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2017年03月30日(木)
『不信〜彼女が嘘をつく理由』

『不信〜彼女が嘘をつく理由』@東京芸術劇場 シアターイースト

『死の舞踏』に続き対面式の客席。舞台はマンションのリビング。ミラーコピーされたような、左右が逆ということ以外は全く同じ間取りの部屋に、庭を挟み向かい合って住んでいる夫婦が登場人物だ。物語は各々のリビングで進行する。場面転換毎に椅子がスライドし、今どちらのリビングにいるかがわかる。

二組の夫婦−四人の登場人物は、全員嘘をつく。しかしタイトルには「彼女が嘘をつく理由」という副題がつく。この辺り、三谷幸喜作品に通底するモヤモヤどころでもある。妻の「病」をとりつくろうために、夫は嘘をつく。妻の無邪気な「鬼」をごまかそうと、夫は嘘をつく。サブタイトルとは裏腹に、女性たちの嘘は不可解なものとして映る。この「わかりあえなさ」を嫌悪ととることも出来るが、ある種そういうものだと諦めもすれば、関係は続けられる。

生活を守るため、犯罪を暴くため、平穏に暮らすため。登場人物たちは少しずつ一線を越えていく。あれっ、それっていいの? といったことから、完全にアウトなもの迄。理由付けをし乍ら、言い訳をし乍ら。その均衡はちょっとしたことで崩壊する。壊すのは夫。というか、壊れるのが夫。そう仕向けるのは妻。つまり、妻次第で夫婦関係は続けることが出来る、という仕組み。いつ迄続くかな? 観察をしているような気分になる。コメディでもあり、サスペンスでもある。人間をとことん観察して、おかしみとこわさも炙り出す。それこそ作家自身が人間不信になりそうだ、と思い、それを描き表現するからこそ、作家は生きていけるのかもしれないと思う。

戸田恵子の声の巧みさ、蜻蛉のよう。第一声から不穏な気持ちをかきたてられる。やがて起こるであろうことを予感させる。優香も同様、声で聴かせる。本心を探らせまいとするふたりの息詰まる攻防がハイライト。このとき自分の席からは優香の表情が見えなかった。反対側に座っていた観客は見ることが出来た。ちょっと羨ましい。栗原英雄はいちばん気の毒にも見える役柄を素直に演じ、だからこそ悲劇性が増す。段田安則は何故モテる? 敢えて役名ではなく本人の名前で書くが(笑)、物語を通してその謎を探るのも楽しい。あ〜モテるわ〜。

コメディパートは、台詞を発するタイミングがちょっと違うと笑えない。ブラック過ぎる面もあるからかもしれない。その辺りは流石の段田さんと戸田さんでした。優香さんは役柄のせいか、どんなに笑える台詞を発してもうそら寒いというか怖い感じがした。笑顔ももはや怖い。その無垢な笑みが怖い。カーテンコールでの姿を見てホッとした。声も通るし、仕草も綺麗だし、また舞台で観たいな。



2017年03月26日(日)
『PLAY VOL.43』とか

La.mama 35th anniversary『PLAY VOL.43』@Shibuya La.mama

金曜日のスペシャルズで会ったにゃむさんに「次のライヴは何に行くの?」と訊かれてmouse on the keysだよーと話した際、チケットを見てラママが35周年ということに気付きました。この『PLAY』シリーズはラママ30周年から始まったシリーズで、『VOL.1』がmotkとスガダイローTRIOだったのでした。ちなみに昨年の『VOL.35』はmotkとBo Ningen。もう五年経ったのね〜。いやあ、にゃむさんに会ったのも久しぶりでさ…五年前にフジで会ったときに撮った画像送ってなかった〜って送ってもらってさ……最近ときが経つのがはやくてはやくて。二〜三年かと思ってたら五年経ってた〜なんて話してたもんでね……。

閑話休題。今回はmotkとDJ KRUSHという異色のツーマン。どちらもクラブカルチャーに縁深いとはいえ、接点があったのか? と思いつつ出かけていきました。

先攻DJ KRUSH。おお、先輩だから後攻だと思っていた。聴くの久々でしたが変わらぬターンテーブルつかいで格好いい。CDJも使ってたかな? スクラッチやスイッチ技でブレイクビーツをつくりだす。ドープな鳴りから叙情的なメロディに移行していく流れも素敵。なんだかジーンときてしまった。ありきたりな表現だけどわびさびな美しさ。いったんブレイクのあと、アンコール的に「次のアルバムに入るやつ!」とアッパーなラップ曲をスピン。これのラップやってるの誰だったんだろう。リリックもビリっとくるやつでした。鋭い。

転換時バラしを見てたんですが、タンテ二台と機材を載せたテーブルのデカさに驚く。90年代はこれがあたりまえだったけど、今はPCDJもいて随分コンパクトになったものですよね。アナログは変わらず使っていたけど、データレコードだったとのこと。スタイルは変えず、しかし新しいアイディアはどんどん取り入れている。こういうところも格好いい。

後攻motk。35日間のカナダ/北米ツアーから帰ってきたばかり。ちなみにカナダはこんなだったようです。




(シーザーの血が漲ったことでしょう……)

さぞ疲れもあるだろう……と思いきや、一曲目から全開であった。なんじゃキレッキレかい! すごいな! ステージとフロアが近く、スピーカーからの音と生音が全部直撃。勢いありすぎて笑う。スネアの音が普段より乾いてたというか、パツパツに聴こえたのは音が混ざってたからかな。テンションに演奏がおっつかず、バランス失いそうになる場面もちょこちょこ。「The Arctic Fox」のシンバルがうわついたり、指揮がたどたどしくなったり。とはいうものの、こういうの込みで魅力なのがやはりパンクだなとも思う訳です……。曲中BPMが速くなっていったりするところもまたよい。その方がライヴとして盛り上がるという側面もある。緻密な演奏から感情がはみだす、その瞬間こそが面白い。

というわけで疲れは感じさせず、しかし演奏は長期ツアーによって練りに練られた感。「Forgotten Children」前のインプロ、「Soil」5〜6〜5〜6のブレイク、「Dark Lights」のシンセ音。ますます血の気が多くエモーショナル、楽曲に華やかさが加味される。生きもののようにリズムが変容し、阿吽の呼吸で展開が拡がる。固唾を呑んでひたすら聴き入る。サポートはケンジーくん。メンツが揃っていれば佐々木さんが演奏するtpパートも全部sxで(asとss使い分けてた)、原曲に入ってないパートも吹いていた。それがまたよくて。ラママ柱問題で殆ど見えなかったので今度は姿を目にしたい〜。

川さんのMCによるとKRUSHさんの大ファンだったとのこと。対バンするのが「夢だったんですけど、今日出来ちゃったんで…(テヘ)」とうれしそうでした。「僕らあちこち、世界中まわってますけど、ワルシャワでKRUSHさんのファンだってひとに会ったりしてね。KRUSHさんみたいなひとたちが先陣を切って海外に出ていってくれたから、僕らも続けたようなところがある」「自分はブレイクビーツを叩いてると思ってる、勝手にKRUSHさんの息子だと思ってる」んだそうです。このときフロアから「息子よ!」って声がとんだんたけどあれKRUSHさんだったのかな。それを受けて「いやあ、隠し子なんでね」ともにょもにょつぶやく川さん。おもろい。長いツアーはやはりたいへんだったそうで「途中で風邪ひいたり、腰やっちゃったり、」「筋トレするようにして、野菜中心の食事をとるように……」。メンテだいじ!「人生は迷いっぱなしだけど音楽は迷わずやっていこうと思います」だそうです。あとアンコールでスモークたかれたら「スモーク大丈夫ですか? 富士の樹海みたいになってる。皆さんが木ですよ?」とかいってた。他にも支離滅裂なこといってて(いつもだが)「何を言ってるんだ俺は」とぼそっといったところ、再びフロアから「ダイジョーブダイジョーブ」の声。KRUSHさん? KRUSHさんなの?

そんなこんなで雨のなか出かけていってよかった! 実は日曜の夜だったんでちょっと迷っていた! 十年目にしてまだまだ先が読めない、人生も見えない(笑)しかしそれは可能性に満ちていると同義ですよ! これからも見逃せません。

(話し合った結果シーザーはひとりにしとくと考えすぎて部屋のティッシュを全部噛みちぎったりするのでどんどんソリをひかせた方がよいのではないかと)
(や、でもその噛み散らしたティッシュが楽曲に反映されるのならオッケーですよね! あとは身体が丈夫ならよい)(体調がずっとよいとよい)

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おまけ。

・mouse on the keys - Live From Lincoln Hall


・LITE、mouse on the keysのシカゴ公演がAUDIOTREEで生配信|BARKS
・LITE×mouse on the keys、開催中のアメリカツアーからシカゴ公演を生配信|音楽ナタリー

今回のカナダ/北米ツアー、3月14日のシカゴ公演はAudiotreeからライヴ配信され、日本でも観ることが出来ました。アーカイヴもされており、今も視聴できます(3月28日現在)。かゆいとこに手が届くカメラワーク、そして音がいい!

