FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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CREATIVE特選品
★作者お気に入り
そよそよ よそ着
ティアーズ・ランゲージ
眠らない、朝の旋律
一緒にいよう
海岸線の空の向こう
夜行歩行
逃げた文鳥
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:逃げた文鳥

 最近彼は元気がなくて。大切にしていた文鳥が逃げていってしまったんだ。とだけぽつりと言った。
 私と一緒にいる時もふと遠くを眺めて、もの想いにふける。
 妬けるよ、文鳥なのに。口惜しく私はそんな彼を見つめる。

 もともと口数が少なくて、彼が何を考えているのか、わからない時のほうが多い。たまに電話をしてきて、会おうよと唐突に言って。私はいそいそと彼を迎えて。そんな関係だった。
 私にはメールするのさえ億劫がるのに、文鳥へは毎日欠かさず水をやり、餌をやり、挨拶をする。そんな不条理あっていいのか。私は鳥アレルギーで、文鳥が来てからは彼の家にも行けなくなったというのに。

 見るからにやつれている彼。もともとたくましい感じではなかったけれど、弱まっている男の人の姿なんて、あまりにも見るに忍びない。やるせなく私は励ますのだけど、あまり効果はなさそうで。よけいに胸は痛む。どんな文鳥だったというのか。側にいる女にも気を配れなくなる程に。
 仕方ないから好物を料理しに彼の家に行く。食べ物で元気がでてくれるなら単純でいいのだけど。
 私がつくったカレーはとりあえず全部食べる。もくもくと食べて、その姿はとても無邪気なのに。食べ終わって窓辺を見つめてため息をこぼす。

 いい加減にしろと殴りたくなる。そんな男と戯れて、私が文鳥だったらよかったのにと、切ない。
 何故そんなに悲しいのか、尋ねてみるけどあいまいに頷くだけ。鳥かごはそのままにしてあって、寂しさが増すから片付けようと言うのに、取り付く島もなく受け付けない。

 夜中に目が覚めて隣を見たらやっぱり彼も起きていて。
 泣いていた。

「本当は逃げたんじゃなくて、猫に食われたんだ。アイツ。首に歯が食い込んでいって、ぐったりしていった姿。見てられなかった…」
 「俺、その猫にも何もできなくてさ」

 と堰を切って言ったかと思ったら、無言に涙を流す。

 馬鹿な人。

 私は濡れた頬を拭いてあげ、キスをして、明日お墓をつくってあげようとたしなめる。彼はひっそり眠りについて。私はもっと胸は苦しい。


 翌日小さな植木を買った。今どき、庭も空き地も無い都会のアパート。土すら買ってこなければ手に入らない。
 植木に墓標を立てるのはそぐわない感じがして、細かい細工の掘られた木製のスプーンをさして代わりにする。観葉植物のツリーとスプーンでできた小さなお墓が整った。

「その子に毎日あげていたお水は、今日からここに供えてあげるのよ。生あるものはいつかは亡くなる。その命をずっと心に止めておくための儀式。それが弔いなの。それでその子もきっとあなたを忘れずにいられるから。幸せな涙なの」
「静かに、静かに。悲しみは空に返して。切なさは土に還元させて。痛みは包み込んでいくものなのよ」

 彼はもう泣かずに、私を胸に引き寄せた。

「ありがとな」
「俺の隣にはお前。それが幸せな涙だろ」

 さらっと心をこぼす。

「ずるい人」

 とつぶやいて…。
 やっと、ぽろぽろと頬をつたうものが私にも訪れる。見る見るくしゃくしゃな泣き顔に変わる。

「せっかく俺が泣きやんだのに」

 と、ようやく彼は微笑んだ。
 そのまま私を抱きとめたまま、優しいままに。静かに彼は待っていた。じっと私の涙がひくまで。

 私はもっと、泣いていたくて、やつれていたはずの胸にうずくまる。

 ただ、暖かいと伝える心に変換させて。私はそっと嬉しくて。



 ※FILL書きおろし2002.9.17



収納場所:2002年09月17日(火)


 
 
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