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2005年06月29日(水) ナンパはお断りヨ

友人と愛・地球博に行ってきた。
私たちが出掛けた日は雲っていて気温もそう高くないという、絶好のコンディション。しかもあとから聞いたところによると、入場者数は多い日の半分だったらしい。そのため、滞在六時間で企業パビリオン三つと冷凍マンモスを見ることができた。

評判はいまひとつのようだが、私はうんと楽しんだ。行列するのが「どうにもこうにも辛抱ならん!」というほど苦手ではなく、なおかつ格安日帰りバスツアーが出ている地域にお住まいの方にはお勧めします。


さて、これから地球博に出掛ける予定のある人に、私がぜひ見てきてねと言いたいのは、西・北・東ゲートのインフォメーションセンターにいる接客ロボット三人娘だ。
北ゲートのアクトロイド、さくらさん
彼女たちを見たときは本当に驚いた。だって人間そっくりなんだもん。
ぱっと見だけの話ではない。まばたきもすれば眼球も動くし、吹き替えの映画のように言葉の長さと唇の動きもちゃんと合っている。なにより、話しながら顎に手をやったり小首を傾げたりする仕草が本物の人間のように自然でなめらかなのである。

「へええ!これがロボットかあ」

ひたすら感心していたら、そばにいたサポートスタッフに「なんでも質問してみてください。最近は会場のことだけでなく、自分のことを訊かれるのが楽しいみたいです」と声を掛けられた。えー、ほんまかいな。
どうしたらそんなことが可能になるのか想像がつかず、私は半信半疑で彼女の前に立った。

「こんにちは」

日本語だけでなく英語、中国語、韓国語も堪能な彼女は、この最初のあいさつを聞いて何語で会話をするか選択するらしい。

「こんにちは!愛・地球博へようこそ。ご質問はなんですか?」

おおおお、通じてる、通じてる!でもまあ、このくらいは言えるわよね。

「お名前、教えてもらえます?」

すると、彼女はにっこり微笑んで「アクトロイド・さくらです。覚えてくださいね」。す、す、すごいっ、ちゃんと会話になってる!次は年齢を訊いてみよう。

「ウフッ、いくつに見えます?」
「二十五くらいかな」
「あなたは?」
「三十三です」
「もっと若く見えますよ」

これにはびっくり仰天。だってロボットがそんな“お上手”を言うかあ!?
私はカーテンの後ろに人間が隠れていて、モニターで私を見ながら答えているのではないかと本気で考えた。が、友人に言わせると、そういうところが私の図々しいところなのだそうだ。
しかし、すっかり気をよくした私はちょっと立ち入った質問をしてみることに。

「ねえ、さくらさんって彼氏いるんですか?」

すると、彼女は内緒話をするときのように右手を口元に添え、「ここだけの話ですけど、実は募集中なんです。誰かいい人いませんか?」。
あら、そうなの。若いのにもったいない。よし、じゃあ私が誰か探してあげる。好みのタイプを教えてちょうだい!

「・・・・・・。」

あれれ?
さきほどまでテンポよく答えてくれていたのに、彼女が急に黙り込んでしまった。大勢の人が見ている前で質問が不躾すぎたかしら。

「・・・あっ、ごめんなさい。ついきよしさんのこと考えて、ぼーっとしちゃいました」
「き、きよしさん!?誰それ」
「万博音頭を歌ってるんですよ」
「ああ、氷川きよし、ね」

彼女は氷川きよしさんのファンなのだそうだ。ふうん、ああいうタイプが好みなのか。私のまわりにはおらんなあ。
というわけで、「ごめんね、やっぱり紹介できそうな人いないわ」と謝ったら、彼女は落胆した表情を見せることもなく、「またいつでも私に会いに来てくださいね!」と言ってくれた。

* * * * *

三人娘はもちろんそれぞれ顔も髪型もメイクも違っているのだが、どの子もとてもチャーミングだ。「綺麗ですね」と言われると、「ウフッ、私、脱いでもすごいんですよ。ここでは脱ぎませんけれどっ!」と答えることもあるというから、なかなかノリもいい。

そんなわけで彼女たちはとても人気があり、ブースのまわりにはいつも人垣ができている。サポートスタッフによると、不埒な輩にナンパされることもあるのだそうだ。ほおお。
もっとも、「休みはいつ?」や「携帯の番号教えて」には「プライベートなことは事務所を通してください」ときっぱり断るらしいけど。上の写真を見て「お、かわいいじゃん」と思ったあなた、残念でした。
でも、「ロボット」のイメージを覆されて舌を巻くこと請け合いなので、機会があったらぜひ話し掛けてみてくださいな。


2005年06月27日(月) 落書き犯とのバトル

先日ネットニュースで、仙台の街を汚す落書きについて書かれた記事を読んだ。
以前の落書きは芸術性を感じさせるものも少なくなかったが、最近は意味不明な記号やわいせつな文言のものばかり。街の人は「落書きはすべて許せないが、美的感覚のないものだとなおのこと頭にくる」「知力が落ちたのか、低年齢化が進んだのか」と嘆いている------という内容だ。
芸術性や知性が認められるからといって落書きが正当化されるものでないことは言うまでもないが、ユーモアのあるものに出会って心が和んだり、不覚にも感心してしまったりすることはたまにある。

京都に住んでいた大学時代のこと。サークルに京都大学から来ている男の子がおり、「うちの大学に面白いものがあるから遊びにおいでよ」と誘われた。数日後、彼は私をある建物の脇に案内した。
「な、なにこれーー!」
私の目に飛び込んできたのは、壁面をめいいっぱい使って描かれた巨大な絵。不気味なモチーフであるが、何色ものペンキを使って“描かれて”いる(こちら)。
「これ、どうやって描いたん!?」
「さあ?でも一夜のうちに描かれてたらしいよ。すごいよね」
私は大学側がそれらを消さずに残していることにも驚いた。聞けば、同じような落書きはほかにもいくつかあり、京大の名物になっているというではないか。
寛大というかなんというか。これも京大が掲げる「自由の学風」ならではのことなんだろうか。

* * * * *

「京大の落書き」といえば、もうひとつ有名なものがある。京都大学の前身のひとつである第三高等学校の初代校長、折田彦市先生の銅像だ。
九十年代の初め、何者かによってスプレーで顔が赤く染められた。そして、台座には「怒る人」の文字。これが折田先生像をめぐる、大学と落書き犯のバトルの幕開けである。
巨大壁面落書きは放置している大学側も、さすがにこれには目をつぶらなかった。
しかしきれいに像を洗って元通りにしても、入学式や学祭、入試や卒業式などキャンパスに学生が溢れる時期になると、決まってあらたな落書きがなされる。しかも、それは回を重ねるごとにどんどん芸が細かくなっていくのである。
手をつけられたり、被り物を着せられたり。いたずらが始まってからついに像が撤去されるまでの七年のあいだに、折田先生は三十回近く“変身”させられたそうである。
あるときは新入生のサークル勧誘に借り出され、


