2004年08月31日(火)  東京ディズニーランド『ブレイジング・リズム』

■台風一過の東京ディズニーランドは、すごい人。夏休み最終日の今日は、夏のスペシャルイベント『バズ・ライトイヤー夏の大作戦』と『ブレイジング・リズム』のフィナーレでもあり、駆け込み来園も多かった模様。もちろん、わたしもその一人。『夏の大作戦』は、人垣の間からかろうじて見えるという感じだったけど、一度観ているので、今回はまわりの人たちの反応を見て楽しむ。本命はブレイジング・リズム。こちらも人垣の後ろからの鑑賞だったけど、スロープになっていたので見やすかった。台風の名残でかなり強い風が吹いていたので、あおられた火がキャラクター衣装に燃え移りそうではらはらした。そんなスリルも加わって、本物の炎は迫力満点。最後のほうにシンデレラ城と同じぐらいの高さの火柱がゴーッと上がったときは大歓声が起こった。リズムと炎は人を熱くする。去年、東京ディズニーランドのスペシャルイベントで人気第1位を獲得したとかで、熱い期待に応えてこの夏帰ってきたブレイジング、来年も続投しそうな気がする。
■アトラクションはどこも長い行列で、バズ・ライトイヤーのアストロブラスターは160分待ち。穴場のウェストリバー鉄道(車掌さんの案内ナレーション、何度聞いても味があって楽しい)は10分待ち。地味だけど、あなどれない面白さ。他は何に乗るのも大変そうなので、お茶することに。はじめて入ったイーストサイドカフェは落ち着いた雰囲気で、飲み物のおかわりもできて、ゆっくりできた。

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2004年08月29日(日)  東京都現代美術館『日本漫画映画の全貌』

東京都現代美術館にて日本漫画映画の全貌を観る。このところア二メーションにも首を突っ込んでいるので、中吊り広告を見て、気になっていた。日本での「漫画映画」の誕生からスタジオジブリの最新作『ハウルの動く城』まで、漫画映画の歴史を作ってきたクリエイターたちとその代表作を、絵コンテなどの製作過程資料と完成した映像で紹介。わたしにはまだまだ知らないことだらけなので、立体的でわかりやすい見せ方がありがたい。脚本にはじまり、キャラクターデザインや世界観のイラストが起こされ、モノクロのスケッチに色がつけられカレーのストーリーボードになり、セル画が描かれ、フィルムに焼き付けられ、動き出す。展示でその過程を追いながら、キャラクターと世界観に命を吹き込む作業の大変さと貴さを思い、胸がいっぱいになった。漫画映画をはじめた人は、「絵を動かしたい」という素朴で純粋な衝動に駆り立てられたのだと思うし、今アニメーションの仕事に携わっている人の多くもそうなのではと想像する。自分の書いた脚本の世界が動くところを見てみたいし、それが誰かの心を動かせたらもっとうれしい。そんな気持ちで書いていきたいと思った。■東京都現代美術館のある木場公園は、一時期ジョギングコースにしていた。公園のまわりの深川界隈は、深川めしや和菓子の店が並んで下町の風情があり、散歩コースにもおすすめ。「現代美術館はこちら。ちなみにここのお饅頭おいしいよ」なんて看板も楽しい。かかしコンテストを実施中だとかで、道のあちこちに風変わりなかかしが立っていた。半蔵門線の清澄白河駅ができて、ずいぶん便利に。

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2004年08月28日(土)  『心は孤独なアトム』と谷川俊太郎

■新宿のスペース107にてSTRAYDOG&J-TOP Produce公演『心は孤独なアトム』を観る。森岡利行さんの脚本・演出で、キャストを変えて繰り返し上演していて、わたしが観るのは今回が3回目。<月><星>のダブルキャストになっていて、フライデーの亀ちゃんの出る<星>公演を見ることにする。出演はストレイドッグから工藤剛、重松隆志、原精、勝又康子、寺田恵、酒井健太郎、中原和宏、フライデーから亀蔦健一、田中卓郎、安保磨、岡村幸一、他に秋田麗美(ケイ オノ ダンスナッツ)、黒田百合(スペースクラフト)、能世あんな(テンカラット)、植村結子、ふるけいこ(バイオス)、田崎那奈(オスカープロモーション)、山口貴久子(アイ・トゥー・エー)、岡田文栄、濱谷安希、鈴木麻衣、星子麻衣(ベリーベリープロダクション)、大山真子、暖水みなみ。モデル系のイケメンとアイドル系のかわいい子率が今までになく高く、客席は若い子たちが目立った。ちなみにJ-TOPというのは、都内最大級のダンススクール「BOXMENアカデミー」を運営するジェイトップネットワークのことで、今回のダンスは今までになく激しかった。■観終わってから「脚本変わってますよね」と言うと、「いえ、いじってないんですよ」と森岡さん。キャストが変わると、同じ脚本でも印象ががらりと変わる。今回は劇中歌が染みて、泣けた。CATSのメモリーを聞いて、涙が出てきたときと似ている。原子さん役の人、名前わからないけど、なんとも言えず揺さぶられる声だった。あと、これまでの公演でも出てきた『死んだ男の残したものは』という詩が、今日はとくに印象に残って、涙を誘われた。友人を喪ったせいだろうか。

死んだ男の残したものは ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった 墓石ひとつ残さなかった

死んだ女の残したものは しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった 着物一枚残さなかった

死んだ子どもの残したものは ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった 思い出ひとつ残さなかった

死んだ兵士の残したものは こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった 平和ひとつ残せなかった

死んだ彼らの残したものは 生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない 他には誰も残っていない

