せらび
c'est la vie
目次昨日翌日
みぃ


2005年08月05日(金) 新たな人生の一章が始まる

今日は他人の誕生日パーティーに出掛けた。

といっても、その誕生日の主はワタシの直接の知り合いではなくて、ワタシの仕事中に頻繁に邪魔をするある男性の知り合いである。


この男は本当に鬱陶しい奴で、ワタシが彼是と思案しながら真剣な作業をしている時に決まって、どこからとも無く現れては、仕事中にわざわざ人を驚かすのである。

そして吃驚したワタシが、一体何か御用ですか?と平静を装って尋ねても、実際全然用事など無くて、只単に「こんにちは」という意味の事を言いたかっただけであり、ワタシはその度やりかけの仕事の為の思考を中断させられていらいらする羽目になるので、実は大変嫌いな人物である。


しかしその「邪魔男」が、明日友人の誕生日パーティーがあるのだけれど一緒に行きませんかと声を掛けたので、パーティーと名の付くものは基本的に大歓迎なワタシは、気軽にええいいですよと、つい言ってしまったのである。

後で一寸後悔したのだが、しかし行った先で人々と会話を楽しめば済む事だからまあ良かろう、と思い直して、結局一緒に出掛ける事にした。



場所は川沿いの眺めの良いレストラン・バアであった。

七時前に入れば入場料を取られないという話ではあったが、実際は金を取られた。

というか、「邪魔男」が払ってくれた。

まずはその誕生日ボーイを探し出す。

友人らしいラテン系のオトコノコたちに取り囲まれ、彼は楽しげに歓談中であった。ワタシもお誕生日おめでとう、とにこやかに声を掛ける。

その友人の群れの中に、飛び切り可愛いオトコノコがいたのを、ワタシは見逃さない。一寸長めに視線を送る。

どうやら他にもパーティーがかち合っていたらしく、そのレストランには兎に角沢山のラテン系の人々が集っていた。当然ながら音楽もサルサやメレンゲなどが目白押しである。


ちなみにワタシには、このふたつの種類の音楽の聞き分けは付かない。一度はラテン系ボオイフレンドを作るべきかと思う。


「邪魔男」がビールを奢ってくれる。

お礼を言って飲み始めるものの、何しろこいつの事が余り好きで無いので、話が弾まない。奴も話掛けてくれるのだけれど、全く気の利かない内容ばかりで、ワタシは次第に人々の様子を観察したり景色を見たりして、注意を他所へ向ける。


それはそれで、失礼な事だよなあ。今にして思えば。

でも、詰まらないのだから、仕様が無い。


そのうち奴の口から人種差別的発言が飛び出して、一瞬話が盛り上がる。

というか、口論になる。

それを機にいよいよワタシはこいつと話をする気が失せ、本格的に他の男に目を向ける。

しかし話す事も無くじっとそこに居るのに段々飽きて来て、ねえ誕生日ボーイと話をしに行きましょうよ、と声を掛ける。



そうしてワタシたちは人込みを掻き分け掻き分け、その「誕生日ボーイ」を探し出す。

彼は人々が誕生日プレゼントとして酒を沢山奢ってくれるので、その頃には気分良く酔っ払っていた。

ところで君はこいつの何?只の友達?ガアルフレンド?同僚?一体何?

ワタシは、おおとんでもない、只の知り合いです、滅相も無いです、と首を振りながら真顔で答える。

すると「誕生日ボーイ」は、いいかい、自分の心が言う事を信じるのだよ、とワタシの耳元で囁く。

それじゃあ、と言ってから、ええ本当に只の知り合いです、とワタシは再び真顔で答える。

それを聞いて、彼は大笑いする。


ワタシはこれ以上「邪魔男」と話をしたくなかったので、傍にいた「誕生日ボーイ」の友人と見られる女性に声を掛ける。続けてその隣にいた彼女の同僚にも声を掛け、そのまま会話に持ち込む。

この女性たちは不動産業の人々で、「誕生日ボーイ」がアパートを購入する際にどうやら知り合ったらしい。同僚の方と名刺の交換をしながら、将来の話などを少しする。不動産購入の予定は暫く無い旨を、それとなく伝える。

そのうち、実はこいつの事があんまり好きじゃないので、他の人と話をしていたいのです、とその同僚女史に打ち明ける。

すると彼女は、でも彼と一緒にいたんじゃ誰も貴方に声を掛けやしないわよ、と笑う。

確かに。こんなに図体のでかい黒い男と一緒にいたのでは、ビビって誰も寄って来やしない。


そのうち傍らでバーベキューの食材や器材の絵の描いてあるシャツを着ている一寸年配の男性を発見して、貴方はどうやらバーベキューが好きそうですねと声を掛ける。

そしてそれまで一緒に話をしていた「同僚女史」を紹介して、一緒に話を始める。

そのうち「邪魔男」が戻って来てワタシに触れながら話を始めたので、すかさず彼らを紹介しながら身体を離し、ワタシは一人ぼっちでは無く新しい友人がすぐ傍にいるのだから、見苦しい真似はするな、というメッセージを送る。

「邪魔男」と「同僚女史」が話を始めたので、すかさずそこを離れて、「バーベキューシャツ男性」とその友人と会話に入る。

彼らはどうやら、この街の市警察の偉いさんであった。

その友人の方と名刺の交換をする。彼は、俺は離婚したので、いつでも電話してくれれば自宅の電話は自分以外誰も取らないから、心配は要らない、と言う。

既に成人した息子が居ると言うから、ワタシには一寸年上過ぎる気もするが、ワタシの事を随分気に入ってご馳走してくれたがっているようなので、じゃあ今度メールを送りますと一応答える。

