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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
スペインの財宝船

「アメリカのトレジャーハンターが引き上げた、かつて英国海軍が沈めたスペイン艦の財宝は、スペイン政府に属するものである」との判決がフロリダの裁判所で言い渡されました。

もと記事はこちら、
Treasure from sunken galleon must be returned to Spain, judge says
http://www.guardian.co.uk/world/2012/feb/01/treasure-trove-galleon-returned-spain?newsfeed=true

この「かつて英国海軍が沈めたスペイン艦」とは、1804年10月5日のサンタマリア沖海戦で撃沈されたスペイン艦ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラス・メルセデス。
とフルネームを聞いてもピンとこないかもしれませんが、「勅任艦長への航海」(下)巻397ページをめくってみてください。
>「船団が運んでくるこの莫大な量の金銀がなければスペインは破産
>状態になると言っていいでしょう。船団はスペイン海軍のフリゲート艦
>で構成されています。40門艦のメデア号、34門艦のファーマ号、
>クララ号、メルセデス号…」
このメルセデス号のことなんです。

パトリック・オブライアンの小説ではこの情報、スティーブン・マチュリンが探り出したことになっていますが、セシル・スコット・フォレスターの「砲艦ホットスパー」では単にマドリッドの密偵になっています。
ともあれこの情報を得たコンウォリス提督はすぐさまインディファティガブル号(あのインディですが、艦長はもうペリューではなくグラハム・ムア)以下の英国艦をスペイン沖に派遣して待ち伏せし、攻撃を仕掛けました。
結果、メルセデス号は火薬庫が爆発して90万ポンド相当の金貨銀貨とともに沈没、クララ号とメデア号は降伏、ファーマ号は逃走しましたが、ライブリー号が追いかけて拿捕しました。
これがサンタマリア沖海戦の概要です。

というと、この時代ではよくある話にすぎないんですが、サンタマリア沖海戦のちょっと複雑なところは、10月5日時点ではまだスペインとイギリスは戦争状態になかったということで、ゆえに、「砲艦ホットスパー」19章(旧版では381ページ)で、
>「つまり、開戦ということですね」
というムアにコンウォリスは首を振り、
>「そうではない。わたしはその輸送艦隊を捕獲するために戦隊を派遣するが
>開戦ではない。先任士官であるムア艦長は、針路を変更してイギリス領の港
>に入るようスペインの艦隊を説得するよう指示されるはずである。入港したら
>財宝を降ろし、艦隊は釈放される。財宝は押収されない。戦争が終結した時
>にスペインに返還されるという約束のもとにイギリス政府によって保管される」
というややこしい状況にありました。

まぁ女王陛下の海賊たちがスペイン船相手に好き勝手できたドレイクの時代とは異なり、19世紀になると戦争もルール重視になりまして、イギリスも開戦前の財宝奪取…じゃない「保管」にはいろいろ理屈をつけざるをえないわけで、でも実際、スペイン海軍が素直にそんな「説得」に応じるはずもなく、どんばちの挙句に90万ポンドの金銀は、イギリスに「保管」の後「返還」されることなく、その場で海の底に沈むことになりました。

それから200年以上が経った2007年、アメリカのトレジャーハンター、というか正式にはフロリダに本社を持つサルベージ会社オデュッセイ・マリン・エクプロレーション社がこの沈船の場所を特定し、密かに引き揚げを行いました。
沈没箇所は、スペイン沖と言ってもスペイン領海内ではなく公海上であったため、オデュッセイ社は発見者としてこの金銀の所有権を主張したわけですが、スペイン政府が異議を唱え、判断はアメリカの裁判所にゆだねられることになりました。
フロリダ地方裁判所の判断はスペインに所有権を認め、これを不服としたオデュッセイ社が控訴していましたが、上位裁判所の判断もスペイン政府の所有権を認めるものとなりました。オデュッセイ社はさらにワシントンの最高裁判所に控訴しましたが、この控訴も棄却されました。

かつての90万ポンドの金貨銀貨は、現在の時価では6,292万ポンドとなるそうです。
これで現在のユーロ危機がどうこうなる額でもありませんが、財政危機のスペイン政府としては座視できない状況でしょう。
コンウォリス提督も戦争が終結したら「返還」すると言っているのですから、戻ってこなければ納得できないでしょうし、それをちゃっかりアメリカの会社が引き揚げて持っていってしまうのは、下手をすると国際問題にもなりかねません。
現代は200年前よりさらに世の中が複雑になっておりますので。

来週は引き続き、別の沈船(今度は英国艦)の話題の予定です。


2012年02月12日(日)