死んだ歴史の残したものは 輝く今日とまた来る明日
他には何も残っていない 他には何も残っていない

調べてみると、1960年に日米安保条約改定反対集会で初めて歌われた「歌」で、メロディがあり、1番から5番になっているらしい。「残さなかった」が「残せなかった」になる4番は、イラク派兵反対のメッセージとして引用されることも増えているよう。やさしい言葉の重なりが強い力を持ち、しっかりと心に刻まれるこの詩の作者は、劇中で何度も歌われた『鉄腕アトム』と同じく谷川俊太郎さんだった。

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2004年08月27日(金)  汐汲坂(しおくみざか)ガーデン


■会社の同僚たちと汐汲坂ガーデンで夕食。同じ得意先を担当している営業K君の奥様のお母様がやっているお店で、1階が庭つきのカフェ、2階が家庭料理『菜彩(さいさい)』となっている。すでに行ったことのある同僚から評判は聞いていたけれど、内装といい、テーブルや器の趣味といい、店員さんの応対といい、心配りが行き届いていて、とてもいい雰囲気。ただでさえ居心地のいい店なのだけど、年末に生まれた愛娘を抱いた美人妻や気品のあるお義母様も挨拶に見えて、友達の家に招かれたようなくつろいだ気分になる。「葛とジャガイモの冷製スープ」にはじまり、前菜盛り合わせ、今朝仕入れた新鮮なお刺身、鶏の丸焼き……と次々とお皿が運ばれる。家庭料理とうたっているけれど、盛り付けにはこだわりが感じられて、おもてなし料理の風情。「こんなの絶対家で作れないよねー」と言いながら、ぱくぱく食べる。和風ベースの味付けはどれも食べやすく、いくらでも行けるけど再現不可能。デザートのきなこプリンもぺロリ。「食べ物でこれだけ人を幸せにできるって幸せだねえ」とみんな大満足。
■1階のカフェに場所を移して、食後のティータイム。ケーキは自家製で、近所には地元で人気のパティスリーも開いているらしい。カプチーノと小豆のチーズケーキをいただく。ケーキはしっとりしていて、好きな味。カプチーノはもう少し大きいカップだとうれしいけど、それは小さなこと。夜風に吹かれてお酒も飲めるオープンテラスは、日が差し込む時間帯も気持ち良さそう。渋谷から特急で35分、急行で40分のみなとみらい線の終点『元町・中華街』駅から歩いて6分。中華街の行き帰りに立ち寄るのもいいな。中華街、倉庫街に続いて、横浜方面に新たな誘惑。

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2002年08月27日(火)  虹の向こう


2004年08月26日(木)  土井たか子さんと『ジャンヌ・ダルク』を観る

『ジャンヌ・ダルク』を観なくてはと思っていた。今書いている短編映画のモチーフに使う計画があって、シナリオに「ジャンヌ・ダルク」と書いたものの、歴史の教科書に出てくる「白旗持って隊を率いる絵」しか思い浮かばない。引用するからにはもう少し知っとかないと……などと考えていた矢先だったので、「ジャンヌ・ダルクのビデオを観ませんか」の電話が来たときは、びっくりした。

神の声を聞いた少女が主人公の作品だけに、ちょっぴり神がかり。

しかも、土井たか子さんと一緒にと言う。リュック・ベッソン監督、ミラ・ジョボビッチ主演のジャンヌ・ダルクについてコメントするという依頼が土井さんのもとに舞い込み(憲政史上初の女性衆議院議長を務めた土井さんを『政界のジャンヌ・ダルク』と呼ぶ声があるとか)、ビデオ鑑賞のおともに声がかかった。土井さんとは前に一度お会いしたことがあり、わたしが映画の世界に首を突っ込んでいるのを覚えていてくださったよう。脚本を書いていると、思いがけないところにつながる。

衆議院議員会館に着き、空港にあるような手荷物チェックを受け、金属探知機ゲートをくぐり、土井さんの事務室へ。議員さんには一人にひと部屋割り当てられているそう。はじめて来るので、何を見ても珍しくて、社会見学気分。壁は本と資料がぎっしりで、電話がひっきりなしに鳴っている。大学の研究室に似た雰囲気。

電話のないほうの応接間のテレビで観る。「そこのドアを閉めたほうがdisturbされないんじゃないですか?」と、土井さんは言葉遣いがエレガント。年齢を感じさせない若々しさと存在感を備えたこの人、「CMに使いたいキャラクター」として、アイデア出しでよく名前が挙がる。現職議員の起用はできないのだけど。

観終わった土井さんは開口一番、「ジャンヌ・ダルクは英国軍に撤兵を何度も呼びかけ、平和的解決をはかろうとしたのよね」。「結局は大義のための戦争をすることになって、勝利と引き換えの惨劇を目の当たりにして、こんなはずじゃなかったって後悔するわけですよ」と熱く語る。映画を観るときも「がんこに平和」の人なのだった。

わたしの感想は、「答えのない、救いのない映画」。かなり史実に忠実に描いたそうなので、ジャンヌの人生そのものが答えのない、救いのないものだったのかもしれない。土井さんも同感で、「答えを作品の中に求めるのではなく、考えさせられる作品でしたね」。

ジャンヌが聞く「神の声」は「内なる心の声」なのでは、とも話した。人は皆、自分の心に耳を傾け、自分を信じて前に進んでいくしかない。少女時代のジャンヌが草むらで見つけた剣を空にかざすシーンを見て、わたしは「剣と十字架は似ている」と思った。

剣も十字架も信じるよりどころになるけれど、どちらも信じすぎては災いの元。

そんなことをリュック・ベッソン監督が考えたかどうかはわからないけれど。土井さんのコメントは来週収録、1分半ほどに編集され、9月21日(火)深夜1時半からの「映画楽園シネパラ」の冒頭コーナー「THE NEXT 金曜ロードショー」で紹介されるそう。作品はその週の金曜ロードショー(9月24日 21:03〜23:24 30分拡大)で放映予定。



