無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2006年11月15日(水) 『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」七日目/小松政夫さん登場の巻!

 ワークショップ七日目。

 いったん決まったかと思われた組み合わせが、どんどん変更される。

 「芝居はするなって言ってるでしょ? あんたたちが芝居しても、お客さんはワークショップに参加した人がつまんない芝居をしようとしてるようにしか見えないんだから。芝居をすればセリフを作ろうとするから、どうしても上がっちゃって、詰まるのよ。
 動くなって言ってるのも、動けば言葉に詰まってるってのがお客さんには分かっちゃうからなのね。
 セリフは作らなくていいの。感情は作らなくていいの。声を変えるだけで、お客さんが感情は作ってくれるんだから」

 森田さんのダメ出しもだんだんと語勢を強めてきていて、昨年の北九州に近づいてきた。
 「俺のやり方は今来たばかりの新人によく効くんだよな。古手、頑張ってくれよ」
 激励なんだかプレッシャーなんだかよく分からない。
 「いつもは四日間で作ってるけど、その先をやるってのは俺も初めてなんだから。練習なんてしないからね。そのまま舞台に上げるから」
 全く、普通の芝居感覚とは違う。

 私も当然、「ここまで来てるんだから、もっと声を変えて! やり過ぎたら、抑えるから!」とダメ出しされる。
 ともかく言われた通りにやってみるが、自分ではうまく行っているのかどうか分からない。
 余裕なんてなく、無我夢中でやっているだけだ。気が付いたら、自分が演じようと思っていたわけでもない爺さんを演じてしまっている。北九州の時のような日程で、三日前の段階で舞台に立っていたとしたら、こういう役にはなっていなかっただろう。これが長丁場ということなのだろうか。


 今日は、サプライズがあった。
 博多座で吉幾三公演に出演中の小松政夫さんが、中日の休憩ということで、稽古場を覗きに来られたのだ。
 ご存知の方も多いだろうが、小松さんは、これまでに何度かイッセーさんと二人芝居を演じていらっしゃる。先日、NHKで放送された屋台ドラマもそうだ。
 「ちょっとみんなに参考のために演じてみせてよ。新作で」
 森田さんも突然、小松さんにネタを振る。
 「そんな、心の準備が」と驚く小松さんに「40年準備して来てるでしょう」と即座に返す森田さん。プロの方にも遠慮がない。いや、遠慮しているようではプロではないのだろうが。
 イッセーさんと小松さんの全く打ち合わせなしの芝居が始まる。
 長い沈黙の後に「10年前、いや、7年前。私はまだ許してませんよ」と振るイッセーさん。「あれは私じゃありませんよ」と返す小松さん。緊張感の漂う瞬間。
 森田さんが「オッケー、一人女の子を入れよう。この子は北朝鮮からの難民ね。その子をどうしたらいいかってことで相談してるの」と指示。
 途端に状況が複雑化し、二人の間に困惑のムードが漂う。女の子が「さくらさくら」を歌い出す。
 歌詞を間違えたのを聞いて、「この子はこれまでにこの間違いのまま覚えてきたのか、これから歌うために歌ったばかりなのか、間違いを教えてあげるべきなのか」とどうでもいいことで悩み出し、小松さんはエセ中国語で話しかける。
 「それ、中国語で韓国語じゃないでしょう」
 「朝鮮人は中国渡ってこっちに来てるんだから中国語もできるんですよ」
 「アジアにお詳しいことで」
 これが全て即興なのだ!

 そりゃ面白いんだけどさー、まさかこれを私たちシロウトに要求してるってんじゃないでしょうねえ、森田さんは(苦笑)。

 小松さんの博多弁講座、ギャグ作りの秘訣、イッセーさん森田さんと初めて会った時のエピソードなど、語るべきことは多いけれども、時間が来たのでここまで。

2004年11月15日(月) 勘違いの悲喜劇
2002年11月15日(金) 爆走�ァ拭愼芦菎舂Α拌茖渦�
2001年11月15日(木) お客様は皆の衆です/『真・無責任艦長タイラー�の瑳�編』(吉岡平)ほか
2000年11月15日(水) みんな妄想の中に生きているのね/『リアル国家論』(教育資料出版会)


