FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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CREATIVE特選品
★作者お気に入り
そよそよ よそ着
ティアーズ・ランゲージ
眠らない、朝の旋律
一緒にいよう
海岸線の空の向こう
夜行歩行
逃げた文鳥
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:温度差の絶対値(復路)

温度差の絶対値(往路)から先にどうぞ


 恋のスパンは三ヶ月でいいと。泣き顔のような笑顔で彼女が言った。えくぼをはにかんで覗かせる笑みに、僕は苦さを心ににじませる。
溝に深くなぞられていたことなど知るはずもない。いつでも彼女は僕を迎え入れ、優しく暖かく、柔らかかったのだから。

 熱くたぎるように沸騰させて想いは募る。人は図らずして心の炎を灯す。痛みを薪にしてたつ火柱に、輝いて温められ、恋の在り処など知らなかった僕に所在を示す。少年に戻ったのではなく、何も知らなかったのだと、人を想う度にひとつずつ体は覚えていく。恋の加齢は生きてきた歳に比例しない。彼女が今少女のように映し出されて、幼く弱く僕にもたれているように。
 傷つくことを招き入れて、心はあらわにむき出しになる。僕は触れる指さえためらって、何度息を飲んだかしれない。

 想いの扱いさえ、人は迷って行く道にたたずむ。
 とんぼを追い掛けている頃は、夕暮れも超えて遊び心は時を占領している。ふと虫取り網もひざ小僧のすり傷も自分から消えていることに気付いて。かつての雑木林はもう区画整理された公園と化していた。素足で駆け抜けた獣道はもうないと知る。そんな夕暮れの扱いに迷った青い時代のように、人は恋に躊躇する。

「もう終りなのね」
彼女は小さく言った。
「終るも何も…、」
そこまで言って僕は口籠る。

 キャンプファイヤーの残り火がパチパチと音を立ててくすぶっていた夏を祭った夜を思い出す。消えてゆく炎を、僕は遠くで眺めていた。その火で花火を上げたら、きっと豪勢な夜になるのにと、悪戯な思いつきに水辺の明かりが消えないことを願った。

「冷たくなっていくあなたの心を、私は感じていたくない」
彼女の言葉が炎に揺れる。

 まだ火の残る地面はこんなに熱い。行く言葉と迎える言葉。その間にどんな変換作用が働くのか、僕は火の熱に揺らめいて遮られた向こう側に視野を探す。

 もしも、夜が昼の温度を冷ましても土が熱を残しているように。その土さえ冷えるほど外気が氷っても、炎は必ず立つように。熱が消える時など来ない。
 もしも、言葉が変換されて心が闇に呑まれていくなら、闇が明けるまで待てばいい。鎮火が流れを司るなら、わずかな炎を灯し続けていけばいい。痛みの薪だとしても、宿る灯火は絶やせない。
 恋は証を探して、印を火に託すことなのかもしれない。それが、もっと痛みを増すのだとしても、もっと冷たく心をやつすのだとしても。

 ただ、紡いでいたい。見果てぬ炎を、ずっと灯していたい。僕はそれだけを願っていた。


温度差の絶対値(交路)に続く


※FILL書き下ろし2002.6.23

収納場所:2002年06月29日(土)


 
 
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