地を踏まずにはいられない。浅はかにさまよう恋の渡航。陥いるにたやすい絶妙の誘惑。終わりに近付く足音など聞こえないように、気をそらすのに夢中だった。

 盲目に期待は大きくゆがんで、分かっていたはずの判断を狂わす。直感に従うなら、裕樹と深く関わるべきでないと、知り会って最初に感じていた。必然をほどほどにやり過ごし、たまに投合して交わす酒に楽しむ間がら。それ以上もそれ以下も、この組み合わせには向かないと思った。
 例えば虹の色を数える時、赤から数えるのか、紫からなのかでもめるとか。例えば濡れたアスファルトを踏み締めるスニーカーの音はキュッキュッなのか、ギュッギュッなのかで争うとか。それくらいに二人は違っていたのだ。

 虹をあおぐ二人の空を喜べれば良かった。雨模様の道は手を繋いで音を鳴らして歩めば良かった。それだけの現実に当事者達はいつも回り道をしてやり過す。幸福の決定権は、自分たちこそが持っているというのに。

 温度差は冷たさをはっきり感じ取る。何処にも測る術などなくても。無機質に響く音まで伝わる五感に、神経はあざなわれて、ごまかしすら通じない。

 感じあった密な想いを幻にできるなら、砂漠で息絶えるように未来を失える。消えない足跡を残すように、心に刻まれて別離は忍びよる。いっそのこと、一気に突き抜かれたいと身を投げ出して。切なさはよけいに肌に染み入る。

 裕樹は多分、優しいままに去っていくのだろう。温度を伴わなくなった心を怒りと悲しみに溶かす術すら見い出さないままに。

 花びらをひとつずつ落としていくように、時は静かに激しく進んで。すべてが枯れ果てても、鼓動は鳴り続け、別れのセレモニーは音のない雨に浸すのだ。

 別れるために出会う恋。感じるままに運命は過ぎゆく。人は出会う、恋は甘く。いつも、それでも。


温度差の絶対値(復路)




※FILL書下ろし2002.6.18


収納場所:2002年06月30日(日)


 
 
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