2006年11月14日(火) 『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」六日目/泣く鴉

 ワークショップ6日目。

 本番の組み合わせが決まっていく。
 大枠が決まるだけで、細かい段取りや組み立てなどが決まっていくわけではない。
 これまでのワークショップ以上に、即興が要求されている。
 森田さんはそれを「とっさ力(りょく)」と呼ぶが、もともとそんなのが不得意な人間が集まってきているのだから、パニックに陥る人も、当然現れてくる。
 自分で予め考えていたこと、不自然な小芝居、こういうものにどんどんダメ出しが出る。自信がないから、これを言おう、あれを言おうと考えるのだが、すぐに詰まる。
 「内容を考えようとするから上がっちゃうの。キャラクターを作るだけなのよ。考えちゃだめよ。『相撲を取れ』って言ってるでしょ」
 森田さんのダメ出しも、以前のように怒鳴ることことなけれ、容赦ない点では変わらない。私も作るキャラ作るキャラが「作り過ぎ」とダメ出しを食らう。

 今回も泣き出して飛び出してしまった女性がいた。
 既に何度も北九州でご一緒していたオチ婦長……あきこさんである。
 「みんなが輝いているのに私だけがしかられて……。もしかして森田さんに変な野心があるって思われてるんじゃないかと思うと悔しくて……」
 考えすぎるとロクなことにならない、とはこのことだが、おそらくこれはあきこさんだけの問題ではないだろう。
 ともかく一晩、ゆっくり寝ることだ。
 そうすれば、今泣いた鴉が、もう笑うのだ。

 たった一週間とちょっとなのに、疲れがどんどん溜まってくる。
 日記がどんどん短くなっていることで、それを感じていただけると幸いである……って、こんなことが書けているだけ、まだちょっとは余裕があるかな。

2004年11月14日(日) 美しさは罪……何のことなんでしょう(^o^)
2002年11月14日(木) 爆走�ぁ振絛船灰鵐機璽函拭愍个い鮑遒襦‐緤�芸能笑いの放送史』(澤田隆治)
2001年11月14日(水) 『千と千尋』新記録!/アニメ『ヒカルの碁」第6局/ドラマ『死者の木霊』
2000年11月14日(火) 年7回は風邪引いてるな、私/『まどろみ消去』(森博嗣)ほか


2006年11月13日(月) 『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」五日目/バトルロイヤル!

 ワークショップ五日目。

 またまた職場を定時に飛び出してのイムズ通い。
 今日は朝、携帯を家に忘れてきてしまったので、正確な時間が分からない(肌荒れしやすいので腕時計はしないのである)。
 一分、電車に乗り遅れると、6時の開始時間には間に合わないので、かなり焦る。
 焦りながら、「入れ込んでるよな、俺」と苦笑もする。自己嫌悪に陥ることだってあるというのに、ワークショップに何を求めて、ここまで熱心になってしまっているのかと自問自答もしてみるが明確な答えが浮かんでは来ない。
 浮かんでは来ないことが答えなのだろうかとも思う。

 ホールに到着した直後、しげ。が、「公演当日、始まりが10時だってよ?」と言う。
 午後3時からだと聞いていたので、またまた焦る。年休を取って駆けつけるつもりでいたが、平日、まる一日の休みを取るのはまず不可能だ。
 森田さんに恐る恐る「3時にしか来れないんですが」と伺いを立ててみると、「ああ、いいよそれで」と言われてホッとする。
 「あんた、足手まといだから今回は諦めて」と言われて舞台に立てないのなら諦めもつくのだが、時間に間に合わなくて来られなくなるというのであれば、こんなに悔しいことはない。
 でも実を言うと、3時に間に合うかどうかも当日の仕事次第なので、まだまだ油断は出来ないのである。
 ドタキャンだけはしたくないなあ。


