無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年11月17日(水) Everybody "moe"Somebody

 日記の更新が遅れると、どうしても読んだ本やマンガの感想を書くのをカットせざるを得なくなってしまうのだが、ニュース関連についても、なかなか触れられなくなってしまう。朝方、ニュースで、横田めぐみさんの生前の写真三葉が公開されているのを見たのだが、アタマの中に四百字詰め原稿用紙にして五十枚分くらいの思いがドッと流れていったが、とてもそんなのを文章化する気力も体力もない。
 ただ、めぐみさんの最終的な消息に関して、もし本当に亡くなっているのならその死因は何なのか、ご家族の気持ちを考えればなかなか口にはできないが、多分これこれこういうことだろうなと大半の日本人が想像していることがあると思う。言い返ればそれを語れない事態がいつまで経っても解消されないから、日本人のイライラは募っているわけだ。そして、北朝鮮にしてみれば、自らの立場を危うくする予想が容易につく以上、真実が広報を通して語られることもないであろう、と我々は感じている。
 だから、これもまた公言はしにくいのだが、やはり大半の日本人は問題を解決するためには経済制裁とかヤワなこと言ってんじゃなくて、結局アレしかなかんべよ、と感じていると思うのである(2ちゃんねるあたりではしょっちゅう書かれてるだろうけど)。
 ニュースは金正日総書記の肖像画があちこちで外された、とかいう報道も流していたが、さてこれで日本人がずっと「待ち望んでいた」事態が加速化するのかどうか、いろいろと憶測はするけれども、やっぱりそれも原稿用紙100枚ほどになりそうなので、ちょっと書けないのである(^_^;)。


 今日は定時に仕事を終えられたので、間に合うか心配だったテレビドラマが見られた。メシも今日は外食せずに、コンビニで弁当を買って済ませる。
 ドラマというのは石原慎太郎原作の『弟』の5夜連続放映の第一夜で、実は原作小説はまだ読んでいないのだが、ちょうど関川夏央の『昭和が明るかったころ』(文春文庫)を読んだところで、弟・石原裕次郎に対する見方を変えなきゃならないかな、とちょっと思い始めたところだったので、見てみることにしたのである(多少ヒドイ言い方にはなるが、私は「石原裕次郎がデブになった」ことが日本映画の衰退にかなり悪影響を与えていると思っているのである)。あと、欽ちゃんの久しぶりの役者演技が気になって(^o^)。
 こういう「半生ドラマ」というのはどうしてもダイジェスト的になってしまって、つまらなくなるのが常であるが、それを回避するために、まず絶対やっちやいけないことがある。ドラマをちょっとでも書いた経験がある人ならすぐにピンと来るだろうと思うが、それは「ナレーションを入れない」ということだ。シーンとシーンとの時間が飛ぶことが多いから、シロウトの脚本家はその間の断絶を埋めようとしてナレーションを入れたがるのだが、そのことで映像がセリフに従属する形になり、ドラマがドラマとして機能せず、ただの「説明」になってしまう。たとえ時間が飛ぼうと、映像の演出で「見せる」ことを考えるのが本当の脚本家であるべきなのだが、そんな脚本家などテレビ界ではごく少数である。どうせ失敗してるだろうなと思って見てみたら、やっぱりその通り。役者の演技もまるで演出で生かされてはおらず、実につまらない出来だった。けれど、一応、今日の第一夜を録画しとしまったので、次回も録ってみようかとは思う。
 あ、欽ちゃんはやっぱり欽ちゃんでしたね(^_^;)。


 「2004ユーキャン流行語大賞」にノミネートされた60語の中に、いくつかオタク関係の用語が混じっていたという話題。
 ここんとこ「流行語大賞」に選ばれる語って、そんなのいつ流行ったんだって印象の言葉が多かった。「価値観の多様化」と言えば聞こえはいいけれど、要するに世代、生活環境、男女、思想など、個人差が激しくなっているもんで、時代そのものを象徴するような言葉を絞れなくなってるってことだろう。オタク用語が中に入ったっていうのも、オタクが認知されたと言うよりも、オタク的な要素が一般に広く薄く拡散したただけって気がする。
 候補に上がったのが「メイド・コスプレ」「アキバ系」「萌え」ってことだけれども、「なんで今更これが」って印象と同時に「これで今年の流行語を代表させるっていうのはどうか」という両方の疑念が生じてしまう。
 まず「メイド・コスプレ」ってセットの仕方、記事にも書いてあったけど、「メイドのコスプレ」のことなのか、「メイドとコスプレ」のことなのか、よく分からない。オタクならこんな使い方しないだろうから、選定した人間もあやふやな情報で何となく選んだんじゃないかっていう感じだ。「アキバ系」だって東京中心で、全国規模な用語じゃないし、これを流行語と言っていいものなのかどうか。
 唯一「萌え」ってのがかなり男女、年齢差をある程度は越えて、広範囲に渡って使用されるようになっているから、これなら「流行語」と称してもいいように思えるが、実は「萌え」の概念も数年前と比べると全く変質してきている。ナンシー関あたりが気持ち悪がってたころのようなオタク特有の感情移入の仕方と違っていて、「好き」と置換可能なくらいに薄く使われるようになっているのが実体である。だからこそ、10代の、特にオタクではない男の子女の子が普通に抵抗感なく「○○○○萌え」と使えるようになっているのだ。私などは未だに椎名へきるあたりに「萌え萌え〜!」とか言ってた気色悪い風景の印象が強いから、聞くたびに「引いて」しまうのだが、もう若い子はこんな「重ね語」は使わず語尾も上げず、「萌え」と簡単に使っている。こうなるとこれはもう「オタク用語」とは言えず、今後かなり長く生き残っていく可能性も否定はできない。いや、もしかしたらそのうちこれがもともとオタク用語であったことすら忘れられ、10年後くらいの広辞苑には「萌え」の項が立てられているかもしれないのだ。でもそれは「コトバ」自体に浸透力があるかどうかの問題なのであって、痛いオタクまでが「自分の存在と力が社会的に認知されつつある」と判断するのは大いなる勘違いだと言えよう。『トリビアの泉』が受ける現代、今や一般人はみな「ウスいオタク」なのであって、「濃い(と自称するだけで、もうそんな存在はあり得ない)オタク」との溝は、実はかえって深く広くなっていると言えるのである。
 大賞の発表は12月1日だそうだけれど、どんな結果が出ても多分、?マークが頭上を飛び交うことは間違いないところだろう。


