せらび
c'est la vie
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みぃ


2005年08月31日(水) 生暖かい大風がばふばふする台風一過

大型台風の上陸に伴って、ワタシの住む街の辺りも生温い湿った風が漂う、奇妙な夏の名残のようなここ数日である。家の界隈は直撃はしないらしいが、それでも余程「大型」と見え、余波がばふばふと大風を寄こしている。

実際に上陸・通過した地域はまた大変な騒ぎで、死人も多く出ているそうだし、また幸か不幸かこの国の主要なエネルギィ源でありまた昨今の政治・軍事政策の鍵を握る「石油」の生産地周辺が直撃されているという事で、今後の政権の行方にも大きく影響を及ぼしそうな予感である。この国の政府の支持率は最近随分落ち込んでいて、特に例の戦争継続に関して不信感を持っている有権者が多いとの事であるから、ワタシなどはこの台風一過というやつが彼の政治生命にどれ程の影響を与えるだろうかと、楽しみに興味深く見ているのである。

最早誰にも止められまいと嘆いていたら、「お天道様」がいよいよ介入し出したという訳か。世の中上手い具合に出来ている。

しかしそれにしても、そういう緊急事態の最中に略奪だの銃撃だのして人様を陥れる輩というのは、一体どういう神経をしているのだろう。お天道様はちゃんとお見通しなのだよ。

お天道様と言えば、今日は太陽と天王星が凶角を成すので、大型事故や天災のお得意の日和である。しかし明日は木星と金星が好角なので、読者の皆さんも是非共宜しくやってください。



さて、ワタシの生活は相変わらずだが、最近新たな調べ物がひとつ加わったので、今週はずっとそれに取り掛かっている。例の某団体の講演会企画関係なのだが、十二月の催しに招待する講演者がまだ見つかっていないので、関連分野の専門家探しをしているところである。

これはカリキュラム・ヴィタエ(Curriculum Vitae - CV)という所謂履歴書のようなものに片端から目を通していって、その中で該当すると思われる人物を取り上げては更にその専門性に付いてを検討し、漸くこれと思われる人物に最終的に講演依頼をする。この作業は実は相当時間が掛かるので、ここ二日間で手元にある(というかコンピューター上なのだけれども)CVのうちの一割程しか目を通せていない。

しかし他人のCVを流し読みしているうちにワタシの方も感化されたのか、夜遅い帰りの電車内で今度は自分の本来業務関連の書類を読み出したりして、これはこれで中々良い展開である。適度な知的刺激は、日々必要である。


てな事をして日々を送る。


久し振りに何故か鰻が喰いたい今日この頃。


2005年08月28日(日) バクラバの憂鬱とジャズとファラフェルの幸せ

このあいだ「禿げちゃ鬢その一」にギリシャ料理店に連れて行って貰った後、どうにもギリシャ的な食べ物がまた食べたくなってしまったので、近所のギリシャ系食料品店に立ち寄った。しかしそこで発見出来た直にも食べられそうなものといったら、「バクラバ」なるこてこてに甘いデザートしか無かったので、仕方無くそれだけを購入して帰宅した。

そうしてそれからもう二週間も経とうかというのに、ワタシはまだ半分も食べ切らないバクラバと格闘している。

そう、ワタシは甘いものが好きでは無いのである。

何という血迷った事をしたのだろう。

馴染みの無い読者の皆さんの為に解説を加えると、バクラバというのは、「ピロ」と呼ばれる薄い皮を巻き重ねた中に砂糖とナッツを砕いたのとをどうにかして和えた「餡」を詰めて焼いて、更にその上から砂糖のシロップをだらだらと掛けた、ギリシャ風(というかトルコ人に言わせると「オスマントルコ風」だと言って譲らないのだけれども)の庶民に親しまれている伝統菓子である。

これは日本のそれらと比べて相当に甘いと思われるこの国の極一般的なケーキだのクッキーだのと比べても、恐らく桁違いと思われる程の大量な砂糖が入った、何しろ激甘な食べ物である。ワタシなどのような甘いものを特に好まない人間が喰うと、早速頭痛を起す。凡そ親指が四本分程のサイズのバクラバ一切れを食べ切る頃には、ワタシはコーヒーを大きなカップで一杯飲み干して、お代わりに席を立つ。これを地道に食べ続けて居るのだけれども、何しろ日に一個か二個が精々で、中々消化し切れない。

何故蛸を買わなかったのだ、ワタシ。呑み助の癖に。

今日は頑張って一個半食べたところで、忽ち限界が来た。ギリシャには降参。ワタシが悪う御座いました。多分もう二度と買わないだろう。最近の吹き出物の元凶はこれに違いない。頭が痛い。もう残りは捨てちまおうか。



などとやっているうち、出掛けるのが億劫になって来た。今日は下町の公園でチャーリィ・パーカーさんという小父さんの作った色々の曲を集めた無料野外コンサートがあるのだが、既に天気が崩れ始めた本日の様子を見るにつれ、仕度をする気が薄れてくる。

しかし前々から楽しみにしていた催しでもあるので、そろそろシャワーを浴びて出掛けようと思う。サンダル履きで一寸そこまで「じゃじゅ」を聴きに行くなんて、夏ならではの愉しみではないか。是非とも行かなくては。





という訳で、ただいま。じゃじゅコンサートに行って来ました。

ワタシはまたてっきりチャーリィ・パーカーさんの曲を沢山聴けるのかと思っていたのだけれども、必ずしもそういう訳では無くて、偶々この街に住んでいたチャーリィ小父さんの名前を頂いた毎夏恒例のじゃじゅコンサート、というだけの話であった。しかし会場となった下町の公園は満員御礼で、そして近所の通りでは例によって「ストリートフェア」というやつも開催されていた所為か、大変な賑わいであった。途中雨が降ったり止んだりしたので、笠を差したり畳んだり、そしてそれを小脇に抱えたまま所々拍手を入れたりなどして忙しかったが、中々レベルの高い演奏を聴けたので、やはり行っておいて良かった。

事に、二番目に演奏したピアノ・テナーサックス・ベース・ドラム・コンガ(アフリカ生まれの長い筒状の楽器)のクインテット(Quintet)が一番最後にやった楽曲は、所謂「スイング」状態が垣間見られ、聴いているワタシまで流れ出しそうな素晴らしい演奏であった。完成度の高さという点から行くと、このバンドが一番良かったような気がする。

また余所の町からやって来たサックス・クォーテット(Quartet)+別のバンドのジョイント=九本のサキソフォーンがずらりと並んだバンドは、流石に重厚な音を存分に楽しめた。かつて「ブラスバンド部」というのに所属していた事があるワタシとしては、当時百人を超す大所帯で日々練習に励んでいた頃の「パート練習」といって、各楽器毎に合奏の練習をしている最中のサックスパートの皆さんの様子を思い出したりして、暫し感慨に耽った。


ちなみにワタシは当時管楽器では無くて、パーカッションと言って「打楽器」を担当していたので、人々の音を客観的に聞きながら参加する事が出来る所為か、ある種傍観者的な断片的記憶が多数残っている。

大人数で合奏した時の、何度も練習を繰り返した後縦にぴしっと音が合致した瞬間の、あの背筋にびりびりと走る爽快な緊張感は、そう始終味わえるものでは無いので、もう二十年以上経った今でも何やら懐かしく思い起こされる。


サックスとかトランペットとかいった楽器はやはり華があるので、じゃじゅバンドに一本入るだけで、もう見栄えから何から断然違うのである。

とは言え、ワタシの個人的な好みとしては、最後に演奏したピアノ・ベース・ドラムのトリオ(Trio)が、一番のお気に入りであった。このシンプルな配合のトリオの方が、オーソドックスなじゃじゅをじっくり楽しめるような気がする。このバンドはピアノの女性がバンド・マスターと思われるのだが、彼女の腕前も然ることながら、ベースもドラムもワタシが今日聴いた中で一番腕が良いと思われた。滑らかに歌うようなベース、乱れの無いしかしダイナミックなドラム。思わず日本語で、嗚呼これは上手い、と溜息混じりに呟いて仕舞う程であった。