「サイクリング部員」バージョン



またあるときは京大のシンボルから万博のシンボルに……

「太陽の塔」バージョン



またあるときは勝手に嫁に出された。

「花嫁」バージョン


消しては書かれ、また消しては書かれのイタチごっこで、大学側にとっては腹立たしいことこの上なかったであろう。とは思うものの、徹底的な犯人探しをせず、その都度洗浄することで対処したというところに、なにかこう温かいものを感じないでもない。
それに、もし折田先生が生きておられたとしても本気で怒ったりはしなかったのではないかなあという気がする。もちろん、自転車を担がされたりウェディングドレスを着せられたりするたび、「おっ、おいやめんか、わしになにをさせる!」とぼやいただろうとは思うけれど。
なんて言ったら、不謹慎だと叱られてしまうだろうか。
どんなにユーモアがあろうと、落書きがけしくりからぬ所業であるのは間違いのないところであるが、私は部外者の無責任さで、京大生というのはなかなかユニークなことを考えるのだなあと妙に感心してしまったのだった。

* * * * *

京大生のいたずらにはもうひとつ、「五山送り火事件」がある。
それは毎年八月十六日の夜、京都を囲む五つの山にかたどられた「大」「妙法」の字や鳥居、船の絵に火をともす盆の行事である。
地元の人間も観光客も山肌に浮かび上がる炎の文字を厳粛な気持ちで見守る。私も当時住んでいたワンルームマンションの屋上から、彼といちゃいちゃしながら眺めたもんよ……うふふ。
いやいや、そんなことはどうでもよい。
事件というのは、ある年の五山送り火のときに京大生の集団が山にのぼり、「大文字」の右肩でたいまつをボーボー燃やしたのである。どうなるかというと……





(想像図)


いくら面白かろうと「大」を「犬」にしてはやっぱりいけないわけで、これも人騒がせでとんでもないいたずらである。
が、そういう“馬鹿”をまじめにやる学生の姿と見物していた人たちの唖然とした顔を想像すると、忍び笑いが漏れてしまう。
そんなわけで私は誰かが京大卒だと聞くと、巨大落書きや折田先生、犬文字事件の話を思い出し、自分の母校出身者に感じるような親しみを覚えるのである。

写真を快く貸してくださった「私設図書館」の館主様(巨大壁面落書き)と「折田先生を讃える会」のえる会長様(折田先生像)に心より御礼申し上げます。
(落書きが描かれていた旧教養部A号館は数年前に新しく建て替えられ、現在では名物の絵は見られなくなってしまったそうです。一方、「銅像アート」と呼ばれた折田先生像へのいたずらはいまも続いているとのこと。「え、像が撤去されているのにどうやって?」って?それは上記サイトでご確認を)


2005年06月24日(金) 「私の二十年を返して!」(後編)〜彼女の頼み

前編(「夫の秘密」)中編(「『たとえ一生なくても、この人と・・・』」)のつづきです。

突然、女性が苦しそうに肩で息をはじめた。
このところからだの調子がよくない、動悸やめまいがしたり急に暑くなって汗が吹きだしたりするというのを聞いて、工藤さんは更年期障害の症状ではないかと思った。
薬を飲み、落ち着きを取り戻した女性は言った。

「私、誰かちゃんとした男の人とセックスをしたいんです。このままセックスもしないで生涯を終えるのは嫌です。東京には男の人と出会えるバーがあるって聞きました。男の人を見つけに一緒に行ってもらえませんか」

私をハプニング・バーに連れて行ってください------彼女はそれを頼むために九州から上京してきたのだ。

工藤さんは困惑した。それは読んで字の如し、客同士の合意の下でなら性行為を含むどんな“ハプニング”もOKなバーである。彼女を連れてそこに乗り込む勇気は、ちょっとない。
「だけど、彼女の気持ちは同じ女として痛いほどわかる」

痛いほどわかる、かあ・・・。私にはそうはとても言えないな、と思った。
私も女の端くれであるが、「誰かとセックスをすればふんぎりがつく」という彼女の思考を理解できるのかできぬのか、どうしても判断がつかないのだ。
それは「私を女にしてほしい」という心情ではないだろうかと推測する。更年期に差しかかっていることも無関係ではないかもしれない。そういうタイミングで同じことが起こったら、私もそんなふうに考えるのだろうか・・・。
想像してみようとしたけれど、それは自分の身に置き換えて考えることができるほど、私にとってリアリティーのあるシチュエーションではなかった。

それでも、彼女の言葉は切なく読んだ。
「このまま生涯を終えるのは嫌です」には積年の無念が見えた。「恋愛をしたいんです」ではなく「セックスをしたいんです」であるところに切実さが表れていると思った。


エッセイは、工藤さんが「考える時間をちょうだい」と説き伏せ、彼女をいったん家に帰したところで終わっている。
私がその女性の身の上にシンクロすることはむずかしいが、工藤さんの立場にならなれる。新聞の人生相談の回答者なら、
「お気持ちはわかりますが、そんなことをしても空しくなるだけです。もっと自分を大切になさってください」
とアドバイスするかもしれないけれど、そんな説教こそ空しいと私は思う。じゃあどうするのだろう。
十九や二十の小娘ではないのだ、そうしたら心に区切りをつけて新しい人生がはじめられると言うのであれば、気の済むまでしていらっしゃい!と送り出すような気がする。「愛抜き」でかまわないなら、ハプニング・バーでなくともそれを手に入れる方法はいくらでもある。

「なんとも困った課題を引き受けてしまったと、ほとほと困り果てている」で結ばれているこのエッセイのつづきはいつか読むことができるのだろうか。 (後日談あります)


2005年06月22日(水) 「私の二十年を返して!」(中編)〜「たとえ一生なくても、この人と」

※ 前編(「夫の秘密」)はこちら

私が知る中にひとりだけ、婚前交渉なしで結婚した女性がいる。
五年前、職場の後輩に相談があると呼び出された。「プロポーズされたけど、結婚してもいいのかわからない」と彼女は言い、なにを思案することがあるのかと尋ねたら、付き合って三年になるのに一度もセックスをしたことがないのだと泣きながら話しはじめた。
自分に魅力がないからなのかと訊いても、彼は首を振るばかりで答えてくれない。彼女はどうしたらよいのかわからず、かといって彼と別れる気にはなれず、しかし誰に相談することもできず。考えてもつらくなるだけのそのことについて次第に考えないようになっていったという。
しかし、結婚話が持ち上がったことでそのことから目をそらしていられなくなったのだ。