清田さんが序盤珍しくミスタッチ連発でメロメロマーになってて、緊張してたのかなとか疲れてたのかなとちょっと興味深かった。もともと「spectres de mouse」ってかなり難しいみたいで以前は崩れることがぼちぼちあった。近年はそれがなくなってすごいなーと思っていたので、久しぶりにハラハラする気分を味わいました……。川さんのMCも興味深かったです(笑)。英語圏では本当に新留さんが頼りになる。だんだん調子が上がっていくさまも臨場感あります。観客も盛り上がっててうれしい。

それでふと思ったのだが、日本でも初期ってこんな感じの、パンク寄りの盛り上がりだったよなあと。今の日本の会場だと、川さんがダイヴしたくてうずうずしててもフロアの反応によって躊躇するみたいな場面がありますね。2月の沖縄では約400席のホールでやったようだし、日本ではジャズ、クラシック、ロックとリスナーが多様化してきているのかもしれない。欧州ツアーのときはBLUE NOTE(そう、あの)でやっていたし、活動の場やオーディエンスの反応もさまざま。面白い。

NY、川さんエキサイトしております。



ダイヴで思い出したがNYでは清田さんが間奏中にクラウドサーフしてた。


そういや以前kowloonのレコ発で、ステージ袖から短距離走かってくらいのスピードで清田さんが飛び込んできてフロアが阿鼻叫喚になった記憶が……ある意味川さんより予想つかなくて怖いよ清田さん。

それにしても、初のアメリカツアーでこの反応のよさ。Topshelfの尽力もあろうが、LITEのインタヴューで楠本さんが「マウスは初めてのアメリカでも関わらず、みんなネットで知ってて最初からお客さんがいる」といっていたとおり、webの影響は大きいのだろうな。

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Audiotreeは同日LITEのライヴ配信も行いました。これがまたいーんだ!

・LITE - Live From Lincoln Hall


Topshelfのレーベルメイトでもあります。前述のインタヴューによると、LITEはmotkとは逆に、イギリスのフェスでダイヴが始まって驚いたそうです(笑)。



2017年03月24日(金)
THE SPECIALS JAPAN TOUR 2017

THE SPECIALS JAPAN TOUR 2017@STUDIO COAST

た、たのしかった……!!! もりあげ上手っつうか休ませてくれないっつうか…あんなん煽られたら踊るわ跳ねるわワンツーいうわ(多分明後日筋肉痛)!

観たのは2012年のフジ以来。この年はフジから帰ってきたらエンピツが落ちてて、復旧迄の間にどんどん忘れて長文書きそびれたんだったな。あれから五年かい……。この年はOcean Colour Sceneもフジに出てたんだった。そのOCSのスティーヴ・クラドックが、今回のツアーにサポートで参加しています。ドラムは2015年に亡くなったジョン・ブラッドベリーにかわり、ex. The Libertines、Dirty Pretty Thingsのゲイリー・パウエル。あとtp、tbとホーンふたり、vn(この場合はフィドルと呼んだ方がよいのかな)、vcと弦ふたり。弦が入るとケルト音楽っぽくも聴こえる。そうそう、聴いててThe Poguesを思い出したりもした。テリー・ホールのくまくましい姿に、シェイン・マガウアンを思い出したりもしてね。

そんなよりくまくましくなっていたテリーはのそのそとステージを歩きまわり、自分が唄わないときはドラムの前にのっそり座ったり、ステージからはけたり。アンコールでは一曲目は出てこず、その後コンビニの袋を持って登場。「プレゼントだ」と袋のなかから飴やティーバッグをとりだし「sweeties, sweeties, tea bag, chopstickes, paper napkins, 」などと復唱し乍らフロアに投げ、最後には袋も投げていた。楽屋においてあったものなんだろうが、何故か箸や紙ナプキン迄入っているちいさな袋を持って現れたテリーは、ホントに本編終了後ちょっとコンビニに行ってました、という風情で笑えた。ちなみにステージにおいてあった鉢植えの花を「おまえにやる」と丁寧に手渡ししてました。あのひと、無事に持ってかえれたかな。

そんな挙動のテリーでしたが声は健在。シェインほどよれよれではなかった(…シェイン元気かな……)。やっぱかっこええわ。あのスッカーンとした声、カラッとした唄いっぷり。Working for the rat race, You're no friend of mine. しみる。

オリジナルメンバーはテリーと、リンヴァル・ゴールディングと、ホレス・パンター。三者三様の大黒柱。テリーは前述のとおり。リンヴァルは徹頭徹尾ハッピーをふりまき、愛情深いMCをし、どんな仕草もチャーミングでジェントル。「You're my brothers, You're my sisters.」とにっこり笑って言われたのにはほろっときたよ。ダンス、ダンス、笑顔、笑顔。ホレスは大工の棟梁みたいな趣で、時折前に出てきておどらんかーい! 手拍子せんかーい! ここはシンガロングじゃー!(意訳)と煽る煽る。客を甘やかさない優しさですよ。や、ついていけるべく今後体力づくりをしようと…「Monkey Man」からの怒涛の展開にはぜえぜえいってた……お互い元気にな……。それはともかくベースはやはり屋台骨だと思わされた次第。

クラドックさんはサポートというよりゲストプレイヤー/ソリストとしての役割が大きかった感じ。裏打ちはリンヴァルがガッツリやってくれるし! って感じで、あの骨太な音(! これだよこれ!)でリフもソロもゴリゴリ弾いてた。たまらん。真顔で投げキッスしたりアンプに向かいっぱになってフィードバックひっぱってたり、リンヴァルがひとなつこく寄ってきても反応が淡白だったりと(シャイなのかもしれないね)、ときに閉じた感じになるとこがまたよくてね。またOCSでも来てね、いい加減単独で観たいよ! ひとついうならなんでスーツじゃなかったんだ…他の会場ではスーツだったらしいじゃん……終演後にゃむさんとtwitterの画像検索してなんでだ! なんでだ! といってた。

オーラスは「You're Wondering Now」、後ろのひとが歓声をあげる。とても喜んでて、とてもいい声と発音で、フルコーラス、しかもずっとハモりのパートを唄ってた。ほれぼれ聴いた。それくらいいい声だったんだよ。メンバーがステージの前に出てきた。チェロの女性がリンヴァルとダンスを踊りだす。手をとって、ターンして。ダンス、ダンス、幸福な光景。これもなー、「Fairytale of New York」の光景を思い出しちゃった。十年以上前、AXでのことだ。なんでこんなにポーグスのことを思い出したんだろう。シェイン、元気でいますように。そしてスペシャルズの皆、是非またきてください。元気で。

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・セットリスト


setlist.fm
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01. Ghost Town
02. Do Nothing
03. Friday Night, Saturday Morning
04. Stereotype
05. Man at C&A
06. Blank Expression
07. Rat Race
08. Why?
09. Redemption Song(Bob Marley & The Wailers cover)
10. It Doesn't Make It Alright
11. Nite Klub
12. (Dawning of a) New Era
13. Do the Dog(Rufus Thomas cover)
14. Gangsters
15. Concrete Jungle
16. A Message to You, Rudy(Dandy Livingstone cover)
17. Monkey Man(Toots & The Maytals cover)
18. Little Bitch
19. Too Much Too Young
20. Enjoy Yourself (It's Later Than You Think)(Tommy Dorsey & His Orchestra cover)
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encore
21. Guns of Navarone(The Skatalites cover)
22. All the Time in the World
23. You're Wondering Now(The Skatalites cover)
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2017年03月18日(土)
『死の舞踏』

シス・カンパニー『死の舞踏』@シアターコクーン

出演予定だった平幹二朗急逝のため、池田成志を迎えての公演。シアターコクーン場内に特設小劇場をつくる、というアイディアは蜷川幸雄がさいたま芸術劇場内につくった「インサイド・シアター」で主に知られているのではないだろうか。今回購入した席は丁度本来のステージ側にあたる位置で、普段はスタッフしか使わない通路から入場する。その際普段は見られない舞台機構もちらっと見られる、というバックヤードツアーのような楽しさもあった。舞台上の華やかさとは裏腹な、無機的な機材とひんやりとしたコンクリート。芝居のマジックを改めて感じさせられる。

