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2005年06月20日(月) 「私の二十年を返して!」(前編)〜夫の秘密

先日『婦人公論』で読んだ、作家の工藤美代子さんのエッセイはかなりショッキングな内容だった。
ある日突然、自宅に遠縁の女性が訪ねてきた。二十年ぶりの再会を懐かしむのもほどほどに、彼女は「今日はどうしても聞いてほしいことがあって・・・」と切り出した。

その女性は工藤さんよりひと回り若い、四十五歳。結婚して二十年、夫婦二人暮らしである。
「うちには子どもがいません。できなかったんです。どうしてだと思いますか?」
工藤さんが「ほしいのなら、お医者さんに行って調べてもらったほうが・・・」と答えると、彼女の目から涙がこぼれた。
「そういうことじゃないんです」

夫は彼女にとって初めての見合い相手だった。優しそうな人に見えたこと、父親が話に乗り気だったことであっさり結婚を決め、すぐに式を挙げた。婚前交渉はなかった。それが間違いのはじまりだった。
夫は新妻にアナルセックスを要求した。彼女は拒んだ。それは変態がする行為だという意識があったから。が、夫はどうしてもと言って聞かない。彼女は目の前が真っ暗になり、新婚早々実家に逃げ帰った。
夫はすぐに迎えに来た。世間体があるから帰ってきてくれ、と畳に頭をすりつけて頼む彼に「二度と変なことはしない」と約束させ、彼女は家に戻った。

それから夫は妻に指一本触れなくなった。普通のセックスならしてもいいと思っていた妻は考え込んだ。夫はそれにしか興味がないのだろうか、だとしたら本当に変態だ・・・。
とはいえ、その点を除けば夫との生活に問題はなかった。周囲から「子どもはまだか」と催促されることもなかったので、気楽でいられた。そのため離婚を考えることもなく、そのことを放置したまま二十年の歳月が流れた。

しかし、彼女は夫の秘密を知ってしまった。
ある日、夫の書斎を片づけようと彼の留守中に部屋に入った。タンスの引き出しを開けると、ビデオがぎっしり詰まっていた。手に取ってみるとそれらはすべて、男同士が絡むポルノだった。
それまで夫がその部屋に何時間こもっていても、本でも読んでいるのだろうと気に留めたことがなかった。しかし彼女は初めて、ふすまを細く開けて中を覗いた。
夫はテレビの前に座り込み、あのビデオを音を消して見ながらマスターベーションをしていた。

そうか、そういうことだったのか・・・!
妻は二十年来の謎が解けた思いだった。この人はもともと女に興味がなかったんだ。いつまでも独身でいると社会的に問題があると思って、結婚しただけだったんだ。
「生身の女である私が傍にいながら見向きもしないで・・・許せません。私の二十年を返して!」


いま千組の夫婦にあたっても、婚前交渉なしで結婚したというカップルを見つけることはできないのではと思うが、二十年前はそういう時代ではなかったのだろうか。
セックスをしたことのない人と結婚するなんて無謀すぎる------これまで私はその一番の理由を、「それは相手を知るために必要不可欠なことだから」としてきた。
誰かと初めて食事を共にしたときにはいろいろな発見をするものだが、ベッドを共にするとそれ以上に大量の、細やかな情報が流れ込んでくる。だから私にとっては、それがないことにはジグソーパズルの最後の一ピースが埋まらないという感じなのだ。
しかもそれは絵の隅のほうの、あってもなくても変わらないような部分のピースではない。

その目的に比べたら、「行為の内容を確かめる」という側面についてはかなり軽く考えていた。
というのは、何人かの男性とお付き合いしてきたけれど、「彼のことは好きなのに、どうにもこうにも相性が合わない」と悩んだことは一度もないし、この人とは無理!と思うほど趣味嗜好の異なる相手に出会ったこともない。特別許容範囲が狭いわけでもないし、初めてのときに驚いたり戸惑ったりすることがあったとしてもそのうち順応するものだ、と思ってきたからである。

しかし、こういうこともまれにはあるのだ。こんな話を聞くと、「性の不一致」というリスクを減らすという意味でも、事前確認は怠ってはいけないんだなあと思わされる。 (つづく