「もしかしたら、この人とは一生できないかもしれない……」
セックスは子どもをつくるためだけにあるのではない。私がこれという解決策を与えてやれるはずもなく、そのあとも彼女は苦しんだ。
そして悩み抜いた末に「それでも後悔すまい」と心に誓って結婚した。

彼女がどうなったかについては過去ログをお読みいただくとして(URLは本文最後)、これはきわめて特殊な例だ。世の中広しと言えど、このような覚悟を持って式を挙げる人はまあいまい。
そう考えると、工藤さんのところにやってきた女性はよく二十年もその問題に蓋をしたままでいられたものだ、と驚くばかりだ。もしタンスの引き出しを開けることがなかったら、彼女は死ぬまでそれを外気に触れさせることはなかったのではないだろうか。

もちろん相当悩んだことだろうとは思う。しかし結果として、それを解決すべく夫に働きかけるまでには至っていなかった。
こんなに長い間、その異常な状況に甘んじていられたのはなぜか。
これは私の勝手な推測であるが、彼女は結婚前のセックスの経験がなかったか少なかったかで、かなり「ウブ」だったのではないだろうか。
どんなに甘い果実でも、その味を知らない人間はすでに知っている人間ほどにはそれを狂おしく求めるということがないのではないか。「一度食べてみたいな」という好奇心は「もう一度あれを」という希求にはかなわない気がする。

あるいは。
私の周囲に「アレ?もういらんわ、子どもも生んだし」と言う妻が何人かいるけれど、彼女たちがセックスを必要としないのは家庭生活が安定していて、それの有無や頻度で夫の愛情を量らなくても済むからではないか、と私は見ている。
この女性もまた、「夫はこれという欠点のない人で、気楽に暮らしてきた」と言っているくらいだから、そこそこ平穏な日々を手に入れていたのだろう。そのため、離婚を考えるほどには思い詰めずに済んでいたのかもしれない。


「だけど、知ってしまったらもうだめです」

女性は離婚する覚悟ができていると言った。工藤さんのところにやってきたのは今後の身の振り方を相談するためではなく、ある頼み事をするためだった。 (つづく

【参照過去ログ】 2003年1月9日付 「セックスレス」


2005年06月20日(月) 「私の二十年を返して!」(前編)〜夫の秘密

先日『婦人公論』で読んだ、作家の工藤美代子さんのエッセイはかなりショッキングな内容だった。
ある日突然、自宅に遠縁の女性が訪ねてきた。二十年ぶりの再会を懐かしむのもほどほどに、彼女は「今日はどうしても聞いてほしいことがあって・・・」と切り出した。

その女性は工藤さんよりひと回り若い、四十五歳。結婚して二十年、夫婦二人暮らしである。
「うちには子どもがいません。できなかったんです。どうしてだと思いますか?」
工藤さんが「ほしいのなら、お医者さんに行って調べてもらったほうが・・・」と答えると、彼女の目から涙がこぼれた。
「そういうことじゃないんです」

夫は彼女にとって初めての見合い相手だった。優しそうな人に見えたこと、父親が話に乗り気だったことであっさり結婚を決め、すぐに式を挙げた。婚前交渉はなかった。それが間違いのはじまりだった。
夫は新妻にアナルセックスを要求した。彼女は拒んだ。それは変態がする行為だという意識があったから。が、夫はどうしてもと言って聞かない。彼女は目の前が真っ暗になり、新婚早々実家に逃げ帰った。
夫はすぐに迎えに来た。世間体があるから帰ってきてくれ、と畳に頭をすりつけて頼む彼に「二度と変なことはしない」と約束させ、彼女は家に戻った。

それから夫は妻に指一本触れなくなった。普通のセックスならしてもいいと思っていた妻は考え込んだ。夫はそれにしか興味がないのだろうか、だとしたら本当に変態だ・・・。
とはいえ、その点を除けば夫との生活に問題はなかった。周囲から「子どもはまだか」と催促されることもなかったので、気楽でいられた。そのため離婚を考えることもなく、そのことを放置したまま二十年の歳月が流れた。

しかし、彼女は夫の秘密を知ってしまった。
ある日、夫の書斎を片づけようと彼の留守中に部屋に入った。タンスの引き出しを開けると、ビデオがぎっしり詰まっていた。手に取ってみるとそれらはすべて、男同士が絡むポルノだった。
それまで夫がその部屋に何時間こもっていても、本でも読んでいるのだろうと気に留めたことがなかった。しかし彼女は初めて、ふすまを細く開けて中を覗いた。
夫はテレビの前に座り込み、あのビデオを音を消して見ながらマスターベーションをしていた。

そうか、そういうことだったのか・・・!
妻は二十年来の謎が解けた思いだった。この人はもともと女に興味がなかったんだ。いつまでも独身でいると社会的に問題があると思って、結婚しただけだったんだ。
「生身の女である私が傍にいながら見向きもしないで・・・許せません。私の二十年を返して!」


いま千組の夫婦にあたっても、婚前交渉なしで結婚したというカップルを見つけることはできないのではと思うが、二十年前はそういう時代ではなかったのだろうか。
セックスをしたことのない人と結婚するなんて無謀すぎる------これまで私はその一番の理由を、「それは相手を知るために必要不可欠なことだから」としてきた。
誰かと初めて食事を共にしたときにはいろいろな発見をするものだが、ベッドを共にするとそれ以上に大量の、細やかな情報が流れ込んでくる。だから私にとっては、それがないことにはジグソーパズルの最後の一ピースが埋まらないという感じなのだ。
しかもそれは絵の隅のほうの、あってもなくても変わらないような部分のピースではない。

その目的に比べたら、「行為の内容を確かめる」という側面についてはかなり軽く考えていた。
というのは、何人かの男性とお付き合いしてきたけれど、「彼のことは好きなのに、どうにもこうにも相性が合わない」と悩んだことは一度もないし、この人とは無理!と思うほど趣味嗜好の異なる相手に出会ったこともない。特別許容範囲が狭いわけでもないし、初めてのときに驚いたり戸惑ったりすることがあったとしてもそのうち順応するものだ、と思ってきたからである。