アウグスト・ストランドベリの作品を、小川絵梨子の翻訳と演出で。本読みの段階から出演者と膝を突き合わせ、徹底したテキレジを行うことでよく知られている演出家。自分もそのことについて何度か書いた憶えもある。そして毎回同じことを思う。「これ、他の翻訳家、演出家が手掛けたらどうなるだろう? それを見たい」。作品を執拗に読み込み、読み解く。演者ともディスカッションを重ね、内容に反映させていく。その行為は素晴らしいと思うし、誠実さも感じる。しかし、なのだ。

なぜか逆に、「この作品、もうひとつ奥があるのではないか」と思わせられてしまう。それがテキストの外にあるものなのか、海外戯曲を日本語で、日本で演じることから生じる「まだまだ知らない外国の文化」への過剰な期待なのか。今ひとつ自分のなかでハッキリしていない。このあたりのことは『コペンハーゲン』の感想に書いた。疑問はいつか解消するだろうか? それは自分の成長に起因するものなのか? それを確かめたくて、また観てしまう。2018/2019シーズンから新国立劇場の芸術監督に就任することが決まっている小川さんだが、新国立に通うことになるのだろうか。

さて座組。そろって愛嬌があり、よいバランスの三人。威圧的な夫、挑発的な妻、その妻に密かに恋している従弟は罵りあい、ささやきあい、激しくぶつかりあう。あれだけの語彙を駆使してなお、言葉だけでは全然たりない。皆が腹に一物抱えている。息が詰まるような応酬のなか、笑いを誘うマヌケっぷりを絶妙なタイミングで投げ込んでくる緩急のリズム感。神野さんは声の魅力も大きい。幼女のようにも老婆のようにも響く声。妖艶で、甘やかで、毒がある。音尾さんはときに幼く見える喜怒哀楽の表現がかわいらしい。従姉にこどものように扱われるのが悔しい、反面このポジションにいてこその役得も知ってる。クルトという人物の複雑さがあぶりだされるよう。

成志さんはあの食えない感じの言いまわしが夫の不遜さをよく表しておりちょーイライラした(笑)んだけど、憎めないんだなこれが。ほんと食えない……余談ですが先日『ボクらの時代』八嶋智人×勝村政信×池田成志の回で、勝村さんがやった成志さんのものまね(トロフィー落として「すいっませんっでしたあっ!」)そっくりでした(笑)。あの感じな! そーいうとこと、そーいうとこは実は愛情の裏返しでしたってのを見せるとこと、そーいうとこも「見せた」ってテイで見せるとこが絶妙です毎回。しかもそれが色気になるんだもんなあ。無類の役者ですよ……。

両面を客席に挟まれた舞台は、夫妻がくらす閉鎖的な孤島を象徴するかのよう。そして緊密ともいえる距離感。青山円形劇場を連想する空間で、それこそ後ろを向いても前を向いても自分を見ているひとがいるわけで、役者にとっては「逃げ場がない」過酷な舞台だ。観客と演者が親密になれる、ということでもある。親密になればなるだけ、自分の内を晒けだせる。見せることが出来る。感じていると伝えることも出来る。そんな色気のある舞台。

それにしてもこの話、なんか既視感があるなあ。壊れかけの夫婦がそれでもお互いを必要としていて、周囲のひとたちを鎹として巻き込んでいく話。巻き込まれた方はたまったもんじゃないのだが、演じた成志さんと神野さんの愛嬌がそれを許すというか(いやそれでも当事者にはなりたくないが)、チャーミングな空気に満ちた舞台だった。幕切れは決して明るいものではないのに、安堵もするような不思議なくちあたり。なんとも惹かれる作品だった。

観ている間、平さんのことは何度も思い出した。ああ、この夫、平さんが演じたらさぞ愛らしかっただろう、さぞ憎たらしかったろう。そして涙しただろう。この役で平さんにオファーがあったのも頷ける。観たかった。かなりのプレッシャーがあったと思われるなか、その役をひきうけた成志さんと、平さんが違う作品で再び同じ舞台に立つところを観たかった。

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よだん。




音尾さんと神野さんの濡れ場とても艶があってよかったんですよ。で、観たあとこのツイートを読んで、あれは成志さんに仕込まれたのか……と違う意味でも感じ入りました



2017年03月15日(水)
『お嬢さん』

『お嬢さん』@TOHOシネマズ新宿 スクリーン1

うわーんすごくよかった! なんだか胸がいっぱいよー! 2016年、パク・チャヌク監督作品。原題『아가씨(お嬢さん)』、英題『The Handmaiden』。

原作はサラ・ウォーターズ『荊の城』。19世紀、ヴィクトリア朝のロンドンから1939年、日本統治下の朝鮮半島に舞台を移し、チャヌクがチャヌクでチャヌクってるも〜チャヌクとしかいいようのない、美しく、豪奢で、倒錯的な世界がユーモアに包まれ描かれます。莫大な財産を相続した“お嬢さん”秀子、彼女の下女として屋敷に入った珠子(スッキ)。支配的な叔父、財産を狙う詐欺師に人生を脅かされるなか、彼女たちは惹かれあっていく。

第一部はスッキ、第二部は秀子の視点で描かれ、第三部でふたりの行く末が描かれます。145分という上映時間ですが、長さは感じなかった。『哭声 コクソン』もそうでしたが、これは事前に「長いぞ!」という声をあちこちから聞いていて身構えて行ったらそうでもなかった、という感じかな。原作は読んでいなかったので、素直にストーリーを追い乍ら観て、一部はその顛末にええっ?! 二部はそうだったのか! となり、三部の頃にはそれからそれから? とすっかり夢中。秀子、スッキ、がんばって! と応援する感情すら湧いていました。

スッキが抱きしめる無垢な赤子たち、愛するものの“いい匂い”を嗅ぐ恍惚。スッキの母親が死ぬまえに語った言葉、スッキが秀子にかけた同じ言葉。生まれてこなければよかったなんてことは、決してない。わたしたちは生まれてきてよかったのだ。今いる世界を壊すのだ、幸せになるのだ。ふたりが書斎を荒らすとき、ふたりが草原を走るとき。孤児のスッキと孤独な秀子が出会ったことを、世界が祝福しているかのような結末に思わず涙。てか今また思い出して涙ぐんでる。

秀子役のキム・ミニ、スッキ役のキム・テリがとにかく素晴らしく、このふたりを輝かせるためだったのかと思う程、男優陣はある意味損な役まわり。それでも構わないといわんばかりに叔父役のチョ・ジヌン、詐欺師役のハ・ジョンウは献身的な哀愁を見せてくれました。広大な屋敷と豪華な調度品、細部に迄拘ったのであろう衣装とアクセサリー。そして、それらをすべてとりはらったふたりの女性の裸体の美しさ。チャヌクー! チャヌクー! 有難うー! と言いたくなる眼福でした。なんかもー目も心も悦びっぱなしの145分でした。

日本人、朝鮮人、日本人になりたかった朝鮮人。日本語の台詞がとても多い。かなりレッスンしたのだとは思うのですが、ちょっとたどたどしいのはご愛嬌かな。日本と韓国以外の言語圏ではこのあたりは気にならないでしょう。ちなみに秀子はワンシーンだけ東北弁のようななまった日本語をしゃべるのですが、そっちの方がまったく違和感なくてビックリした。作品中の日本語発音に慣れた頃だったので我に返った(笑)。標準語より全然うまく聴こえたよ…東北弁はフランス語に調子が似ているとよくいわれますが、韓国語とも相性がいいのかな。日本人が何人か出演しており、彼らが出てくると耳慣れた発音で話すのでまた我に返りました。結構わかるもんですね。

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・輝国山人の韓国映画 お嬢さん
『哭声』同様これもまた子役がすごくてですね、そしてその子役のクレジットがパンフレットになくてですね。チョ・ウニョン、今後が楽しみ〜

・映画『お嬢さん』パク・チャヌク監督にインタビュー:「抑圧されている状況の中で戦う女性こそが魅力的だと思っている」|ギズモード・ジャパン
やーもーチャヌくんだいすき

・総製作費12億円、蔵書室に日本庭園!パク・チャヌクが「お嬢さん」美術を語る - 映画ナタリー
スクリーンの大きな画面で観るのがまた眼福ですよ〜

・「#お嬢さんいろいろ」
twitterのハッシュタグ。撮影裏話やスタッフワークについて、本国の記事翻訳等も多くいろんなことを知ることが出来て楽しい! 有難い〜



「#お嬢さんいろいろ」からひとつ。これを読んで、『渇き』のキム・オクビンの青いワンピースが鮮烈に印象に残っていたことを思い出した。色彩がほんと素晴らしくてね……(また涙ぐむ)