 フィリップ・K・ディックの映画化がまた一本。短編『ゴールデン・マン』を『トータル・リコール』のゲイリー・ゴールドマンが脚色、『007/ダイ・アナザー・デイ』のリー・タマホリが監督する予定の『ネクスト』で、主演はニコラス・ケイジ。ハリウッド映画ファンならばまあ期待とかしちゃうのかもしれないけれど、ディックファン、SFファンからは見事に総スカンくらいそうな布陣である。実際、見たいと思うかよ、そこのSFファン。
 ディックがこれほど人気原作者になるとは、とても20年前には考えられなかった事態だけれど、SFファンの目から見れば最初の『ブレードランナー』を除いて駄作凡作を積み重ねてきた20年でもあったわけで、それにまた一本が加わっても、ファンは「もうやめてよ」か、もっと白けた顔で「どうにでもしな」で終わってしまうような気がしてならない。いやもう前回の『ペイ・チェック』が既にそんな扱い受けてたし。
 これも前項の「オタク」の話と重なるが、「SFファン」というものもとうに絶滅しているのであって、“センス・オブ・ワンダー”なんて、若い「自称SFファン」に語っても、もう何のことやら分からない。客は別に映画にSFを求めちゃいないのである。
 ディックがたびたび映像化されるのも、別に製作者がSFとしての面白さを狙っているわけではなくて、CGを使った架空の世界を描くほうが、今や製作費の面でも集客力の面でも有利だし、ちょっとばかし「文明風刺」だの「科学批判」だの、映画をちょっとばかし“高尚”に見せかけられる味付けもできてオトクだ、って考えてるだけのことじゃなかろうか。『マトリックス』シリーズと言い、アシモフ原作と呼称する『アイ、ロボット』と言い、それらの映画が割りに「見られる」作品に仕上がっている分だけ、かえってそういうスノッブな「臭さ」がプンプンと匂って来るのである。本来ディックはまさにそういう社会をこそ批判をしていたのだから、観客から見ると何をお手盛りで映画作ってやがるんだ、と嘆息するしかないのである。

 私はもう最近はウタダの帯に乗せられた若い連中が、「『アルジャーノンに花束を』ってSFなんですか?」とか言ってるの聞くたびに「もうSFファンは増えなくていい」と痛感してしまっていて、だから「SFとはなんぞや」なんて語る気も全く起こらなくなっている。語ったところで、共通するフィールドがあまりに違いすぎるので、会話が成立しないのだ。
 「確かに『ゴジラ』や『ガンダム』は狭義のSFとは言えないね」なんて言おうものなら、「でもSFだろうとSFでなかろうと、おもしろけりゃいいんじゃないですか?」とかいうトンチンカンな答えを返されてしまうこともしばしばだ。だから今はよう、そういう「虚構の本質」について語ってたわけじゃないだろうが。なんで話の次元をズラしたことにお前は気付かないのか? 日本人のディベート下手というのはこういうところにも現れているんだけど、何が始末に悪いって、デタラメな論理を組みたててる本人に「それはデタラメなんですよ」と説明しても、何がデタラメなのか理解する修養を積んでないから、そのデタラメさに全く気がつかないのである。これも日本の国語教育が幼稚極まりないせいであろうが、高校段階で論理学を取り込むくらいのことは本来やらなきゃならないことじゃないのか。
 「SFとは分野のことではなくて要素である」というのはSF論を語る上での前提である。これが理解できていないと、たとえば、「『ゴジラ』は『200万年前に海棲爬虫類から陸上獣類に移行する過程の生物』という設定がSFではないが、そこに人類文明の誕生を寓意として盛りこんでいる点でSFである」と説明しても、コンニャク問答にしか聞こえない。「全ての小説・映画はSFであり、また同時にSFではない」というのも事実なのだが、そこで表面的なパラドックスに引っかかってしまって、「じゃあ、SFを語ることに意味なんかないんじゃん」と誇らしげに嘯くヤカラには永久にSFが何かなど理解できるはずもない。最初からSFをバカにしてる連中に、どうしていちいち「SFとは」なんて語ってやらなきゃならないのか。
 で、そういう連中が堂々と「SF映画」を撮ったりしてやがるから情けないのである。