しかし、こういうこともまれにはあるのだ。こんな話を聞くと、「性の不一致」というリスクを減らすという意味でも、事前確認は怠ってはいけないんだなあと思わされる。 (つづく


2005年06月17日(金) 「頻度」について語らない訳

かねがね思っていたのだけれど、出産経験者というのはどうしてあんなに平然とコワイ話ができるのだろう。
少し前に友人と会ったときのこと。彼女が昨年初めて出産したときの話になった。安産だったというから、じゃあ陣痛もたいしたことなかったのかなと思ったら、それとこれとは話が別らしい。

「そりゃあもう、痛いの痛くないのって・・・」

それがかなりの痛さであることは、これまでにもいろいろな人から聞かされてきた。男性だったら正気でいられないだろう、なんてことも何度か耳にしたことがある。
しかしながら、ただ痛い痛いと言われても、未経験者にはその耐えがたさがどの程度のものなのかいまひとつわからない。もっと具体的に説明してほしい。例えば、「下剤が効いてトイレに駆け込むときよりは断然つらいけど、虫歯の治療中に神経に触られたときよりは全然マシ」という具合に。
そう注文をつけたところ、彼女はしばらく考えて言った。

「そうやなあ。下唇を思いっきり引っ張ってがばっと頭にかぶせるくらいの痛さかな」

・・・ギャーー!!


さて、あまりに気持ちの悪い例えをされ、悶えている私に「そろそろ二人目作ろうかと思ってるねん」と彼女が言った。

「こないだ生んだばっかりやのに、もう?」
「うん、産道が広がってるうちにと思って」
「・・・・・・?」
「あんな大きなものが出てくるわけやん。だから広がるわけよ。それが元に戻るのに三年かかるねんて」

さ、さ、三年!?
驚愕する私。が、彼女はこれでもかというように「だから湯船に浸かるとね・・・」とショッキングなことを畳み掛ける。
その話、ほかの人からも聞いたことがあるわと思ったら、つい下世話な想像をしてしまった。
「じゃ、じゃあ、そういう状態のときにセックスしたら・・・」
「○○○○やろね」 (か、書けません)
彼女はあっけらかんと言った。


が、そのあと、彼女が「ま、してないからわからんけど」とつづけたので、私は首を傾げた。
えっ、「してない」ってどういう意味?セックスのこと、じゃないよねえ?

「そうやで、生んでからまだ一回もしてないし」
「そ、そうなんっ?もう七カ月経ってるやん!」

すると、彼女はさも可笑しそうに言った。
「でもさあ、結婚したらそんなしょっちゅうしょっちゅうせえへんやんー」

これを聞いて私が驚いたのは、「夫婦はそんなにしょっちゅうはしない」に異論があったから、ではない。
セックスの中身は赤裸々に語る人でも、頻度についてとなるとぐっと口が重くなるものだ。「あんなことした、こんなことした」はぺらぺらしゃべるのに、「うちは月何回」は決して明かそうとしないのは面白い現象であるなあといつも思っていたのだが、彼女はそれをいともあっさりバラしたからである。

* * * * *

人が頻度について語らないのは、それにささやかなコンプレックスを抱いているからだろう、と私は踏んでいる。
世界最大手のコンドームメーカーのひとつである「デュレックス」が昨年十月に発表した「SEXに関する世界調査」二〇〇四年度版の結果によると、日本人の年間セックス回数は四十六回。回答者の既婚者と未婚者の割合がわからないため、これをそのまま日本の夫婦の実態とみなすことはできないけれど、このあたりなのには違いない。

さて、日本は調査に参加した四十一カ国の中で最もセックスをしない国なのだそうだが(世界平均は百三回)、私はそうと聞いて、日本人が少ないのではなく外国人が多いのではないのかな、という感想を持った。
「八日に一回」が二十代男女の結果なら意外に思っただろうが、若者から年配者までひっくるめてのものであるから、目を剥くほど少ない数字だとは思わない。日本人は忙しい、とくに男性は仕事で疲れ果てている。ま、そんなもんじゃないの?という印象である。回数で夫婦の円満度が測れるわけでもないのだし。

にもかかわらず、「少ないより多いほうが見映えがいい」ような気がするから不思議である。これはおそらく私だけではないと思う。
行為の内容については微に入り細に入りしゃべる人でも、頻度となるととたんに口をつぐんでしまうのはやはり、「少ないと“枯れてる人”みたいに思われるんじゃないか」という頭があり、かつ自分の回数を「多くない」と感じているためではないだろうか。
もしフランス人のように「二・五日に一回」レベルだったら、それはもっとフランクに語られているのではないかしら・・・。

とまあ今日は能天気な話を書きましたが、次回は同じ「夫婦生活」がテーマでも打って変わって、かなりシリアスな話です。


2005年06月15日(水) 他人の家庭の不幸は密の味

林真理子さんのエッセイに、相性のいい家政婦さんを見つけるのがいかに大変かという話があった。
三十を過ぎてから自宅の家事をしてくれる人を頼むようになったが、長くつづけてほしいと思える人になかなかめぐり会えない。近所のクリーニング屋さんにも「言っちゃ悪いけど、おたくに来る人、みんな質が悪いね。いい人は雇う方も離さないからね、すぐに来てくれるような人はダメだよ」と言われてしまう始末。
こんなこともあったという。ある日、すき焼きを作ってくれるよう頼んで外出した。帰ってみるとコンロの上にあるのはすき焼き用の浅鍋ではなく、大きな深鍋。いぶかしく思いながらその蓋を開け、小さな悲鳴を上げた。
なみなみとたたえられた黒い醤油汁に、林さんが奮発して紀ノ国屋スーパーで買った牛肉と豆腐がこれ以上小さくならないというくらい細かく砕けた状態で浸かっていた。しらたきはなんと糸がついたままである。
悪意を感じて怖くなり、すぐにやめてもらったそうだ。

プライバシーを知られる上に、毎日数時間なり半日なりを同じ空間で過ごすわけだから、仕事ができて信用が置けて好人物、でなくてはならない。そんな家政婦さんを見つけるのは有能な秘書を見つけるよりむずかしいことかもしれない。
それにしても、家政婦協会も派出先が有名作家の家となればよりすぐりの人をよこしそうなものなのに。家政婦業界というのはそんなに人手不足なんだろうか。


「お金を積んでもいい人に来てもらえるとは限らない」ことは、このところテレビを賑わせている騒動を見ているとよくわかる。
働きが悪いとか愚痴が多いとかいうのも困りものだが、もっともたちが悪いのは「おしゃべり」な家政婦ではないだろうか。

