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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
ロスト・イン・トランスレーション

東京・六本木のヴァージンシネマは「M&C」の上映が昨日までだったので、聴き収めに行ってきました。
立体感ではTHX-EXのこの映画館が都内一のような気がします。上映室は小さくなっていましたが、部屋が小さい方が逆に音は良くなる…というか、本当に天井上を人が歩いてたり、横の壁がギシギシ鳴っているような臨場感が伝わってきます。

それにしても、何回見に行っても新しい発見のある映画です。それに疑問も。あぁこの映画には見納めっていうのは無いのかしら?
昨日のうれしい発見はマウアット。艦長室の会食シーン(ネルソン提督の逸話を語るところですね)で、ジャックが「プリングスは泣き虫の候補生だった」と言いますね? あそこでマウアットが苦笑しながらプリングスをぽんっと叩いているのに気づきました。考えてみればこの二人も(原作では)候補生仲間なので、マウアットは昔のプリングスを知っているのでした。

六本木ヴァージンは外人さんの多い映画館なのですが、昨日はお隣がアメリカ人のカップルでした。
「M&C」の字幕はほんとうによく出来ているのですが、やはりどうしてもニュアンスを伝えきれないところあって、ロスト・イン・トランスレーション…すなわち翻訳によって失われてしまうものがあるのだけれども、外国人の反応を見ていると、いろいろと気づかされることがあります。

ネイグルとウォーリーがアケロン号の模型を持ってきて褒美にグロッグ(ラム酒)の特配を受けますが、その時にキリックが「それでは礼砲の日には何を飲むんで?」と言うと、ジャックが「ワインだ」と答える。それを聞いたキリックが「そうですかい、ワインですかい」と答えるんですが、隣のアメリカ人がここで笑う。…なにがおかしいの???
やっぱり礼砲の日には特別な意味があるんでしょうかね? いやはやまたまた調べものかなぁ。

映画が終わって1ヶ月で更新ネタは尽きるだろう…と以前私は思っていたのですが、これはちょっと、当分引きずりそうですね。

3回目以降は私、ほとんど字幕を見ていなくて、英語をそのまま聞いていますが、字幕に出てこないジャックの心情とか論理の流れ…って実はけっこう多いんです。もちろん字幕は字数制限がありますから致し方ないのですが、ジャックとスティーブンの口論などは、あのlesser weevilに限らず、字幕だと論理が飛躍してしまっているところが結構ありまして、これはいずれDVDからきちんと原文起こして補足したいなぁ…などと思う今日このごろ。
ちょっと自分のヒアリング力に自信がないので、今ここがこうだ…とは断言できないのですが。

とりあえずひとつだけ、いつも見るたびに残念だなぁと思うところを挙げますと。
アケロン号との最後の戦闘の前にジャックが一席ぶつシーンがありますが、あそこで「we are at(in?) the far side of the world」と言いますね、字幕は「我々は地球の裏側にいる」だったかと。「The Far Side of the World:地球の裏側」これがこの映画のサブタイトル、そして原作10巻の原題でもあるのですが、このあとにジャックは「and this ship is our home」と言っていると思います。それから「This ship is England」となるのですが、字幕では「our home」のところが抜けて、いきなり「この艦が英国そのものだ」と言うような意味のものになってしまっています。

英語の「home」という単語には単なる「家」ではなくてもっと多くの意味がこめられています。「家庭」とか「我が家」とか「精神的に依って立つところ」とか。故郷英国から遠く遠く離れて、厳しい自然とフランス艦、周囲は敵ばかりという「地球の裏側」で、百何十人かの男たちが身を寄せ合って生きている「家」、それがサプライズ号なのです。
…これは辞書を引いた解釈ではなくて、いろいろな海洋小説で、繰り返しこの「home」が描かれているからなのですけれども。「home」という言葉にはそういう意味があるんだよ…と教えてくれたのは、ボライソー・シリーズを書いたアレクサンダー・ケントだったか、ラミジ・シリーズのダドリー・ポープだったか、もはや記憶が定かではないのですが。

そういう意味でもう一箇所感動するのは、やはり最後のオーブリーがプリングスを送り出すところでしょうか?
ジャックは初めてプリングスに「キャプテン(艦長)」をつけて呼び、それから封緘命令を差し出し言うのです。「Your order」。
あの封緘命令書の内容は、確かにプリングスに「バルパライソへ行け」と命じたものなのですが、命令の冒頭には「トマス・プリングスをアケロン号の艦長に任ずる」という一文がある筈です。あの封書は任命辞令を兼ねているわけで、つまりは現代の昇進辞令交付と同じ儀式なのです。
原作を読んできた人ならば、運にめぐまれなかったプリングスが、実力がありながらなかなか艦長になれなかった経緯をよく知っています。その彼がやっと自分の指揮官を得て独立する。本人ならずとも感慨胸に迫るものが。
そして「Your order」というセリフを聞くと、もう一つの忘れられないシーンが私の脳裏にはかぶります。
場所はジャマイカの海軍司令部、「Your order, Commander」と言ったのは、ロバート・リンゼイの演じたサー・エドワード・ペリュー提督、辞令と指揮艦を手に入れたのはホレイショ・ホーンブロワー(ヨアン・グリフィス)。ねたばれになるので今ここには書きませんが、ホーンブロワーのTVドラマをご覧になった方ならば、この直前のペリューとホレイショの会話は覚えていらっしゃいますよね。ゆえにこのセリフの重さも。
プリングスに任命辞令を渡すシーンは、原作にはありません。
今回映画化されて、いちばん嬉しかったところ、それは原作にないこの任命辞令のシーンを、この目で見られたことかもしれません。

このホームページは、いましばらく(夏頃まででしょうか?)、セリフなどを中心に映画のフォローをしていくことになると思います。
すでにUK版DVDを既に入手されている方もおられるようですが、私自身のDVD入手はゴールデンウィーク頃になると思います(皆さんの様子を見て、UK版かUSA版の解説の多い方を入手しようかと)。
おそらくDVDを見るとまた発見があり、そしてまた解説の必要も出てくるのかもしれません。


2004年04月10日(土)