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・韓国映画、しびれる激辛 今月公開の3作品:朝日新聞デジタル
『お嬢さん』『哭声 コクソン』『アシュラ』ね。いやー、怒涛の三作でした。なんでこんなに公開重なったんだ、嬉しい悲鳴です

(4月3日追記)
・陶酔させ、誰も不快にしない「正しさ」の洗練――映画『お嬢さん』 西森路代×ハン・トンヒョン - messy
・ダブルヒロインの華麗な弁証法‥‥韓国映画『お嬢さん』感想 - Ohnoblog 2
フェミニズム、政治的観点からの膝をうちまくる対談とレヴュー。日本統治下にあること、についてぼんやり考えていたところがクリアになりまくった。ネタバレしていますので、興味のある方は鑑賞後に是非



2017年03月12日(日)
『哭声 コクソン』

『哭声 コクソン』@シネマート新宿 スクリーン1

いろいろ前後してますがこれも勢いのあるうちに。盛況でございました、謎解きものとして観てもたいへんな力があるので(後述)これからリピーターも増えるんじゃないかな。2016年、ナ・ホンジン監督作品。原題『곡성 哭聲(コクソン)』、英題『The Wailing』。

『エクソシスト』(悪魔祓い)と『震える舌』(子役がスゴい)と『インランド・エンパイア』(ダンスのカタルシス)と『沈黙』(信じたいものはどこにある?)を土俗とコミュニティで煮詰めたらエラいもんになったというか……。そう、観ているときの感覚が『沈黙』のそれととても似通っていた。次から次へと差し出されるエピソード、スリリングな展開に息を呑み、人間のものを信じる力(思い込みともいえる)にホラー味すら感じ、シーン毎に自分自身への問いかけが更新される。台詞にも出てくるように「おまえらコントでもやってんのか」という要素すらある。タイトルも対照的だ。

異文化(異教=仏教、キリスト教、シャーマニズム、アニミズム)になにを見るか。「異物」を信じるのは自分が知らないことへの好奇心、疑うのは自分が知らないことへの恐怖心。先日観た『雪女』のパンフレットにこんなことが書いてあった。ラフカディオ・ハーンが赴任した土地で「赤鬼がいるからあの地域には近づくな」という噂がひろまった。その赤鬼とはハーンのことだった。「赤鬼」は侮蔑の言葉ではなく、人知を超えた力を持つ異界からの訪問者の意も含む、と。訪問者に抱くのは歓待か、それとも排斥か。それぞれが生まれ育った土壌(環境)も深く影響してくる。思い出すのは『いなかのねずみとまちのねずみ』。

「よそ者」を演じた國村隼は、作品のテーマについて「人間の中の疑心暗鬼に根ざす“不安”や“妄想”。人は何を信じ、何を疑うのかという“問いかけ”」と仮説をたてた、と話している。「よそ者」は日本人。その人物像は何度もゆれる。悪人なのか、善人なのか、この村を滅ぼそうとしているのか、救おうとしているのか……。これは現代の韓国が感じている日本を象徴化したものなのか? とも思った。よそ者はファン・ジョンミン演じる祈祷師と対決しているようにも見えるし、同盟を結んでいるようにも見える。いくつかのヒントから、ふたりの共通点を見出すことも出来る。終盤の展開はどの時点で切ってもジ・エンドになりうるし、同時に続編が作れそうな謎も残る。思わせぶりな演出はどこ迄意図的なのだろう? 観客に解釈を委ねる作品は好きだし、それはそれで面白いけれど、何か政治的な横槍が入ってこうなったのではないといいな……なんてことも思った。

これは鏡でもあって、自分が異国、異文化、異教に対してどう思っているかがそのまま反映されている。どうやら自分もまんまと『沈黙』に絡めとられていたようだ。何を信じたい? うーむ、ナ・ホンジン監督、ひとすじなわではいかない。

演技陣でいちばん印象に残ったのは実は娘役のキム・ファニ。こどもつよいわ……ショッキングなシーンも多いなか、どういう説明や指導を受けてあの演技をしたのか知りたいほどです。撮り方もあるのだろうが、あの表情、目つきの変化の恐ろしいこと。主演のクァク・ドウォンは、ひとりの村人、こわがりの警察官、やさしい父親像をときおりユーモラスに演じており、悪役のイメージが払拭されました。や、これ迄すごい意地悪だったりヒドい役でしか観たことなかったのでね……。國村さんはプリズムのような演技を見せる。黙って理不尽な非難を聴く表情、鶏を買いにいった先で聴かせる声のトーン、バスのなかでの様子。いかようにも見える。フィジカルな負担も相当だったと思います、彼で「よそ者」を見られてよかった。

そしてファン・ジョンミン! ここのところ主演作がつづき座組のバランスを俯瞰するような立場が続いていましたが、『アシュラ』と今作では水を得た魚のよう。自分の持ち場を楽しんでいるようにも見えました。助演の方がのびのび出来るんだろうな。ハッタリではない霊能力を持ち、しかし金にはがめついシャーマン。聖俗あわせもつ複雑な人物像で観る者を惹きつけて離さない。ラストシーンにはぞっとさせられました。圧倒的だったのは祈祷のトランス状態。舞台出身ならではの身体性とリズム感で今作のハイライトシーンにもっていった。ありゃーすごかった…また曲がいいんだ。曲といっていいのか? 要は祈祷のために叩く太鼓のプリミティヴっぷりなんですが、逆転してレイヴっぽくすらあるわけですよ。これはアガる。い、一緒におどりたい……。普段着に着替えたときのナイキのジャージが気になりました(笑)。これがまたうさんくさくてよかったんだよね。

156分の上映時間が全く苦になりませんでした。こういうところも『沈黙』と似ているな。しかし「ここはカットしてもいいのではないか」と思えるシーンもちょこちょこある。全てに意味が込められているのは感じるが……序盤の車中での夫婦の営みやそれを見ていた娘と父の会話は、家庭における妻の母の存在や、娘の深層心理への影響を感じさせる。終盤の娘と父の思い出は、監督によると「(父へおくる)慰め」とのこと。主人公の同僚の警官や友人が語る噂話の再現シーン、終盤映る掌の傷はちょっと説明過多かな。

「悪霊」の実態。疑いによって訪れる混沌のなか、そこへ辿り着いた者はいたのだろうのか。いやーすごいものを観た。リピートしたいよー。

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さて、謎解きについて。

・『哭声 コクソン』超ネタバレ
いちばん腑に落ちたというか膝を打ったのはこれ。『マルホランド・ドライブ』の謎とき(これとかこれ)を読んだときと同じ感動がありました。どうにもデヴィッド・リンチを連想することが多いが、ホンジン監督にはより筋道を通す意識を感じる。
オムツと字幕に訳されていた褌が何げに大きなヒントとなっていましたが、当初の台本では「(よそ者は)一糸まとわぬ姿」だったとのこと。このあたり、どう変化して整合性が生まれたのでしょう

・あと『哭声 コクソン』2chのスレッドが盛り上がっています。さまざまな解釈があり、バリバリネタバレしてるので完全に観たひと向け。こういうときは2ch面白いと思う…ひとの感想読むのめちゃ楽しい……

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・輝国山人の韓国映画 哭声/コクソン
いつもお世話になっております! パンフレットには主要人物の配役しか書かれていないので助かります。
『The NET 網に囚われた男』にも出ていたあのひと、チェ・グィファっていうんですね。『釜山行き』や『トンネル』にも出ているようなので楽しみ

・國村隼インタビュー 『哭声/コクソン』の過酷な現場でも意識した「お客さん」の存在|SPICE
「脚本には、お客さんが戸惑うような流れがちゃんと書いてあるんですよ。だから、僕は脚本通りに演じる」。
モチーフとしての旧約聖書と新約聖書の関係性、舞台出身者である主要キャストとの共通点、そこからあらわれる作品へのアプローチ方法、観客を意識することについて。韓国の観客の反応がおかしい、「わあ!悪魔!ファンです!写真撮って!」(笑)

・國村隼の怪演を『哭声/コクソン』監督が絶賛「混乱もたらす聖書のイエスのような"よそ者"」ナ・ホンジン監督インタヴュー|webDICE
「イエスは歴史上最も混乱を与え、疑惑を持たれた人物」。クリスチャンである監督が今作を前に考えたこと、そして「被害者」について。
ジョンミンさんをキャスティングした経緯や、役者ファン・ジョンミンについてのアナライズも興味深い



