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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
日本の海洋冒険小説?

最近、ちょっと面白い国産の海洋冒険小説に出会いました…と言っても、シリーズ自体は2000年から刊行されていて、ただ私が知らなかっただけなのですが。

角川文庫 北方謙三「約束の街」シリーズ
分類は、というか基本はハードボイルド小説です。現在7巻まで出ていますが、このうち海洋冒険と言えるのは4巻、5巻と6巻の10%くらい。
各巻完結で、主人公も異なり、どの巻から読んでも話はわかりますので、4巻と5巻だけ読むというのも手かもしれません。

物語の舞台は、バブルの頃に建設されたトンネルで一気に東京2時間圏となった太平洋岸の新興リゾートタウン。
スペイン風の横文字の通りやマリーナ、真新しいブティック、イタリアン・レストランなどが立ち並び、観光客に南欧風の夢を売る「地に足のついていない虚飾の町」

物語は各巻毎に主人公(私=語り手)が変わります。
たいていは町にやってきた余所者(語り手)が、トラブルを持ち込み、この町に住むレギュラーメンバーの住人たちとかかわっていくスタイルなのですが、レギュラーメンバー側の中核となる若月が、観光客相手のクルージングやトローリングを商売とする用船ツァー会社を経営しているため、海と船がかかわる話が多くなるようです。

作者の北方謙三には、同じ角川文庫に「ブラッディ・ドール」という別シリーズもあり、これも日本離れした不思議な香りのハードボイルドですが、「ブラッディ…」がレイモンド・チャンドラーやロス・マクドナルド風アメリカン・ハードボイルドだとすると、約束の街はハモンド・イネスやデズモンド・バグリィ風英国冒険小説なのではないか?と思います。

もっとも日本が舞台ですから、日本離れしていると言ってもそこは日本…江戸時代から続く地主(豪族)の一族だとか、暴力団とか、主家とか仁義とか言った、ある意味とても日本的な道徳律も絡んでくる……まぁ真新しい南欧風リゾートタウンに古くて日本的な因習が絡むというこのギャップが、またこのシリーズの魅力の一つかもしれないのですが。

ハモンド・イネスに「報復の海」という、スコットランドの寒村を舞台に、ケルトの土俗的なものの絡む地味な冒険小説があるのですが、このケルトの土俗を日本の因習に入れ替えたら、こんな話になるのかなぁ…とも。
またはジャック・ヒギンズの土俗的シチリア・マフィア因習ものとかね。

冒険小説というジャンルは、最近は日本でもミステリから独立していますが、海洋冒険はあまりなく、小説で航海する私が日本の海に親しむ機会はほとんどありませんでした。
ところが今回、約束の街…とくに4巻の「死がやさしく笑っても」と5巻「いつか海に消えゆく」を読んで思ったのは、
日本の海ってすごいじゃない!ということ。

4巻では主人公が、舞台となるリゾートタウンのマリーナから沖縄の離島まで、荒天の太平洋をクルーザーで航海し、追手を逃れて最後はマングローブ林を逃げ回る展開になるのですが、荒天の太平洋から珊瑚礁とマングローブの沖縄の離島まで、ぜんぶ日本の海なんですよね。…この狭い国なのに。
ちょっと考えてみてください。英国冒険小説で、30時間の航海で、ここまで海のバリエーションが広いものってなかなかありませんよ。地中海まで行ったって珊瑚礁もマングローブも無いじゃありませんか?カリブ海まで行かないと駄目でしょう?
アメリカなら…ニューイングランドを出航して最後はフロリダのマングローブ林って話もありえるかしら?でもアメリカは何と言ってもあの国の広さですし。

逆に北の海、オホーツク海とかに行けば、スコットランドを舞台にしたような話も、日本の場合は可能ですよね。
それって何かとんでもなくすごいことなんじゃないかと、この年齢にして初めて気づきました。
私たち、面白い国に住んでいるんですね、本当に。

それから、パワーボートというのかな?こういう言い方はしないのかもしれませんけど汽走プレジャーボート?…つまりエンジン付きの小型船の面白さも、この小説から教えてもらった様な気がします。
帆船小説にかかわっていると、どうしても「エンジン付きなんて船じゃない!」という信念をもった登場人物たちと多くかかわることになるので(苦笑)、エンジン付クルーザーの操船シーンってあまりお目にかからないのですが、

レギュラー陣中核の若月も、5巻の主人公である木野も腕の良い船乗りで、微妙なスロットルワークと舵輪(舵棒)の修正で大波や暗礁を乗り切ったり、潮流に上手く乗せたりするのが上手い。
よく出来たカーアクション(微妙なドリフトコントロールを描写してあるような)を読んでいるような面白さがあるんです。

作者の北方氏は、ご自身もプレジャーボートを所有しトローリング等を趣味にしていらっしゃるようなので、このような迫真の描写ができるのでしょう。
英国の冒険小説作家は、プレジャーボートではなくまずヨットを購入してしまいますから、逆にこのような描写にはなかなかお目にかかれないのかもしれません。

まぁでも日本の庶民から見ると、プレジャーボートなどというのはまだまだ夢物語の世界でしょうか?
物語の舞台が南欧風の夢を売る超高級リゾートタウンだからこそ、成り立つ物語なのかもしれません。
それと「ハードボイルド」というのも、日本ではまだちょっと異質で。
私なんかは超現実的な女なので、日本で堂々とハードボイルドやられちゃうとまだちょっと恥ずかしいかな…「それが男だから」みたいなセリフは、もとから自己主張の強いアメリカ人が言う分にはスルーですが、日本人が言うと「少年ジャンプ」じゃないんだから…ってちょっと思ってしまったり。
いやたぶんそれが日本でも男の人の夢なんでしょうし、だからこういう小説とか、漫画とか人気なんでしょうけど、でもしらふじゃなかなか言えないのが日本人庶民…かもしれないので。


2008年03月01日(土)