FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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CREATIVE特選品
★作者お気に入り
そよそよ よそ着
ティアーズ・ランゲージ
眠らない、朝の旋律
一緒にいよう
海岸線の空の向こう
夜行歩行
逃げた文鳥
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:桜道はweb坂の列車で(1)

 今日、久しぶりに街を歩いた。
 正確に言えば、いつも歩いている街なのだけれど、そこが街であるという実感を久しぶりに思い出しながら、私はアスファルトを踏み締めていた。

 冬眠から覚めた大熊が眩しい日ざしに目をしごいて太陽に手をふりかざしているように。17才の誕生日を迎えた人形姫がはじめて海上に顔を出し、その明るさに歓喜するように。新芽が芽吹きはじめた並木の小道を歩いた。

 例年より、幾日か早い桜の開花宣言が発表された翌日のことだった。

 街はカップルで溢れかえっていた。
網タイツにブランドバッグを持った女の背中には、黒いジャケットを着て革靴で歩く男の手が添えられているし。スパンクホール模様のジーンズを履いた女の子には、レゲェ風の編み込み帽とお揃い柄のバッグをたすき掛けにする男の子の手がぎゅっと握られている。グレーのコートに身を包み、白い大きな花粉防止マスクをつけた彼女の傍らには、同じようなスタイルで目を赤くさせた男の子が、彼もまたマスクをして肩を抱き寄せあって歩いていた。

 私は思わず吹き出しそうになる。何もそこまで一緒じゃなくても良いのにと。笑いをこらえきれなくなる前に、足早にそこから遠のいた。

 何故に人の組み合わせはこうも、狂うことなくきちんと噛合った相手と出会わせるのだろう。私はそんな不思議を思う。

 行き交うカップルの顔ぶれは、誰もが皆その男女の様子が似通っていた。服装や雰囲気などは当然。歩き方や仕草、顔つきまで連れそう二人はよく似て見えた。道路の両側を見比べただけでも、一個人レベルでは、世代や生活感が同じそうな人はそんなにはいない。それなのに、連れて歩く相手は同じパターンに決まってはまっている。まるで、世の中のすべてがペアでなければ動いていないような、そんな錯覚さえ覚えるほどにカップルの同意性は不可思議な謎で迫った。

 暁と私は、どんな組み合わせになるのだろう。
その時私は、ちぐはぐな靴をはいた千鳥足のごとくたどたどしい足取りで、暁のとなりを歩いている気がしてならない。それでも並んで歩む姿は街と馴染んでいられるだろうか。

 去年のこの頃、私の下には深い眠りが訪れていたのだと思い出す。
長雨の影響で、例年になく桜の開花時間が長かった。「都会では3週間目の週末までお花見が楽しめるだろう」と、満面の笑みでニュースキャスターは告げた。それでも私には、その年桜を見にいく気力はおきないだろうと、花冷えに心を震わせていた。

 恋人が私から去った春だった。

 そこから2つ目の季節が過ぎて、暁は私の心にふいに舞い降りてきた。私は思いのほか長い時間、眠りについていたのだと気付く。でも決して、目覚めたと思ったわけではなかったのだけれど…。

 暁の存在は、私にはもてあます時を埋める遊技だったのかもしれない。もしくは、膿んだ傷を塞ぐかさぶただったのか。

 私たちは互いのチャンスを存分に活かしあった。他の場合にするのと同じように、当たり前の出逢いを謳歌した。
交流を深めるごとに欲望を徐々に満たし、そのバランスを保つわずかなすれ違いを積み重ねて時を過し、親睦を交わした。

 そう、それまでの出逢いとなんら変わりは無かった。ただひとつ、暁と私はまだ顔をあわせたこともなく、声を聞いたことすらなかった事実を除いては…。



※初出 2002.4.5「さと本」より「あなたと出逢えた空間に」を加筆。



収納場所:2002年03月20日(水)


創作物:桜道はweb坂の列車で(2)

「今、この瞬間を逃してもチャンスは再び巡ってくるだろう。だから嘆かずにいよう。見えない距離が今、近づいたのなら。」
 列車に飛び乗る前に私は暁にメールを送った。

 もしも、私が時代の男で猛者だったなら、女をすぐさま押し倒しその唇を奪って、有無をいわさず自分のものにしていただろう。そんな妄想がいつしか心に渦巻いていた。
 もしも、時代の女として語るならば、男に恋い焦がれてその胸に抱かれる日を夢見、幾夜も濡らすままに体を火照らせているだろう。そうやって、いつ床に忍び入ってきても愛を交わせるに足りる準備を、いつの間に私は怠らずに過してきたのだろう。

 平安の時代に、恋文だけで恋愛の高揚感を得られていた事実に、それもまんざら不自由な時代の戯れ言だけではなかったと納得した。
むしろ、互いの期待と想像力だけに、和歌だけで繰り広げられる愛の交換こそ、最高級の演出とさえ思った。今の時代のほうがリアルという名の下によほど不自由が多い。