2017年03月11日(土)
『高橋徹也とスモサが祝う「鹿島達也」30th』

『高橋徹也とスモサが祝う「鹿島達也」30th』@風地空知

フライヤーには「鹿島達也 音楽生活30周年祝賀会」とあります。いやもー、まずはとにかくこれらを読めばよいと思います↓。

・「高橋徹也とスモサが祝う『鹿島達也』30th」 at 風知空知 感想他まとめ - Togetterまとめ
chinacafeさん有難うございます〜! 読み返すとこの日のことが思い出されて心が洗われる〜! 鹿島達也というベースプレイヤーがどれだけミュージシャン仲間から信頼され、リスナーから愛されているかが伝わって、読む度ジーンとする。なんなら涙ぐむ(実際最初読んだとき泣いた)

・Small Circle of Friends「高橋徹也とスモサが祝う『鹿島達也』30th」 at 風知空知|Facebook
・セットリスト|Facebook
画像もたくさん

・高橋徹也 official|夕暮れ 坂道 島国 惑星地球『鹿島達也30thを祝して 』
・鹿島日記『鹿島の30から一週間過ぎた』

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こちらでは個人的な備忘録をちょこちょこ書いておきます。なんてえの、音楽ってリスナー各々の思い出と強く結びついていくもので、それぞれの人生を彩り、寄り添い、ときには支えていくものだと強く感じた次第。時間の芸術といわれる要素のひとつになるかな。音楽は世界を変えられるか? 社会は変えられないとしても、個人の見る世界を変えることが出来る。という訳で第三者から見たらどうでもいいことがつらつら書いてあります、ご了承ください。

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・そもそも鹿島達也というベーシストを何から知ったのか、と振り返ってみたのだが、思い出せなくて自分の記憶力のいい加減さに愕然とする(いつものこと)。そうとは知らず見聞きしていた最古はてつ100%。これは間違いない。彼らが所属していたCBSソニーは、EPICソニーとともに全国でビデオコンサートというものを開催しており、自分はそれに熱心に通っていたからだ。『DAYS』と『BEE』な
・あんな田舎でも開催してくれてて有難いことですよ…webもケーブルテレビも普及してない時代、ラジオとともに(ソニー限定とはいえ)いろんな音楽を聴くきっかけになっていた

・で、このあたりの自分のリスナー遍歴をざくっと振り返ってみたのですが
・80年代後半〜90年代は所謂渋谷系もよく聴いていたけれど、オリジナルラヴはピチカートファイヴのヴォーカルのバンドって流れから聴いて、ヒックスヴィルはオリジナルラヴから覚えた。フリッパーズ・ギターは愛聴していたけど解散後のふたりは熱心に追っていない。ソウルセットは今でもずっと聴き続けていてLBネイションも追っていたけど、小沢健二の動向には詳しくない
・夜遊びに本格的にハマったのはU.F.O.からソニテクの頃、スモサはU.F.O.絡みのパーティやコンピでしか見聞きしていない

・というすごい虫食いな感じなんですね。ひとつのシーンをくまなく追っかけるということをしていない。予算や時間の都合もあるけど
・あと90年代に入ってからUSインディーを掘りにいくようになって、邦楽へのコンタクトが手薄になったという自覚はある

・で、小林建樹を聴き始めたきっかけは窪田晴男とバカボン鈴木で、このふたりがかかりっきりの新人てどんだけ…しかもプロデュースがホッピー神山?! と興味を持った。バンドセットのライヴに出かけていったら、バカボンではなく鹿島さんが弾いていた、という流れだったと思う
・高橋徹也を覚えたのはヴィジュアルからで、木村豊デザインの『ベッドタウン』の広告が強烈に印象に残った。ちゃんと聴きはじめる迄にそこから十年以上かかる訳だけど、そこにも鹿島さんがいた

・こんなコウモリのようなリスニング遍歴の各所に存在しているベーシストが鹿島さん、ということになる。所属していたバンドが好きだったので、といった理由からではないので、まず演奏のすごさで記憶に残る。こっちもいい加減としよりなので長く聴いているものはそれなりにあり、さまざまな理由で音楽をやめてしまったひとたちのことも知っている。そんななか語弊があるかもしれないが「消えずに」第一線で活躍し続けている

・アンコールで、昨年亡くなったex. SUPER BADのドラマー遠藤さんの話も。みんな元気で長生きしておくれよ……
・矢野顕子は亡くなった音楽仲間をおくるとき、彼女らしい言葉で「困る」という。それを思い出した。ミュージシャンが亡くなると、そのひとにしか奏でられない音もなくなる
・録音したものは残る。それでもね。その場でしか聴けない音をこれからも聴かせてほしい
・この日の演奏も、最高の逢魔が時を演出する風地空知(あのテラス!)とともに心に残る。とても幸せなこと

・あとですね、上田禎とsugarbeansを同じステージで聴けたのが嬉しかったです
・自分が高橋さんのライヴに通うようになったとき、keyは既にsugarbeansだった。上田さんのライヴ演奏は『The Royal Ten Dollar Gold Piece Inn and Emporium』でしかしらなかった
・このライヴアルバムには今回出演した菅沼雄太も参加していて、このメンバーの高橋さんのバンドセットを聴くのも初めてだった
・で、ヘンな話ですがこのアルバム、会社がらみでつらいこと続きだった昨年のサウンドトラックだったのです。仕事中何度聴いたか
・いやもう、どれだけ助けられたかわからん! てくらい聴いてた。特に「惑星」はアホほどリピートしていた
・今は会社もやめてスッキリ(笑)、そしてこのアルバムを聴き返したからといってつらい記憶がついてくるということはなく、この美しい楽曲と演奏があってよかった、おかげで乗り切れた、という思いしかない
・そんな! 上田さんと! 菅沼さんの! 演奏をあんな親密な場で聴けて! しかもそこには現在高橋さんの楽曲制作やライヴに大きく関わっているsugarbeansもいて! アンコールでは曲の途中で楽器(ポジション)とっかえっこして演奏するなんて姿も見られて!
・あれって上田さんの気配りもあったように思う、大人の魅力ですよ……
・う…うれしかった……

・冒頭「かしまさ〜ん」と皆で呼ぶオーディエンスのてらいのなさもよかったな。みんなだいすき鹿島さん
・普段こんなにかしまかしまいうこともないよね。サッカーではあるか? だって
・毒舌さわおが「だいたいいつもひとの陰口たたいてるんだけど、陰口たたきようがないの誰だ? って話になって、鹿島さんだ! って。すごくない?!」て言ってたくらいですよ
・皆口を揃えて「恩人」ていってたなー。演奏だけでなく、楽曲の構成からそれをリリースする意味、多くのリスナーに届ける手段について等助言もたくさんしてもらった、プロデューサー的な役割も担っていると。サポートするミュージシャンたちと深く関わっていく姿勢と情熱
・そして鹿島さんもこの日の出演者たちのことを「恩人」といってた

・小鳥のようなスモサのおふたり。華奢でもちいさくても小鳥の翼は力強く、海をこえることも出来るんだぜ。彼らが唄い詠う姿は本当に愛らしく、そしてたのもしかった。感動があった

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これからも“スーパースター”鹿島達也の奏でる音が聴き続けられますように。内容の記憶は薄れても(それを思い返すために日記を残してるとこがありますよ…)、この日何度も胸がいっぱいになった感覚はいつでも引き出せるように思います。思いたい。



2017年03月09日(木)
BO NINGEN Japan Tour 2017

BO NINGEN Japan Tour 2017@UNIT

PIXIESのサポートアクトを観逃したので……というわけではなく、楽しみにしていました。やっとワンマンで観られる! これ迄対バンやフェスでしか観たことがなかったので、どういう構成でやるのか? あのテンションを持続出来るのか? といった興味もありました。イギリスを拠点にしているので、日本でのライヴの機会が少ないのです。

いや、すごかった。演劇的とでもいおうか、構成が練られているし演奏が緻密。メンバーがどこ迄ディスカッションしているのか、セットリストについて協議しているのかは判りませんが、フロントマンのTaigen(vo、b)の強烈なキャラクターが前面に押し出されている印象でした。Monchan(drs)がひとり現れリズムパターンを叩きはじめたオープニングから、メンバーが全員ステージを去る迄の約90分がひとつの作品のよう。「とまらない、上へいく」「今しかない」と繰りかえすタイゲンくんの言葉そのもののような、この夜にしか出会えなかったライヴ。