「家政婦は見た!」で市原悦子扮する家政婦歴三十年の石崎秋子は、他人の家庭の秘密や不幸を探ることに無上の喜びを見出している。覗き見、盗み聞き、尾行、なんでもありだ。それを「大沢家政婦紹介所」の会長(野村昭子)に悪い趣味だと咎められると、すまして答える。
「趣味じゃないわよ、生きがい!このウラの楽しみがなきゃこんな商売やってられないわよ」
そして、家に帰るとその日の出来事を共同生活をしている家政婦たちにしゃべりまくるのである。

これを地で行くような家政婦が最近マスコミで大活躍している。ベッカム家で二年間住み込みで働いていたという女性がベッカムの女性関係を“暴露”しているし、花田家で四年間家政婦を務めた女性は亡くなった親方の収入の額まで明かしている。
どうしてこんなことが起こるのか不思議でしかたがない。有名人の家庭に派出される家政婦は勤務中に見たり聞いたりしたことを他言しないということを契約時に誓約させられているはずである。いや、それ以前の問題だ。他人の携帯の通話履歴や貯金通帳の残高についてぺらぺらやるというのは、いったいどういう心理のなせるわざなのか。皮肉でもなんでもなく、本当にわからない。

しかしながら、それと同じくらい理解しがたいのがこういう人。
「お兄ちゃん(花田勝さん)、意外やわあ。そんな感じに見えへんのにねえ」
と同僚が言う。
「意外ってなにが?」
「表の顔と裏の顔とぜんぜん違うらしい。女性関係が激しいとか策略家とか、お手伝いさんがインタビューで言ってた」

私もワイドショーや週刊誌はときどき見るからあまりえらそうなことは言えないけれど、しかし、そこで見聞きした暴露話的なものを真に受けることはない。
世の中には自分では真偽の程を確かめることができない事柄がたくさんある。そんなとき、私たちは当事者の言い分を聞き、その印象であれこれ感想を持つわけだが、最低限のルールやモラルを持ち合わせていない人の言うことをどうして信じることができるだろう?

テレビをつけたら、通りすがりの主婦がリポーターにマイクを向けられ、「若と貴、どちらを支持するか」と訊かれていた。
何人もの人が真剣に答えているのを見ていると、日本は平和なんだなあとつくづく思う。


2005年06月13日(月) ケンカの顛末(後編)〜もうひとつのマラソン

前編(「夫婦の終末時計」)中編(「万策尽きる」)のつづきです。

この四月から個人情報の開示に関する規制が非常に厳しくなり、本人以外にはほとんど何も伝えられなくなったことは知っている。
私も仕事で顧客の自宅に電話をかけると、家族から何の用件かと尋ねられることがあるが、一切答えることはできない。カウンターの女性が「お教えできません」一点張りなのは正しい。

「わかりました。どうもお手数おかけしました」
内容は第三者には話せないと伝えると、「私は妻なんですよ!」「親にも話せないとはどういうことだ!」と電話口で怒りだす人がいるけれど、まさか私が彼らと同じようにごねるわけにはいかない。
夫は間違いなくチェックインしているだろうから、もう探しようがない。私は女性にお礼を言って、出口に向かって歩きはじめた。

そのとき、「お客様!」と声がかかった。先ほどの女性が追いかけてきて、「お名前がわかるもの、何かお持ちですか?」と言う。
免許証を見せると、彼女はいままでの半分くらいの大きさの声で言った。

「○男様はまだチェックインされておりません。まもなく締め切りですので、ここでお待ちになればいらっしゃるのではないでしょうか」

私が妻であるのが間違いないとわかったからといって、開示してもよくなるわけではない。しかし彼女は、夫はすでにチェックインしたものと思い込み、とぼとぼと帰って行く私を見過ごすことができなかったのだろう、耳打ちするように教えてくれたのである。

ロビーに流れるアナウンスが「この放送をもちまして搭乗手続きの受け付けを終了させていただきます」に変わった。そのとき、夫の姿を発見。
顔を見たらむかっときたが、飛行機に乗るまでは休戦だわ!と駆け寄ると、彼は「ぎりぎりまで待って来なかったら、ひとりで行くつもりだった」とぼそっと言った。

「タクシー代ちょうだいよ」
「どうして僕が」
「当然やんか!」
「どこがだよ」

言い合いしながらターミナルを走り、私たちは滑り込みセーフで機上の人になった。


フルを走る夫を見送った二十分後に十キロの部がスタート。
疲れたらペースを落とし、息が整ったらまた走りだす、そんなふうにしてしんどい場面を切り抜けながら、私は「結婚生活もマラソン、なんだよなあ……」と考えていた。

出場したからにはなにがなんでもゴールしなくては、という考えの人もいるかもしれないけれど、私はそうじゃない。足をくじいてもうだめだ、これ以上がんばれないと思ったら、ギブアップするだろう。
人は一生のうちにいくつものマラソンを走るが、「結婚生活」という名のマラソンは完走することが何よりも大事という種類のものではないと思っているから。
這ってゴールに辿り着いたところで「ただつらくて苦しいだけだった」という感想しか持てそうにないと思ったら、勇気を出してリタイアし、元気を取り戻してからまた別のコースを走り直したい。

そんなふうに考えているからこそ、最初に自分がこれと決めたマラソンを走り抜くことができたら幸せだなあと思う。
途中には上り坂もあればぬかるみもある。楽な展開になんてならないだろうが、ゴールで「われながらよくがんばった。機会があったらまた走ってもいいな」と思えたなら上出来だ。
そんなマラソンにするために、この先どのくらいの努力と忍耐が必要になるのかわからないけれど、じきに走りやすい道になる、背中を押してくれる風が吹くさと信じられているうちはそれらを惜しむまいと思った。

* * * * *

ゴールの何百メートルか手前で夫を待つ。去年のタイムより少し遅れて姿が見えた。予想通り、息も絶え絶えの様子。
並走する私に、まさに声を振り絞るという感じで彼が言った。