今日は出掛けて行って、良かった。



帰りしな食事を取っていなかった事に気付いたので、駅までの道すがらに例によって「ファラフェル」を購入する。

今日買った店は初めて入ったのだが、注文して待っている間に一寸手洗いをお借りして口の中に装着されている歯列矯正器具を外そうと思ったのだけれども、小さい店の所為か生憎それが見当たらない。それで、至近距離でお食事中の男性が居たのにも拘らず、ワタシと来たら大胆にも口の中に指を突っ込んで、だらだらと垂れるヨダレを物ともせずに、その矯正器具をがしがしと揺り動かしながら取り外す事にする。公衆の面前で矯正器具を外したのは、これが初めてである。それ程までに、ワタシは腹が減っていたのか。

店の兄ちゃんは、きっとその様子を見ていたのであろう。持ち帰りにするのか、はたまた此処で喰うのかと聞くので、「持ち帰り」と答えたのだが、しかし銀紙でくるりと巻いたと思ったら、そこへフォークをぷっ差して、こんな感じでいいかな、と聞く。ええ正に、そんな感じで丁度良いですと言って、ワタシは受け取るなり齧り付く。ファラフェル団子の端には「ハモス」という、やはり豆を潰して拵えたペースト状のものが添えてある。いつも食べるファラフェル・サンドウィッチと比べて、此処のは何だか食べ応えのある容量である。しかもこいつは何時だって安いのだから、ワタシははぐはぐとやりながらひとりほくそえむ。

そうしてはぐはぐしながら駅まで歩いている間に、通りすがりの人々から、可愛い娘ちゃん美味そうだね、まぁゆっくりお食べ、とか、おいらにも一寸喰わしてくれよ、などと度々声が掛かる。ワタシは余程飢えていたのだろうか。知らぬ間に、相当がつがつと喰っていたようである。

ファラフェル・サンドウィッチを丁度食べ終えた頃、大きな自然食スーパーマーケットの前へ出る。中で食後のコーヒーを買って出て来ると、そこから二三ブロック程南で大規模な火事が起こったらしく、消防車やワタシの好きな豪華梯子車が大通りを埋め尽くしている。折角の機会なので、消防車とその乗員のお兄ちゃんたちを、心行くまで眺める。大変見目麗しく、満足して家路に着く。



今週は毎日出ずっぱりだったので随分疲れたけれど、しかし肝心の作業が未だ一段落着いていないので、明日も明後日も休む事無く出掛けなければならない。某機関の九月の講演会の段取りも詰めていかねばならないし、それに纏わる細かい確認作業などはワタシの担当になっているので、此処数週間はどうやって時間をやり繰りするかが焦点になりそうである。


いよいよ夏は終了である。


2005年08月24日(水) 湿気の少ない夏の終わり

ワタシの周辺は、近頃なにやら忙しくなって来た。

これはワタシだけでなく、例の年下のオトコノコも急に忙しくなって来たと話していたので、そういう季節なのであろう。巷では学校が新学期を迎えたところでもある。

と言いつつ、例によってワタシは、さては先日太陽が乙女座に移行した所為ではないか、などと勘繰っているのだが。



ワタシの忙しさというのは、実はある日系団体の講演会やら勉強会などの企画執行チームに関わっていて、その根回し関係の作業をここのところすっかり放ったらかしにしていたものだから、今頃そのツケが回って来た所為である。

いや、しかしワタシの方でやるべき作業としては、一ヶ月程前に先方に依頼書を送るところまでは、一応期日通りやっておいたのである。

しかし、こうも音沙汰が無いところを見るとどうやら届いていない模様、という事で、最近になって先方にメールで確認をしたところ、折り返しすぐさま電話が来て、その担当氏は配置転換になったので、書類の行き違いやら先方内部の連絡作業やらに二三手間掛かっている、との事であった。

とすると、この段階では全て先方の連絡待ちなので、正式な日程確認やら広報関係の手配やら当日必要な飲食物の手配やらの付随事項は、全て「待ち」状態である。

それは来月下旬開催の予定なので、本来ならもう広報関係の手配を済ませて置きたいところであるから、ワタシは実は一寸焦っている。


更に当日用意する飲食物のケイタリングサービスについても、当日出すオードブル(寿司)の「味見」会、またの名を「寿司屋に繰り出して気前良く飲もうぜいぇーい!」会と称するものを今週末に予定しているのだが、そもそも日程がはっきりしない事にはこちらの取引の進め様が無いのだから、面目無い事になりそうな予感である。

どうにかして先方さんから一両日中に連絡をいただかない事には埒が開かない、という事で、とりあえず神々に祈る。



それからこの秋には、またしても語学の授業を受講する事にした。

それはこの夏に集中講座で勉強した言語なのだが、何しろ読解・翻訳が主たる目的の授業だったので、今回は会話を中心にした、どちらかと言うと実践的な方の言語習得クラスを取る事にしたのである。

これは来月から、毎週一回の授業である。夏の集中講座と違って、大分余裕がある。

しかもこれは市民講座的なものなので、成績など気にせずやれそうで、今から楽しみである。


それと平行して本来業務の方もぼちぼち切り上げていかねばならないのだが、その合間に新たな職探しをしてキャリアアップを目指す、というのが、ワタシの当面の計画である。

こうした一通りの様々な作業が、全て自分の実になる日がやって来るのを信じて、日々作業に励むワタシ。忙しいのもまた良い。




今日はそういう訳で、現在手掛けている調査に必要な全ての書籍やら書類やらをすっかりかき集めて、それをオフィスに全て移動させる事にしたので、荷物が重い。これから数日掛けて、少しずつ運ぶ予定である。

実はこれまで自宅でも作業をしていたので、オフィスには必要書類を置いていなかったのである。

しかしこの繁盛期を機に、「仕事はオフィスでする」と言うと何やら当たり前の話だが、とりあえず気持ちを切り替えるのが良かろうという考えに至った次第である。

今日は帰りしなヨガレッスンに寄る予定なので、ヨガマットも担いで出たから、全くえらい荷物である。

実はその後例の彼とデートの予定もあるので、幾ら何でも汗臭い女では不味いだろうという事で、着替えやタオルなども持参したから、本当に偉い手間である。



外は湿気がとんと少なくなって、早くも秋の気配である。

しかしお陰でぐっすり眠れるようになったので、冷房の無い我が家的には最適の夏到来でもある。

今年はビーチに行かないで終わってしまいそうなのだけが、心残りである。


2005年08月19日(金) 獅子座の土星が早くも安定志向をもたらしている模様

先日の日記で、水星順行に伴って飛行機が落ちたりなど様々な事故が多発するという話を一寸書いたが、どうやら飛ぶ物に関してはキプロスの一件に留まらず、沢山落ち続けていた模様である。

べネスエラでもほぼ全滅と思われる旅客機事故が起きたし、アフガニスタンではスペイン軍のヘリコプターが二機も落ちたそうである。そしてグアム辺りで前のめりに着陸したノースウェスト機だが、もうこれで水星関連としては出尽くしたろうと思いたい。

日本の旅客機事故に関しては、余りに頻発しているので、今更もう数にも含めないが。



そういう訳で、世界の彼方此方で皆さんが大小様々な事件や事故に見舞われているというのに本当に恐縮なのだが、ワタシはまるでここ数年来の「悪霊」を取り払ったかのように、極めてすっきりと晴れ晴れしい日々を送っている。

ワタシの日記をご覧の皆さんには既にお馴染みの、例の「悪霊」については、どうやら今年四十になったお兄さんの初の結婚式絡みで暫く実家へ帰省していたらしく、戻ってからその式の次第やら新しい親族の様子やらについてを詳細に記した、長いメールを送って来た。

彼も自分の言った言葉の通り、努力してワタシの良い友人になろうと、彼なりに頻繁にコミュニケーションを取ろうとしている様子である。

しかしその頃には、既にワタシは別の男と宜しくしていたりするのだが。

それに四十まで片付かないでも済んでいた兄貴なんかが居たら、弟はそれを見本にして未だいけると思ってしまうから、こいつの元々の性格に加えて尚更厄介な事である。



そうそう、その先日初デートだった相手だが、実はこの間目出度く誕生日を迎えた一寸年下のオトコノコである。

別れ際に名刺をくれたのだが、いきなりオフィスへ電話を入れるのも気が引けたのでメールを送っておいたら、それからやり取りが一寸続いて、メールじゃ難だから電話でという話になって、そのうち食事でもという風に順調に展開したのである。