 暁と交わしたメールの数は、もう100はとうに超えていた。携帯でのやりとりも含めたら、おそらく300近くにはなっていただろう。半年でそれだけの数なのだから、むしろ少ない方かもしれない。

 何故に知り合って半年近くも実際に私たちは会ってこなかったのか。そのわけは簡単だった。互いの居住区がいわゆる遠距離だったので、容易く会いに行いける環境ではなかったからだ。それでも、週末にでも会おうと思えば会える距離ではあったのだけれど。

 それより、理由と言うべきに近い実際の心情は他にあった。距離感を超えた出逢いなど物語りの中だけの架空の出来事のようで。実際の生活の中でまさか自分の下でそんなチャンスに見舞われようとは思いもしなかった。現実だと自覚するまで、漠然と時が過ぎていた。

 だって、考えてもみて。好きになったところで、熱い包容が返ってくるわけでもない。手を握りしめあって気持ちが高揚していくでもない。愛するものの温もりを感じぬままにその瞬間に隣に居合わせなくて、何故に愛を進展させることができようか。

 もし仮に愛の対象者が不在のままで恋愛の進行を確認できたとしてもいい。でも、その熱を肌に移す行為なくして想いの持続などできやしない。遠距離恋愛?そんな言葉は私には戯れ言にしか聞こえていなかった。そう、暁と知り合うまでは。

 愛とは、ただ浮遊する不確かなもので、その存在にだれもが実態をつかめずにいる。だから、皆、必死に五感を研ぎすませ愛の値を測ろうと足掻いているのだ。

 例えば、切なさに見つめて潤う瞳。心臓が高鳴り紅潮していく毛細血管。愛する人の匂いを感じるだけで胸の奥の方に何か詰まったようになる痛み。それら恋のスパイスの甘くほろ苦い絶妙な味わいに魅了されて愛の値は見い出されていく。

 五感を駆使して彩られる恋はごちそう。わずかな吐息で三ツ星シェフも及ばない最上級なソースに仕上がる。優雅な手さばきで芸術作品のごとく豪勢な盛り付けを完成させる。

 私はそんな恋の手練手管をこよなく愛していた。紡ぎあいこそ最強の贅沢で、究極だと信じた。

 でも、それは五感をフルに活用させずとも想像力という感性が加味されるならば、充分に足りることだった。



※初出 2002.4.5「さと本」より、「あなたと出逢えた空間に」を加筆。

収納場所:2002年03月19日(火)


創作物:桜道はweb坂の列車で(3)

 暁と私の間には、距離に起因する以外にも溝はあった。まず第一に人物像に迫る情報量が違った。暁は仲間うち同士で楽しむサイトを持っている人。いわゆるホ−ムペ−ジ運営者というもの。まだ開設から日が浅いようだったけれどそこには少なからず、暁の内心を垣間見せる部分があった。

 私は、単にそこを訪れただけの閲覧者に過ぎない。おそらく、私がふと足を取られて立ち止まらなければ、そのままWEB上を浮遊するだけに通りすぎていただろうにと思う。

 そんなわけで私にはある程度、最初から暁の背景を伺い知れていた。でも私の方も同等程度の自己申告をしておけば、その差は大差ない程度だったけれど…。

 新たな出会いについてくる附随品、私には不要なものでしかない。そこに存在しうる個性のセンスを見い出せたなら、その他の部分はどうでもよかった。

 暁は地方都市に住み、私より2年分世の中にすれていない24歳。

実際の所、私もそれだけしか実証へと繋がる材料はサイト内では見当たらない。それでも人物像に結び付けるのは、容易い。それまでの会話に折り込まれた事実を注意深く拾い集めていれば、その姿はすぐに形となって現れてくる。

 ほんの少し口調が固くなった時、姿勢正しく規律ある仕事をしていると伺えた。公園で日だまりに浸かって過したという休日を思い浮かべ、穏やかな幼少期を思った。その奥に潜む感性を感じ取るために空想に深く思いを巡らせた。

 しかし、湧き出てくる想像力はいずれ枯渇状態を迎える。期待へと結び付ける糸口を探しはじめた時、イメージはそこで打ち砕かれ裏切りに舌打ちして立ち往生するのだ。

 私は、本当は、暁に期待というものを抱いてはいなかったと思う。しばらくメールが途絶えてもさして気にはならなかった。それこそ私も返信すらろくに返しきれず、放っておくこともしばしばだった。暁もまたそれを不服と感じず、マイペースなやりとりを気ままに愉悦しているように思えた。

 そんな近からず遠からずの距離をほどよく気に入っていられたのは、距離の幅は挑まずにいられる心地良いものだったから。向こう岸にいるままの関係でもそれ以上を望む気持ちは私にはなかった。はじめから可能性を求めていない領域に暁はいたから。私の手のすぐ届く場所にはいない人だったから。