この日だけ、この瞬間だけというものをとてもだいじにしているからか、どんなに無軌道に見えても演奏が破綻しない。何げに頭のすみは冷えてるんだろうなあ。タイゲンくんはMCもフリースタイルのラップみたいで(韻は踏んでないが)演奏も歌も終始テンションが高い。なのにベースラインはキープしてる。そうなんだよ、エモーショナルな怪鳥音ヴォーカルとクールなベースを同時にやってるんですよこのひと。なんなの…気が休まらないわ……。メンテをしっかりしつつも生き急いでる、すごい複雑なひとだなー。普段よじのぼるスピーカーがのぼれる位置になかったようなんですが(そりゃハコの方はそんなこと迄配慮出来んわな)、そうするとスタッフに脚立を持ってこさせてそれにのぼるという(笑)、こういうところも冷静な判断が出来てるなあ。感心する……。

一曲だけ聴けたPIXIESのときもものすごい音圧だったのだが、この日もすごかった。PAの真後ろにいればサウンドマンとほぼ同じ位置から聴くことになるからいい音で聴けるかな〜と陣取ったのがわるかった(いやわるいというか)、爆音直撃ですがな。物理的に身体をどつかれてるようなもんで、中盤には具合わるくなってしまった…オエーてなもんで、どうしよう退場しようかと思うくらい修行状態になってた……。しかしそっからのサイケっぷりは素晴らしかったなー。待っててよかった! いやどういう展開に持っていくかは知らないから待ってたわけじゃないか。

終わってみればモンちゃんの負荷がすごい高くないか、という屋台骨っぷりが印象に残りました。Kohhei(g)はタイゲンくんやYuki(g)と違って前髪がないので顔が完全に隠れてウルトラマンにこういう怪獣いなかったけ……と思うこともしばしばであった。このルックス、どうにもSUNN O)))の覆面装束を思い出してしまうモンドっぷりなんですが、このあたりのドゥームメタル勢と交流あるんだろうか。OMの来日公演、54-71とmouse on the keysと対バンだったんだよね。灰野敬二との交流には納得。

しかしあの音圧、サイケデリックな楽曲ときてメロディラインは美しく、日本のわらべうたのような音階を使っている。イギリス拠点でありながら日本語で唄うことに拘っているところも独特。欧州ではどこそこからひっぱりだこのようで、それはオリエンタリズムが珍しがられているからというだけではないように思う。興味の尽きないバンドです。次はいつ観られるかな。

余談だが『アシュラ』で棒切れなる人物が出てきたときまずBO NINGENを思い浮かべました(笑)。



2017年03月08日(水)
『雪女』

『雪女』@ヒューマントラストシネマ有楽町 スクリーン2

小泉八雲原作の『雪女』を杉野希妃監督が映画化。特派記者として来日したラフカディオ・ハーンは、英語教師として赴任した松江で雪女伝説を知ったそうだ。映画は、杉野監督の出身地である広島各地で撮られている。隣接する県であり乍ら、温暖な広島と豪雪の島根(特にここ数年の雪害はよく知られている)の印象は全く逆だ。その特徴が表れていたように思う。そして広島という土地の特異性が魅力として感じられた。

日照時間が年間で300〜400時間も違うという山陰と山陽。瀬戸内海側は晴天が多く、くらしやすいと聞く。しかし中国山地の雪は厳しく、盆地は寒暖の差が激しい。広島は少し移動しただけでガラリと印象が変わる土地だ。雪女と巳之吉は雪深い山で出会う。やがて雪女は山をおり、ユキとなって川を渡り巳之吉とくらす。巳之吉は山を離れ、街に出て働きはじめる。ユキはときどき山へ向かう。

所謂「雪国」ではないこの土地に雪女が留まるのはたいへんだっただろう、しかし彼女は十数年そこでくらした。それは何故か…と思いを巡らせずにはいられない、ロケ地広島の不思議な魅力。慣れない土地では具合悪くなるよね、そりゃ熱も出るわ。あっでもばあばが熱は出てないっていってたか。いやーでも体調崩すよね。いや、体調といっていいのか…ヒレが脚になった人魚姫みたいなもので、拒否反応か……なんていろいろ考えるのも楽しかった。

雪女伝説は諸説あれど、日本では馴染み深いもので大概のひとは展開を知っている。それを映画ではアレンジしているわけだが、謎も多い。説明も少ない。ひとりめのこどもはどうなったかは明言されない。不審な死を遂げたひとびとへの追及も断片としてのみ示される。彼らを手にかけたのはユキとその娘であることは間違いないと想像はつくが、それがたとえば人間の精気に飢えた結果なのか、秘密を知った者を消すためか、生来持ち合わせている力のコントロールが出来なかったのかといった「正解」を示さない。そもそもユキたちが不幸の源流だったかも藪の中だ。そう信じる栄作は巳之吉をなじり、漠然とした不安を感じていたハルは息子夫婦の間で戸惑う。そしてユキが誰かをうっすらと知っている巳之吉は苦しみ、ばあばはそんな彼をおおきな愛情で包みこむ。反面、ユキとその娘に、ひとの命を奪うことへの逡巡や苦悩が顕われる場面はない。これら平易な感情表現は、ユキが葛藤の表情を見せる最後の場面で効いてくる。

出典が特定出来ず、曖昧な口伝で知られていく怪異譚にはいろいろな解釈が生まれる。巳之吉の父もよくわからない死に方をした、という台詞もある。彼も雪女に命を奪われたのか、あるいは巳之吉の母であるハルが雪女という可能性も? では巳之吉がひいている血とは……? なんて飛躍した見方も可能だ。イキウメの作品群を思い出したりもした。世界は理屈では解決出来ない不可解なことであふれている。なんとも惹きつけられる作品でした。語弊があるかもしれないが、個人的にはこういった隙間のある作品が好みなのだ。言葉だけでは足りない、情景、物音だけでも足りない。でもそれらが一緒になると、そこから感じられるものがある。

そもそも青木崇高目当てで観に行ったんですが、いーやーよかった。モフモフ。パンフに二ノ宮知子がイラストコメントを寄せており、青木さんのことを「きこり、マタギの天才…」て書いてたのにウケた。確かに。モフモフ。『雨にゆれる女』につづき陰を抱え、水の女と交わる火の男でもありました。山をおりた巳之吉が就職したのは「電気をつくる」会社なのだ。ユキの身体が溶けてしまうのではないだろうかと思わせる、体温の高いエロティシズムを宿す風貌もよかったです。モフモフ。おおっと思ったのは、終盤の涙。告白のまえにぽろっと一粒、心の揺れが具現化したかのよう。捉えたカメラにも感謝したくなる瞬間でした。

巳之吉とユキの娘役、山口まゆがほんとに人間離れして見える瞬間があって驚いた。2000年生まれということは、15〜16歳くらいのときに撮影されたものなんだけど、あの達観した微笑みはなんなんだ……すごいな。雪女を自ら演じた杉野監督はじめ、ハルの宮崎美子、ばあばの水野久美と、さまざまな年代の女性がそれぞれ魅力的に撮られていました。

そうそう、タイトルロゴも好きでした。素敵なデザイン。

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・映画『雪女』Snow Woman オフィシャルサイト

・“規格”のない映画人・杉野希妃、青木崇高と作り上げた「雪女」は「目に見えないものの代弁者」- 映画.com
・軽やかにボーダーを越える人。杉野希妃の新作『雪女』|T JAPAN: The New York Times Style Magazine

・TIFFでの予告

・公開前の予告


違いが興味深かったので並べておく



2017年03月06日(月)
Bose & Spotify Presents Special Music Live

Bose & Spotify Presents Special Music Live@LIQUIDROOM ebisu

『アシュラ』の前にこっちを書いとこ、勢いあるうちにー。出演はHARUHI、The fin.、LITE。山手線が沿線トラブルにより原宿で十分近く停まったんで遅刻ですよ……HARUHIさんがおそらく二曲目やってるとこからフロアに入りました。

HARUHIさんは初見。18歳だそうで、学校終わってからきました〜といったらフロアがどよめいてた。いや、私もどよめいた。歳のこというまえに聴いた歌声がもう貫禄だったから! しかもすごい色気あるのね、MCとのギャップにおののきました。最近になって辺見マリがやめてぇ〜♪ て唄ってたのが19歳ってのを知ったんですが((もういちど流行歌)「経験」辺見マリ 19歳とは思えぬ「やめてぇ」:朝日新聞デジタル)それと同じ驚きが…どういうたとえだよ……。ハスキーな声であり乍ら高音が通る。しかも曲がいい、演奏がいい。リズム隊すごくタイト。これはいいもん聴いた! と帰宅後いろいろ検索してみたらこんなツイートが。