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2003年08月26日(火)  アフロ(A26)
2002年08月26日(月)  『ロシアは今日も荒れ模様』(米原万里)


2004年08月25日(水)  アテネオリンピックと今井雅子

アテネオリンピックは一視聴者として楽しんでいるけれど、それ以上の関係はないと思っていたら、あった。せーリング女子ミストラル級に同姓同名の今井雅子さんが出場していたのだ。そのおかげで「オリンピック出てるねー」と同僚にからかわれたり、「今井雅子」で検索してサイトにやってくる人が増えたり、「がんばってください」という激励のメールが舞い込んだりしている。前回のシドニーにも出場されていて、そのときも同じようなことがあった。

「料理もするんですね」というメールをときどき受け取るが、料理研究家にも今井雅子さんがいる。わたしも料理はするけれど、失敗談を聞いた人を勇気づける腕前なので、本物の今井雅子さんには申し訳ない。画家の今井雅子さんもいるし、近所の東洋大学には今井雅子ゼミがある。京都のHISにいたとか、雑誌の当選者発表で見たとか、あちこちから同名さん情報は寄せられる。

いまいまさこカフェのゲストブックにも「私も今井雅子です」と書き込みがあった。Yahoo!で「今井雅子」を検索したら、1255件ヒットした。「正子」や「昌子」もいるし……とひらがなの「いまいまさこ」にすると103件に減少。ちなみに「今井正子」は118件、「今井昌子」は35件で雅子が圧勝。わたしは祖父が正太郎、父が正義なので、順当に行けば「正子」になるはずだったけど、「画数が少なすぎる」と母が言って「雅子」となった。今井は旧姓だけど、職場では名刺も名簿もそのままだし、ペンネームにもなっているので、今井雅子と名乗ることのほうが多い。珍しい苗字ではないのに、本名で検索すると、18件しかヒットしなかった。

少し前、朝日新聞Beの「こだわり会館」(マニアックなこだわり人を荒俣宏が紹介するこのコラム、大好き)に同姓同名さんを探している田中宏和さんが出ていた。同士で集まるときのメールのあて先が田中宏和だらけ、なんて想像するだけでおかしい。今井雅子さんに遭遇する確率は、田中宏和さんよりも高そうな気がする。

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2003年08月25日(月)  冷凍マイナス18号
2002年08月25日(日) 1日1万


2004年08月24日(火)  TOKYO OYSTER BAR 

会社の仲良しトリオの一人、E君の誕生日を祝って五反田のTOKYO OYSTER BARへ。「牡蠣ならココ!」とグルメな同僚が絶賛していたお店で、間口の狭い小さな2階建ての店内は満席。「牡蠣はRのつく月に食うべし」の法則はこの店にはあてはまらないようで、世界の海から食べ頃の牡蠣が集結。生牡蠣(薬味をいろいろ試したけど、やっぱりレモンがいちばん!)、チーズとサワークリームとサーモンとイクラと合わせた牡蠣(大好きなものがすべて一つの殻に!)、牡蠣フライ(大ぶりの身で食べ応え十分)、牡蠣の石焼ビビンバ……誕生日を祝うという本来の目的をほとんど忘れて、ひたすら牡蠣を堪能。メニューのバリエーションが豊富なので、牡蠣づくしでも飽きない。シャンパンと白ワインによく合って、幸せ。店員さんにすすめられたタコスもおいしかったけど、これは牡蠣ではなかったような……。店員さんの爽やかな対応も好感。

こんなにおいしい牡蠣を大学生までは食べられなかった。ニューオーリンズのオイスターバーに入ってサラダを食べてしまったのが悔やまれる。

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2002年08月24日(土)  『パコダテ人』ビデオ探しオリエンテーリング


2004年08月23日(月)  江戸川乱歩と大衆の20世紀展

■プレゼンから直帰したので、ずいぶん早く家に着く。さて何しよう、と思ったとき、あれはいつやるんだっけと『江戸川乱歩と大衆の20世紀展』のことを思い出す。5月から冷蔵庫に貼ったままになっていた情報誌『池袋15分』の切抜きを見ると、8/19〜24。今日行くしかない!と急いで池袋に向かう。■乱歩は昭和9年から昭和40年に71才で亡くなるまで、立教大学のすぐ近くの土蔵つき借家で暮らした。没後40年近くを経て、『幻影城』と呼ばれる土蔵ごと旧乱歩邸が立教大学の帰属に。大学創立130年を迎えるにあたり、はじめて土蔵を一般公開するとともに、土蔵の中の資料を披露する展覧会を開く運びとなった。まずは、展覧会場の東武百貨店10階催事場へ。客層は30代以上、男性多め、女性は個性的なファッションの方が多い。皆さん本好きそうな顔に見える。関東大震災前、乱歩は浅草にいくつかあった演芸場に通っていたとかで、十二階楼のあった頃の浅草や乱歩の手書き地図が展示されていた。数時間まで浅草の得意先にいたので、不思議な感じ。デビュー作『二銭銅貨』をはじめとする手書き原稿、文人たちと交わした書簡、弟たちと三人書房をやっていた頃の記録とその頃(新婚でもあった)の住まいの再現、土蔵の書棚、昭和三十年頃の貸し本屋の再現、西鶴の本や手品本などのコレクション……整理好きの乱歩は、自分の本はすべて手元に置き、さらに、自分に関する新聞記事や見に行った芝居のチラシなどをスクラップ帳に貼り付けた「貼雑年譜」というのを作っていた。将来の展覧会を見越していたような準備の良さ。以前、『世界ふしぎ発見』で「乱歩は自分の書いた手紙の控えを取っていた」ことがクイズになっていたが、カーボン紙で取った写しも展示されていた。「どうして人は他人のものを集めたがるのだ。誰よりもかわいい自分のもののほうが面白いし、自分のものを集めるのは自分がいちばん適任なのに」といったことを語っていたそうだが、その言葉が何より印象に残った。■興味が膨らんだところで、旧江戸川乱歩邸のある立教大学へ移動。立教といえば、学生時代の甲子園ボウルでチアの子たちと交流があった。ユニフォームがオレンジ同士で似ていて、みんな明るくて気持ちいい人たちだった。全員、開脚ジャンプでトータッチができて驚いたなあ……などと思い出すうちに到着。「混み合っていて、60分待ち」と言われ、大講義室に通される。3000人が訪れた昨日は80分待ちだったとか。流れているビデオを観たり、図録を読んだりしていたら、きっかり60分で順番が回ってきた。豊島区の有形文化財に指定された土蔵は建築学的にも意味のあるもの(白でも黒でもないねずみ色の漆喰を施されていたとか、震災の後で壁にスパイラル状の金網が入っているとか)なんだそう。壁は当初のねずみ色に塗られ、中は保存のためガラス張りになっていた。ガラス越しに見た書棚には『ゲーテ対話の書』『日本馬術史』『推理小説の歴史』『柿本人麿全集』などが並び、シャーロック・ホームズや児童心理学や法医学の文字も見えた。洋書も多かった。「蔵書が書庫(しかも建物)ごと保存」されるのは稀なケースで、大学は膨大な資料との格闘を続けることになりそうだが、遺す人あり、守る人あり、おかげでいいものを見せてもらえた。住居の書斎も公開されていて、壁には棟方志功や村山塊多の絵が飾られ、高島屋や三越で買い求めた絨毯や調度品が並び、乱歩がフィルムで撮った家族の映像が流れていた。■乱歩の人間くささを知り、ぐんと親しみが沸いた。ゆかりの地がお散歩コースの池袋にあるのも何かの縁。講演会に落語会にと関連イベントはまだまだ続くようで、新文芸座では9/4〜17まで江戸川乱歩映画祭が開催される。

