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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
【未見注意】M&Cを見てきました(2)

【未見注意】オーストラリアで見てきた「マスター・アンド・コマンダー」について、もう少し具体的にお話しようと思います。
ストーリーに関してねたバレはありませんが、登場人物や各シーンについては具体的な話しも出てくるため、ねたバレ警告を付しました。
また私なりの感想を先に読んでしまわれると、実際に映画を見る時に先入観が入ってしまう危険性もあります。
以上を覚悟の上で、先へお進みください。


パトリック・オブライアンの原作の欠点として指摘されることの一つに「船の生活を描きながら視点が主人公たちに傾きがちで、平水夫たちが描かれていない」という批判があります。
他の小説との比較で言えば、この批判は、他の士官たち准士官たちにも言えることかもしれません。
オブライアンは女性を含めてキャラクターを描き出すのが上手い作家ではありますが、描き込むキャラクターの数が限られてしまい、船全体を見た場合にもう一方の主役である平水夫たちや、中堅技術者である准士官たちにまで手がまわらないきらいがあります。
これは実はC.S.フォレスターの「ホーンブロワー」にも言えることなのですが、TV映画化された「ホーンブロワー」では全ての乗組員が見事な存在感を出していたのと同様、映画「マスター・アンド・コマンダー」も、決して艦長と軍医だけの映画ではなく、全ての乗組員に存在感があり、サプライズ号という一つの組織がみごとに描き出されています。

予告編(いまだに私は見られないのですが)をご覧になった方はお気づきのように、この物語のドラマ軸は、「艦長と軍医」と、「艦長と候補生たち」の二つですが、このドラマの影の目立たないところで、人間関係を締めているのは、副長と老航海長と、老水夫のジョー・プライスでしょう。この三人の存在感が、ドラマ全体に厚みを与えているのだと思います。
副長と航海長は、さほどセリフが多いわけでもないのですが、艦長とのさりげないやりとりの中に互いの信頼関係がはっきり見てとれるのがさすがです。でも副長…原作を読んでいた時、私はこの副長ってサプライズ号唯一の常識人だわ…と思ってたんですが、映画だとだいぶ艦長に巻き込まれてます。それも楽しそうに。やれやれ。

組織としてのサプライズ号が実に効率的に動いている、それがわかる細かい演出にも感心しました。カメラが艦長を追っていても、背景で指示を出している副長の指揮系統がきちんと動いているのがわかる…とか。このあたりが、ウィアー監督のこだわったリアルさなのでしょう。後ろで動いている水兵たちは、ドラマの背景ではなく、サプライズ号一家の雰囲気を伝える役割をきちんと果たしているのです。

サプライズ一家…と今つい書いてしまったのですが、映画「M&C」サプライズ号の持っている雰囲気って、なんだか本当に次郎長一家みたいなんですよね。ジャックって陽気で豪快だから、たしかに水兵に慕われたら実際にはあんな雰囲気になるんでしょうね(幸か不幸かオブライアンはあまりそういうシーンを原作では描いていないのですが)。やっぱりこれ「艦長(サー)!」より「おやぶんっ!」ですよ(苦笑)。それでも軍艦の規律が通ってるところがすごいですが。

艦長と水兵たちの距離が近くなってしまった結果、原作では艦長と水兵の仲立ち役になる艇長ボンデンの存在感が薄れてしまったのが残念。ガラパゴス島を除いては上陸シーンがないので、艇長としての出番もありませんし。せっかくビリー・ボイドをキャスティングしながらもったいないと思いました。キリックは艦長の身の回りのお世話をしている関係で、それなりに見せ場はあるんです。Kさんも書いていらっしゃいましたが、たぶん原作ファンがいちばん涙するのはキリックじゃないでしょうか? 本当にどんぴしゃりのキャスティングで、原作そのものいえそれ以上に素敵です(原作以上に艦長が気の毒…くすっ)。

けれどもやはり、賞賛すべきは主役の二人だと思います。確かに外見的にはラッセル・クロウもポール・ベタニーも、原作のジャックとスティーブンとは異なりますが、中身はそのもの。例えばディビット・スーシェのポワロや、ジェレミー・ブレットのホームズが、話し方や仕草やクセまでポワロやホームズであるように、クロウもベタニーも細かいところまでジャックとスティーブンなのです。だから本来の外見の差違があまり気にならない。本当によく原作を読み込んで演じているなぁと感心します。

船を中心に見た場合、「パイレーツ・オブ・カリビアン」の見所は何といっても右舷の錨を利用した方向転換でしょうけれど、「M&C」の場合は全編がみどころ(何といっても舞台は全て艦の上)でこれといったシーンを挙げることができません。強いていえば、フランス艦を縦射すべく回頭するところでしょうか? 
特殊効果撮影は本当によく出来ていて、どのシーンが模型でどのシーンが本物なのか、よく見ていないと気がつきません。実際のホーン岬で撮影した海の映像と合成した嵐のシーンは大変リアル(オーストラリアのヨット艇長が指摘した通り、ホーン岬の海の色は本当に独特です)とても船だけが模型とは思えない出来です。

実際に本物の重砲を使ったという音響効果、大砲の口径によって発射音が違う…と思います。最初のサプライズ号の発砲シーンで、ホーンブロワーで聴いていたレナウン号の大砲の音より高音なので「あれ?」と思ったのですが、後に撃ち返してきたフランス艦(こちらはサプライズ号より口径の大きい砲を搭載していると思われる)の音は、ホーンブロワーのレナウン号の音に近かった。この差はたぶん口径の差ですね。
この映画はぜひ是非ぜひ、絶対に3Dサラウンドの音響効果の良い映画館でご覧になってください。実際に跳弾は頭上高いところを飛んでいきますし、頭上から海兵隊が撃ち下ろしているのも実際にわかります。

以前に読んだ海外の映画評に「この映画はbloody realisticだ」という一文があり、もしこのbloody(大変、どえらく…の他に血まみれの意味もある)が文字通りだったら、私ちょっと目をそむけるかも…と恐れていたのですが、そこはウィアー監督、不必要に血を流すことはありませんでした。だからと言って死の意味が軽くなるわけではないのですが。
ウィアー監督は「Uボート」のような映画を作りたいと言って「M&C」を製作したわけですが、確かにこれはUボートだけれども(ペーターゼン監督ではなく)ウィアー監督のUボートだとつくづく思います。この映画はエピック・ムービー、アクション映画というカテゴリーに分類されるでしょうが、基本的にまず第一に、人間の機微を描こうとするウィアー監督の映画なのだということを一番強く感じました。

お詫びと訂正:12月4日にご紹介したポール・ベタニーの記事で、「ベタニーがカブト虫に手を焼いた」という話しがあったと思いますが、実際に映画を見てみたら、この甲虫はかぶと虫より小さいものでした。日本で言うところの「かなぶん」サイズの大きさです(色が違うので、あの虫をかなぶんとは言わないと思いますが)。訂正させていただきます。
追記:かなぶん…の他に、コクゾウムシも映画には登場なさいます(それもどアップです)。おたのしみに。


2003年12月23日(火)