2002年11月17日(日) 爆走�Α秦管堯崗錙弩従櫃世辰�(^_^;)/『柳生十兵衛死す』4・5巻(山田風太郎・石川賢)/『巨人獣』1・2巻(石川球太)ほか
2001年11月17日(土) 多分愛してるんだろう/『料理少年Kタロー』第7話/『カスミン』第7話
2000年11月17日(金) 一日一ドジ女房/東野英心死す。


2004年11月16日(火) 麗しのナターシャ r(^^;)

 劇団のホームページの日記で、昨日「ガスト」でやった「負け犬ランキング」の結果を記したところ、見事1位に輝いた(負け犬の1位ではなく、勝ち犬の1位である)カトウ君から、早速「喜び」の書きこみがあった。厳密には喜んでるのかどうか、いささかフクザツな心境も感じられはするのだが。
 こちらの日記だけご覧になっている方は、カトウ君がいかに楽しいキャラクターの持ち主であるがご存知ないと思われるので、本人の了解を取った上で、その文章をご紹介しようと思う(^o^)。

〉結局誰からも愛を注がれなかったカトウは「人間なんか誰も信じない!」と金儲けに走り巨万の富を築く。
〉だが彼は築いた富を誰と分かち合うでもなく、ひたすら自らの私利私欲のために消費してゆく。
〉使っても使っても無くならない財産、日々年老いてゆくカトウ。
〉物欲の限りを尽くしたカトウは、やがて一人の女性と出会う。
〉カトウはこの時すでに70歳、女性は24歳である。
〉女性はカトウの住む豪邸に住み込みで働く家政婦だった。
〉ある日の朝のこと、朝食をとろうと階下に降りたカトウは、食堂で一人の家政婦がうずくまって泣いているのを見つける。
〉「…どうしたのかね?」
〉見ると、家政婦はどうやら食器を落として割ってしまったらしい。
〉「皿のひとつ割ったくらいで泣くことはないだろう。構うことはない、さぁ食事にしよう」
〉カトウは他の家政婦に割れた食器を片付けるように命令するが、うずくまって泣いていた家政婦は食器の破片を握り締めてカトウにこう言い放つ。
〉「このお皿は、私がご主人様の誕生日に差し上げたものです!ご主人様にとってはただのお皿でも、わたくしにとっては大切な思い出の品ですわ!」

〉カトウは自分の放った言葉を後悔した、同時に、何か毒気のようなものが身体からすぅっと抜けてゆくような気がした。
〉「…君、名前はなんといったかね…」
〉「…ナターシャ、でございます。」

〉主人に対して感情的になってしまったことを悔いてか、ナターシャは萎縮した瞳でカトウを見つめた。
〉時間が止まった。
〉久しく忘れていた感情だった。
〉これは、恋、なのだな。

〉「ナターシャ、かけらをこっちにおよこし。さっきはすまなかった。この皿は大切にしよう。そうだ、ナターシャ。できれば皿を新調したい、そこで君にひとつお願いがあるのだが…」
〉「はい、なんでございましょう?」
〉「君に、選んでもらいたい。私の皿だ。私は君の選んだ皿で心地良く食事をとりたいのだ。君の思いやりも生きる糧とできるように。」
〉「もったいないお言葉です…」

〉だが、これは肺を患い生死の境を彷徨うカトウが、今はの際に見た幻だったのです。
見て下さい、この幸せそうな死に顔。
〉あなたは
〉こんな風に死ねますか?  (C)漫☆画太郎

 いやあもう、なんたって「ナターシャ」ですよ(^o^)。どっから出て来たその名前。実はカトウ君、「ロシア女萌え」だったのか? 確かにカトウ君のキャラ見てると、ドストエフスキーの『罪と罰』とか読んでたら、思いっきり、ソーニャにハマッちゃいそうだもんなあ(文芸大作のように思われてるが、あれは充分「ソーニャ萌え」が成立する小説だと思う)。
 あえて「家政婦」を「メイド」と書かないあたり、一生懸命オタク臭さを消そうと努力しているあとが見受けられるけれど、どうしたって「時間が止まった」とか「恋、なのだな」(「、」付けてるところがポイント高し)のあたりで、隠そうとしても隠しきれない“本性”が現れてしまってますね(^o^)。うん、すごいぞカトウ君、これだけ妄想全開なら、君にも脚本が書ける! 実際、恥とか自分とか捨てないと、脚本って書けないものだから。普通であたり前のセリフ書いたって、そんなもんドラマにもなんにもなりゃしない。「君の思いやりも生きる糧とできるように」。うん、気に入ったぞこのセリフ。今度の芝居の中で、どこでもいいからアドリブでこのセリフ入れちゃおう! 相手役からシカトされるかもしれないけど(^_^;)。
 でも、私も寝惚けてたり浮かれてたり、脳内麻薬が出っぱなしの時は、似たようなセリフを書いちゃうときあるからなあ。実は今回の脚本でも恥ずかしげもないセリフを書いてる箇所があったんだけど、結局、役者がうまく言えなくて全部ボツになりました。
 本気で恋を語れなくて人生が送れるか! そうだよね、カトウ君♪


 昼メシ抜きの残業で、ぶっくたびれた一日。
 仕事がようやくひと区切りしたのが9時。今日はしげも仕事だと言うので、一人寂しく帰るつもりだったのだが、職場を出た途端にしげから電話がかかって来る。なんかまた寂しくなって仕事をサボったらしい。「迎えに行こうか?」と、いかにも私を気遣うような口ぶりではあるが、実のところは「会いたいよう」なのである。さびしんぼうのくせに、それを素直に口にできずに気取って見せるからいつまで経っても自分と向き合うことができないのだが、そういう思惑をすっかり見透かされてるってのに、なおも去勢を張ろうとしてるのはいったいどういう心理なんだろうかね。