洋子さんだったのか…いた位置からはドラマーの姿が見えなかった。なんとなくうれしくなる。

続いてのThe fin.。神戸出身の四人組、同じ事務所のLITEが後輩のようにかわいがっている? とのことで気になっていた、渡りに船〜。現在イギリスを活動拠点にしており、日本では三ヶ月ぶりのライヴとのこと。中国ツアー(本人ら曰く「二本やけどな」)を経て帰国したて、「満身創痍」だったそうだけど吉野家行って牛丼の旨さに感動したそうです。「こんな旨かったん? あのあそこの吉野家知ってる?(恵比寿にあるらしい)黒い吉野家。なんかオシャレな…いい吉野家、特別な吉野家みたいな……特別な吉野家やから牛丼もなんか特別なものかと思ったけど一緒やて!」「イギリスに出せばいい。あんな旨いもん絶対当たる。イギリス人うし好きやし」とえらい興奮してはった。つられて関西弁になりそうです。あと鳥貴族の話もしていた。やはり外国暮らしをしていると日本のたべものが恋しくなるらしい。

Boseについては「スピーカーいい、もらったんであっちで使ってるけどほんといい。ステマじゃないよ。公園くらいの庭のある家をシェアして住んでるんだけど、その庭にスピーカー出して音楽聴くとたまらん、夜は星空見て音楽聴いてな! 秋以降は寒なってあんまり長時間出てられへんのに(ギターの子が)出よう出ようっていう」「Boseのイヴェントなのに、Boseのこと話してくださ〜いて全然言われんかった。そういうとこすごいな」「いや逆にそういうこというとしゃべらんと思われたのかもしれん」とのことでした(笑)おもろいなきみら……。

そんなこんなで彼らもMCと演奏のギャップがすごかった。レディオヘッドの1stとかPSB好きなひとはハマりそう。イギリス直系だな、前述したバンドに影響受けてるな、と一聴してわかるくらいなんだけど、単なる模倣になっていない。ヴォーカルとギターがふたりともシンセを兼任しており、ドラムパターンも面白い。化けそうだなー。今はドラマーがサポートのようですが、もともと幼なじみが集まってのバンドだそうなので、もともとのドラマーくんも元気になって一緒にやっていければいいね……。

で、LITE。いやーすごかった…後ろにいた兄さんが「なにこれすげーやべー初めて観たんだけどやべーなにこれ」と連呼していた。WAKARU…なんじゃこりゃって思うよね……。ライヴやってる本数が違うわという試合巧者ぶりでした。短い時間で聴衆を惹きつける展開を知っているし、その展開にもっていける瞬発力がある。あっというまにフロアに熱が生まれる。余裕すら感じさせますが、演奏の方はゴリゴリの緊張感です。最新アルバムからの曲が主でしたが、イントロ、アウトロ、ブリッジはもう全然違うものになっていた。インプロで展開させてるかなと思える箇所も多々あり。「D」は音源ではタブゾンビがゲストでtp吹いてるんだけど、管なしのヴァージョンも音が分厚くて格好いい。これもベースが唄うってか踊るなあ。そして先日観たとき手数と音数が合わず、仕組みが全くわからなかった「Warp」のベース。後日こうやってた(12)と知り、そこを確認出来たのも楽しかったです。

そしてここもMCと演奏のギャップがすごい。キレッキレのアンサンブルを聴かせていたひとらが合間合間に「Boseのブランドアンバサダーに就任したんです〜就任って響きがいいじゃないですか〜うれしくてよくつかってます〜」とかいう。「アンバサダー就任にともなって、こないだ迄やってたツアーでライヴ中の撮影を許可して、その画像や動画をSNSにタグつけてアップするとBose製品がもらえるキャンペーンやったんですけど、まあ撮られる撮られる。慣れない。あいつらが見ているのは俺じゃない、俺のうしろにあるBoseを見ている」「カシャカシャカシャってあの連写の音がね、シャワーみたいで気持ちいいね」とニヤニヤしていう武田さんに「それ変態っぽいよ」とつっこむ楠本さん。なごむ。この日も画像アップするとプレゼントあったそうなんですがあまり周知されてなくて、「今日もそうなんですよ? HARUHIやThe fin.を撮り損ねたひとはもう俺たちを撮るしかない」とかいってウケていた。せっかくこういう機会なので拡散しよう、印象に残った画像をいくつか。問題ありましたらおしらせくださいー。










やー格好よさとおもろさは紙一重だな。あんまりすごいもん見ると笑うしな。

それにしても…対バンやイヴェントやらでライヴをよく観てたのって2008〜11年くらいで、そのときからバカうまだったけど、こんな凄みというか迫力はなかったよな……。当時はシューゲの見てくれ(皆下向いてネックとか運指凝視してた。まだ発展途上で演奏に必死だったのかもしれない)で高速ユニゾンをビシビシくりだす軽快な精密機械という印象だった。くだけていえばテトリスみたいなさー(そのたとえ余計わからない)。こんなに強靭なフィジカルを手に入れるとは……今は上の画像にもあるようにアイコンタクトも多く、互いの呼吸を読みつつのインプロもすごく増えている。タフなライヴの賜物だろうな、陽性やあたたかみは変わらないのに、少年が大人になったかのような逞しさが備わった。こういうの目の当たりにすると歳とってよかったと思うわ……みな元気で活動が続くといいー。

イヴェントなのにアンコールがやまず(白人さんがモットー! モットー! とか叫んでいた)、そろっとカーテンの隙間から顔を出した武田さん。ハンドマイクで「家に帰って、BOSE & Spotifyで最高の音楽体験を(笑)」(CMのナレーションもじったやつ。下記動画参照)っといっておひらきとなりました。いやー楽しかった。

BOSEのサウンドシステムで音も良好でございました! ステマ…じゃなくていやほんと音よかったと思う。音の分離はクリアだし低音は太いし爆音でも割れない。精細な音もよく響く。またこういうイヴェントやってください〜。

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・Bose & Spotify ワンタッチで最高の音楽体験へ|LITEスペシャルインタビュー



2017年03月04日(土)
『アシュラ』

『アシュラ』@新宿武蔵野館 1

2016年、キム・ソンス監督作品。原題『아수라(阿修羅)』、英題『ASURA:The City of Madness』。

書いているのは3/14。3/4の初日初回に観て(満席御礼〜)、一週間後にもう一度観てきました。なんだ最高か、私も市長からみかんもらいたい〜! 金属バットや牛刀で見慣れてる韓国ノワールの殺し合いに警察が絡むと銃も存分に使えてこれまた最高かはっはっは! 底が見えない悪徳市長(ファン・ジョンミン)、その犬として働く刑事(チョン・ウソン)、市長に支配されていく後輩刑事(チュ・ジフン)、市長の不正を暴くためには手段を選ばない検事(クァク・ドウォン)と捜査官(チョン・マンシク)。架空の街アンナム市でくりひろげられる潰しあい。

きっかけは死の床にある妻の治療費を稼ぐため。脅迫や隠蔽といった汚れ仕事は自分の身を日々がんじがらめにしていく。市長と検事、どちらにも従いどちらをも欺く。「俺は勝つ方につくだけ」、しかし枷は増える一方。いつのまにか妻をも裏切っている。こんな板挟みつらすぎるわ…という思いがピークになったとき、刑事はふたりに言い放つ。「ふたりで話し合ってください、板挟みにはもう耐えられません」。

初日初回、このシーンでドッと笑いが起きました。笑わずにはいられない程のどんづまり。他にも笑えるシーンは沢山あって、市長があまりにも悪すぎて笑ってしまう、刑事がいきあたりばったりすぎて笑ってしまう。不正が白日のもとに晒されることはない。それなら自分ひとりで破滅するものか、おまえも道連れだ。もはやヤケのやんぱちです。今の韓国だからこそ生まれた作品のように感じました。二年前に公開された『ベテラン』のような、胸のすくような希望は全くない。どちらにもファン・ジョンミンが出演しており、正義の刑事と悪徳にまみれた市長を演じているところも象徴的です。「国民的俳優」は市井のひとびとの思いを代弁する。

全てはこれのためだったか! と思える最後の40分、葬儀場のシーンが素晴らしい。血で血を洗うとはこのこと。殴り、蹴り、刺し、撃つ。積み重なる死体、血液と体液で滑る床の風景。振り返ってみれば台詞のないシーンほど印象に残っている。傷だらけの二枚目チョン・ウソンの顔、思慕と憎悪がないまぜになったチュ・ジフンの泣き顔(これは強烈に印象に残った!)、不気味としかいいようのないファン・ジョンミンの笑顔。ふてぶてしい番犬から従順な仔犬へと変化するクァク・ドウォンの目。ものいわぬ役者の表情、物語る背中、空撮で見下ろす夜の市街。雄弁な映像の数々。カーチェイスのシーンはどうやって撮ったんだ?! と衝撃。