彼はそういう訳でかなり年下だが、しかし経営学や経済学などで知られた近所の某大学を出た後、銀行さんで数年勤めている所為もあってか、随分落ち着いていて、責任感もある、しっかりしたオトコノコであった。

そのうち経営学の修士号を取りに学生に戻りたいと言っていたが、彼の仕事の話を色々聞いているうち、それは正に妥当な進路であろうという事が理解出来た。



上町のあるラテンなレストランで食事をした後、付近を一寸お散歩して、それから彼のアパートに行った。


話の展開が一寸早いが、その辺りはまあ皆大人だからねという事で。


実は彼はワタシの住む区域の隣の区域に、アパートを所有している。ワタシのように「借りている」のでは無くて、「持っている」のである。ローンを支払いながらそこに住んでいるのである。

実家を出て以来これまで「借家」住まいばかりのワタシは、おおそうか、そういえば真っ当な職に就いていると不動産購入も出来るのだ、と半ば当たり前の事象をやってのけているこの若いビジネスマンに、妙に感心したりした。

もっと「普通」の人々と交流しなければ、と改めて思う。


住み始めてまだ半年程のその部屋は、彼が仕事の合間に友人の助けを借りながら一壁一壁ペンキを塗り込めたそうである。一先ず最低限を誂えたと見られる調度品も、新しい物が多いばかりでなく、まだ包装を取っていない物もあったりして、明らかにこの住人は余り家に居ないという事が伺えた。

彼は、週に六十時間を超える事は無い、と言っていたが、それでも朝から晩まで仕事に追われているのには違いない。


下世話な話だが、不動産以外に他に投資はやっているのかと聞いてみたところ、特に自社商品には手を出さず、顧客に勧めるのみとの事であった。獅子座の癖に、意外と堅実。

それより寧ろ、給料の中から月に少しずつ、三人居る甥っ子たちの大学進学の足しになるように積み立てをしている、という話が印象に残った。

それに引き換え、ワタシと来たら。

一人っ子なのを良い事に、甥だの姪だのの心配が要らないどころか、自分ひとりの世話だって覚束ないような暮らしをしているというのに、この若者はアパートを購入しそのローンを支払いつつ、甥っ子たちの将来まで考えているのである。



嗚呼そうか、このラテンな人々には、「家族」が全てなのであった。

彼の両親は元々南米のある国の出身だが、そこへ帰ればいとこのいとこの更にいとこ、というような、ワタシには殆ど「ねずみ講」かと思われるような仕組みでもって、親戚付き合いが行われているそうである。

だから、帰郷の折にはそれぞれの「親戚」の挨拶回りを兼ねたホームパーティーに参加するだけで、一月も掛かるだろうという事である。

尤も彼自身はこの国で生まれ育っているので、例えばワタシが家族とは余り親しく無い、ここ何年かは電話もしていない、と言うのにもそれなりに理解を示す。

ただ、どうやらそろそろ「結婚」や「家庭を持つ」という事を考えているお年頃のようで、例えば日本ではカップルは不仲になったら「離婚」を直ぐにするのか、それともそのまま留まる努力をするのか、というような質問をして来たので、若い世代に関してはまるでこの国の様子に随分近くなっているけれども、通常は「離婚」といったら社会的なスティグマを与えられているので、好ましくないと思う人も多いし、世間体を気にする人も多いだろうし、また特に子供がいれば尚更控えたいと思う人も沢山いるだろう、と一応答えておいた。



きっと彼は、良いお父さんになるのだろう、とワタシは勝手に想像する。

ワタシからするとまるで子供のようだけれど、しかし彼は少なくとも年齢相応には安定している。

これまで余りにも年齢不相応に不安定な「悪霊」と一緒に居た所為で、ワタシはこの「安定」というものに、新鮮な魅力を感じているようである。



そして彼は、昼食時か仕事を終えた夕刻に、毎日電話をくれる。

何しろ長い間そういう事をしない男に縛られていたお陰で、普通の男は好きな女に毎日電話するとか、時間を空けて一寸でも会おうとするとか、そういう極当たり前の仕業に一々関心するワタシがいる。

そうか、こいつはワタシの事が好きなのね?

そしてそれをワタシにちゃんと分からせる為にも、そうやってる訳だ。



思えば世の中というものは、実は相当シンプルに出来ている。

難しくしようとする人間が居るから、拗れるのである。

それはワタシ自身だったかも知れないし、または相手の方だったかも知れないが。


ビバ・シンプルライフ。


2005年08月16日(火) 水星順行に伴う諸雑事など

先日の日記のお尻に一寸書いたが、ワタシの住む街の界隈では、酷い猛暑の後雷雨に見舞われ、一部の地域では洪水や停電も起こったそうである。

しかしその直後から打って変わってすっきり涼しくなり、久し振りに袖無しの服では物足りないくらいの気候である。

それも明日あたりからまた蒸すらしいので、例によって本格的扇風機の購入を検討中である。

夏も押し迫った八月半ばというのに今更新しく扇風機を買うのも気が引けるのだが、しかし先週末のような暑さがまたやって来たら、ワタシは家では全く仕事にならぬと思うので、やはり今投資せねばと少しばかり焦る。



ご覧の様に、このところのワタシは遊んでばかりいるので、本来八月上旬までに仕上げておかねばならなかった作業が遅れている。

一応進めてはいるのだけれども、既に終えた筈の部分を見直しているうちに間違いを幾つか発見してしまったので、それらの出所にもう一度当たっているうち、却って作業の容量が増えてしまったという様な次第である。

そろそろ怒られるかな、と少々不安な面持ちで、日々オフィスに出掛ける。



などと言いながら、明日の晩には、またデートの予定を入れてしまったワタシ。ビバ・人生。

精々日のあるうちに、成る丈作業を進めて置くとする。




ところで昨日は、ここ三週間程逆行中だった水星が順行モードに戻ったのだけれども、読者の皆さんの周辺では最近何か変化はありませんか?

水星というのは、コミュニケーションだとか乗り物だとかを司っているので、それが占星術的な意味において進行方向を変える時には、決まってメールの行き違いだとか勘違いだとかうっかりミスだとか、また大きなところでは飛行機やら電車やらが落ちたりぶつかったり、また地震なども良く起こる。

そういえばキプロスの旅客機がつい先日大変不可解な落っこち方をしたし、また日本では大きな地震があったそうだし、それからワタクシ事だが今朝方うっかり手を滑らして大事に使っていた茶碗を欠かしてしまったし。これは一寸違うかも。

おお、そういえば今日はワタシとした事が、毎日持って出掛ける水を入れたボトルをうっかり忘れて来てしまった。

しかも、傘と化粧品を入れた小袋も忘れたので、折角駅の近くまで行ったのをわざわざ取りに引き返したのに、それでもまだ水を忘れてしまうのだから、これはワタシらしく無い仕業である。

それから昨日は、例の明日のデートの相手が、夕方までには詳細を電話するよと言ったまま結局電話をくれずに夜になってしまって、ワタシは痺れを切らして帰宅したのだが、今日になって彼が言うには、仕事の後両親のところへ寄る予定があって、その後遅くならないうちにとジムへ急行して運動をしているうち、気づいたら十一時になっていた、とか。

まあそういう、本来らしくない「うっかり」というのも、また起こりがちな今日この頃である。

と言っても、彼には一度会ったきりなので、彼の「本来」をワタシは未だ良く知らないのだが、それはさておいて。



今夜には金星が天秤座へ移動するし、それから明日は既に天秤座に居る木星と水瓶座にいる海王星が、恐らく一生に一度有るか無いかという好角度を形成するそうなので、今週は何やら盛り沢山の趣である。