2002年11月16日(土) バカとバカによるバカ論/舞台『WAHAHA本舗全体公演・大福祭』
2001年11月16日(金) 若葉マークはどこへ行く/歌劇『さまよえるオランダ人』(ドイツ・ザクセン=アンハルト歌劇場)ほか
2000年11月16日(木) 風邪がまだ治らんがな


2004年11月15日(月) 勘違いの悲喜劇

 全然休んだ気がしないままお仕事初めの月曜日。
 昼飯食うヒマもないくらい忙しいのだが、今週も何日か残業しなきゃならない日があることが分かっているので、今日は早く帰ることにする。
 迎えに来たしげの携帯に連絡を入れたら、聞こえてきた声が穂稀嬢のものだったので驚いた。ラクーンドッグさんがダンスを覚えたいというので、どこぞで練習していたそうなのである。穂稀嬢はそれに付き合わされたものか。
 しげには保険証を更新するために総務まで届けてくれるようにも頼んでいたのだが、窓口には穂稀嬢を行かせたそうである。そういうことで人を使うもんじゃないんだが、そう言ったって、何がいけないのかしげには全然わかんないのである。
 しかし、ppのメンバーと街中を行動している時、たまに職場の関係者とばったり出会うことがあるのだが、そのたびに私と連れ立ってる女性が違うものだから、妙な誤解をされることがある。もちろん女房と一緒の時が圧倒的に多いのだが、なぜか女房のことを女房だと認識してはもらえない。よしひと嬢としげと私だとよしひと嬢が、鴉丸嬢としげと私だと鴉丸嬢が私の妻だと間違われるのである。それくらいしげには大人らしいところと言うか、生活臭さというものが感じられない。もちっと落ちついた雰囲気を身につけてもらわないと、今度は穂稀嬢が私の何かだと勘違いされかねない。そういう勘違いを「わざとしたがる」腐れた人間も世間にゃ結構な数いるんだからよ。でもそれってしげには永久に無理な相談なのかも。

 穂稀嬢を送ったあと、夕食は近所の「ガスト」で。
 いつものディスプレイで、「男脳・女脳」を判断する占いがあったので、しげと二人でやってみたら、しげは男度49%、女度51%の“中性脳”、これはいかにもなるほどな結果であったが、問題なのは私の診断である。なんと、男度3%、女度97%のほぼ完全“女脳”(^_^;)。
 何だか「あなたはオカマです」と言われたみたいだが、別に私は男が好きなわけではない。好きなのはあくまで「女」だ(力説するとかえって変態っぽいが)。
 でもこういう結果が出ることは予測ができていて、もともと女だらけの家庭で育っているので、判断基準が殆ど女性のそれに偏っているのである。男の浮気が許せなかったり、「女性は家にあるべき」的なモノイイに反発を感じたりするのも、私が「女脳」の持ち主だからなのかもしれない。だからと言って、女性の権利を主張すると見せかけてワガママこいてるだけの浅薄なフェミニズム運動もいけすかないのである。確かにこういうことをいちいち口にするのって、男はあまりやらないね。
 そのあと、「負け犬ランキング」ってのに、ppのメンバーの名前と性別、年齢をインプットしてみると、次のような結果に。

【恋愛の負け犬】
1、其ノ他大勢 251点
2、しげ。   233点
3、藤原敬之  211点
4、鴉丸 誠  211点
5、加藤八十六 149点
6、信也(C−1)126点

【センスの負け犬】
1、加藤八十六 182点
2、藤原敬之  174点
3、其ノ他大勢 174点
4、鴉丸 誠  174点
5、しげ。   167点
6、信也(C−1)140点

【お金の負け犬】
1、加藤八十六 248点
2、信也(C−1)206点
3、其ノ他大勢 200点
4、しげ。   173点
5、藤原敬之  160点
6、鴉丸 誠  160点

【人づきあいの負け犬】
1、加藤八十六 237点
2、藤原敬之  158点
3、其ノ他大勢 158点
4、鴉丸 誠  158点
5、信也(C−1)144点
6、しげ。   112点

【運勢の負け犬】
1、しげ。   171点
2、其ノ他大勢 148点
3、加藤八十六 146点
4、藤原敬之  107点
5、鴉丸 誠  107点
6、信也(C−1)103点

☆【総合の負け犬】
1、加藤八十六 962点
2、其ノ他大勢 931点
3、しげ。   856点
4、藤原敬之  810点
5、鴉丸 誠  810点
6、信也(C−1)719点
 
 最初は三つしか診断ができなくて、そのときは総合ランキングが1、其ノ他、2、藤原、3、鴉丸、4、しげ、5、加藤、6、信也、の順だったのだが、全部の診断結果を電卓で無理矢理総合したらこういう結果になった。恋愛ポイントが著しく低いにもかかわらず、カトウ君が堂々の1位である。
 要するに「姓名判断」だから、科学的根拠は全くないのだが、それでも加藤君が「カネ」と「人付き合い」で他から抜きん出たりしてる結果が妙に現実とクロスオーバーしていて楽しい。貢ぐために懸命に稼ぎそうだもんなあ、加藤君。
 哀れを極めているのが信也君であるが、思えらく、彼のご両親は、姓名判断なんか何も考えずに名前を付けたのではなかろうか。できればこんな結果など何の意味もないと笑い飛ばしていただければいいと思うのだが、それにしてもどうしてこう占いというものは現実と類似して見えるものなのか(^_^;)。いや、私もカネや運には恵まれてないこと、自覚してますって。
 