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2004年08月22日(日)  H2O+H2=H4O(水素結合水)

■「水」のサンプルをいただいた。H2O(水)+H2(水素)=H4O(水素結合水)というのだそう。ウィダーインゼリーのような180ml入りのアルミパッケージは、すっきりと研ぎ澄まされたデザインで、この手の健康系にありがちなゴテゴテ感もファンシーさも薀蓄もない。自信の表れなのだろうか。サンプル5パックと一緒に入っていたパンフによると、H4Oには「酸化」を「還元」する効果があるのだとか。体のサビをきれいにしてくれるということだろうか。アトピーなどに効く模様で、パンフには「使用前」「使用後」写真が紹介されている。化粧品のコピーを担当していた頃は、「水が肌をつくる」なんて化粧水のコピーを書いていた。細胞を支える水は、体の基本。大事、大事。■早速1日1パックで5日間続けてみた。最近はビフィズス菌のおかげでアトピーも出ていないので、とくに変化は見られない。若返ったとかキレイになったという声もなし。たった5パックで劇的な変化があるのもかえって怖いかもしれない。でも、体にいいものを取り入れているというプラシーボ感覚は味わえた。「水素で還元」って科学的な響きは、何だかありがたみがある。気になるお値段は16パックで8400円。1パックあたり500円強の計算。1日1パック飲まないと効果なしだと、ちょっとお高い買い物になる。たまに飲むだけでもいいのだろうか。10月には「水素浴」できるフェイシャルスプレーやスポーツ飲料やペットウォーターが発売されるとのこと。価格などはまだ発表されてないけど、こちらはもう少しお手軽かも。

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2002年08月22日(木)  鼻血で得意先ミーティングに遅刻


2004年08月19日(木)  色数はあるけど色気がない

『風の絨毯』プロデューサーの益田祐美子さんと食事をしていたら、突然、「今井さんって、色気感じないねえ」と言い出した。

今さら大発見でもないので、「そうですねえ」と相槌を打つ。普通の人はそれ以上踏み込まないのだが、益田さんは「なんでかねえ」と考え続け、話題が途切れるたびに「黒とか着ればいいんじゃない?」とか「仕草が女らしくない」とか勝手にアドバイスし、「胸がないからかな。でも、ジェニファの試写会のとき、上げ底してたけど、やっぱり色気なかったわねえ」とヘンなことまで思い出す。

もう、ほっときなさい!

益田さんは、あるとき「女の魅力で映画の出資を取りつけたんですか」と聞かれて、唖然としたらしい。「そんな風に見ている人がいるって、びっくりしちゃって」と言うが、「それ、褒め言葉とも受け取れるよ」とわたし。「魅力がある」って認めてくれてるんだから。正確には「魔力」なんだけど。

わたしはと言えば、色数が多いとは何度も言われたことがあるけど、色気があると言われたことは一度もない。あるとき「今井は色仕掛けで脚本の仕事を取っている」という噂が流れかけたが、すぐに「色気ではなく色数で惑わせている」と修正情報が定着してしまった。やれやれ。

誰が見ても評価はあまり変わらないようで、先日、会社の飲み会で「助手席に乗せたい女」の話題になり、社内のいいオンナの名前が次々と挙がったとき、誰かが「今井はどう?」とジョーカーを投げこんだ。すると、すかさず「それは誘拐だろっ」と反応があり、一同大爆笑。若いとは言われたいけど、子どもまで若返りたくはない。

同僚と三人で東京ディズニーランドのレストランに入ったとき、あとの二人には熱いお茶が出て、わたしにだけ水が出たという事件もあった。わたしもショックだったけど、「今井先輩の母」にされた後輩の女の子も傷ついていた。わたしが着ていた赤地に白い水玉のシャツが、ミニーちゃんのコスプレに見えたらしい。やれやれ。

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2002年08月19日(月)  大阪は外国!?