 夜の部、参加人数が一気に増えて、30人とちょっと。
 新人さんも何人か来られている。朝、KBCの『アサデス。』にイッセーさんが生出演、「絶対に面白いですから」とワークショップの宣伝をされていたので、その効果もあったのかもしれない。
 清子さんの姿が見えないが、今回はイムズが殿様商売で殆ど宣伝をしていないとの話を聞いているので、もしかしたらチラシ配りに奔走されているのかもしれない。
 イッセーさんご本人もちゃんと出演されるので、ぜひお客さんには来てほしいのだが。

 森田さんが突然、「公演前日に仮公演をスタジオでやるからね。友達呼んでね」と仰る。
 いつもは二日間公演を行って、一日目の公演に森田さんがダメ出しするのがパターンなのだが、今回はそれがないので、急遽「臨時公演」のような形でやるとのこと。
 少しでもお客さんの前でやることが大切だ、という趣旨は分かるが、ホールとスタジオとでは雰囲気がまるで違う。実質的にはやはり本番一発、という感じになるだろう。心の中の焦燥感、緊張感はなかなかほぐれない。

 昼間、「『癖』を取り入れてみよう」という試みをしてみたとか。
 両親のちょっとした手癖などが、「何かありげな」雰囲気を出すのだと仰る。
 夜の部もそこから始める。ちょっとした動きを取り入れてみるが、そのとき仕草としての「癖」と、言葉としての「セリフ」が、あまり一致しない方が面白くなる。ところがついつい、仕草に一致したセリフを言いたくなってしまうから、これもなかなか難しい。

 「連想ゲームをやりましょう」
 何か舞台で困った時、「これ」という「名詞」を思い出せれば、これが助けになるということ。
 隣の人の挙げた名詞から、次の人が挙げる名詞、これが何となく繋がりのあるようなかけ離れているような、その雰囲気が、「名詞」が「文章」になり「セリフ」に変化していくに連れ、「家族の微妙な会話」へと変化して行く。
 これが森田マジックだ。

 「当日は何にも決めないでいきなり舞台に上げるからね。『相撲』を取るつもりでいてよ」
 それは相撲と言うより、バトルロイヤルでしょう、と言いたくなる。

 あとは、実際に舞台に見立てて、何人かの組み合わせで擬似家族を造って行く。
 当日まで、都合で来られないと仰る方がいらっしゃったので、私と組んで夫婦を演じることに。
 前回と違って、今回は早々と出演が決まった。
 それは一つの安心であるが、森田さんから「あなたの演じているのはあなた自身だから。キャラクターをちゃんと作って」と言われる。
 父をイメージしていたつもりだったが、まだ「自分」が残っていたのだろう。また一つ課題が増えた。
 「いろいろ挑戦してってね」
 森田さんの悪魔の声が、また会場に響き渡る。これに戦々恐々としつつも、集まったみんなは、やはり当日も逃げ出さずにやってくるのだ。

 不思議な時間はもう少しだけ、続く。

2004年11月13日(土) 10万ヒット!(  ゜ ▽ ゜ ;)
2002年11月13日(水) 爆走��/『若者の法則』(香山リカ)/DVD『刑事コロンボ さらば提督/ルーサン警部の犯罪』
2001年11月13日(火) また書く原稿が増えそう(^_^;)。/『時をきざむ潮』(藤本泉)ほか
2000年11月13日(月) 泣いてるようだが怒っているのです/『藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版』4巻


2006年11月12日(日) 『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」四日目/不幸なことが幸せ

 ワークショップ四日目。
 従来のワークショップなら、明日は本番、というところだから、今日は無理やりにでも本番の組み立てをしていかなければならないところだ。
 けれども今回は更にプラス四日間ある。森田さんにも余裕があるように見えるが、シロウトの集まりというのはその中にいてもやはり怖いと思う。今日明日でやっぱり全員が焦ってくるのではなかろうか。
 空模様も昨日までの雨こそ上がれ、どんよりと暗い。

 今日も1時間前に会場のイムズに到着。
 今日になって、イムズ前に今回の公演&ワークショップの大きな垂れ幕がかかっていることに気が付いて、写真を撮る。
 そのときに、「ワークショップ公演会場 イムズスタジオ」と書いているのを見て、「え? ホールじゃないの?」と焦る。
 お客さんが来ないという判断なんだろうかと不安になる(あとで森田清子さんに伺ったところ、「ちゃんとホールでやります」ということであった。単に練習箇所がスタジオだということだったらしい)。