そして金曜には、待ってましたの水瓶座の満月である。

ワタシは誰かと上手い具合に熱烈な恋に落ちるだとか、小旅行若しくは「恋のランデヴウ」なんてのをするだとか、はたまたワタシを長らく痛い目に合わせてくれた例の馬鹿たれと最終結末的大喧嘩をするだとか、そういった事を想定しているのだが、どうだろう。

そもそもあの馬鹿は一発ぶん殴ってやるくらいが妥当だと思うのだが、その機会が中々無かったので、実は手薬煉(てぐすね)引いて待っているところである。



中指の指輪は、護身用にも好都合。



2005年08月14日(日) 今年一番の暑さに際し、新たな扇風機の購入を検討する

ワタシの住む街の辺りは、昨日なんとこの夏一番の暑さを記録したそうで、それは約38℃という話である。

道理で暑かった訳である。

昨日のワタシはよりに寄って、炎天下で公園の水撒きヴォランティアを先ず日中の一番暑い時間帯にやっていたので、肩や背中が日に焼けて真っ赤である。

しかし好きな下町の公園で今にも死にそうに肩を落とした草花が一寸でも生き返るのなら、例えワタシの肩が醜くそばかすだらけになろうとも、水撒きを優先してやろうと張り切る。

序でにその界隈で寝泊りしている皆さんとも交流の機会があるので、世の中面白い事というのは実は文字通りそこいらに転がっているのだなあ、と感慨に耽る。

その後更に食事を提供するヴォランティアにも行ったのだが、そこは屋内で冷房が効いていたので幾分救われる。


それにしても、じっとしていると絶えず汗が滴り落ちてくる。寝ている間にも驚く程汗を掻いていて、起きるとシーツがべちゃべちゃである。

今日も負けずに暑そうなので、本当なら街中の大きな公園で、とある日本からやって来たバンドの皆さんがジョイント演奏会をするそうで、それに出掛けてみようかと思っていたのだが、午後三時開始ではまだまだ暑いので一寸気が引ける。

しかも夕立があるらしいから、その後の蒸し暑さを考えたら、同じ暑いのでもうちで過ごした方がマシだろうという事で、外出は取り止める。




唐突だが、このところのワタシは、禿げた男性と縁がある。


金曜日に食事とバアで軽く一杯などご馳走してくれた男性は、それこそインターネットで知り合った「本格的デート」第二弾なのだが、彼は禿げていた。

他はそれなりに良い感じなのに、残念な事である。

彼は海老の輸入とか卸売りなんかをする会社をやっているエグゼクティブで、仕事の関係で現在日本語を勉強中との事であった。

しかしだからと言って、西洋人に良く居る「二ホンジン女性フェティッシュ」のように矢鱈と日本事情に詳しいとか、またはもっと恐ろしい「日本アニメ・オタク」のようにある特定のサブカルチャーに執着しているとかいうような、特に注意すべき点は見当たらず、至って在り来たりなこの国の男性、つまり外国事情には比較的無知・無関心な男性であった。

魚が好きだと言っていたから、それでは一丁ハードコアなシーフードを喰わせてくれとリクエストしたら、彼が連れて行ってくれたのはギリシャ料理店であった。

日本の店はべらぼうに高いから、ワタシの方で敢えて「日本食以外」と条件を付けておいたのである。

ところがこのギリシャ料理店も実は負けず劣らずの高級店で、ワタシは肩を出したデニム素材のドレスを来て、そして先日購入したてのワタシには一寸ヒールの高い黒いサンダルを合わせて出掛けたのだが、それはある意味正解というか、あれよりカジュアルだったら入店を拒まれただろうと思われるような、それは街の中心地に程近い洒落た立派な店であった。

どれ程立派かと言うと、ワタシたちの座った席に計五人もの給仕が付いたくらいである。

しかしそんな事に動揺する間も無く、出て来た前菜の「蛸のソテー」は、絶品であった。

「禿げちゃ鬢」氏曰く、ギリシャの家庭では屋外にひとつ専用の洗濯機が設置してあり、そこへ蛸とテニスボールだかゴルフボールだかを一緒に突っ込んで、暫く攪拌して柔らかくするのだそうな。


ちなみにうちの大家さん宅では、屋外の洗濯機というのは見掛けない。

それからワタシはアテネとパトラスとクレタ島というところを過去に訪れた事があるのだが、流石に屋外の洗濯機には注意を払っていなかったので、確認していない。

そういう訳で、この件の真相に関しては、定かでない。


兎に角、その蛸は大変柔らかく、塩加減も絶妙で、勿論本場直輸入のオリーブオイルで玉葱を薄く切ったのやケイパー(ケッパーとも言う)などと一緒に炒めた、大変味わい深い一品であった。

ワタシはもうこの蛸料理だけでも、今夜この「禿げちゃ鬢」とデートをする事にした意義を大いに見出した、と感動したくらいである。


しかし、ギリシャはそれだけでは無かった。


次に出て来た、やはり前菜の「ズッキーニと揚げたフェタチーズのディップ添え」は、まずまずの味だったが、手軽に手掴みでワインと共に味わうのには適した一品であった。

ところがその後出て来たメインは、「金目鯛のグリル」であった。

これは彼が、先程一寸見かけた金目鯛の様子が大変良かった、と言ったので、ワタシは鮮度重視で行きましょうと同意して決めたのだが、これは正に秀逸の一品であった。

海老や貝類、または鮭以外の魚を食べる機会の少ないこの国で、ワタシは恐らく初めてこんなに旨い魚料理を食べたのではないかと思う。ギリシャは偉大なり。


と持ち上げた後で難なのだが、要するに適度な塩を振ってからグリルで焼いた、所謂「焼き魚」である。それは日本の家庭でも全く珍しく無い調理法だから、これを日本で読んでいる読者の皆さんには余り興味を引かないだろう。

つまり、余計な手間は掛けない方が、鮮魚は旨いという話である。

そして魚好きには残念な事に、頭と尾は身を取った後の骨と共にさっさと持って行かれてしまったのだから、ワタシは思わずその頭を此処へ置いて行って頂戴とリクエストしそうになったのだが、しかし流石に高級レストランでは魚の顔とか頭までほじくって食べる事は出来ないのだろう。大変残念である。

しかしその身の方はしっかりと締まっていて、程良い塩加減と少しのオリーブオイルがまろやかな味わいを醸し出している。

塩は恐らく海の塩だろうと思う。ぴりぴりとした人工的な「食卓塩」独特の塩辛さは無い。

ワタシはこの金目鯛でもって、更にこの「禿げちゃ鬢」を見直した。人は見掛けでは無い。



旨い物が好きな人と食事に出掛けるのは、大変結構な事である。

「何でも良い」とか言うような、食を楽しまない人間は、実はその他の人生の色とりどりな愉しみにも興味を向けなかったりするので、要注意である。



実はこの「禿げちゃ鬢」には離婚暦があって、それも一寸したドラマがあった模様で、そのトラウマティックな経験の為に彼は心理治療のお世話になっていると言う。

しかし男性には珍しく、「自分は恐れの中に生きている」などとはっきり自分の弱さを打ち明けられる余裕というのか、素直さも持ち合わせていて、ワタシは基本的にそういう正直者が好きなので、それなりに好感を持つ。

彼もヨガをやると言うので、暮らし方や人生に対する考え方が近いという点で、株が上がる。

そして彼は街中のアパートと郊外の海辺に家を一件所有しているそうで、ワタシの冷房の無い蒸し風呂部屋の様子に同情して、もし良かったらいつでもどちらの家にでも遊びに来てくれて良い、どうせ自分は仕事で余り家には居ないのだから、と申し出てくれたのは、親切な事である。

これには肉体奉仕が含まれているのだろうか、と少し悩んで、結局社交辞令と受け取る事にする。



しかし次第に夜が更けて行くに連れ、彼はまだ暫くセラピーが必要な様子で、未だ心の問題から回復し切っていないらしい事が明らかになり、ワタシは流石に一寸疲れてくる。

彼には恋愛感情を持つには至らなそうだが、しかし時折こうして食事に出掛けたりあれやこれやと深い話をするのには良いかも知れない。

そういう経済的な余裕はあるのだし、ワタシの方もタダ飯に有り付けるのは好都合、と言ったら打算的過ぎるけれど、それでは例えば二ホンジン漁師または漁卸業者相手の通訳や翻訳くらいならいつでもやって差し上げるからという事で手を打ってはどうだろう。ワタシは海老も好きよ。