 空想の中にいる自分を私は好んだ。それはいずれ崩れるものだとわかっているから、そこには期待と裏切りは存在しない、至極の安堵といえる場所。

 でも、暁はわざわざ出向くために探してきたと思えるような予定を描いたり、わざと的を外した抽象的な言い回しをして私を戸惑わせたりした。そんな時メールの便利さは私を助ける。文字の魔力は、私のポーカーフェイスは見破らせないと確信があった。


※初出2002.4.5「さと本」より「あなたと出逢った空間に」を加筆。

収納場所:2002年03月18日(月)


創作物:桜道はweb坂の列車で(4)

 恋の小さな過信は、必ず読み違いの些細な失敗を犯す。空想を崩す出来事はすぐにやってくる。それもスパイスだったなら、苦く、甘く、切ない味を舌に残すのだろう。

 そもそも暁と何故にメールが続いているのか明確な理由は自分でもわかっていない。

 暁へと引き寄せられる理由に思い当たる節と言えば単純にweb上にいた暁の感性が私の心に訴え、私は心のままに答えたくなった。そこにアドレスがあったからメールを送ったし、返事がきたからまた送ったに過ぎない。ただそれだけのことだった。

 肌を感じる可能性が低いという理由だけでこうも容易く恋の対象者から除外して物事を考えられるのは、女である特権ゆえかもしれない。いつの時代もメスの経験とはげんきんなものなのだ。

 それでも、会うための準備は着実に近付いた。計画は思いのほか順調で、もう後戻りはできない用意周到ぶりで整われていた。それもその計画の多くは私のほとんどの下調べによって出来上がったスケジュールだった。正直なところ、もの好きだなぁと自分を哀れんでいる反面もあったというのに…。

 しかし、運命はおもしろいほど切り札を持って的を打ち抜く。

「ただ、君と共有する時間をもう少し持ってみたいと思っていた。
 でも距離を埋める手段を闇雲に探っていただけなのかもしれない。
 今、直感に従えば会わない方が良いのだと僕は思う。」

 暁は私の心を透かした。ポーカーフェイスなどそれもまた偶像。
私たちの存在はもう既に、互いの期待の対象物になっていたと知った。

 熱の上昇は、自分の周辺も同じ温度にいるのだと錯覚をおこさせる。好意という善意に押し上げられた熱ならばなおさら、共通項を認め合えただけで上昇はさらに進む。
 すべての項目に同意したいと願ってしまう時、想いは最高峰に達し、体温すら同じ温度であろうと望む。自分を受け入れ、答えてくれるだろう可能性を期待に変えて、常に心に隠し持ちはじめるのだ。

 だから、きっとカップルたちは仕草も雰囲気も顔つきさえも似通ってくるのかもしれない。そしてその裏切りに傷付くことなど顧みずに期待に応戦することを望む。それはまるで戦線さながらに。

 私はその戦闘に挑む気持ちはもう萎えで芽でないと思っていたのに、またおずおずとそこに戻ってきてしまったと実感した。

 今、私は期待に報わない、裏切りをひとつ犯した砲弾を受けた。


※初出2002.4.5「さと本」より「あなたと出逢った空間に」を加筆。


収納場所:2002年03月17日(日)


創作物:桜道はweb坂の列車で(5)

その傷みが私に、目覚めた事実をやっと体に知らせた。

だから私は街を歩く。
その光は、普段よりも数倍も高いワット数で辺りを照らしていたし、
緩やかな風は、躍動をピリつかせながら肌に絡んですり抜けてゆく。

そこは街である前、私には何に映っていたのだろう。
コンクリートに囲まれた無機質な空間でしかなかった。

真っ暗な宇宙のように、実態のない闇に浮遊するwebの世界。
無限に広がる光の届かない暗黒の世界と誰が言ったのだろう。

耳を澄ませば、人の棲む息使いが聞こえてくる。
躍動に地面がたじろんでいるのが伝わるだろう。
そこは、期待と希望に満ちる人のうごめく世界。

空想は人の心に希望を灯し、明日への道しるべを記す。

人はただ一歩を踏みだせばいい。
その勇気をきっと出逢いは支えているから。

冬眠から覚めた大熊が眼をしごいて太陽にふりかざしているように、
17歳を迎えた人形姫が海上に顔を出しその明るさに歓喜するように、
触れ合う外気を喜ぼう。もう、そこは現実であると知れたのならば。

たどたどしい千鳥足だったとしても、近づいた距離を確かめるために、
私は、暁と会う免罪符を手にして、地方都市に向う列車に乗り込んだ。

目的地はちょうど桜が満開の季節だと車掌が告げ、
列車は街を後にしてゆっくりと動き出すのだった。


※初出2002.4.5「さと本」より「あなたと出逢った空間に」を加筆。

収納場所:2002年03月16日(土)


 
 
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