このお父さんにも、一緒に此処へ来たあの男はあんまり好きじゃないので、出来るだけ話をしたくないのです、と打ち明ける。

酸いも甘いも嗅ぎ分けたお父さんは直に承知して、俺が見ているから君は向こうを向くな、と言う。中々頼もしい限りである。



そうこうしているうち、「邪魔男」は漸く察知したようで、そろそろ自分は帰るけど君はどうすると聞く。

ワタシは待ってましたとばかり、あらそう、ワタシは此処でこの皆さんと会話を楽しんでいるので、もし帰らなければならないならどうぞワタシにお構いなく、今日は連れて来てくれてどうもありがとう、とお礼を言う。

彼はそうかいと言って、「誕生日ボーイ」にお別れを言うと、漸く帰って行った。



こうして書きながら、上手くやったなあ、と我ながら感心する。長い道のりではあったけれど。


こんな風に書き連ねると、読者の皆さんの中にはとんでもない嫌なあばずれ女だと思う方もあるかも知れないけれども、でもまあこの国のデート・シーンでは良くある話でもあるし、またワタシは「邪魔男」とは特別親しい間柄でも無ければ何の約束も交わした訳では無いので、恐らく彼も特に傷ついてはいないだろうという事で、良しとする。

何しろ名前だって覚えてなかったくらいの間柄なのだから。



そのうちおまわりさんたちが、明日は仕事で早いのでそろそろ帰ると言うので、それを見送った後、とうとう話し相手が居なくなってしまったところで、ワタシも帰る事にする。


傍にいた「誕生日ボーイ」の友人と見られるオトコノコをひとり捕まえて、そろそろ帰るので挨拶をしたいのだけれど、一体彼はどこへ行ってしまったのだろうと聞いてみる。

友人君は、あの辺りにさっきまでいたのだけれど何処へ行ったのだろうねえ、と言いながら、何故かワタシの手を握り締める。流石はラテン系である。熱い血潮。



そのうち程良く酔っ払った「誕生日ボーイ」が戻って来る。


もう帰っちゃうのかい?ゆっくりして行きなよ。あれ、あいつはどこへ行った?

貴方のお友達なら、先に帰りました。

ええ、それじゃあ誰が君をお家へ連れて帰るのさ?

ワタシはもう大きいから、心配しなくてもひとりでお家へ帰れるから、大丈夫。

じゃあ僕がお家へ連れて帰ろうかな。えへへ。


ふたりして笑う。その序でにワタシのおケツを触っているので、ワタシも彼のケツを揉む。もっとこっち、とワタシの手を取って、彼は自分のおケツをワタシの手越しに揉む。


それで貴方は幾つになったの?

二十八。


あら。ワタシはつい言葉に詰まる。


何だい、若過ぎるって言うの?若い男は駄目なのかい?年なんか気にするの?

いいえ、そんな事は無いわよ。一寸驚いただけ。


驚いちゃったとも。


ねえねえ、もう帰っちゃったら、今度どうやって君に会ったらいいのさ?

それじゃあ、電話番号を頂戴よ。

そしたら、電話くれる訳?本当に?そんな事言って、誰も電話なんかくれたためしが無いんだから。


ふたりして、また笑う。


貴方のお勤めの銀行で、口座持ってるわよ。


と言うと、酔っ払いの割りに急にしゃんとして、名刺を取り出す。流石である。


分かった、それじゃ今度電話するわね。


お別れに抱き合ったり頬を寄せたりなどして、序でに傍にいた友人君にもウインクなど飛ばして、ワタシは気分良くレストランを後にする。



何だか、意外と楽しかったなあ。

レストランの出入り口に立っている図体のでかい警備員氏にも、序でに愛想を振り撒く。




川沿いの通りは、心地良い風が吹いていた。


ワタシの人生の流れが、新月と共に確実に変わったような気がして、ワタシはひとり微笑みながら舗道を歩き出す。




実は今夜のワタシはこれだけでは止まらず、帰りの電車の中で偶々見かけたラテン系の言葉を話す二人の可愛いオトコノコたちを眺めながら、大変気分の良い一日の締め括りを迎えるのであった。


ちなみにふたりともビジネスマンらしく、このクソ暑い中惚れ惚れする程清々しい身なりをしていたので、つい釘付けになる。

ひとりは所謂貴族出身の男性がするような指輪をはめており、それに暫し見惚れた後、今度はその脇でワタシの知らない言語でもって盛んに何かを説明しているもうひとりのオトコノコの指先が、余りにもすっくと艶めかしいのに見惚れて、彼らが乗ってきたその駅からワタシが降りる十五分ばかりの間、ワタシはその指先から目を反らす事が出来ずに、ずっと見詰めていたのであった。

我ながら気味の悪い女である。


ああ、夏の語学講座は、あっちの言語にしておけば良かったかも。

などと、一寸後悔する。



最寄駅を出て歩き始めると、逆に駅に向かう男性が、こっちの出入り口はまだ開いていましたかと声を掛ける。



幸せそうな顔をしていると、人が寄って来る。

幸せな心には、更なる幸せが寄って来る。



長く続いた破壊的な恋は、それをワタシが終わりにすると決めれば、直に終わる。


昨日翌日
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