 帰宅後、日本映画専門チャンネルで『妖しいメロディの美女』、『福耳』と続けて見て寝る。


 来年3月に公演予定の森光子主演の舞台、『放浪記』の製作発表が行われたが、初演時から菊田一夫を演じていた故・小鹿番の後任は、斎藤晴彦になったとのこと。小鹿番ほどに生き写しとはいくまいが、これはこれで味のある配役である。番さんが出ないのなら、もう見る機会はないかなあと思っていたけれども、もういっぺんくらい見てみたいという気になってきた。四月には博多座にも来るのだけれども、もうしげは付き合っちゃくれないかもなあ。
 ライバル女優の日夏京子役には池内淳子。この役、なんたって森光子に対抗しなきゃならないんだから、誰がどんなに熱演しようと、どうしても“分が悪い”のだけども、池内さんなら“いい線”行くのではないか。昔見た時の加茂さくらとか前回の樫山文枝はちょっとばかり“負けてた”もんね。それにしても池内淳子ももう70歳、かつての“日本のお母さん”もすっかり“おばあちゃん”ってトシになってしまった。いや、若い人はもう『細うで繁盛記』の存在も知らんかもしれない。そのくせ妙に偏ったオタクだと、「ああ、新東宝のB級映画に出てた女優さんね」とかハンパな知識だけはあったりするのである。そういう人には、「池内淳子が相手役なら」って感覚は全く分からないだろう。
 いや、そんなことを言いだしたら、森光子はもう84歳なんである。これで20代も演じるんだから舞台は魔物であるが、再三再四語ってきたように、『放浪記』の白眉はそのラストシーンにある。確かに前半の森光子はコメディエンヌとしての実力も存分に発揮して、緩急自在な“泣き笑い”の名演を見せてくれるのだが、死の影漂う“静かなる凄惨”とも呼ぶべきラストシーンは、「林芙美子」という役に存在感、実体感を与えている以上に“森光子”という一個の実存を観客に見せつけ、忘れられないものにしている。森光子と同時代に生きられたことは芝居好きにとってはまさに至福なのである。
 まだ『放浪記』を見たことがないって人は、最後列でもいいから、オペラグラス持って見にいきなさい。今のうちに。


 俳優の荻島真一氏が、今月11日に、胆管がんのために死去していた。享年58。
 万年青年のイメージがあった荻島氏だが、土曜ワイド劇場のようなミステリーものでは結構犯人役も演じていた。2枚目なのに犯人、という意外性を演出していたと考えられるが、しょっちゅう起用されていると、意外でもなんでもなくなってしまう。なんだか適当に使われているようで、見ていてちょっと侘しかった。
 古谷一行が金田一耕助を演じたテレビシリーズ『横溝正史シリーズ�供“�つ墓村』では主役の多治見辰也を演じていたが、何度も映像化された中で、最終的に辰也が被害者となったトンデモない結末になって視聴者を驚かせたのは、この荻島氏のバージョンのみであった。
 胆管ガンという病気は、早期発見が非常に難しいそうである。黄疸が発見された時にはもう手遅れであることが多いそうだが、定期検診をきちんと受けていても、超音波検査で胆管の検査まではしないことが多いそうだ。荻島氏の場合も、検診を受けていたにもかかわらず発見しそこなったのが死去の原因であるらしい。私もしょっちゅう誤診、手術ミスされまくりなのでヒトゴトではないのだが、医療ミスがしょっちゅうニュースになってるってのに、管理態勢とか全然改善されてないんとちゃうか。訃報を聞くたびに、自分の死期もまた近づいてきてるように思えて、気分がよくない。

2002年11月15日(金) 爆走�ァ拭愼芦菎舂Α拌茖渦�
2001年11月15日(木) お客様は皆の衆です/『真・無責任艦長タイラー�の瑳�編』(吉岡平)ほか
2000年11月15日(水) みんな妄想の中に生きているのね/『リアル国家論』(教育資料出版会)


2004年11月14日(日) 美しさは罪……何のことなんでしょう(^o^)

 今日は「シーメイト」で練習の日。
 と言っても昼からの予定なので、朝早く起きる必要はないのだが、トシヨリは自然に目覚めてしまうものである。テレビで朝の番組を見ようかとも思ったが、夕べはしげもよしひと嬢も結構夜更かししていたので(と言っても本を読んでただけであるが)、まだ起きてこない。テレビをつけたらうるさいだろうと、ずっとパソコンで日記など書いて過ごす。
 メールチェックをしていると、ここんとこお見かけしなかったスパムメールが。

〉差出人: 真奈美
〉題名: 無理?