2004年08月18日(水)  スチームボーイと津嘉山正種さん

■まわりで何かと話題の『スチームボーイ』を観る。製作費24億円とかで、とにかく絵の作りこみがすごかった。機関車や飛行船や潜水艦や戦車、出てくる乗り物はどれも眩暈がするほどディテールが描きこまれていて、とんでもないもの作ったなあと圧倒される。■わたしの目当てはスチームの力に魅入られたエンジニア、エドワード役の津嘉山正種さんの声。津嘉山さんとは先日、CMのナレーションのお仕事ではじめてご一緒し、その人柄とプロ魂にすっかり魅了されてしまった。こちらがOKを出しても「本当に今のでいいでしょうか。こういうのはどうでしょう」と別な引き出しを開けては、違った表現を見せてくれる。「読むだけじゃなくて魂込めないと、役者に(ナレーションを)発注した意味がありませんから」などと渋い声で言いながら。収録中も右手にはタバコをはさんだまま。その姿がさまになる。すべてが渋い人だった。最近は会う人ごとに「津嘉山さんってすごい役者さんですよね」と話しているのだが、「20年前にあの人の舞台の劇場中継の仕事やって以来、注目しています」とか「ケビン・コスナーの吹き替えの人ですよね」とか、ファンが多いことに気づく。宮崎あおいちゃんのマネージャーの小山さんに「CMの現場でタレントはどこまで踏み込んで発言できるんでしょう?」と相談されたとき、「タレントのわがままじゃなくて、作品のための提案だったら歓迎されると思う」と津嘉山さんの例を話したら、「つーさん大好きです!」という反応。ドラマ『ちょっと待って神様』であおいちゃんと体が入れ替わった泉ピン子さんのダンナさん役だったそう。あちらこちらでいろんな人の心をつかんでいる津嘉山さん、エドワード役にも聞き惚れた。

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2002年08月18日(日)  24時間テレビ


2004年08月17日(火)  サービスって?

アンダティバリゾート2日目。チェックアウトしてから、読みかけの本の続きを読むためにライブラリーへ。滞在中に長編小説2冊と絵本を一冊。6時間は藤椅子に座っていたと思う。普段は通勤の合間にちょこちょこ読むばかりで、じっくり腰を落ち着けて本を開く機会はなかなかないので、貴重な時間だった。期待が大きすぎると落胆が大きくなることもあるけれど、ここのホテルは期待に十分応えてくれた。一言で言うと、居心地がいい。バリのお香、さりげなく流れている音楽、目に優しい明かり、部屋着の作務衣、どれも心地よかった。とくに言葉を交わさなくても他のゲストの人たちの楽しんでいる空気も伝わってきて、ビリヤードの弾ける音や、オセロに興じるカップルの笑いも、幸せな空気を作っていた。スタッフの方の爽やかな受け答えも、リゾートらしくて好感。ゲストを楽しませることを楽しもうというエンターテイメント精神が伝わってきて、東京ディズニーリゾートのキャストのノリに近いものを感じた。■自分がこうされたらうれしい、という想像力と創造力を働かせてやってみる。サービスって、そうでなくちゃ。なんて思いながら岐路についた途中で対極のサービスに遭ってしまう。お昼を食べようとお店に入ると、「座敷に上げるしかないか」「仕方ないね」と、客に聞こえる声で相談する店員。普段使っていない座敷なのかと思ったら、すでに他の客は席についている。四人がけの卓を二人で使われるのが「しょうがない」のだろうか。隣の卓の家族連れが食事を終えて出て行くと、その卓の上で空いた食器を重ねはじめた。ザバザバーッと派手な音を立てて残り物の汁が空けられていくのを見ていると気分が悪くなり、運ばれた料理の味がよくわからなかった。一度限りの観光客だけ相手にしていればいいというスタンスだと、ああなるのだろうか。座席のことも後片付けのことも効率優先の表れだろうけれど、食事を出す店が、まずい気分を味わわせちゃいけないんじゃないの。せっかくの旅行の後味が悪くなってしまって残念。

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2002年08月17日(土)  浴衣・花火・箏・まが玉


2004年08月16日(月)  伊豆高原のアンダティバリゾート

■13日から17日まで5連休取っていたので、後半は伊豆へ行くことに。こないだ美容院で読んだオズマガジンのリゾートホテル特集で目をつけたホテルのサイトを比べてみて、いちばんよさげだったアンダティバリゾートに14日夜電話すると、最後の1室。空いててよかった。ここが気に入った理由は、「宿泊料にフリードリンク、卓球、ビリヤード、カラオケ、貸し自転車などなどが含まれております」という料金システム。サイトのBBSを読むと、泊まった人の満足度も高そうなのが決め手になった。
■新幹線と踊り子を乗り継ぐと、東京駅から1時間40分で伊豆高原着。踊り子一本で行くよりずっと早い。荷物を預けて、かんかん照りの坂道を登り、グルメ厨房 生田で昼食。看板に「蕎麦とキャベツロール(ロールキャベツとは言わない)」とある。蕎麦が食べられないわたしは、野菜たっぷりのプロヴァンス風味キャベツロールを注文。これが期待以上においしく、驚く。豆腐半丁ぐらいの大きさのどっしりした塊にトマト味がしっかり染み込んで、至福。シェフの料理はフランス仕込みで、練馬でロールキャベツ専門店をやっていた時代もあるらしい。
■地図を見ると、さらに坂を上がったところにリフト乗り場がある。店のおかみさんに聞くと「車で10分ちょっとだから、歩くと40分はかかるかしら」。結局1時間以上かかって大室山登山リフトに到着。噴き出した汗に、売店のおばちゃんもびっくり。リフトで山頂に着いて、盆地のようになっているくぼみのまわりをぐるっと歩く。くぼみの底はアーチェリー場。帰りはタクシーでと思ったらそんなものはなくて、同じ距離をひた歩く。車道の脇で、景色はあんまり面白くない。約4時間歩いて、足はクタクタ。■ホテルに戻り、バリ風和室(なかなかいい感じ)の冷蔵庫を開けると、「この中のドリンクはフリーです」とビールとお茶とコーヒーとゼリーがお待ちかね。ひと風呂浴びて、さあ夕食。ダイニングバーとカラオケの会社がやっているホテルと聞いて、飲み放題コースの料理みたいなのが出てきちゃったら……という不安がよぎったけれど、焼きたてパンと一緒に出されるコース料理は、びっくりするメニューはないけれど、見た目にも楽しく満足。ディナーの飲み物はフリードリンク。さらに22時から1時間のバータイムはフリードリンクと夜食(今夜は冷麺)が出る。

