FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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CREATIVE特選品
★作者お気に入り
そよそよ よそ着
ティアーズ・ランゲージ
眠らない、朝の旋律
一緒にいよう
海岸線の空の向こう
夜行歩行
逃げた文鳥
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:Lost in Logic(3)-未完


「良かったら、一緒に本、探してくれませんか?」

 今思えば、巧がこんなに大胆に誘える人だったことに驚いている。決して自分の感情をストレートに表に出せる人ではなかった。

「あいにく、これから予定があるのよ」
「あ、待って。ここに選んだ本の感想、送って」

 小さな和紙風に抄かれたあさぎ色のメモ帳の端を破って、メールアドレスを走り書きにして巧に渡す。ナツミもまた、大胆な返事ができるタイミングを驚いた。言い訳に使った思いつきの機転に少し得意にもなって、頬は赤く染まっていたかもしれない。

 その日の晩にすぐにメールは届いた。とてもあっさりとした言葉だったのに、動き出す動機はわずかな隙も、全く見逃さない。

「残念ながら、探し物は見つかりませんでした。急いではいないから、気長に探すようにします」

 そこから先の展開は誰もが自然に通り過ぎるように当たり前だったと思う。メールから電話になり、再会して話して意気投合して。その続きは必ず約束事に繋がっていた。きっと自信に溢れた勝利者は約束など欲っしないのだろう。臆病さの証に約束とは存在するものだ。
 どこかに結びつきを持った二人とは、結びつかないその他の部分などどうでも良くなる。たったひとつの繋がりに寄り添って時間を紡いでいける。最昇値への温度などすぐに上がって、満ち足らせる想いに惑わされて夜を超えていく。巧と過す時に不満はなかった。息の会った共演者とパントマイムを演じているように、ぴったりと呼吸をあわせて、鏡を写 しあっているように重なりあって。キスして。愛して。深く二人だけの未知の場所へと堕ちていく。

 でも、ずっとナツミは気付かないふりをしていた。いつも張り付く不安を、隠し持ち続けた。結びついていないほんのわずかな隙間に、巧は、最初に会った時と同じ曇りを表に蘇らせる。できれば気付かないようにと、封じ込めていようと、心を砕く技は簡単だったとは言えない。鈍感な心というものに憧れるのはそんな時。天然に知らないでいられることこそ、感じないでいられることこそ、最大の幸福の要であるといつも思える理由。

 ナツミの理想を語るなら、不安にさせない人を望んでいたのだと思う。ただ寄り添うことにすべてを許しあえるなら、実際の所、何もいらなかった。それ以外を何も欲しいと思っていやしなかったのだ。

「ねぇ、探していた心理書はみつかたの?」

 人の欲とは、わかっていてあえてタブーを踏んでしまいたくなる。開けば闇への入口になるだろう扉を、堪えきれずに自ら開けてしまう。

「いや、あの本は、もういいんだ」
「もういい?どうしてなの?」

 答えるよりも前に、巧は珍しく激しくナツミを求めた。ナツミは、そんな複雑なキスを喜びに変換できるチェンジャーが、自分の心にも常備されていればと、あぐねる。彼の愛撫を全身で受けることに夢中でいようと、想いを宙に浮かばせて。


[つづく]



収納場所:2002年11月18日(月)


 
 
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