 昨日はそれなりにうまくいった感じだが、今日はどうだか分からない。
 と言うか、そろそろ疲れが溜まり始めているので、自分でも集中力に欠け始めているのが分かるのだ。昨日まではそれほど感じていなかった眠気が昼間から自分を襲い、時折、ぼーっとして、はっと前を見直すということを繰り返している。
 これがただの中だるみで、再び盛り返して来るのならいいのだけれど。

 昼の部は、時間通りに集まってくるのは10人くらい。
 これがだんだんと増えていって、20人〜30人くらいになる。40人定員だから、これでも少ないくらいなのだが、毎日は来られない人もいらっしゃるので、一日に集まってくるのはこれくらいのものなのだろう。
四日目ともなると、人見知りの私であっても(笑)、初参加の人たちともだんだん仲良く口を利くようになってくる。
 若い女の子が何人か参加していたが、そのうち二人が高校三年生であることが分かった。
 「成績余裕ないんでー、本当はこんなことしてる場合じゃないんですけどー」などと明るく語っている。いやいや、世の中には受験より大切なことの方が圧倒的に多いのですよ。
 先月の北九州公演の時にもやはり高校生の女の子が参加していたが、担任が「学校の分化祭を優先しろ」と命令されて、泣く泣く諦めたそうだ。誰か一人のわがままを許したらクラス経営ができなくなる、という判断だろうが、つまらん判断である。
 今回の高校生は、二人とも参加できるということなので、ほっとする。
 しかしイマドキの高校生は私服を着ると本当に分からないね。若いことは若いのだが、二人とも大学生くらいかと思ったくらいに外見は大人びている。喋ってみると全然幼いので、精神的成長も必要だぞー、と思ってしまうのだが。


 今日は、円陣を組むこともあるが、昼、夜ともに「組み合わせ」が中心となる。

 「夫婦喧嘩ってね、どうでもいいことで喧嘩するじゃない。どうでもいいことで喧嘩できるってことは、本当は幸せなことなの。大きな不幸については会話ができないと思って。亭主が浮気してるとか、サラ金に借金があるとか、そういうのは大きな不幸なの。そういうのも混ぜていくけど、まずは『小さな不幸』を探ってみようよ。どうでもいいことを喋っているとね、自然にユーモアが生まれてくるから」
森田さんの指示どおりに各自が「ちょっとした不幸」を語り、演じていく。その間にも当然、ダメ出しが入る。
 「お母さんが痔」。これは「ちょっとした不幸」になる。
 「お母さんは自分が痔だってことを全然言わないでしょ? だからなぜか家の中でイライラしてる。理由が分からないから、そこから話が広がるの。これがちょっとした不幸なのね」

 いよいよ「組み合わせを決めていこう」と仰るが、森田さんが指示するのでなく、参加者に選ばせる。「ちゃんと話が続く組み合わせを選んでね」と言われるが、とっさのことで、誰と誰を前に出せばよいのか迷う人もいる。
話が弾む人もいれば、続かなくなる人もいる。
 「一回、落ちちゃっていいのね。それからどう盛り返すか、その立ち直り方が分かれば、こちらから合図を出さなくても自分で何とかできるから。そうすれば鬼に金棒なのね」
 その金棒が手に入らないんですよ、森田さん。

 私も昨日の繰り返しで、新しい発見ができなかった。
 表面上、どう見えたかは分からないが、かなり落ち込む。

 今日一番受けていたのは、若い暗めの男性と、高校生のコンビだった。
男性が最初に喋ろうとするのを森田さんが制止して、一方的に高校生に喋らせる。高校生はショボンとしている男性に、駄々をこねたり携帯でほかの男性とわざとらしく電話して反応を引き出そうとするが、男性は沈んだままだ。
 「ねえ、どうしてそんなに無表情なの?」
 それでも無表情な彼に、みんな爆笑。
 散々責められても無言な彼に、
 「嫉妬もしないの?」
 彼はようやくポツリと
 「いや、嫉妬した」
 してるのか、お前、といった間抜けな雰囲気が流れて、また大爆笑。