〉真奈美です。
〉待ってたけど返事が無いって事は無理なお願いでした?
〉お礼は本当に一回10万円で、妊娠できたら50万円払いますし、
〉絶対迷惑はかけませんので中出ししてください。
〉本当に子供が出来なくて困ってます。
〉詳しくはすぐに連絡先を教えますので話だけでも聞いてくれませんか?
〉私に少しでも可能性があるなら今から掲示板に来て欲しいの。
〉貴方の事、まだ待ってるから。

 これまでのスパムメールもあの手この手、相手を引っかけようと苦しい言い訳を考え出してたものだったけれど、今回のはちょっと腹が立った。
 「子供ができない」ってことはつまり何かね、不妊女性を装ってるってことかね。現実に世の中に子供ができなくて苦しんでる女性もいるというのに、わけの分からん有料サイトにおびき寄せるために、そういう女性の存在まで利用するのかよ、こいつらは( ̄△ ̄#) 。
 残念ながら日本の不妊治療はまだまだ遅れていると言わざるを得ない。国内では代理母が認められないために、海外で手術を受ける女性だっている。諸事情でそれもできず、泣く泣く諦めている女性だってたくさんいることだろう。そういう人たちの気持ちをちょっとでも思い浮かべたら、こういう汚らしいスパムメールは作れるものではない。これまでのスパムメールの作り手に対しては「バカだなあ」としか思っていなかったが、こいつは糞野郎だ。
 送り主はうちのサイトなんて覗いちゃいないだろうけれど、もし見てたら、猛省を促したい。関係者が複数で、中に少しでも人間の心が残ってるやつがいたなら、このメールを考えだしたヤツを殴れ。そしてこんな外道な商売から足を洗わせろ。それから、こんな糞メールに反応して本気にするようなやつがいたら(殆どいないだろうけど)、そいつも糞だ。人間やめろ。……なんかちょっとどころじゃなく怒ってるな、おれ。
 こういうヤカラはもともとモラルとか思いやりとか、そういうものを持ち合わせていない人種だろうから、これくらい非道なことをやらかしてもおかしくはないのだが、今回のはあまりにあんまりだった。こういうバカは放置してりゃいいと思ってたけど、うまく取り締まる方法はないのかって気になってきたね。


 カトウ君が病気で参加できなくなったので、急遽C−1君に車を出してもらうことにして、鴉丸嬢、細川嬢はそちらに乗りこむ手筈。其ノ他くんは一人で、あとのメンツはしげの車でシーメイトに向かう。
 穂稀嬢はうちの近所から直通の送迎バスが出ているので、当然それに乗って向かうものだと思っていたが、「荷物が多いので、車に乗せてくれ」とのこと。何をそんなにたいそうなものがあるのか、と思っていたら、「荷物」とはアイロン台であった。まあ確かに爺ちゃん婆ちゃんがいっぱい乗りこんでるバスにアイロン台を持ちこむわけにはいくまい。
 シーメイトには11時半に到着。遅れて其ノ他君たちもやってきたが、車で送ってきたはずのC−1君は、顔も見せずに帰ってしまった。挨拶くらいしてもよかろうに、忙しかったのか遠慮してたのか。

 カトウ君がいないので、前半は演技よりもウラの打ち合わせが中心になる。
 その間、私が関わることはあまりない。できれば「撮影」を早めにしてほしかったのだが、なかなかそういう話が出ない。
 痺れを切らせて「今日は撮影はするの?」としげに聞いたら、「なに? やる気マンマン?」とからかわれた。私がせっついたのは、時間が経ってしまうと、「ヒゲ」が伸びてしまってマズイことになると思ったからである。実際、そう言ったのだが、「いいよ伸びたほうが」とか言い返されてしまったので、こいつはやっぱり肝心なところで芝居のセンスがねえなあ、とガックリした。笑いを取るための「写真」ではあるけれど、やりすぎるとかえって白ける。ギャグには「抑え」も必要だってことは、しげも気付いてないわけじゃないと思うのだが、ワルノリするとそのことを忘れてどんどんつまんなくなるのが悪い癖である。それって酔っぱらった中年オヤジの下品ギャグとレベル変わらんぞ。
 人がマジメなときに限って、しげはこうしておちゃらけることが多い。だから「遊びでやってんじゃないんだよ!」としょっちゅう怒鳴られてしまう。まあ今回は怒鳴りはしなかったけれど、制作だし演出なんだから、のぼせあがって周囲が見えなくなるのは極力避けてもらいたい。
 しようがないので、夕方までは本を読んだりして過ごす。

 夕方、休憩に入る前になって、ようやく「撮影」の準備に。
 今回の芝居、私は出演しないのだが、ある扮装をして「写真」で登場する予定なのである。どんな扮装なのかはまだ公演前なのでヒミツなのだが、あまり気味のいいものではないので、読者のみなさんは知りたがらないように。
 メイクをしてくれた鴉丸嬢、「けいちんにメイクをする日が来るとは思わなかった」と溜め息をついていたが、そんなしみじみと言われたってなあ。これだって演技なんだから、やれと言われりゃ何でもやるがね。
 意外と時間がかかって、仕上がりまで30分。眼鏡は外しているので、鏡を見せられてもどんな顔になっているかは全く分からない(裸眼だと0.01を切っているのである)。もっとも見えないほうがポーズを取るには度胸がつく。
 ポーズを取った途端に、穂稀嬢、細川嬢、みんなこぞってバチバチと写真を撮りまくる。そんなん撮ってどうするんだと思うが、穂稀嬢、嬉々として「こんな珍しいもの、一生ものじゃないですか!」と言って笑っている。一生、保存しとくつもりか、こんなの。
しげは撮った写真をカトウ君にもメールで送っていたようだったが、こんなの見て病気が悪化しないかと心配である。少なくとも寝覚めが悪くなることだけは間違いないと思うが。