■食事の後、もう一度お風呂に入り、ライブラリーに立ち寄ると、読みたかった本をいくつか発見。オレンジ色の光の下に高さを調節できるリクライニングの藤チェアと足を投げ出せる台が並び、さあ本を読みなさいという環境。結局、ビリヤードにも卓球にもカラオケにも目もくれず、ライブラリーに居座ることに。

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2003年08月16日(土)  6人で400才
2002年08月16日(金)  持ち込み企画


2004年08月15日(日)  ハリケーン・チャーリーさん

■BSニュースを見ていたら、フロリダのハリケーン情報が流れていて、「ハリケーン・チャーリー」という名前が出てきた。「台風・雅子」みたいな感じで妙にフレンドリーだなと思っていたら、「ハリケーン・ダニエラ」「ハリケーン・アール」というのまで出てきた。これはどういうことかと探ってみれば、アメリカの太平洋の気候の研究機関のハリケーン研究部署に答えを発見。これによると、太平洋、メキシコ湾、カリブ海にやってくるハリケーンにはアルファベットのA,B,Cではじまる名前がつけられることになっていて、わたしがニュースで聞いたのは、Charlie、Daniella、Earlだったとわかる。名前は何年も先まであらかじめ決まっていて、男女平等の精神なのか男、女が交互になっている。ページをスクロールすると、他の地域のハリケーンにもそれぞれ名前がついている。日本で言う「台風1号2号3号……」が「ハリケーンA男、B子、C郎……」となっていたとは知らなかった。少なくとも1945年からは続いていて、78年までは女性の名前だけだったとのこと。へえー。

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2002年08月15日(木)  川喜多記念映画文化財団


2004年08月14日(土)  シナリオ合宿は体育会ノリ

シナリオの仕事をはじめて5年経つけれど、まだやっていないことがあった。合宿である。映画やドラマはフリーの人間の集まりなので、全員の空いている時間を縫って打ち合わせを重ねていても、なかなか前に進まない。なので、いつもなら数時間しか集まれないところを、「合宿」と称して一晩(場合によっては数晩)缶詰になって、一気に煮詰めるのだ。これまでも「合宿しますか」の声はあったのだけど、わたしが会社勤めしていることもあって日程が合わず、実現しなかった。というわけで、昨日から今日にかけての初合宿は、はじめての遠足に心躍らせる小学生のような気分で出かけたのだった。

ホテルのロビーに3時集合。「和室スイート」という名の二間続きの和室が、監督、プロデューサー、脚本、制作、総勢8名のブレスト会場兼宿舎となる。窓を開ければ、そこはかつて日本庭園だったと思われる草むら。夜になるとライトアップされるのが痛々しい。草むらビューのお部屋で卓を囲み、ときどき脱線しながら、あーでもないこーでもない。紙にメモを取っていたわたしは途中からパソコンに切り替え、まとめながらアイデア出し。気がつくと8時を回り、「メシにしましょう」。酒も入って大宴会になるかと思いきや、レストランフロアをぞろぞろと連れ立ってひとめぐりした挙げ句、「外に出よう」とプロデューサー。予算オーバーということらしい。

地元の洋食屋さんという雰囲気の『ラクレット』というハンバーグが自慢の店に入ったら、これが大正解。野菜たっぷりのバターライスに感激する。栄養補給ができたら、ブレスト再開。世界観、キャラクター設定、出だし、出会いの場面……どうする、どうする、どうする? 話は進んでは戻るけど、タイムリミットがないのでとことん話して詰めていく。「そろそろアテネの開会式はじまりますよ」「じゃあ続きは明日の朝」で一日目は解散。大浴場でゆったりなんて余裕はなく、体育会の合宿さながらてきぱきと布団が敷かれ、寝る人、開会式を見る人に分かれる。

二日目は8時起床。コンビニで買い出しした朝ごはんを食べ、昨日のおさらい。チェックアウト時間を延長し、詰める詰める。「じゃあこんな感じで、脚本書いて」と宿題をもらって解散。広告の世界の得意先との合宿は懇親会がメインイベントだったりするけど、シナリオ合宿はひたすら勤勉でストイック。応援団の合宿に近かった。

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2004年08月10日(火)  六本木ヒルズクラブでUFOディナー

幸運はどこに転がっているか、わからない。自分には縁がない場所だと思っていた六本木ヒルズクラブに足を踏み入れる機会を得たのは、友人ナカジ嬢の元上司の石井至氏と食事をすることになり、その石井氏が会員だったから。石井氏は釧路出身で、ナカジ嬢からわたしのことを聞いて、北海道関連の作品が多いことに興味を持ってくださったよう。エレベーター前でナカジと待ち合わせ、51階に上がるとカウンターがあり、「石井様のゲストの方ですね。ご案内します」とレストラン『アンダーカレント』に通される。大きな窓が広がる個室は、東京の夜景ひとり占め感覚。ミモザを飲んでいると、石井氏が到着し、はじめましてとなった。