そういう訳で、最近の「禿げ」その一との出会いである。


「禿げその二」は、厳密にはデートはしていないのだが、偶々昨日公園の水撒きを一緒にやったパートナー氏である。

彼は帽子を被って作業していたのだが、垣間見れる部分の乱伐具合から、恐らくこいつも「禿げちゃ鬢」だろうと踏んだのが見事に当たっていた。

彼は川向こうの町に住んでいて、月に一度くらいの割合でヴォランティア活動をする事にしているそうである。来月からはワタシの住む辺りの隣の隣くらいの地区にある会社に勤め始めるのだが、つまりそれは通勤の為に川をふたつも越えなくてはならないので結構な手間だが、それでも地元が気に入っているとかで、現在の住処にそのまま住み続けるつもりでいるらしい。

しかしそんな一寸田舎臭い彼とも意外と話が弾んで、お互いの仕事の話やら歯列矯正の話やらで飽きないで済んだのは、好都合であった。

身長も高いし体格もかなり美味しそうだし良いし、そして色々な話題に対応出来る頭の良い好青(中?)年なのに、惜しい事に「禿げちゃ鬢」なので、これも誠に残念なケースである。

結局帰りしな駅周辺まで一緒に行ったのだが、名残惜しそうにワタシの後をくっ付いて来たり、去り際にもまた同じ活動で一緒に作業出来たら良いですねと念入りに握手をして来たところを見ると、どうやら近頃のワタシは「禿げ」に好かれるようである。




以前親しかった一寸年上の独身女性が言うには、「禿げ」は自分の容姿にコンプレックスがあるから、女性にもマメだし、気が利いて中々良いデート相手であるらしい。

というような話を思い出して、成る程と頷いたりした。


そうか、この街の異性愛者男性のお付き合い可能率は大変低い、というのは良く聞かれる話だけれども、そもそもの人口比率問題に加えて、その中には未婚でゲイでは無いから「一応可能だけれども一寸難あり」というのも含まれている所為で、結果的に女性があぶれる仕組みになっているのだろう。

ワタシは個人的には過去にひとり「禿げちゃ鬢」と付き合った事があるけれど、しかし特に「禿げ」を避けたつもりは無い。

しかし「他は申し分無いのに、でも『禿げ』なので残念」と思うくらいだから、差別意識があるのは否定出来ない。


ちなみに「デブ」も許されないと思うところは、差別と言われても仕様が無い。

しかしこの点に付いては例の「禿げちゃ鬢その一」と話が合ったのだが、どんなに旨い物が好きでも、自分の欲望をコントロール出来ない程の「喰い過ぎ」はやはり問題である。

この街では比較的所謂「百貫デブ」クラスの超肥満体を見掛ける事は稀で、もしいたらそれは大抵他の町からの旅行者である。


そういえば日本で「百貫デブ」と言ったら単なる子供の冗談なのに、この国ではそれが冗談で済まない所が味噌である。

一貫ってどのくらいの目方かしら、と思わず調べながら納得する。


尤も、元々の体格がアジア人のそれとはかなり違うので、「普通」の範囲が広めに設定されている点は否めない。

しかし他所の町と比べて「知識人口」とそれに伴う「健康意識の高い人々の人口」の高さの所為で、ジムやらヨガなどに日常的に通う「エクササイズ人口」もまた高い街であり、更に心の問題を早期解決するのに役立つ精神科医やセラピストと呼ばれる専門家の数もまた多い街であるので、ここでは「大いなるデブ」は存在し難い構造になっている。


つまり、「デブ」は心の問題など自力でコントロールや解決が可能な問題なのに対し、「禿げ」は自力でコントロール可能な範疇が大変狭い問題であるから、中々その当人を責められない。


尤も、もしワタシが「禿げ人」と親しい間柄だったとしたら、即座にシャンプーなどの有害化学物質入りの洗剤の使用を止め、純石鹸を用いて洗髪・頭する事をお薦めするのだが。




そうこう言っているうちに、雷雨発生。

大急ぎで彼方此方の窓を閉めたので、室温がまた上昇する。


2005年08月10日(水) 旧友来たる

先週末から数日間、日本から古い知人とそのお嬢さんがやって来ていた。


と言っても、ワタシは数年前から彼女のウェブサイトを拝見していてその創造力だとか独自性だとか、また行動力だとかに大いに感嘆してたので、てっきり古くからの知人だと勝手に思い込んでいた。

しかし実際には互いに会った事も無く、関わりと言えば数回メールのやり取りをしたきりであったから、無論あちらはワタシの事など殆ど知らないのであった。

しかしワタシの方は丁度語学講座も終わって小休止したいところでもあるし、偶には街をゆっくり観光してみるのも良かろうという事で、ワタシは彼女らのガイド役を買って出た。

そしてそれはこの街の良さを改めて見直す良い機会となり、ワタシは期せずして愉しい数日を過ごす事が出来たのであった。

観劇に出掛けたり、彼方此方の名所旧跡や買い物街を彷徨ったり、またその合間にはレストランやカフェへ繰り出したりなど、張り切って方々へ連れ回してしまったので、恐らく相当に疲れたのに違いない。ワタシも疲れたけれど、歩き慣れない街を朝から晩まで果敢に歩き回ったのだから、彼女らはもっと疲れただろう。

そんな彼女らは、今頃機上でぐっすりと眠りこけている頃だろうと思う。

日本的に帰国後には直ぐ仕事が待っているというから、どうにかして次の休日まで持ち堪えて貰いたいものである。



もしこれが、例えば語学を学びにやって来た若者だとか仕事で派遣されて来た駐在員などだったら、ワタシもこれ程世話を焼いたりしなかっただろうと思う。

それはそういう人々はこれから自力でこの街でのサバイバル方法を身に付けていかねばならないから、余程困った時で無い限り余り手出しはしない方が当人の為だと思うからである。

しかし今回の人々はあくまで観光の為にほんの数日間この街にやって来たのであるから、言語の問題や治安に対する不安などはまあ最低限に抑え、それ以外の愉しみの方を最大限に満喫出来るようにした方が効率的だろうと思ったのである。

美味しい物をたらふく食べ、見所を心行くまで見物し、満足してヴァケーションを終えられれば、その旅の目的は果たされる。そこに余計な気苦労は要らない。



しかもお土産に可愛らしいお手製のバッグセットを頂いたり、そして更にもうひとつ頂く事になったり、またお嬢さんからも某有名店のカップを頂いたりして、ワタシの住まいの彩(いろどり)がまた少し増えた。


また買い物街巡りの序でに、ワタシもカードセットとお茶と地中海の海の塩と、そしてなんとセール中なのを良い事に靴を二足も買ってしまった。

そのうちのひとつを早速穿いて歩いたので、靴擦れが痛い。

しかしこういう機会でもなけりゃそう買い物にも出掛けやしないのだから、これはこれで良しとする。



今日はその海の塩を使って、きゅうりのサラダとツナのパスタを作る。

サラダと言っても、トマトの時と一緒でまたしても簡単なものなのだが、しかしこの塩のまろやかな旨味がワタシに新鮮な滋味を与える。

パスタの仕上げに振り掛けた塩は、皿の上の全ての食材をじんわりと包み込んで、それはまるでシチリアの海辺のリストランテからの出来立て直送パスタのような風味である。

とひとり悦に入る。


2005年08月05日(金) 新たな人生の一章が始まる

今日は他人の誕生日パーティーに出掛けた。

といっても、その誕生日の主はワタシの直接の知り合いではなくて、ワタシの仕事中に頻繁に邪魔をするある男性の知り合いである。


この男は本当に鬱陶しい奴で、ワタシが彼是と思案しながら真剣な作業をしている時に決まって、どこからとも無く現れては、仕事中にわざわざ人を驚かすのである。

そして吃驚したワタシが、一体何か御用ですか?と平静を装って尋ねても、実際全然用事など無くて、只単に「こんにちは」という意味の事を言いたかっただけであり、ワタシはその度やりかけの仕事の為の思考を中断させられていらいらする羽目になるので、実は大変嫌いな人物である。