 休憩、食事、風呂のあと、ようやく立ち稽古。
 ノリの悪いセリフをカットしたり、言いやすい形に変えていくが、それでもなかなかテンポがよくならない。カトウ君の代理は其ノ他君が務めて、3人でのシーンはそれほど悪くないのだが、しげと鴉丸嬢の二人のシーンになると、途端に「かけあい」に齟齬が生じる。鴉丸嬢のセリフがまだよく入ってなくて間が空いてしまうのも原因なのだが、役自体、どあ捉えていいのか掴めていないらしいのである。よしひと嬢も「そのままでいいんだよ」とアドバイスするのだが、ドツボにハマッたのか、だんだん幼児化して身動きが取れなくなっていくのである。
 一応、演出としての仕事を果たさにゃならんかと思い、形から入るのは難しそうだったので、まずは気持ちを作ってもらおうと考える。其ノ他君に鴉丸嬢の側に座ってもらい、「其ノ他君に優しくするつもりで手を動かしてみて」と指示する。いつもは無意識で行っているであろう行為を、気持ちと動きを一致させることで演技として意識化し再現できるようにすることを目的とした、演技の基本練習である。
 ところが鴉丸嬢、逆に硬直して、全く動けなくなってしまった。もしかして照れくさくて動けなくなってしまったのか、いや、そんな殊勝な性格してたっけ、それともシモねたバンバンおっけーなフリして鴉丸嬢のココロはすこぶるおとめちっくであったのだろうか、と訝んでいたら、突然、鴉丸嬢、其ノ他君に向かって謝り出した。
 「ごめんなさい! 今まで一度も大勢に『優しく』したことありませんでしたっ! 私、自分が楽しむことしか考えてませんっ!」
 ……全員大爆笑。
 こういう正直でウラオモテのないところが鴉丸嬢の魅力なので、それを演技でもまんま出してくれればなんの問題もないのだけれど、そのことに気づいてくれるかどうか。そうそう笑ってばかりもいられないので、鴉丸嬢には一度アタマをマッサラにしてもらって、演技プランを立て直していただく必要がありそうである。次回までの宿題。


 帰りはどしゃぶりの雨。
 C−1君に車で迎えに来てもらうことにして、鴉丸嬢、桜雅嬢、穂稀嬢はそちらの車で。細川嬢とよしひと嬢はしげの車でお送り。細川嬢には舞台のイメージイラストを依頼してお別れ。
 もう時間も遅くなって、北九州までの電車の時間もはっきりしなかったので、よしひと嬢はご自宅までお送りする。
 よしひと嬢は先日カトウ君に送ってもらったとき、オタク話に熱中していて通を間違えたそうだが、「いったい何の話をしてたの?」と聞いたところ、「責め受けの話ですよ」と即答されてしまった。だからそれ、全然分からないって(-_-;)。
 帰り道は私も疲れて車中で眠ってしまったが、しげはその間ずっと、「ロンとヤスのどっちが責めか」を一人でブツブツつぶやいて考えていたそうである。だからアタマおかしいって(-_-;)。


 帰りしな、穂稀嬢が「紀宮の結婚が決まったそうですよ?」と言う。
 それはまあそれだけのことなのだが、続けて「あの『宮』ってのは何なんですか? 名字なんですか? 名字ならどうしてみんな同じ一族で違ってるんですか?」と聞いてきたので、一瞬、絶句した。
 天皇家には名字はないこと、あれは「宮号」と言って天皇の一族であることを示すものであることなどを説明するが、なんだか脱力してしまった。こういうのは別に天皇信奉者でなくても小学校の頃に親や年配の人に聞いて自然に知ってるものだと思いこんでいたのだが、これも「トシヨリの常識、ワカモノの非常識」の一例なのだろう。いやもう、ほんとに何が常識なんだか全然分かりませんね。

2002年11月14日(木) 爆走�ぁ振絛船灰鵐機璽函拭愍个い鮑遒襦‐緤�芸能笑いの放送史』(澤田隆治)
2001年11月14日(水) 『千と千尋』新記録!/アニメ『ヒカルの碁」第6局/ドラマ『死者の木霊』
2000年11月14日(火) 年7回は風邪引いてるな、私/『まどろみ消去』(森博嗣)ほか


2004年11月13日(土) 10万ヒット!(  ゜ ▽ ゜ ;)

 今週も休日出勤。
 ここんとこ、休日が月イチくらいしかないような気がするのは気のせいか。気のせいなんだけど。日曜練習があるからそんな気がしてるだけなんだよな。でも疲れが溜まってて、まるで休んだ気がしないのは気のせいではなくて事実なのである。
 まあね、一応ね、半日出勤して二千円くらいは時給が出るからね、トンガリさんの後始末と違ってタダ働きじゃないんだけどさ、学生アルバイト並の時給って、貰ってもなんだかかえって侘しくてよう(>_<、)。……なんて文句を付けるのは贅沢で、貰えるだけいいのかもしれないけど。