 まだまだ組み合わせは決まらない。先はまだまだ見えない連休が終わり、あとは四日間。

2004年11月12日(金) アラファ〜ト私がぁ、夢のぉくぅにぃ〜♪
2002年11月12日(火) 爆走�◆拭愼�本の古都はなぜ空襲を免れたか』(吉田守男)
2001年11月12日(月) だからアメリカは戦争好きなだけだってば/『ザリガニマン』(北野勇作)
2000年11月12日(日) せめて漢字くらいは……


2006年11月11日(土) 『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」三日目/懐かしい人々

 ちょっと計算してみたのだが、日記を更新していない間も、この日記には一日に約200人のお客さんがいらっしゃっていたのである。
 もちろん、殆どはGoogle検索によるイチゲンさんなのだが、アクセス解析を開いてみると、同人誌関係のキーワードで情報を求めている人がかなり多い。
「受け・攻め」書いとくだけで、客が増えるという寸法だ。中身を読んで頂ければ、検索者の方々は、多分、拍子抜けするか怒り心頭に発するかのどちらかになると思うが、そんなのは知ったこっちゃないのである。
改めて言うまでもないが、この日記のタイトルは『無責任賛歌』なんだからね(苦笑)。


 朝、NHK総合「おはようサタデー九州沖縄」(午前7:35〜8:15)で、イッセー尾形さんのトークが放送される。一昨日、収録されたばかりの新鮮な映像。ワークショップでイッセーさんが「歩き方」を指導している様子もチラッと放送。
 「みなさん、舞台に上がる時はもう無我夢中で、手なんかぶるぶる震えてますよ。私もそうですから」の言葉に、見ている私はほっと息をついて安心し、「苦労が増えたな」の言葉に頭を垂れる。
 「舞台の上ではみんな孤独なんです。けれども孤立はしていないんですね。みんなが支えているんですから」との言葉には感謝もしつつ、複雑な思いも抱く。

 今、ワークショップのみなさんと良好なコミュニケーションが取れているのは、「舞台」という共通のフィールドを持っているためのシンパシーが存在し、しかも個人的な利害関係が生じていないためだ。
 PPPの活動を通じても実感したことだが、正直、「金銭」などの問題が生じれば、100%人間関係は破綻する。それ以外の問題についても、今の仲間たちと、妙な利害関係が生じなければいいと、切に思う。
何分、私もしげ。も、親しくなればなるほど、相手に対して「手加減」ができなくなってくるのだ。


 休日なので、ワークショップには初めて昼の部から参加できる。
 2時からの開始なのに、しげ。は11時には出発しようと言う。天神まではバスを乗り継いで、多少渋滞があったとしても、45分もあれば余裕で到着する。
何と昨日までは2時間早く現地に着いていたそうだから、しげ。の不安神経症は、相変わらずよくなっていないのである。

 「ワークショップでお金がかかるから、今、病院で薬、もらっていないと」というしげ。は、夜も眠れず、今朝は父を店まで送る車を運転していて、舗道に乗り上げ、タイヤをパンクさせた。
 全然、シャレになってないのである。

 12時過ぎに家を出て、1時には会場のイムズに到着。
スタジオの前で、ぼんやりと待っていると、北九州ワークショップからの仲間のOさんとOさんがやってくる。
二人ともイニシャルはOさんだが、片方はワークショップのたびに痩せ、片方は太っている。ストレスの溜まり方も人それぞれだ(笑)。
 ほかにもOさんはたくさんいらっしゃるので、あとは役名やハンドルネームで呼ばせていただく。
 痩せたOさん(オチ婦長)は、今回、森田さんから一番ダメ出しをくらっているので、かなり気分はブルーらしいのだが、傍目には全然明るくてはきはきしていて、そんな風には見えない。だからまた森田さんにいじめられるのである。
人徳というものであろう(笑)。