金融コンサルティングと幼児教育という一見結びつかないものを手がける(会社名は石井兄弟社)石井氏は大学は医学部で罹患率や死亡率の計算をやっていたが、その計算能力を買われて金融の道に進んだ人。垣根を飛び越えるのは大の得意で、点字検定(今までなかったのが不思議)や美容師検定(これもなかったの!?)も立ち上げた。目をつけたものはとことん極めるそうで、点字の打ち方もヘアスタイルも頭に叩き込んだとか。並外れた集中力の持ち主のよう。持ち込まれた話についても、自分で徹底的に検証してから答えを出す。「SMの女王様の養成学校やりませんか」の依頼もかなり前向きに検討したそう。結局実現しなかったそうだが、「それ、映画の題材になりますよ」とわたし。

経営されている小学受験塾の話(今年二年目。一年目の去年、合格率90%を出して生徒が急増)、アキノ大統領が撃たれたときにすぐ後ろにいたという若宮さんの話(最近若宮さんが出した本をプロデュースしたのが石井さん)、UFOの話(三人とも「見たことある!」)、アイドルの話(かなり詳しい。しかもローカルからグローバルまで)、政治の話、ダイエットの話……石井氏の頭の回転に合わせ、話題も高速回転。「UFOに遭遇したとき、頭の中にチップを埋め込まれた」と半分本気で言うのも信じてしまいそう。アンテナを張っている人はたくさん会ってきたけれど、それをビジネスに結びつける力に圧倒される。最初から現在の成功があったわけでなく、ここに至るまでには苦労も失敗もあっただろうけど、自分を信じ抜く強さと何でも面白がる精神がリスクをチャンスを変えてこられたのではと勝手に想像。

手首に赤い毛糸を巻いていた石井氏。ただの糸ではなく、アメリカのセレブで流行っているそうで、日本で売っていない雑誌でいち早く知り、早速取り寄せたとのこと。秋か冬頃には、赤い毛糸を手首に巻いた人が日本で激増するかも。食事もおいしく(左は前菜のクラブケーキ、右はデザートのベリーいっぱいプリン)、感動しっぱなしの夜になった。

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2003年08月10日(日)  伊豆 is nice!
2002年08月10日(土)  こどもが選んだNO.1


2004年08月09日(月)  巨星 小林正樹の世界『怪談』

三百人劇場にて、1965年のカンヌ審査員特別賞受賞作品『怪談』を観る。15日まで開催中の『巨星 小林正樹の世界』の上映作品。昨日飲んだCMプロデューサー・山下治城さんのほめっぷりがすごくて、その勢いに「観ねば!」となった。「読むステージパフォーマンス」プチクリ発行人の山下さん、舞台はもちろん映画にかける情熱も並々ならぬものがある。そんな山下さんが企画上映のたびに通う三百人劇場は、うちから歩いて10分の距離にある。

「とにかく映像がすごいんです」と山下さんが連呼してしまうのも納得。オープニングの「水に墨汁を垂らすハイスピード映像」からド肝を抜かれる。なんて美しい色。なんて怪しい雰囲気。クレジットの入れ方も洒落ていて、物語が始まる前に「この絵はただものではない!」と興奮する。小泉八雲の原作を水木洋子さん(去年亡くなられた美しい方)が脚色した『黒髪』『雪女』『耳無し芳一』『茶碗の中』のオムニバス。四十年も前の作品だというのに、古さどころか新しさを感じさせ、斬新だと感じる。大きな目を見開いた『雪女』の空。平家の霊たちがうごめく『耳無し芳一』の世界。見事に怪しい舞台を作り上げている美術セットのディテールとスケールは半端じゃない。三國連太郎、仲代達矢、岸恵子をはじめとする豪華キャストの強烈な存在感、心の透き間につけ込むような音の巧みな使い方、それらすべてをまとめ、総合芸術に仕上げた監督の設計力に舌を巻く。DVDの特典映像に入っている色彩設計図を見てみたい。

「小林正樹ってすごい監督がいる!」といろんな人に興奮を伝えると、「知らなかったの!」と逆に驚かれた。映画関係者にとっても映画ファンにとっても常識の人であり、日本映画が誇る才能なのだった。『風の絨毯』以来、映画の世界に首と足を突っ込んでいる益田祐美子さんによると、「イランでは黒澤明の次に人気がある日本人監督」とのこと。

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2002年08月09日(金)  二代目デジカメ
1999年08月09日(月)  カンヌレポート最終ページ


2004年08月08日(日)  ミヤケマイ展『お茶の時間』

個展のたびにファンと発注が増えている友人ミヤケマイ、ついに渋谷bunkamuraギャラリーから声がかかった。今回のテーマは『お茶の時間』(7〜18日 10:00〜19:30)。帰国子女なのに、いや帰国子女だからこそ、着物にも茶道にも日本の古典にも明るい彼女は、和のテイストをモダンに表現する天才。前回に引き続き、浴衣の新作を披露するとともに、器にも挑戦。砂を吹き付けて彫るサンドブラスト(だっけ)という方法でガラスに模様を刻んでいる。絵も茶室に合いそうなモチーフが中心。和菓子で四季を綴った作品は、月ごとに吟味されたお菓子にまじって蟻がちゃっかりいる茶目っけが彼女らしい。早速買い手がついていた。「絵を飾れる壁ができたら買う」と言っているわたしは、今回も絵葉書と便箋で我慢。ファッションにも続々進出中で、ユナイテッド・アローズのグリーンレーベル(子供服)とのコラボTシャツは150cmサイズまであるそう。来夏用のティンカーベルとのコラボ水着は「今井が着るとやばいと思う」(ミヤケ談)。