 ちょうど仕事が終わったとき、しげから電話が入った。デジタルテレビが届いたという連絡である。迎えに来てもらう予定ではなかったのだが、バスと地下鉄を乗り継いで帰ると2時間はかかるので、結局、職場の近くまで車で来てもらって帰宅する。
 布団に寝転がってウトウトしかけていたら、突然、携帯の着メロが「手〜をにぎれ、せ〜いぎ〜のみっかつたっ♪」と鳴り始める。えーっと、この着メロ、誰のに設定してたっけ。と開いてみたら、東京のグータロウ君からであった。内容は「10万ヒット取り損ねた!」。
 昨日開いた時には99600くらいだったから、一日100カウントくらい行くとして、10万ヒットはてっきり明後日くらいになるかと思っていたら、なんだか一気に3、400カウントくらい行っちゃったことになる。キリ番ヒットを狙った人でもいたのだろうか。申告はなかったから、結局、踏んだのは通りすがりさんだろうけれど。
 パソコンを開いてみると、カウンターは100010だった。
 じゅうまん。口にしてみてもまだ実感が涌かない。感無量、というには程遠い感じである。このうち自分で踏んだのはどれくらいだろうか。ほかの9万の殆どが、通りすがりの、顔の見えないROMさんばかりであろう。どういう方が、どんな考えで私の日記を読まれているのか、それは分からない。掲示板に書き込んだり、メールを送ってくださる方はごく一部なのだが、どういうわけだかそういう方々は奇特にもこの毒吐き日記を誉めてくださることが多い。けれど、ほかのROMさんたちが同様に感じているとは限らない。読んで気分を害したということもきっとあると思うのだが、これまで文句を付けてきた人はごく少数であったし、それも私の文章を誤読、勘違いしたものが殆どだった。そのあたりを説明すれば、たいていはそのまま収まってしまったものである。
 荒らしや粘着系の人物の横行など、ほかの掲示板ではよく起こっているトラブルが、スパムの類を除けば、殆ど起きなかったことは、もちろん私のような無名人に文句つけたって始まらない、と考えた人が大半であったからだろうが、それにしても殆どノントラブルでここまで来たという事実が、かえって不思議ですらあるのだ。
 訪問者の方々が、私の日記をどのように感じているのか分からないからと言って、そのことを不安に感じているわけではない。もともと私の視力の届く範囲はほんの数センチもない。全ては霧の中に沈んでいるようなものである。霧の向こうに誰がいるのか皆目見当がつかないのは現実でもそうだ。
 だから、顔が見えない人に対する恐怖感というものは私にはない。ないというよりは、顔の見える人と、見えない人との間に、差を感じないのである。たとえ顔は見えなくてもネットの向こうにいるのが人間であることは間違いがないので、そういう人たちに対して恐怖を感じるとすれば、それは人間そのものに恐れを感じるのと同じになってしまうだろう。

 届いた液晶デジタルテレビ、今までの28型から32型になって画面は見易くなったし、薄型になったので台の上にスペースができてものも置きやすくなった。反面、つまづいたら壊してしまいそうでちょっと怖い。
 ためしにDVD『キル・ビル vol.2』をかけてみたら、劇場で見たときよりもユマ・サーマンの目尻の小ジワが目立って見えてしまい、見えるのも善し悪しだと思ってしまった。


 明日の練習に参加するよしひと嬢を迎えに、博多駅まで行く。
 夕食は「豊竹」で酒盛り。と言ってもしげは運転しなけりゃならないし、私は酒を全く受けつけないので(病気のせいだけでなく、もともと全く飲めないのである)、飲むのはよしひと嬢だけである。焼き鳥盛り合わせ、刺身盛り合わせ、鶏もも肉、さがり、シーザーサラダ、エビマヨネーズ、蓮根団子、餃子スープ、土手焼きと、ガンガン注文して飲み食い。
 3人だけでよくも食ったものだと思われるだろうが、天然塩を使ったまろやかな辛さ、炭火焼き、ともかくどの料理も頗るつきの美味さなのである。
 興にに乗って会話も弾む、というよりはどんどん悪乗りしてくる。オタクどうしのディスコミュニケーションについてマジメに話していたつもりが、いつのまにか話が淫靡な方向に流れていく。「『責め受け』って、オレわかんないよ」とつい私が言っちゃったのが悪かったのだが。
 「たとえば、『笑の大学』だと、役所と、稲垣、どっちが責めだと思いますか?」
 「うーん、役所?」
 「違うんですよ、稲垣なんですよ」
 「どうして? 役所の方が年上なのに」
 「固い役所を崩して責めるのがいいんですよ」
 「……分からない」
 「分かられても困ります。じゃあ、『踊る大捜査線』だと、織田、柳葉、どっちが責めでしょう?」
 「……柳葉?」
 「織田ですよ!」
 「だからわかんないってば!」
 よしひと嬢はカトウ君ともこんな話ばかりしていたそうだが、こういうのは私のいわゆるオタク話とはかなりイメージ違うんだけどなあ(-_-;)。


 夜は11時から10万ヒット記念「思えば遠くへ来たもんだ」チャット。
 時間帯が時間帯だし、誰も来てくれないかと思ったけれど、グータロウ君、お久しぶりの鍋屋造物さん、初参加の千春さんと、4人で楽しくお話できた。でも指は昔ほど動かなくなっているので、応対はなかなか大変。やはり1万ヒットごとに1回くらいしか開けないのである。

2002年11月13日(水) 爆走��/『若者の法則』(香山リカ)/DVD『刑事コロンボ さらば提督/ルーサン警部の犯罪』
2001年11月13日(火) また書く原稿が増えそう(^_^;)。/『時をきざむ潮』(藤本泉)ほか
2000年11月13日(月) 泣いてるようだが怒っているのです/『藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版』4巻



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藤原敬之(ふじわら・けいし)