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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
ジャックとバイオリン(音楽担当トネッティとクロウ)

しばらく前のものになりますが、オーストラリアの「lime light」誌12月号に載ったラッセル・クロウとリチャード・トネッティ(Richard Tognetti)の記事をご紹介します。

First Mates
クロウとトネッティの出会いは90年代初めのニューヨーク・カーネギーホールでのコンサートだった。トネッティのオーストラリア室内楽団のアメリカ公演で、アメリカに滞在していたクロウはオーストラリア領事館の招待で会場にいた。
その日はコンサートの最終日で、公演後にはパーティが予定されていたのだが、ドリンクを提供することになっていたスポンサーが突然手を引いてしまった。そのことを知ったクロウはすぐさま領事館のスタッフに現金を渡し、パーティの危機を救ったのだった。

彼らは今や親友と呼べる間柄である。昨年のクロウの結婚式で演奏を担当したのもトネッティだった。
新作映画「マスター・アンド・コマンダー」にトネッティを巻き込んだのもクロウだ。トネッティは映画のサウンドトラック用に作曲し、演奏し、またメキシコに1ヶ月滞在してクロウのバイオリン指導にあたった。

彼らには多くの共通点がある。同い年、根っからのアーティスト、華麗な面をもちながら愛嬌があり、ロマンティックで繊細で暗いむっつり屋。インテリっぽさを見せないが、自信に満ち、自由な心をもって地に足をつけて生きている。
「僕たちの関係は、基本的にはユーモアにもとづいているんだ」とクロウは言う「トネッティには第六感のようなものがあって、それが室内楽団を引っ張りエネルギーを与えている」

映画「マスター・アンド・コマンダー」の中で大きな意味をもつのは、クロウ演じるオーブリー艦長と、軍医スティーブン・マチュリンとの友情である。マチュリンはチェロを弾き、彼とオーブリーとのデュエットは美しく、時に激しくまた哀しく、たいがいは精神を高揚させるものだ。
「バイオリンの演奏というのは、言葉で表現できないものだ」とトネッティは言う。「でなければ、言葉にできないものを表現するもの…かな。言葉の尽きたその先に、音楽は舞い上がる」
物語の中で音楽は中心的な位置を占めている。バイオリンで奏でられる民謡、モーツァルト、ボッケリーニ、バッハ、コレルリ、ヴォーン・ウィリアムズ。
「音楽はただ流れているものではなく、音楽のあるところには意味がある。その場にふさわしい曲が最新の注意をもって選定され、意図的に配されているんだ」
「ピーター・ウィアー監督は音楽の果たす役目を、情感とドラマを盛り上げる手段として音楽が果たす役目をきちんとわかっていた」

映画の出演を決めたクロウはトネッティにバイオリンの指導を依頼するとともに、彼をウィアー監督に紹介した。室内楽団のアメリカ公演を聴いたウィアー監督は、トネッティに映画音楽の作曲を依頼する。
「映画音楽の作曲というのは驚くべき経験だった」とトネッティは続ける。
「いつも僕がやっていることとは全く異なる。いつもは音楽のために音楽を奏でている。だが映画音楽は言葉の代わりに、明らかに情感を伝えるものなんだ」

クロウへのバイオリン指導についてトネッティは語る「僕は友人にバイオリンを教えているのではなく、映画スターに指導しているのでもなかった。僕の生徒は、全てのキーを完全に学び取ろうと決心していた。ふつうの俳優はそこまではやらない。撮影スタッフは当初、一般的なバイオリンの弾き方だけを指導して貰えば良いと考えていた。演奏の細部の撮影については音楽家に吹き替えてもらえば良いと。だが彼は自分の吹き替え役は自分が務めることを望んだ。つまり完全に曲に指の動きを合わせるということだ」

4ヶ月間、クロウは空き時間を利用してはバイオリンの練習をした。それは明け方の5時だったり、一日の撮影が終わった深夜のこともあった。クロウ自身は稽古を「映画のために今までに行ったトレーニングのなかで最も厳しいもの」だと評する。「バイオリンに比べれば、剣劇などたいしたことはない」
「重要なのは、僕がバイオリンと格闘して、理解できたこと。ジャックが愛しているのと同じようにバイオリンを愛せるようになったことさ。ジャックからバイオリンを取り除いたら、彼の複雑なキャラクターを理解することはできないだろう。彼にバイオリンという要素を加えることで、もはや存在しない男の全体像を見ることができるようになるんだ」


2004年01月18日(日)