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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
生頼範義氏の訃報によせて

先週TVニュースで、イラストレーターの生頼範義氏が死去されたことを知りました。
享年79才、肺炎とのこと。
ニュースでは生頼氏を「スター・ウォーズやゴジラ・シリーズのポスターで知られるイラストレーター」と紹介していましたが、じつは恥ずかしながら、私には初耳で、「スター・ウォーズやゴジラのポスターって生頼氏だったの?!」って、今になってから知ってびっくりです。

私にとって生頼氏は、ハヤカワ文庫NV(主に)の表紙画イラストレーターでした。
パトリック・オブライアンのファンにとっては「(徳間書店から発売された)オーブリー・マチュリン・シリーズの表紙画イラストレーター」

21世紀に入ってからハヤカワ文庫から出た同シリーズの表紙画は、原書版と同じジェフ・ハントによる海洋画ですが、1990年代に同シリーズが徳間書店から途中まで刊行された折、表紙をかざったのは、ハントではなく生頼氏のイラスト画でした。
ハヤカワ同様1巻が上下に分割されていますが、イラストは上下異なり、全部で計4枚。
戦闘中の帆走軍艦を描いたもので、硝煙の中から姿を現す艦首、舷側砲発射の炎とそのオレンジ色を映し出す海がとても印象的です。
…というかたぶん…私は持っていないのですが、オブライアンが1970年代にパシフィカ(プレジテント社)の海洋冒険小説シリーズとして日本で最初に翻訳された時に、表紙を描かれたのが、生頼氏だったのではないか?と推察します。
パシフィカの海洋小説シリーズは全20冊(一覧はこちら)ですが、私が入手できた数冊(フォレスター、リーマン、ヒギンズ、イネス)は全て生頼氏イラストだったので。

私が海洋小説の魅力を知ったのは1980年代半ば。
その頃はもう第一次スターウォーズ・ブームは去り、ゴジラ映画も下火になっていましたから、映画ポスターのイラストレーターとしての生頼氏を知る機会がありませんでした。
そして、海洋小説をきっかけとして、私はハヤカワ文庫NVというジャンルを知り、ボライソー・シリーズを書いたA.ケントやホーンブロワー・シリーズを書いたC.S.フォレスターが第二次大戦を舞台にした海洋小説をも書いていたことから、徐々に、ネルソン提督時代以外の時代を舞台にしたハヤカワNV文庫の英国海洋小説や、現代を舞台にした国際謀略小説をも読むことになったのです。

はじめて手にとった生頼氏イラスト表紙の小説はジャック・ヒギンズの「鷲は舞い降りた」(不完全版第八刷ハヤカワNV263)でした。初版は1976年ですが、私が購入したのは1986-7年のことだったと思います。
そのとき私がこのイラストに惹かれた理由は、魅力的な海と空でした。

私は海洋画が好きです。
勢古宗昭氏画伯や、オブライアン&ストックウィン表紙画で有名なジェフ・ハント、A.ケントの表紙画を手がけたクリス・メイジャー、古くはターナーやロシアのアイワゾフスキーなど。
海洋画の魅力は、とどまることなく絶えず変化する海(波)と雲と風を、躍動感をもって画面(静止画)にとらえていること。

「…舞い降りた」の生頼氏のイラストは、英国東部ノーフォークの海岸に打ち寄せる波、北海上空にたれこめる鉛色の雲とその隙間から射しこむ光を背景に浮かび上がったダコタ機(ダグラスDC-3)を描いています(落下傘降下を描いた「完全版」とはイラストが異なります)。
ヒコーキ好きにはこのイラスト、ダコタ機がこたえられない魅力なのだろうと推察しますが、私的には北海の光景が魅力。
雲間から光がのぞく一瞬、海岸に押し寄せる波頭の砕けかけた瞬間を見事にとらえているところに強く惹かれました。