 てっきり、スタジオで練習するものだと思っていたら、ホールの方がまだ使えるということなので、階下に移動。
なんと、今回は参加しないと仰っていた、小倉ワークショッパーズ(デパートの名前のようだが、命名は森田さんである)の、じり子さんとなつさんが応援にいらっしゃっていた。
 一週間北九州に通っていた私が言うのもヘンだが、よく福岡まで来てくださったと感激する。みんなフツーの人なのに、ワークショップを経験したあとはなぜかみなさん凛々しく見えるのが不思議だ。

 なつさんは、転職して来月からは植木屋さんだ。昨年は森田さんに「『影が薄い』って、自分のことを覚えて貰えなかったし、ダメ出しももらえなかった」と歯噛みされた女性だが、リベンジを図ったように今年は舞台で生き生きとした演技を披露された。
 この一年で見違えるほどに美しくなられている。森田さんにもちゃんと記憶して貰えて、声をかけられている。幸せそうな笑顔が一層美しく、これがワークショップ効果というものかと驚く。
 もちろんそれが、なつさんの中にもともと眠っていた何かが、呼び覚まされた結果であることは言うまでもない。


 毎日、新しい参加者があるが、どうやら公演当日、出演できる人員は20名ほどらしい。
 「期間も長いから、きっちりしたものを作っていきましょう」と森田さんが仰る。プレッシャーを感じていると、森田さんからいきなり「新しい人にどんなことをやるか説明してあげて」と聞かれる。しどろもどろになって、うまく答えられない。
 私が弁が立つとか、困った経験がないと勘違いしている人がよくいるが、私はおそらくはしげ。以上に対人恐怖症であるし、生活無能力者であると思う。
もっとも、そんなことを言えば森田さんには「抜け抜けと」と一笑に付されてしまうことが目に見えているが。

 今回のキーワードはどうやら「夫婦喧嘩」ということになりそうで、新しく来られた人にも森田さんは、昨日まで聞いていたように「両親はどんな喧嘩をしてた?」と聞かれる。
 言葉の応酬が激しい家庭、皮肉や愚痴に近い家庭、すぐに手が出る(夫からだったり妻だったり)家庭など、家庭ごとにケンカの仕方は当然違うが、みんなが喋っているうちに、何となくな「博多の共通点」みたいなものが見えてくる。

 「博多の人の特徴はね、大げんかした後で男が外に逃げ出しちゃうことね。田舎じゃね、逃げ出しても外に何にもないから、行くとこないのよ。俺、金沢だからさ、出て行きたくても外は寒くて、部屋の中にいるしかないのよ。で、結局、お互いだんまりになっちゃう
 このだんまりがよくないのね。昔は大げんかしてたら、近所の人がやってきて仲裁とかしてたけど、今はほったらかしでしょ? 黙ってたら別れるしかないもの。だから、このだんまりの先にあるものを見つけようよって、そういうことを目指したいの。それが『演劇』の目的なのね」

 「演劇」は「人生」に重なっているのである。
 私もそうだが、「映画」や「演劇」に興味を持てない人を人として見られないのは、本当に「人」を感じないからなのだ。

 森田さんの「演説」がひとしきりすんだので、再びスタジオに移動。
 「何でもいいからデタラメを言ってみよう。デタラメを言うにはどうしたらいい?」と森田さんが問いかけると、なつさんが「ともかく『ハッタリをかます』というのはどうでしょう」と即座に答える。
 本当に頭が切れる方だ、と感心する(惚れてるわけではないので、勝手に憶測をたくましくしないように)。

 円陣を組んだ一同が、次々に適当なハッタリをカマしていくが、いかにも本当らしく聞こえる人、ウソっぽい人、個人差が激しい。
 じり子さんの「2ちゃんねるで本名バラされちゃってえ、それはいいんだけどぉ、『じり子さんですね?』って声かけられるようになったのがウザくてぇ」などは、本当にそういう経験があるようにしか聞こえなかった。
 これが別に演劇経験があるわけでも何でもないシロウトさんがされているのである。うまい、へたではなく、他人のイメージを借りると、これくらいのことは簡単にできるようになるということなのだ。