「ビ……ビール、二本……」
「もう買うてる!」
「で、でかした……」

北海道にいるあいだも余震のようなケンカが続き、愉快とはほど遠い旅だったのだけれど、この瞬間だけは来てよかったと思った。


で、終末時計の現在時刻はって?
実はあれから見てないの。確認するのはもうちょっと針が戻った頃にするわ……。


2005年06月10日(金) ケンカの顛末(中編)〜万策尽きる

※ 前編(「夫婦の終末時計」)はこちら

「この旅行に行かなかったら、何かが変わるかもしれないな」

そんなことを考えるのは、あながちおおげさなことではない気がする。
鯉のぼりをどちらが片づけるかで揉めたことがきっかけで「この人とやっていけるんだろうか」と思いはじめ、数年後に別れてしまった知り合いがいる。どんなにちっぽけで馬鹿げたことであっても、ボタンの掛け違いの始点になりうるということだ。
先ほど夫が吐いた言葉を思い出したら、仕事のことが頭をよぎった。私はつい先日職場を変えたばかりであるが、もし引越すようなことになったら通えなくなる。迷惑かけちゃうなあ……。
そんな「それどころじゃないだろうに」なことを思わず考えたのは、それだけその可能性がリアルに感じられたということなのかもしれない。

しかしそのときふと、去年の千歳マラソンの光景が心に浮かんだ。
夫は足が痛くて痛くて、本当につらそうな顔をして倒れ込むようにゴールに入ってきた。きっと今年もそうなるだろう。
「もし私が行かなかったら……」
走り終えた後、彼は棒になった足を引きずって自分でタオルを取りに行ったり、水をもらいに行ったりしなくてはならない。
怒りは収まっていなかったが、その姿を想像したら胸が痛んだ。

「飛行機のチェックイン締め切りって出発の十五分前だっけ」
今度は本物の時計に目をやる。電車ではもう間に合わない。タクシーでもむずかしいかもしれない。
私はソファから飛び起きた。

* * * * *

空港に着くと、すぐに夫の携帯に電話をかけた。
「電波の届かないところにいる、または電源が入っていないため……」
なんでだ、まだ搭乗ははじまっていないはずなのに!さては腹立ちまぎれに電源を切ってるな。
しかたがない。とにかく私のチケットが生きているかどうかを確認しなくては。チェックインカウンターに走る。

「○○○子の名前で次の千歳行きを予約してるんですが、キャンセルになってますか」
キャンセルされていたら、ここでゲームオーバーだ。

「お調べいたします。……いえ、キャンセルのご連絡はいただいておりませんが」
えっ、そうなの?こんな時間なのにどうしてまだキャンセルされていないんだろう。
いや、そんなことより夫をつかまえなくては。チケットは彼が持っているのだ。

「○○○男……あ、夫なんですけど、もうチェックインは済んでますよね?」
「申し訳ございませんが、そういった内容にはお答えすることができません」
あっ、個人情報保護法か!しかし、「ハイ、そうですか」と引き下がるわけにはいかない。

「えーと、じゃあそちらのラウンジにいると思うので、呼び出していただけませんか」
夫はいつもチェックインしたら搭乗まで航空会社のラウンジで過ごすのだ。

「恐れ入りますが、お客様の所在確認などもいたしかねます」
くくうー、やっぱりだめか。
時計を見て焦る。チェックイン締め切り時刻まで五分を切っている。 

「ではラウンジの電話番号を教えてください。こちらからかけてみますので」
食い下がったら、女性の眉がハの字になった。そして本当にすまなさそうに、
「ラウンジの電話番号は外部には公表しておりませんので……申し訳ありません」
と言った。

万策尽きた。
私は物事はすべて起こるべくして起こり、なるべくしてなるのだと信じている。そうか、ここまで来たけど、台本は私が夫を見つけられぬまま引き返すストーリーになっていたんだなあ……。
感慨のようなものに包まれていたら、「まもなく搭乗手続きの受け付けを締め切らせていただきます」のアナウンスがロビーに流れはじめた。 (つづく


2005年06月09日(木) ケンカの顛末(前編)〜夫婦の終末時計

その週末、私は夫と北海道に行く予定になっていた。日曜に行われる千歳マラソンに参加するためである。
去年はフルマラソンを走る夫の応援団としてついて行ったのだけれど、今年は私も十キロの部に出ることになっていた。

とはいえ、そんな距離は一度も走ったことがない上にここ十年、運動と呼べるものといえばスポーツクラブのエアロビクスだけ。一時間躍ることができるなら、走り続けることもできるものなんだろうか。
「足きりにかかって途中で回収車に乗せられるのはかっこ悪いなあ」という気の重さと、「でも沿道で旗振りしているだけより、自分も参加したほうが楽しいよね」という期待を半分ずつ抱え、私は大阪を出発した。

……となるはずだったのだけれど。
当日の朝、問題が起こった。さあ、家を出ようという段になって、夫と口論になったのである。
原因について書くことはできないが、人が聞いたら「そんなことで揉めるか!?」と驚くに違いない、そのくらい瑣末なことだ。
しかし、私たちにとってはきわめてシリアスなケンカだった。今回だけを見るなら「なんだ、そんなこと」と軽く流せるのだが、そういう取るに足りないことで私たちはこれまで何十回と同じ展開を繰り返してきていた。
たとえば子どもの教育方針の違いとか嫁姑問題といったことに端を発しているのなら、揉めるのも無理はないと思うことができる。しかし、私たちがケンカの種にするのはいつも、テレビのチャンネル争い並みにくだらない事柄なのである。
だからなおのこと情けなかったし、根が深いということではないかとも思っていた。

* * * * *

それに加え、今回は過去のどのケンカよりもタイミングが悪かった。
事が起こったのがまさに靴を履かんというシーンだったため、ドアが開いていた。私はそれを閉めるよう言ったが、夫は聞く耳を持たない。このままではものが言えないと思い、私は部屋に引っ込んだ。
皮肉なことに、それが夫に対して未曽有の怒りを抱く結果を招いた。彼が玄関から私に向かって大きな声を出したからだ。

頭の中でプツンと何かが切れる音がした。大声の内容にではなく、ドアが開いた状態で彼が声を荒げたことに。
出がけに揉めることになったのはどちらもが半分ずつ悪い。が、仮に百パーセント私に非があったとしても、それはないだろうと思った。近所付き合いのない賃貸マンションとはいえ、ゴミを出しに行けば隣りの奥さんと顔を合わせる。スーパーで一緒になることもある。
実際に聞こえたかどうかは重要ではない。聞こえていようがいまいが、この先隣家の家族と顔を合わせるたびに「聞かれたかもしれない、ああみっともない、恥ずかしい」と心の中でうつむかなくてはならなくなったことに変わりはないから。

「なんてことをしてくれたんだ!」
もう旅行どころではない。私はソファに寝転がり、本を開いた。夫からだと思われる電話が何回かかかってきたが、出なかった(こういうところが私のよくないところだ。こうして事態をこじらせる)。

