FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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CREATIVE特選品
★作者お気に入り
そよそよ よそ着
ティアーズ・ランゲージ
眠らない、朝の旋律
一緒にいよう
海岸線の空の向こう
夜行歩行
逃げた文鳥
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:カフェ・モカな日々

 まだ期待を捨てていないんだな、この人。
 目の前で無邪気に日常を語る男を見ながら、濃く渋いエスプレッソに口をつけて思った。

 苦い珈琲も渋いたばこも好みではなかった。数年前までは甘いモカにシナモンパウダーをふりかけ、気分がいい日はホイップまで落として。そんなものが好きな女だった。
 化粧がだんだん荒れていくように、未来への期待は薄れて。今ではただ目の前に訪れる出来事だけを受け入れて過ごしていた。
 色恋も、どうでもいい所行のひとつだったけれど、世を捨てたような私でも時には人恋しい夜もある。男はそんな隙に入り込むのが上手かったのだろう。まだすれていない少年が夢を語るような瞳で私を見つめて。ナイト気分な夜を好んだ。

「どうしてそんなに覚めた言い方をするの?」
 たまに私を叱る。親に叱られたことすら遠い記憶だというのに。無邪気とは平穏を象る。穏やかな日々に、引っかかりを探るように私は男と戯れる。

 時々こっそり私の携帯の履歴やスケジュール帳を覗いているのは知っていた。私のような女を心配し、嫉妬すら行動に移す男を不思議に思う。もの好きなんだなくらいに想像して。
 深夜を過ぎても戻らない日があった。いつもまめに連絡をしてくるのに、その日は何もなくて、夜明けまで待ったけど結局ドアは開かなかった。翌日、飲みすぎて友人宅で寝過ごしたと言い訳と花を持って帰宅する。そんなことで、言い訳など用意しなくていいのよと言ってたしなめるのに、しびれをきらして私に問う。

「僕は君の何なの?」
「何ものでもない」

 すれた返事にうなずいて、知っていたと返す。それでも変わらずに世話をやいて、私はやはりもの好きだと思う。

 ある時、こじんまりと整った顔立ちの女が訪ねてきた。彼女の言葉を要約すれば、男を返してくれとそんなこと。先週も自分の所に息を抜くように泊まっていったのだから、いい加減、諦めてと女は言った。

 この娘は何を見ているのだろう。私の形相すら目に入っていないのか。肌はあれて髪も痛んだままで、きれいに着飾っているわけでもない姿。男の人をひきつけておく魅力なんてないのに。彼が彼女を選ばない理由を私のほうが聞きたい。
 女は言いたいことだけを言いたいだけ言ったようだったのに、無反応な私に言い足りなさそうに不機嫌なまま帰った。

 その夜私も男にきいてみる。
「私はあなたの何なの?」
「何ものでもない。一緒にいる人」
 そんな答えにおかしくて私はけらけらと笑った。

「でも、ひとつだけはっきりしている。本当は教えたくないけど」
 もったいぶるようにじらして。

「君が僕に首ったけだから、僕は君といたいだけ」

 そんな期待を胸いっぱいに詰め込んだ男と、今夜も温めあって。夜通し優越に浸りつくす。愛ってそんなものだと、クールに思い込む。

 苦い珈琲を好みではないのに飲み干すように。裏腹な欲望は忍びあう。

 明け方に熱いカップを手渡す男。モカの味を思い出した?と皮肉を言って。私は甘さをたしなんで。


[end]

※FILL書き下ろし2002.8.11

収納場所:2002年08月12日(月)


 
 
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