しかしその「邪魔男」が、明日友人の誕生日パーティーがあるのだけれど一緒に行きませんかと声を掛けたので、パーティーと名の付くものは基本的に大歓迎なワタシは、気軽にええいいですよと、つい言ってしまったのである。

後で一寸後悔したのだが、しかし行った先で人々と会話を楽しめば済む事だからまあ良かろう、と思い直して、結局一緒に出掛ける事にした。



場所は川沿いの眺めの良いレストラン・バアであった。

七時前に入れば入場料を取られないという話ではあったが、実際は金を取られた。

というか、「邪魔男」が払ってくれた。

まずはその誕生日ボーイを探し出す。

友人らしいラテン系のオトコノコたちに取り囲まれ、彼は楽しげに歓談中であった。ワタシもお誕生日おめでとう、とにこやかに声を掛ける。

その友人の群れの中に、飛び切り可愛いオトコノコがいたのを、ワタシは見逃さない。一寸長めに視線を送る。

どうやら他にもパーティーがかち合っていたらしく、そのレストランには兎に角沢山のラテン系の人々が集っていた。当然ながら音楽もサルサやメレンゲなどが目白押しである。


ちなみにワタシには、このふたつの種類の音楽の聞き分けは付かない。一度はラテン系ボオイフレンドを作るべきかと思う。


「邪魔男」がビールを奢ってくれる。

お礼を言って飲み始めるものの、何しろこいつの事が余り好きで無いので、話が弾まない。奴も話掛けてくれるのだけれど、全く気の利かない内容ばかりで、ワタシは次第に人々の様子を観察したり景色を見たりして、注意を他所へ向ける。


それはそれで、失礼な事だよなあ。今にして思えば。

でも、詰まらないのだから、仕様が無い。


そのうち奴の口から人種差別的発言が飛び出して、一瞬話が盛り上がる。

というか、口論になる。

それを機にいよいよワタシはこいつと話をする気が失せ、本格的に他の男に目を向ける。

しかし話す事も無くじっとそこに居るのに段々飽きて来て、ねえ誕生日ボーイと話をしに行きましょうよ、と声を掛ける。



そうしてワタシたちは人込みを掻き分け掻き分け、その「誕生日ボーイ」を探し出す。

彼は人々が誕生日プレゼントとして酒を沢山奢ってくれるので、その頃には気分良く酔っ払っていた。

ところで君はこいつの何?只の友達?ガアルフレンド?同僚?一体何?

ワタシは、おおとんでもない、只の知り合いです、滅相も無いです、と首を振りながら真顔で答える。

すると「誕生日ボーイ」は、いいかい、自分の心が言う事を信じるのだよ、とワタシの耳元で囁く。

それじゃあ、と言ってから、ええ本当に只の知り合いです、とワタシは再び真顔で答える。

それを聞いて、彼は大笑いする。


ワタシはこれ以上「邪魔男」と話をしたくなかったので、傍にいた「誕生日ボーイ」の友人と見られる女性に声を掛ける。続けてその隣にいた彼女の同僚にも声を掛け、そのまま会話に持ち込む。

この女性たちは不動産業の人々で、「誕生日ボーイ」がアパートを購入する際にどうやら知り合ったらしい。同僚の方と名刺の交換をしながら、将来の話などを少しする。不動産購入の予定は暫く無い旨を、それとなく伝える。

そのうち、実はこいつの事があんまり好きじゃないので、他の人と話をしていたいのです、とその同僚女史に打ち明ける。

すると彼女は、でも彼と一緒にいたんじゃ誰も貴方に声を掛けやしないわよ、と笑う。

確かに。こんなに図体のでかい黒い男と一緒にいたのでは、ビビって誰も寄って来やしない。


そのうち傍らでバーベキューの食材や器材の絵の描いてあるシャツを着ている一寸年配の男性を発見して、貴方はどうやらバーベキューが好きそうですねと声を掛ける。

そしてそれまで一緒に話をしていた「同僚女史」を紹介して、一緒に話を始める。

そのうち「邪魔男」が戻って来てワタシに触れながら話を始めたので、すかさず彼らを紹介しながら身体を離し、ワタシは一人ぼっちでは無く新しい友人がすぐ傍にいるのだから、見苦しい真似はするな、というメッセージを送る。

「邪魔男」と「同僚女史」が話を始めたので、すかさずそこを離れて、「バーベキューシャツ男性」とその友人と会話に入る。

彼らはどうやら、この街の市警察の偉いさんであった。

その友人の方と名刺の交換をする。彼は、俺は離婚したので、いつでも電話してくれれば自宅の電話は自分以外誰も取らないから、心配は要らない、と言う。

既に成人した息子が居ると言うから、ワタシには一寸年上過ぎる気もするが、ワタシの事を随分気に入ってご馳走してくれたがっているようなので、じゃあ今度メールを送りますと一応答える。

このお父さんにも、一緒に此処へ来たあの男はあんまり好きじゃないので、出来るだけ話をしたくないのです、と打ち明ける。

酸いも甘いも嗅ぎ分けたお父さんは直に承知して、俺が見ているから君は向こうを向くな、と言う。中々頼もしい限りである。



そうこうしているうち、「邪魔男」は漸く察知したようで、そろそろ自分は帰るけど君はどうすると聞く。

ワタシは待ってましたとばかり、あらそう、ワタシは此処でこの皆さんと会話を楽しんでいるので、もし帰らなければならないならどうぞワタシにお構いなく、今日は連れて来てくれてどうもありがとう、とお礼を言う。

彼はそうかいと言って、「誕生日ボーイ」にお別れを言うと、漸く帰って行った。



こうして書きながら、上手くやったなあ、と我ながら感心する。長い道のりではあったけれど。


こんな風に書き連ねると、読者の皆さんの中にはとんでもない嫌なあばずれ女だと思う方もあるかも知れないけれども、でもまあこの国のデート・シーンでは良くある話でもあるし、またワタシは「邪魔男」とは特別親しい間柄でも無ければ何の約束も交わした訳では無いので、恐らく彼も特に傷ついてはいないだろうという事で、良しとする。

何しろ名前だって覚えてなかったくらいの間柄なのだから。



そのうちおまわりさんたちが、明日は仕事で早いのでそろそろ帰ると言うので、それを見送った後、とうとう話し相手が居なくなってしまったところで、ワタシも帰る事にする。


傍にいた「誕生日ボーイ」の友人と見られるオトコノコをひとり捕まえて、そろそろ帰るので挨拶をしたいのだけれど、一体彼はどこへ行ってしまったのだろうと聞いてみる。

友人君は、あの辺りにさっきまでいたのだけれど何処へ行ったのだろうねえ、と言いながら、何故かワタシの手を握り締める。流石はラテン系である。熱い血潮。



そのうち程良く酔っ払った「誕生日ボーイ」が戻って来る。


もう帰っちゃうのかい?ゆっくりして行きなよ。あれ、あいつはどこへ行った?

貴方のお友達なら、先に帰りました。

ええ、それじゃあ誰が君をお家へ連れて帰るのさ?

ワタシはもう大きいから、心配しなくてもひとりでお家へ帰れるから、大丈夫。

じゃあ僕がお家へ連れて帰ろうかな。えへへ。


ふたりして笑う。その序でにワタシのおケツを触っているので、ワタシも彼のケツを揉む。もっとこっち、とワタシの手を取って、彼は自分のおケツをワタシの手越しに揉む。


それで貴方は幾つになったの?

二十八。


あら。ワタシはつい言葉に詰まる。


何だい、若過ぎるって言うの?若い男は駄目なのかい?年なんか気にするの?

いいえ、そんな事は無いわよ。一寸驚いただけ。


驚いちゃったとも。


ねえねえ、もう帰っちゃったら、今度どうやって君に会ったらいいのさ?