三十分が経過して、気持ちは少し落ち着いた。私はふと「終末時計」のことを思い出した。
あなたは「Doomsday Clock(終末時計)」をご存知だろうか。核戦争による世界滅亡の日を午前零時とし、そのリスクの大きさを残り時間で示したものだ。
アメリカの科学者組織が世界情勢を見て針を進めたり戻したりする。ちなみに現在時刻は午後十一時五十三分、世界滅亡七分前である。

これと同じものが私の中にもある。
もちろん、核の時計ではない。それは「夫婦の終末時計」だ。午前零時は世界滅亡ではなく、結婚生活終焉の日。
そんな、縁起でもない!とびっくりする人がいるかもしれないが、なにも「いつかその日が来るだろう」と思ってのことではない。その逆だ。ふたつの針を頂点で重ねるようなことにしないために、私は結婚したときからそれを心の中に置いている。
後ろ向きでも悲観的でもない。長い道のりを走り抜くために持っておくべき危機感ではないか、と私は思っている。

ふだんは存在すら思い出すことのないその時計をひさしぶりに手に取ってみた。
そうしたら、その針は最後に見たときよりもぐっと------これまで見たことのない位置にまで------進んでいた。 (つづく


2005年06月07日(火) 夫のネクタイ、結べますか?

※ 前編はこちら

むかしから衣と食にうるさい男性はノーサンキューの私であるが、だからといってこだわりがまるでないという人もちょっとなあ・・・。
以前、テレビで渡辺徹さんが「おかずがなければごはんに水かけてでも食べます」と言っていたのを聞いて、こんな人が夫だったらいやだなあと思ったことがあるけれど、着るものについても同じことが言える。センスはどうあれ、「自分で選ぶ」というラインはぜひとも持っていてもらいたいと思ってきた。
まだ若いのに奥さんから「はい、これ」と渡されたものをなんの疑問も不満も持たずに着る男性がいたら、“牙を抜かれた”感を受けると思う。彼から男としての魅力を感じとることはむずかしいのではないかという気がする。

しかしながら、「私の相手は自分で服を選ぶ人であってほしい」にはもうひとつ理由がある。私には男性のファッションがまるでわからないからだ。
ワイシャツならまだいい。無地や色柄の派手でないものを選べばどうにでもコーディネートしてくれるだろう、と思うことができる。しかし、ネクタイを選ぶ自信はゼロだ。
数年前、シンガポールに行ったときのこと。彼へのお土産にめぼしいものがなかったので、ネクタイでいいかと百貨店に寄った。私が候補に選んだものを見て、先輩が「小町ちゃんは優しいなあ」と感心したように言う。

「そんなことないですよ。先輩も買ってあげたらいいのに」
「私はええわ、父親にお土産なんて」
「父親?」
「それ、お父さんにやろ?」
「いえ、彼ですけど・・・」

そうしたら彼女は、それはおじさんがするネクタイだと言って笑いだした。そして、「彼氏やったらこういうのんやろ」と二、三本持ってきた。
私は青系で、なおかつおとなしめの柄のものを選んでおり、それに比べれば彼女が私に勧めたものはたしかに幾分華やかだった。けれども、彼女のチョイスが二十代の男性がするのにふさわしい色柄のものであるのか、私には判断がつかなかった。
店頭に並ぶ女性用の服やバッグを見れば、どのくらいの年齢層の人をターゲットにしているのかわかるが、ネクタイの場合まったくわからなかったのである。

スーツ姿なんて会社でもプライベートでもすっかり見慣れているはずなのに、現実には恋人のネクタイ一本選べない。このとき、私はいかに自分が男性のネクタイに注意を払っていなかったかを知った。
こんな私であるから、毎朝クローゼットを開けて夫のネクタイを選びだすなんてことはもちろんない。


ところでネクタイといえば、私にはひそかに憧れていることがある。ネクタイを結べる女性になることだ。
少し前に女四人で話していたら、中にひとりだけ「私、できるよ」という人がいた。「彼の後ろに回って自分の首に結ぶみたいにしてやるの?」と尋ねたところ、ちゃんと正面から結べると言うので、私はいたく感心した。浴衣の帯で経験があるのだが、自分のを結ぶことはできても人のを結ぶのはとてもむずかしいのだ。

といっても、あいにく「毎朝結んであげたい」と思っての話ではない。
『阿修羅のごとく』という映画の中に、妻が出掛ける夫のネクタイを結ぶシーンがある。夫は「早くしろよ」と言い、妻は懸命に結び目を整える。この話は昭和五十四年の設定だから「へえー」と思うくらいであるが、もし現代にそれを当然と思っている夫や妻がいたらちょっと気持ち悪いなと思う。靴下を履かせてやるのとどこが違うのだろう?
なので、仮に結べたとしても日常的にやるつもりは全然ないが、結ぼうと思えば結べる女性っていいなあとは思う。
そういう技を隠し持っておいて、なにかの折に慣れた手つきできれいに結んだら(もちろん正面からだ)、夫はどきっとするのではないかしらん。器用に動く指先を見つめながら、「誰に教えられたんだ・・・?」なんて心中穏やかでなかったりして。想像するだけでわくわくする。
ああ、どうしてネクタイの結び方くらい独身のうちに誰かから習っておかなかったんだろう!


2005年06月03日(金) 男性の洋服選び

中村うさぎさんがエッセイの中で、久米宏さんの奥さんに腹を立てていた。
雑誌の対談で麗子夫人が「夫の衣装は私が選んでいます」と話しているのを読み、「それって自慢するようなことか?」と首を傾げる。

単に、自分の服も選べないほど面倒臭がりでスタイリスト雇う金もケチるような男が、女房にタダでコーディネートしてもらってるって、そーゆー話でしょ?そんなサラリーマンなら日本中にゴロゴロいるし(毎朝、妻にネクタイ選んでもらう男とかね)、「内助の功」ってほどの美談でもない。


そして、このあと文章は「有名人の妻ってことだけでチヤホヤされてさ、あの程度のファッションセンスでスタイリストヅラしないでもらいたいわ」とつづく。

『ニュースステーション』の久米さんの衣装を夫人がスタイリングしているというのは有名な話であったが、彼女が夫だけでなく、渡辺真理さんやコメンテーターの衣装も担当していたというのはあまり知られていなかったらしい。
お金と暇があってちょっとおしゃれに興味のある家庭の奥さんが夫の着るものを見立てる・・・という次元の話ではないから、「素人のくせにスタイリストヅラして」は見当違いだと思うのであるが、まあそれは置いておこう。
私が興味を持ったのは、「そんなサラリーマンなら日本中にゴロゴロいるし(毎朝、妻にネクタイ選んでもらう男とかね)」という部分なのだ。