いつもは会場であわただしく言葉を交わすだけなのだけど、今日は個展のあと、友人知人たちでミヤケマイと飲むことに。「ずっと家でこもってるから、人と飲むのひさしぶりやわー」と関西弁(関西人ではないけど好きらしい)モードの彼女は「ピカソはマティスに負けたくなくて、マティスに先回りしようしようと思ってどんどん作風変えてん。だからピカソを作ったのはマティスやと思う」といった美術談義をたっぷり聞かせてくれ、話は少女漫画論(くらもちふさこを絶賛)やコミケや画廊に及び、「魂を売らんと絵を売っていかんとあかん」と熱弁をふるう。

今井雅子作品の案内メールを流すと、いつもいちばん熱い激励の返事をくれるミヤケマイは、大胆なようで繊細で、器用なようで努力家で、五感も知識も記憶も手足もフル稼働させて作品を面白くするために心血を注ぐ職人。近いうちに日本を代表するイラストレーターになるはず、いや、もうなりつつあるので、要注目。

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2002年08月08日(木)  War Game(ウォー・ゲーム)


2004年08月07日(土)  ご近所の会・一時帰国同窓会

■転勤でこの春ロンドンに引っ越したC君・ I 嬢夫妻が一時帰国したので、ご近所の会で集まる。お店は、C君が日本で三日と空けずに通っていた本郷のBECHA(べスナー)。ご近所の会は以前はメールでやりとりしていたのだけど、「日本とロンドンを近づけよう」と画像つき掲示板を借りて交流するようになり、時差も距離も感じさせないほど盛り上がっている。ロンドン在住の夫妻はもちろん、東京在住のメンバーとも数ヶ月ごぶさたしていたわたしにとっても、あまりブランクを感じずに済んだのは、ご近所掲示板のおかげ。掲示板で出た話題を、会って再確認。オフ会ってきっとこんな感じ!? 
BTT日英お酒■ロンドン土産のチーズを食べたり、今朝オーストラリア出張から戻ってきたK君のおみやげのワインを飲んだりしながら、話題は日本とロンドンを行ったり来たり。宴もたけなわとなったところで、取り出されたのは二本のウィスキーボトル。一本は日本で流通しているもの、もう一本はロンドンで買ってきたもの。グラスに注いでみると、色が違う。飲み比べてみると、味の違いも明らか。どちらも英国バージョンのほうが濃いのだが、好みは分かれた。「何が違うんだろう?」「何かが足されているのか?」「何かが足りないのか」と議論になる。■ダンナさんのC君の転勤が決まって、電撃入籍した二人は、11月に日本で披露宴の予定。今回の一時帰国で、ドレスから料理からお花からすべて決めてきたとか。かなりキツイ一週間だったそうだけど、ある意味効率的。あとはロンドンから遠隔準備するそう。新婚旅行は、披露宴ついでに日本国内をまわるのだとか。「このメンバーで行きたいなあ」と真顔で言うので、「さすがにそれは……」と一同。でも、入籍記念日にも下田へ旅行した仲なので、一泊ぐらいなら新婚旅行に便乗するのもありかもと話す。

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2002年08月07日(水)  ティファニー


2004年08月06日(金)  シナリオ『父と暮らせば』

■シナリオを読んでいると、シンクロ二シティを感じることが多い。野沢尚さんの訃報を聞いたときは、読売テレビで放映されたドラマ『砦なき者』を読んでいた。原爆記念日の今朝、何気なく月刊シナリオのページを開くと、今夏公開の黒木和雄監督作品『父と暮らせば』(脚本:黒木和雄/池田眞也)があった。広島で被爆した父と娘の、原爆投下数年後の物語。原作は井上ひさしさんの戯曲で、今年は映画上映と舞台上演があり、新聞などでも度々取り上げられている作品。わたしは戯曲も舞台も未見なので、シナリオに最初に出会うことになった。映画脚本化にあたっては試行錯誤の後に原点の戯曲をなるべく生かす形に落ち着いたらしいが、映画にしてはシーン数がずいぶん少なく、登場人物も少なく(父と娘と後から広島入りした若い男性の学者。学者は映画化にあたって加わった)、その割りに台詞が長い。この台詞の力がとにかく強い。井上ひさしさんは何人もの原爆体験を読んで戯曲に凝縮されたそうだが、事実に裏打ちされた一言ひとことの重みや深みはただものではなく、突き刺さるように響いてくる。頭では書けない(思いつかない)台詞の連なり。最初は戯曲的過ぎる気もしたけれど、読んでいるうちに、この台詞がいちばん生きるよう計算された脚本なのだと思えてくる。7月31日より岩波ホール他で全国ロードショーのこと。■子どもの頃は毎年、親に連れられて原爆写真展を見に行った。千羽鶴の像のモデルになった佐々木禎子さんの物語など、原爆関係の本もよく読んだ。平和のありがたみを考える機会はずいぶん与えられたほうだと思う。そんなわたしでも、原爆記念日を経るごとに、記憶や危機感は薄れてしまってきている。原爆のことよりも考えなくてはいけないことが年々増えているせいもある。平和ボケのせいもあるかもしれない。だからこそ、8月6日と9日ぐらいは立ち止まって思いをめぐらせる時間を持つべきなのだ。偶然ページを開いた『父と暮らせば』はそんなメッセージだったのかもしれない。■原爆記念日になると、思い出す本がある。数年前、義父にすすめられた『絶後の記録』。原爆で失った妻への手紙という形で綴られた被爆体験の手記で、妻への思いにあふれた言葉があまりに優しく美しく恋文のようでもあり、原爆で引き裂かれた夫婦の悲恋が痛い。遺された夫である著者の小倉豊文氏は、被爆当時は広島市内の大学教師。原爆の正体を知らされないままに、悲しみに暮れる間もなく復興のために奔走し、その合間を縫って天国の妻にあてて地上の様子を書き綴っていた。1948年に出版され、海外でも版を重ね、1982年に中央公論社の文庫となり、今に読み継がれている。

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2002年08月06日(火)  『絶後の記録〜広島原子爆弾の手記』



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