それじゃあ、電話番号を頂戴よ。

そしたら、電話くれる訳?本当に?そんな事言って、誰も電話なんかくれたためしが無いんだから。


ふたりして、また笑う。


貴方のお勤めの銀行で、口座持ってるわよ。


と言うと、酔っ払いの割りに急にしゃんとして、名刺を取り出す。流石である。


分かった、それじゃ今度電話するわね。


お別れに抱き合ったり頬を寄せたりなどして、序でに傍にいた友人君にもウインクなど飛ばして、ワタシは気分良くレストランを後にする。



何だか、意外と楽しかったなあ。

レストランの出入り口に立っている図体のでかい警備員氏にも、序でに愛想を振り撒く。




川沿いの通りは、心地良い風が吹いていた。


ワタシの人生の流れが、新月と共に確実に変わったような気がして、ワタシはひとり微笑みながら舗道を歩き出す。




実は今夜のワタシはこれだけでは止まらず、帰りの電車の中で偶々見かけたラテン系の言葉を話す二人の可愛いオトコノコたちを眺めながら、大変気分の良い一日の締め括りを迎えるのであった。


ちなみにふたりともビジネスマンらしく、このクソ暑い中惚れ惚れする程清々しい身なりをしていたので、つい釘付けになる。

ひとりは所謂貴族出身の男性がするような指輪をはめており、それに暫し見惚れた後、今度はその脇でワタシの知らない言語でもって盛んに何かを説明しているもうひとりのオトコノコの指先が、余りにもすっくと艶めかしいのに見惚れて、彼らが乗ってきたその駅からワタシが降りる十五分ばかりの間、ワタシはその指先から目を反らす事が出来ずに、ずっと見詰めていたのであった。

我ながら気味の悪い女である。


ああ、夏の語学講座は、あっちの言語にしておけば良かったかも。

などと、一寸後悔する。



最寄駅を出て歩き始めると、逆に駅に向かう男性が、こっちの出入り口はまだ開いていましたかと声を掛ける。



幸せそうな顔をしていると、人が寄って来る。

幸せな心には、更なる幸せが寄って来る。



長く続いた破壊的な恋は、それをワタシが終わりにすると決めれば、直に終わる。


2005年08月04日(木) 舌の根も乾かぬうちに建設的恋愛に励む

昨日の日記で、大変はらかた痛い恋愛の不始末に付いて吐露したが、そう決断した後、ワタシは久方振りにデートに出掛けた。


ひとつは(何だ、幾つもあるのかよ?)同僚のひとりで実は相当年下のオトコノコなのだけれど、何しろ彼は話していて楽しいし、ワタシと同程度に軽く遊び人であり、そして挨拶序でに抱き合ったりする度にその鷲掴みにしたくなる肉感的なカラダでワタシを悩殺する若者である。

彼と久し振りに出くわしてお喋りをしているうち、仕事の後食事に出掛ける事になった。

彼は翌日から休暇に入るので、もし良かったら郊外にある彼の両親の持つ家に彼を訪ねて遊びに来ないかと誘ってくれた。そこは幾分涼しいし、静かだから、君の調べ物なども捗るだろうとワタシを誘惑する。

それは満更悪い話では無い。そもそも数日前まで、ワタシはヴァケーションを取りたくて仕様が無かったではないか。

今週末は知人が日本から訪ねて来るので、来週にでもお邪魔するかも知れない、と答える。

そのうち話の折に、ところで今付き合っている人はいるのかと、彼が訪ねる。

まあ時折、と答えつつ、おおそういえば、明日にはひとり会う予定の男性がいるわと、ワタシは最近インターネットで知り合ったばかりの男性との初デートに付いて語る。

彼もひとりネットで知り合った女性と会おうという次第に発展した事があるのだが、それは赫々然々の次第で上手く会えなかった、とお互いのインターネット恋愛事情について話に花を咲かせる。

別れ際にまた抱きしめると、これがまた美味しそう。ぐわしっ。ああもう一寸。



という訳で、本格的デートに出掛ける。

彼は外国人だったので、少々言語に問題があるものの、自信溢れる頼もしい男性であった。

また偶然近所に住んでいる事も分かり、これは諸々都合が良いと踏む。

そういう訳でここのところ長い事ケチな同僚としか出歩いていなかった所為で、「他業者の同世代の男性」という、それなりに経済的にも安定している上、その稼いだ金を使う時間や心の余裕もあり、またそれを女に費やす手間も惜しまない男性、というのに久し振りに会ったので、ワタシは奇妙な感慨を覚える。

そうか、これが普通だったのだ。

ワタシと同世代のお年頃の男性は、大概金を持っており、デートでご馳走してくれるくらいの事は、まあ朝飯前な訳である。

この男性も多分に漏れずそれなりに家業で成功しており、しかしワタシよりみっつほど年下の所為もあるのか、今のところそれ程真剣な付き合いを求めている訳では無い様子なので、都合が良い。

何しろワタシ自身、近い将来ワタシがこの街で新たな仕事を見つけるのか、または余所の町に引っ越すのか、はたまた余所の国に移るのか、など皆目検討が付かないのだから、長期的展望に経ったプランニングというのをしろと言われても出来ないのである。

今誰かと知り合ったところで、その男にずっとこの街にいて自分と結婚して家庭を築こうなどと口説かれても、実際問題として一寸困る。


そんな訳で、その適度に熱く適度に冷めている外国人男性と、順序通りにお茶をして、散歩して、食事に出て、そしてバアの生音楽を聞きながら一寸飲んで、という様な事を一通りやって、夜半過ぎに帰宅した。

彼も西洋占星術に詳しかったので、必ずしも相性の良い星座の人では無かったけれども、しかし楽しく話が出来た。

実際一寸込んだ個人的な話なんかも飛び出して、初対面の割りに中々良い出会いであった。また出掛けても良いかも知れない。



帰宅してメールをチェックしていると、今度は別の男性からデートのお誘いが入っているではないか。

今日はまだ月の周期の終わりも終わりの時期で、本来なら新しい事を始めるに適した時期では無いのだが、しかしワタシの社交事情が少し好転して来ているので、その長続きするかどうかという点に付いては兎も角として、精々楽しもうではないかと思う。


ビバ・青春。


2005年08月01日(月) 愚かな女

自らの愚かさを反省する今日この頃。

先日例の腐れ縁オトコに関してあれやこれやと贔屓目に見た大人の決断をした積りだったのだが、前言撤回。全て撤回。


恥を晒す様で全く不甲斐無いのだが、しかしワタシの精神衛生の為に、これは書かなければならない。ワタシの中で始末を付ける為に、どうしても書かなければならない。



この街へやって来て以来のワタシの人生は、その大半を彼によって振り回されたと言っても良いくらい、ワタシは散々無駄足踏みを踏み、訳も分からず彼を「待って」いた。そうして挙句の果てに、貴重な人生のうちの何年も棒に振ってしまった。愚かな女である。


元々ワタシと彼は同期の同僚であった。

それが同僚の枠を超えて友人となり、あらゆる種類の会話を楽しみ、心置きなく腹を割って話を出来る数少ない友人として、またワタシの言わんとするところを以心伝心とばかり即座に察知する彼をまるで「ソウルメイト」というやつなのではないかしらと思う程、ワタシたちは大変親しかった。

そのうち彼の大学時代の友人らの集まりにも度々呼ばれて、だからその仲間たちはワタシを「彼の好きな人に違いない」と大事に扱ってくれたりしたのだが、その初期の頃の友情をワタシは今でも懐かしく思い、そしてそれが奪われてしまったのを心の底から残念に思う。誠に遺憾である。

そういう周りの扱いを見ながら、ワタシは何やら不思議に思っていたものである。この人々はまるでワタシを彼の「ガアルフレンド」かのように扱うのは何故だろうと。

古くからの友人らには、彼のワタシに対する態度やまたワタシのいないところでの話し振りなどから、彼の恋愛感情は明らかだったのだろう。

ワタシはそういうのに疎い性質なので、そういう周りの反応や、また彼のワタシを時折じっと見詰める視線だの、ワタシに会ったときのまるで仔犬が飼い主を見つけて尻尾を振って喜んでいるような様子だのを見るにつれ、漸くこの人はワタシに友人以上の好意を持っているのだろうかと気付いた次第である。