先日友人と待ち合わせをしたときのこと。食事の前に買い物に付き合ってほしいと言うのでついて行ったところ、そこは百貨店の紳士服売り場であった。
「なに買うん?」
「だんなのワイシャツ」
私は彼女が品定めをする隣りで、自分だったらどれを選ぶかなあと一緒に棚を見はじめたのであるが、すぐにあることに気がついた。
タグに「38-78」「40-82」といった数字が書かれている。サイズ表記であることはわかるのだが、「38」や「78」がそれぞれどこの長さを指しているのかわからなかったのである。

しかし、彼女は難なく衿回りとゆき丈だと答えた。なるほどと頷きながらはっとする。
「ねえ、だんなのサイズ知ってるん?」
「うん。柄とかこだわりないみたいでさ、いつも私が買ってるねん」
へええ、そうなのか。私は夫のそれを知らない。


「夫の衣類はだいたい私が選んでいるわね」という妻は世の中にどのくらいいるのだろう。
下着や靴下は別として、人の目につく衣類は一緒に買いに行くという夫婦が多いのではないかと推測する。その際、夫が自身で好みのものを選ぶ場合と、妻が「これがいいんじゃない?」と目星をつけたものの中から選ぶ、つまり実質的には妻が夫のファッションを決めている場合とに分かれそうである。
いずれにせよ、わが家のような「妻は夫の衣類の購入にノータッチ、ファッションになんの影響も与えない」という家庭は少なそうだ。

夫はとくにおしゃれな人というわけではないので、普段着はどうということはない。が、営業のサラリーマンなので平日の格好にはかなり気を遣っているようだ。
「線が何本も入りそう」と言ってスラックスのプレスは私に頼まないし(失礼ね!と言いたいところだけれど、実際に失敗したことがある・・・)、車に乗るときは背中に皺が入るのを嫌って上着を脱ぐ。食べた後の皿はテーブルに置きっぱなし、タンスの引き出しは開けっぱなしにする横着な人であるが、革靴は自分で磨き、いつもぴかぴかだ。
そして、それらは必ず自分で選ぶ。お気に入りのブランドから新作入荷の案内が届くと東京まで出かけて行くのだ。

そんなわけで、私が毎朝夫のネクタイを選んだり、ブティックで似合いそうなものを見つけたからといってなにかを独断で買って帰ったりすることはまずない。 (つづく


2005年06月01日(水) 惜しくないと思えるまでは。

多くの人もそうではないかと思うのだけれど、日記を書きながら心が浮き立つようなときとそうでないときがある。
前回前々回のテキストはどちらかといえば後者だった。同じテーマで書いた人は過去にいくらでもいるだろうと思われる、言わば“手垢ネタ”には食傷していて(私にとっては「男と女の友情は成立するか」なんていうのもそうだ)、「web日記がどうとかなんて、まったくいまさらだよなあ・・・」とひとりごちながらキーボードを叩いたのであった。
そういうテンションの低さはそこここに表れ、読み返してみると文章に笑顔がない。

しかしながら、何人かの日記書きさんから「『自分にとって日記とはなんだろう?』をあらためて考えてみました」という内容のメールをいただいた。
“指取り重く”書いたテキストは反応も少ないのが常なのであるが、今回は書き手であれば誰でも一度や二度は考えたことがあるテーマだったからかもしれない。

* * * * *

その中にいくつか「やめたいと思うことがある」「やめようかと悩んでいる」というものがあった。
「日記書きって、力仕事だものなあ・・・」
と相槌を打つ。自分の中からなにかをアウトプットする作業は気力が満ちているときでなければ、なかなかつらいものがある。

しかし、理由はそれだけではない。一通を除いたすべてが「ネタ探しの苦労」について触れていた。
「日記」と聞けば「三日坊主」という言葉を連想する人も少なくないのではと思うのだが、ノートにつけるものであれネット上で公開するものであれ、日記と名のつくものにはそのくらい根気が必要である。しかしながら、後者の場合はそれだけがいくらあってもどうにもならないところがある。
前回のテキストに、「プライベートな日記とweb日記のもっともわかりやすい違いは、ネタを探してまで書こうとするか否かという点だ」と書いたが、後者を続けようとするとき、むずかしいのはモチベーションを保つことよりネタを切らすことなく調達することなのだ。
一枚取り出せば次の一枚が顔を出すティッシュペーパーのように、ネタが待機してくれているということはない。それどころか、たった一枚引っぱり出しただけで箱は空っぽになってしまうのである。

それでも周囲を見回すと、多くの日記が毎日更新だ。そして、書き手からは「今日書く分のネタを見つけるまでなんとなく落ち着かない」なんて話をしばしば聞く。
「なんとなく」で済んでいるうちはまだいい。それは徐々に進行し、じわじわと自分の首を締めはじめる。
なにか書きたい、書かなきゃ。ネタ帳を開く、ストックはひとつもない。今日は休んでしまおうか・・・いや、だめだ。焦る、趣味なのにどうしてこんなしんどい思いをしなくちゃならないんだろう?ああ、いっそやめてしまおうか・・・。

そのたび私は「次の電柱までがんばろう、次の電柱が来たら歩くんだ」と自分を励ましながら走るマラソンランナーの姿を思い浮かべる。そして、「書きたいことがあるときだけにしたら?」「土日はお休みにしてもいいんじゃない?」と提案してみるのだけれど、たいていは「来てくれた人をがっかりさせるのが忍びなくて」「変に休んでしまうとエンジンがかからなくなるような気がする」という答えが返ってくる。
そうだよな。人に言われてそうしようと思えるくらいなら最初から悩んだりしない。


「ノートの日記は続いたためしがないのに、web日記が続いているのは読んでくれる人がいるから」
と言う人は少なくない。
読まれることの喜びは大きい。和式トイレのレバーをあんなにたくさんの人が踏んづけているということも、もし日記を書いていなかったら私は一生知ることがなかっただろう。
それでも私の人生にはなんの不都合もなかったと思うけれど、「またひとつかしこなったわー」と笑える機会があるのはラッキーなことだ。こんなに発見に満ちた場は、私の生活にはサイトをおいてほかにはない。

もしあなたが人知れず悩んでいるなら。
読み手あっての日記、だからこそ「マイペースでやる」がこんなにもむずかしいけれど、息が切れたら立ち止まる勇気も必要みたい。
お互い長生きしましょう、手放しても惜しくないと思える日が来るまでは。