展開としては「どんどん悪くするぞ」「最悪の展開にするぞ」という狙いが先走っているようにも感じ、そのため間延びするように感じられるところもある。いろいろと歪なつくりではあるのですが、一度虜になったら逃れられませんね。最後の方になると悪夢というかもはやファンタジーめいてくるところも好き。この修羅場はいつ迄続くんだ、誰も通報しないのかとか…こわすぎるから封鎖して全滅する迄ほっとこうって感じだったのかしらとか……隣で葬式してたひとたちとばっちりで気の毒すぎる、あのガラガラおしてたひともねえ。どうなったのかしらねえ。巻きぞえ喰らってないといい、全ては夢のなかだといい。でも夢じゃないんだね。いやー、たまらん。

話が前後しますが、ジョンミンさんとドウォンさんは『哭声 コクソン』でも共演しており、もうなんとも…同じひととは思えない……役者ってほんとすごい……と思うばかりです。

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なんともまとまりませんが以下小ネタを。

・ソンモ(チュ・ジフン)が前髪あげてスーツになってからネモジュンに見えてしょうがなく、ネモジュンもうやめて! とか思っていた。ソンモはいい役だよねー、おいしいともいえる。でもそれをより魅力的にしたのはジフンさんの力。カジュアルでラフ、坊ちゃん髪型の刑事からの変化がほんとあひるが白鳥になったようでしたよ

・市長の背景が全く描かれないのがまた怖い。で、そんな市長に二十年ずっと仕えてたっていう室長なんなの。市長にパンツ履かせてあげたりキャッて腕にしがみついたり。ひとにさわられるのが嫌い(そんな描写がある)な市長が無防備にされるがままですよ。なんなの

・役同様ジョンミンさんも暗躍していた。いや、暗躍ではなく…なんていうんだろう、前述したように市長の背景って全く描かれないんですよ。それなのに説得力があるという……ただただ上に立ちたい、ただただ儲けたい、ただただひとを跪かせたい。底なしを通りこして空虚すら感じさせる市長像。脚本の隙をこう表現するか! とただただ感服
・あの場面でサムズアップで「グッド!」とかさ〜、おっそろしいよ

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・輝国山人の韓国映画 アシュラ
室長がキム・ジョンスというひとだとわかって有難い〜。室長、しあわせになって!(無理)(いや役だから)

・映画『アシュラ』NG映像 “2つの顔の悪党たち”【公式】


・映画『アシュラ』キャラクター映像【公式】


本編観てから観ると笑える。所謂K-POPもそうですが、韓国のエンタメ業界は動画を効果的に使った宣伝展開が常識で、こうしたメイキングや広告が大量に公開されています。それらに字幕をつけ、改めて日本向けに配信してくれる配給会社の丁寧な仕事ぶりがとても好印象。公式さん(@CJEJmarketing)有難う、こういうのを待ってました!

・実は宣伝展開はじめた当初はなんじゃこりゃって感じだったんだよね…野獣男(ヤジュメン)とか家庭円満ステッカーとか。途中から方針を変えたように感じました。ファンの反応を見て、要望を汲んでくれたのだとしたら有難いことです

・韓国人監督はなぜ俳優にガラスのコップを食べさせたのか −映画「アシュラ」キム・ソンス監督が語る権力|BuzzFeed
「常套手段の銃撃戦を変えてみたいと」って言ってるけど銃も存分に使ってますよ。韓国ノワールの殺し合いの定番は刃物と鈍器だと知ったのは『新しき世界』でした。兵役があるので素人でも操作方法を知っているため、銃規制が厳しいそうです。今作では警察が銃を悪事に使っているのでもうどうしようもない(笑)

・twitterのハッシュタグ「#アシュラ小ネタ」がおすすめ。撮影裏話や出演者、字幕翻訳について等、アシュラトリビアがいっぱいです。「棒切れ」にはそういう意味があったのね
・あとジョンミンさんファンとしては「#本当は怖くないファン・ジョンミン」もおすすめです(笑)

そこで知ったもので特に興味深かったもの、例のカーチェイスシーンについて。

・영화 '아수라' 비하인드 - 카체이싱 장면 제작 영상 (映画『アシュラ』ビハインド カーチェイスシーン制作映像)


・くらっとする雨の中の追跡、群がってくるゾンビの群れ CGが主人公
excite日本語訳



2017年03月03日(金)
『沈黙 −サイレンス−』

『沈黙 −サイレンス−』@新宿ピカデリー スクリーン6

神はいつでもそこにいる、すべてを見ている。でも、そこにいるだけ、見ているだけ。それを「沈黙」という言葉で表現した遠藤周作は、その筆によって神と人間のありようを照らし出した。では映画はどうか。人間にはやはり虐殺器官が備わっている、地獄も主=神もすべて自分の頭のなかにある、と再確認した次第。宗教が、信仰が、という物語の主題より、まず思い浮かべたのはこのことだった。

切支丹を「転ばせる」ためにあれやこれやと行われる拷問の数々。もはや笑えてしまう程、バラエティに富んでいる。拷問辞典かとツッコミを入れたくなるくらいで、人間ここ迄考えつくものか、と感心すらする。マーティン・スコセッシ監督はそれらの拷問手法を忠実に、丁寧に再現することに心をくだいているような印象を持った。それが人間の愚かさと滑稽さを浮き彫りにする。飢えの前に祈りを忘れる、方言を聞きとれなかったり、何度も同じ過ちを繰り返す信徒たちの告解を聞く行為がおざなりになる、といったパードレたちの行動も同様だ。彼らとキチジローに何の違いがある? ウェーブのかかった長髪に腰巻のみというキリストのような容姿をしたキチジローが、踏み絵の上でステップをふみ、いそいそを駆けていく様子はたちのわるい皮肉のように映る。しかし、これこそ人間なのだと思い知らされもする。

対してモキチは理想が形になったような最期を迎える。それはロドリゴの最期に繋がる。原作には書かれていないある要素が加わっている。敢えてそれを目に見える形にしたところ、監督の理想の具現化なのだろうが、個人的にはひっかかった。そこを! 加えるか! モキチを演じた塚本晋也、ロドリゴの妻を演じた黒沢あすかの役が対のようになっていたところは、『六月の蛇』好きにはジーンときたが……。

そしてイノウエさまを演じたイッセー尾形は本当に見事だったが、彼がかつて切支丹であったという背景が省略されていた(よね? 説明なかったよね)のが残念。彼を不気味なモンスターとしてしか認識しない観客がいるかもしれない。ロドリゴとイノウエさまの対話をあそこ迄しっかり撮っていたのだから、ここはもう一歩踏み込んでほしかった。

宗教と信仰については、自分にはなかなかハードコアな家族がいたので過去考えたことは多く、自分のなかでは決着がついている。それはまさに『沈黙』の原作に書かれていたことではあるが、この映画は「土壌が違えば育たない、いくら沼に種をまいても根付かない」ところに焦点を合わせてくれた。生活習慣や環境が違う場所で異文化はどう受け入れられるか、ということだ。伝道は使命感を煽る。この素晴らしい考えをひとに伝えなければ、知らせなければという思いは、(無知な子羊たちである)彼らを救わなければ、(知らない愚かな)彼らに教えてあげなければという思いにすりかえられる。よかれと思っての行為はときに暴力になる。この映画はその一面も描いている。そう考えるとラストに加えられたあの要素にも合点がいく。「察する」はアジア独特の美徳なのだろう。欧米ではそれは「発言しない」「主張がない」ことになる。この映画はアメリカ主体でつくられたものだ、と改めて思い出す。

この映画はそれらの融和も描く。信徒たちは誰もが死後に何かがあると思っている。生きていること自体には何の幸福もない、死ねば安息を迎えられると信じているから殉教を恐れない。そうすると、登場人物中もっとも信仰を必要としているのはまさにキチジローのような人物だ、ということが見えてくる。そんな彼の存在が、ロドリゴをパードレとして成長させた。それが棄教後であっても。

残虐な性質を抱える人間が、頭のなかにあるものを通してここ迄変わることが出来る、と示されたことに感銘を受けた。

観ている間はすっかり時間を忘れていた。終わってから162分もあったのか、と思った。あっ、このひとがこの役で出てる! と日本人キャストが出てくる度にわっとなる楽しみもありました(笑)。窪塚洋介の瞳が物語ること。塚本晋也の献身には頭がさがる。SABU監督が意外なとこで出てたわ……そして青木崇高と加瀬亮のやりとりがアドリブに思えてならない。あれってアメリカでは字幕出たんだろうか。

ところであの、ねこサービスみたいなシーンは何だったんだろう。集落が壊滅した跡地がねこだらけ、という。入り込んで観てたとこ我にかえったよ……。