そのうち彼は、まるで一歩関係を進めたいかのような行動(と一応間接的な表現を使っておく)を取り始めたので、ワタシも彼の事は同僚というより親しい友人であり、友情から恋愛に発展するというパターンを好むワタシの性質もあり、それはもう喜んでという様な具合で、進展を見たかのように見えた。

ところが、ひとたび親密な関係になると、彼はそれまでとは打って変わって、そっけなくなってしまうのである。

釣った魚に餌はやらない、という痛い表現が思い浮かぶ。

暫くして、ワタシは問い質す。

すると彼は、ワタシと出会う前に終えたばかりの十年越しの付き合いの痛手がまだ深く、女性との親密・真剣な付き合いというのに対する心の準備が出来ていないと言う。

確かに彼は、相当早かったし、また驚く程テクニックも無かった。

(こんな事を暴露するのはルール違反なのは百も承知だが、如何せんこれはワタシ個人の日記サイトで、ワタシの言いたい事を好きに言う場なので、致し方無い。)

ええ、そうとも、はっきり言っちまいましょう。彼は大変な早漏でしたよ。全く自分勝手なセックスをする男でした。


心理的な問題が相当根深いと見え、ワタシは余り傷口に塩を塗りこむような真似はせずに置こうと思う訳だが、しかし彼は以前程頻繁に連絡も取らなくなり、ワタシをすっかり疑心暗鬼にさせた。


貴方にとってワタシという人間は一体どういう存在なのか。

彼はワタシを好きという気持ちは大変深いし、とても惹かれている、といつも言う。

しかしそこまでである。コミットメントによって前回の例のように自分を見失うのを恐れているのだと言う。

当時の彼は、人生の最も大きな試練のひとつと思われる山場を迎えていたので、それを遣り遂げるまでは、自分には恋愛など考えられないと言っていた。

その頑固な考え方は、自分のある目的の為にそれ以外の全ては「ホールド」状態に置かれなければならない、とするものである。



ではワタシに触れてくれるな、とワタシは言う。友人のままでいるのが互いの為に一番ではないか。今なら未だ間に合う。

しかし彼は自身の(下半身の)都合の為か、または心理的に混乱しているのか、ワタシの傍にいたいと言う。



そうこうしているうち彼の人生の一山は終わったが、しかし彼は依然としてはっきりしなかった。

ワタシたちの関係はそうしてくっ付いたり離れたりというのを何度も繰り返しながら、何年も続いてしまった。


情けない事だが、ワタシはこの男と親密に関わるようになると、途端に依存的な弱い人間と化してしまう。

普段は強く逞しく前向きな人間なのに、この男に惑わされている間には仕事も手に付かずあれやこれやと考えを廻らせ、みるみる業績を落とし、また勿体無い事に、折角言い寄って来る他の男らにも心を開かず、それどころかまるで息をするのがやっとというような大いなる鬱状態を何年も経験し、濃密な心理相談のお世話にもなり、もう少しで自らを自らの手で〆てしまうところであった。


そしてリカバリーの途にあるワタシを、また魔の手が襲う。

その繰り返しであった。



此処数週間の間、またしてもそのパターン化した状況が訪れていた。

尤も今回は、彼は「女の扱いを心得ていない」というワタシの認識に反して、実は今年の初め頃、ワタシたちが何度目かの口を利かない関係になっている間に、偶々友人を介して知り合ったとある「便利な女性」が、この街を出るまでに沢山の男性と肉体関係を持ちたいというのに魅力を感じて、彼女が引っ越すまでの数週間付き合った、という驚くべき新事実が判明してワタシを一寸動揺させた。

しかし基本的な彼の主張は変わらず、彼の前にはいつ何時にも「人生の大きな山場」が幾つも転がっており、だから彼は自分の仕事や人生を軌道に乗せる事で忙しく、ワタシの為に時間を割く余裕が無いどころか、恐らくその意思も無い、という点に付いては、此処数年来全く変わっていなかった。

では、ワタシが他の男性とお付き合いをしようとも、貴方には関係の無い事だから、当然了解する訳ですね、と言うと、それは出来れば聞きたくない話だが、しかし自分は君を縛る事は出来ないのだから、致し方無い、と思わせ振りな事を言う。

では、その「便利な女性」が他に沢山の男と寝ていても、貴方には全く問題無い訳ですよね、と言うと、それは出来れば聞きたくない話だが、しかし自分は彼女を縛る事は出来ないのだから、致し方無い、と繰り返す。


なんだ、じゃあそのあばずれ女もワタシも、一緒くたじゃないの!?

そんな失礼な話ってある?


すると彼は、でも自分は君と結婚するとかいうような長期的コミットメントに関して約束した覚えは無いし、誰ともそんな事は出来ない、と所謂「コミットメント・フォビア」というこの街の独身男性にありがちな事を言う。

しかしお言葉ながら、ワタシも特に結婚相手を探しているとか、今すぐ長期的なコミットメントをくれというような事は、彼に一度も言った覚えは無いし、また誰にもそんな事を期待してはいない。

何しろとりあえずは付き合ってみなければ、そいつと長期的結婚その他の関係が成り立ちそうかなんて、分かりっこないじゃないの。

寧ろ極「カジュアルな恋愛関係(と言うとこの国では肉体関係を含む事が多いのだが、要するにそれ程真剣でない単に「付き合ってる」状態の事である)」を当初ワタシは求めていた訳である。


というか、そもそもワタシにはその気は無くて、彼の方がアプローチを始めさえしなければ、ワタシたちは今でも良い友人同士でいられたかも知れないのに。


何しろ兎に角、そのあばずれ女とワタシとは恐らく大差無い程度の心の入れ込みようだった筈なのに、何故貴方は彼女との関係にはそれを見出しておきながらワタシとの関係にはそれを見出さず、却って甚だしく真剣に捉えて勝手にビビっているのは、一体どういう訳なのか。ワタシには、貴方のやっている事が全く理解出来ない。

そもそもコミュニケーションを絶ってしまっては、理解の仕様も無いのに、それでどうやって友人関係を維持しろというのか。ワタシはサイキックではないのだから、言ってくれなくては貴方の心は読めない。一体何がしたいのだお前はこの馬鹿たれ。はっきりしやがれ。



というような長い口論の後、彼は再び、ワタシの事は大変好きだと深く深く思っているし親密な関係でもいたいし、また同僚として事情が理解し合える貴重な存在でもあり、そういうワタシとの付き合いは続けて行きたい、と言った。そして自分のコミュニケーション不足についても充分問題意識を持っているので、今後は精一杯努力してもっと頻繁にメールを送るようにするし、君の為にもっと良い友人となるよう努力する、などと言った。


そこでね、ほら、電話でも良い訳なんだけど、でも自分は口が上手くないから書く方が気が楽だとかなんとか言っちゃって、ああそうですか、もう何でもいいわじゃあ、となる訳なんだわ。


彼のアパートでその夜を過ごして、恐らく他の女で練習を積んだ成果であろう彼の改善された行いを見ながら複雑な心境になりつつ、翌日は外へ出てコーヒーなど飲みながらあれやこれやの話をする。

ワタシはあともう一時間潰さなければならないのだけれど、貴方はどうしてももう行かなくちゃならないの?

彼は仕上げなければならない仕事が山積みで(それは確かにそうなのだけれど)、週末のうちのたったもう一時間すらも惜しいようで、結局そのままワタシたちは別れた。


それから二三日もしてから、メールが来る。

その頃にはワタシはすっかり落胆して、もうコイツとは本当にこれまでだと匙を投げていたのだが、よくよく読んでみると、どうやら体調を崩していたらしい。

確かに週末ワタシがいた間にも調子が悪そうだったので、それは間違いないだろうとは思う。


しかし、彼は確かに言葉通り努力はしているのだろうけれども、それはワタシには足りないのである。

だって、ワタシの他の「友人」たちは、もっとワタシを大事にするのだから。

彼はワタシの友人では、もう既に無い。


ワタシの知らないところで他の女と遊んでいようとも、それが必ずしも肉体的な関係で無く精神的と言うか只の茶飲み友達だったとしても、しかしその時間すらをワタシに割かない男を、待っている馬鹿は無いだろう。


ワタシはワタシの人生を、先へ進めなければならない。


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