 「じゃあ、そろそろ舞台の練習をしてみようか」の森田さんの掛け声で、椅子が四つ、いつもの舞台同様に並べられる。
 昼の部は女性の方の参加者が多いので、「夫婦」を演じるとなると、どうしても同じ男性が何度も引っ張り出されることになる。
 何人かの女性が、「草莽の志士さん」を相手に愚痴を言ったりするが、「喧嘩」にまでは昇華しない。
 「ほら、それじゃ、もう男を許しちゃってるでしょ? それじゃ続かないのよ」
 「そこは『ゴメン』じゃないなあ」
 回りに鼻歌を歌わせたりして雰囲気を作ろうとするが、なかなか乗ってこない。去年に比べれば森田さんのダメ出しの口調は優しいが、「よくない」という意志は明確で、妥協はない。
 「舞台で上がらないようにしようって、それだけなのよ。うまくいかないのは、借りてるイメージの人が違うだけだと思って。別の人を探してみてね」

 私の番が回ってきて、先ごろ離婚したばかりという女性と組まされる。
 「夫は、初めは黙っていてね」と言われるが、いずれ何かを応対しなければならない。もちろん、どうするかは考えてはいない。私が考えているのは、「父のイメージ」を借りることだけだ。
 ところが、この女性が殆どマシンガントークのように、酒飲みだの外泊するだのと、私への非難を口にし始めた。その勢いがものすごかったので、森田さんの合図があった途端、自然に「せからしか!」と声が出る。
 あとは、もう自然な「博多人」の口論。もちろん、夫の方がちょっと負けているのだ。

 次もまた別の女性と組むが、森田さんから「また別の対応をしてね」との指示。それは相手次第なんですよー(涙)。
 ところがこちらは別の攻め方で、一人勝手な愚痴ばかり。また自然に「何が言いたいとや?」とセリフが出てきて、「あんた臭い!」と言われた途端に「男は臭かと!」と反論している。
 見ていたみなさんから、拍手が起きた。

 森田さんが「ね、いかにシナリオライターがウソをついているか、分かるでしょ? これが文化なのね」と仰る。
 ドラマのライターたちが、リアルなセリフが書けなくなっているのは、私も実感しているが、これはもうどうしようもないことかと諦観もしている。だから殆どの 映画や舞台を、私は「ツッコミ」することで楽しむしかなかったのだ。
 けれども、「こういう方法もある」ということを、演劇人はもう少し考えてもいいのではないか。

 私が「劇団四季」とか「ギンギラ太陽S」をどんな悲恋ものや感動ものでも笑ってしかみられないのはそういうことなのである。
 四季出身のさー、カガタケシとか、イチムラマサチカとか、ヤマグチユウイチローとかさー、フツーの芝居の中に入ると浮いてるだけだってのがわかんないのかねー(笑)。

 いかんなー。やっぱり「無責任」書き出すと長くなるわ。
 時間がなくなったので、夜の部の内容が書けなくなったが、かいつまんで。

 続けて「夫婦」の舞台を練習するが、またうまくいかなくなって、円陣に戻す。
 「誰かの悪口を言う」練習。
 痩せた人の悪口や太った人の悪口。
 ただの悪口ではなく、「言葉を工夫し、文化度を高める」ことを要求される。  「シチュエーションは最後に作るから、まずは言葉を考えて」。
 しげ。が「インド人野郎!」と言った途端に、全員の目が私に向いて、笑う。
 私はどこかインド人っぽいらしい(笑)。


 最後は歩き方を練習して終了。
 明日もまた。昼からだ。

2004年11月11日(木) ホームページ消失!?(°°;))
2002年11月11日(月) 爆走� 織▲縫瓠悖丕稗腺裡蓮拌莪賚叩拭愡�代劇マガジン』vol.1
2001年11月11日(日) 日記・日記・日記/アニメ『サイボーグ009』第5話/『八犬伝』13巻(碧也ぴんく)ほか
2000年11月11日(土) 今日はなんだかイタイ話ばかり/『ZERO』(冬目景)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)