基本は「乗り物よりも人(キャラクター)」で小説を読んでいる私ですが、帆船だけはこだわりがあります。
佐々木譲「武揚伝」(中央公論新社)のハードカバー版表紙は、生頼氏イラストの開陽丸(榎本武揚が艦長をつとめた幕府海軍の主力艦、榎本が指揮し函館に向かったが途中で嵐のため沈んだ)。
本来私は(置き場所の関係で)ハードカバーは文庫になるまで待つのですが、「武揚伝」の文庫は生頼氏のイラストではなかったので、わざわざハードカバー版を探して買いました。いわゆる「ジャケ買い」です。

徳間から最初にオブライアンの翻訳本が出版されたときも、表紙画が生頼氏だったのが嬉しかった。
ヒコーキ好きでこだわりのある方はきっと、同様の理由で生頼氏イラスト本を愛していらっしゃるんだろうなぁと推察します。

長年、ハヤカワや創元で翻訳小説を読んでいて気づいたのですが、英国の作家は米国の作家より、乗り物にこだわりが強いような気がします。船乗りが船に対して抱くのと同様の愛情が、飛行機やクルマに対しても見られる。古いヒコーキや年代物のクラシックカーが小説の中でも大切にされています。
そして生頼氏のほとんどの表紙画には、これらの乗り物たちが描き出されていることに気づきます。たとえ物語の中の出番がほんの数ページでも。
こだわりの人にはツボと思われるシーンを、見事に拾い上げて表紙画にされているのです。

英国の海洋小説作家は、自身の船へのこだわりを、自作の表紙にも反映したいと考えるようです。
ボライソー・シリーズのアレクサンダー・ケントは、海洋画展(英国内ではよく開催される)に足を運び、表紙画を描いてくれる画家を自ら捜したとのこと。
しかし、ジャック・ヒギンズやギャビン・ライアル、レン・デントンと言ったスパイ・国際謀略小説に分類される作家の原書(英語)PB版表紙は、一般読者向けであることや内容の即時性ゆえに、現代的な合成写真デザインのものが多く見られます。
ところがこれが、早川書房から翻訳出版されると、生頼氏の筆によるこだわり乗り物が表紙イラストになるわけですね。

これって、乗り物にこだわりのある日本人読者にはかなり幸せなことだったのではないでしょうか?
日本冒険小説協会の会長だった内藤陳氏は、ヒギンズやライアル作品に登場するダコタ機が大好きで、フィリピンに一機だけ残っている同機に乗ってみたいがため現地まで行った、と氏のエッセーで読んだことがありますが、内藤氏のような読者は、生頼イラストで読める日本語翻訳版を、とてもありがたく思っておられたのではないかと。
そしておそらくは、日本語翻訳版を送られた英国人作家の多数も、同じ思いを抱かれたのでは?と推察しますがいかがでしょう?

早川書房さま>ミステリマガジンで生頼範義特集を組んでいただくことはできませんでしょうか? 私が推察したことについて、編集の裏話などありましたら是非拝読したいと思います。
ちなみにマイベストの生頼氏ハヤカワNV表紙はレン・デントン「グッバイ・ミッキーマウス」です。光と雲が絶妙。
上巻イラストは昔、早川翻訳フェアのポスターとして書店に張りだされていました…初めてポスターを盗みたいという人の気持ちがわかった!と思いました…盗みませんでしたけど。
特集を組まれたら、ぜひ折り込みであのイラストをつけてくださいませ。

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近況:まだ家の事情が許さず、自分の楽しみのためのネット・サーフィンをする時間がとれません。
趣味関連の海外情報収集はまったくできず、ここで御紹介する海外ネタを拾うことができません。
自力で情報収集はできず、アナログ(テレビや新聞)でたまたま目に入るもののみという他力本願です。
おそらく皆様の方が情報をよく御存じだと思います。
当分のあいだ、この情報サイトの再開はできないと思います。
あしからずご了解ください。

以下はテレビの予告で知りました。

世界で一番美しい瞬間
http://www4.nhk.or.jp/sekatoki/
「世界の帆船が集うとき:オランダ・アムステルダム」
11月4日(水)22:00〜 NHKBSプレミアム


2015年11月03日(火)