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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
テメレア戦記�掘Щ房造半�説

テメレア戦記�掘Ч�雲の彼方へ…少々「ねたばれあり」です。
ほんのちょっとですので、未読の方でもあまり問題ないとは思いますが、読み終わるまで先は絶対に知りたくない!という方は、回避されることをおすすめします。


テメレア戦記は、歴史にもとづいたナポレオン戦争の架空戦記ですが、今回の3巻、それも後半のプロイセン編はかなり史実に忠実…実在の人物も数多く登場します…というより、ローレンスったら歴史上の有名どころと直にお話してしまって、テメレアが唯一の戦力だと言っても、ずいぶんと偉くなったわねぇというか、なんだかこちらの方がどきどきしてしまいます。
ホーエンローエ、ルイ・フェルディナンド、ブラウンシュヴァイク…シャルンホルストまで一言登場、国王フリードリヒ・ヴィルヘルム三世やルイゼ王妃とも。
ダンツィヒの攻城戦のシーン(17章)にスポット出演のカルクロイトやルフェーブルも良い味だしてますよね。

ルイゼ王妃に結構スポットライトが当たっているところが、女性作家ノヴィクさんならではかしら?と思います。
この時代のプロイセンって以外と女性に政治力があるのですよね。
貴族夫人のサロンが文芸復興などの舞台となるケースは他国でもよく見られますが、プロイセンの場合は政治サロンにもなっている。これは以前から私も「面白いなぁ」と思って見ていたところでした。



これはベルリンの歴史博物館に展示されていたルイゼ王妃のガウンと肖像画…彼女は紫を好んでまとった、と言うのですが、写真のガウンはもはや色あせてしまって。

もうひとつ、あぁこの作家ならではだなぁと思ったのは、15章〜16章、プロイセン軍が旧ポーランド領を敗走していくくだりです。
主人公のローレンスはプロイセン側として参戦しており、前述した通り、プロイセンの主要人物と親しく言葉を交わす立場にあるのですが、敗走するプロイセンに冷たい仕打ちを向ける旧ポーランド領の住民たちも、作者は公平な目をもって描いています。
歴史の正義は立場によって異なるものですが、ことポーランド分割については、やはり義はプロイセンの側には無いと思われるので、この描き方は正しいと思います。
テメレア戦記の作者ナオミ・ノヴィクさんはポーランド系アメリカ人なのですよね。

1772年〜1795年にわたり、ポーランドを囲む超大国ロシア、オーストリア、プロイセンは選挙王制をとるポーランドに干渉。当初は国境に隣接する領土から少しずつ獲得を始め、1795年の第三回ポーランド分割の結果全てのポーランド領を三分割、三国の支配下におさめました。ここにポーランドという国は消滅することになったのです。
しかしその後、このテメレア戦記�靴砲睇舛�れているプロイセン、ロシアのナポレオン軍への敗北の結果、一時的に旧ポーランド領はワルシャワ公国として復活します。
しかしこのワルシャワ公国も1815年、ナポレオンの敗北とウィーン会議の結果、解体。
ポーランドが再び独立を回復するのは1919年、第一次大戦の終結まで待たなければなりませんでした。

そして20世紀もポーランドの苦難は続きます。1939年第二次大戦勃発と同時にポーランドはまたもやドイツとロシアに分割占領されることとなり、戦後は東ヨーロッパ諸国の一つとしてソ連の鉄のカーテンに覆われていました。
ノヴィクさんのご先祖がアメリカに移住された経緯はわかりませんが、20世紀のポーランドの悲劇が何らかの形で影響を与えているだろうことは容易に想像がつきます。

アンジェイ・ワイダ監督の「パンタデウシュ物語」という、ナポレオン戦争時代のポーランドを舞台にした歴史映画があるのですが、これを見ると、ポーランドの人々が、プロイセンとロシアを打ち破ったフランス軍を救世主のように迎えるさまが描かれており、これまで英国海洋歴史小説で読んできた世界とは180度異なるその歴史観に驚かされます。

そのあたりやはり、ポーランド人の末裔たるノヴィクさんには多少の思いがあるのではないでしょうか。


最後にひとつおまけです。
最後にバルト海のシーンで登場する74門艦ヴァンガード号は、一応あのヴァンガード号…地中海でネルソン艦隊にあり大活躍をしたあのヴァンガード号の筈…というかつもり、だと思います。
1806年のこの時代にH.M.S.Vanguardの名を冠する艦はあのヴァンガード号しかありませんし、
でもちょっと奥歯にものがはさまった言い方になっているのは、あのヴァンガード号は1806年にバルト海にいなかったであろうことがわかっているからです。1805-07年はプリマスで修理中…ゆえにこれはノヴィクさんなりのお遊びということかもしれません。
…やはり「有名どころ」ですし、ヴァンガード号。


2010年01月03日(日)