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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
航海(公開)終了

ついに上映が終了してしまいました。
私の最終は21日(水)の新宿プラザ、今回この映画を見てくれた友人たちと行きました。
23日も行けないことはなかったのですが、この日は一人になりそうだったから、そんなの寂しくて泣いちゃう(笑)と思って。みんなでワイワイの水曜を最終にしてしまいました。
まぁ、もうじきDVDも届きますし、東京は5月に池袋で2本立があるそうなので、大画面が恋しくなったら池袋行ってもいいかな、と思っています。

何だか今まで解説に追われ、この映画について個人的雑感など書いたことがありませんでしたので、今日はそのあたりを書いてみようかと。

今回、映画を見てすっかり惚れてしまったのは航海長。いやその、ウォーリーのロープ切断を決断するところで、やられてしまったんですが、…あぁぁ、あたしって、またこのパターンだ。
原作を読んでいて航海長のファンになったことは無いのですが(ラミジでも)、映像になるとどうも。
私はホーンブロワーの第1シリーズでも結局は航海長のファンになってしまい…、なんででしょうね?別に爺さま趣味はない筈なんですが。老水夫のプライスのファンになった…とは言いませんし。
水兵さんでは、実はスレードがお気に入りです。肩にオウムを乗っけていたからかなぁ? でも渋みと凄みがあってちょっとイイ俳優さんだと思いません?アレックス・パーマーって。
候補生では、カラミー君がお気に入り。
これは彼自身…というより、私が彼に、今まで海洋小説で読んできた多くのキャラクターを投影させている結果かもしれません。
アーサー・ランサムの児童文学に登場するジョン・ウォーカーとか、候補生時代のリチャード・ボライソーなどなど。
カラミーはある意味、英国ジュヴナイル文学の正統派少年主人公タイプなんですよね。

原作ファンとして見たときに、今回やっぱり残念で、心残りだったのは、諜報員としてのマチュリンのもう一つの顔と、ボンデンの活躍…というより、ボンデンとオーブリー、ボンデンとマチュリンの絆を見ることができなかったこと。
だからやっぱり、どうしても続編…見てみたい。やっぱり難しいですかねぇ?

実は今回、3月くらいからでしょうか? 友人たちの助けも借りて、私はネット上で、映画をご覧になった方の感想をも追っていました。
海洋モノ初めての方が、何処を疑問に思われ、何処がわかりにくいか?…というのをフォローするためだったのですが、いろいろな方のさまざまな感想を読んで、なかなか考えさせられました。

まず最初に、宣伝と本編が大幅に異なるこの映画について、実際にご覧になったあと「ぜひ、この映画を見るべきだ!」とHPや日記で広めてくださった方に、私から言うのはおこがましいかもしれませんが、深い感謝を。
本当にありがとうございます。
口コミの凄さというか、ネットのパワーに威力には驚きました。
YAHOOの映画評などを読んでいても、ほとんどの方が「予告編と本編が違う」ことをご存じでしたし、3月後半以降は、少なくともネット上では、この映画の実情は八割以上正しく伝えられていたのではないかと思います。

ただし一般の、…というか私が見ていたのはYAHOOの映画評ですが、この評は見事に割れていました。中庸の評価がほとんどなくて、五つ星の「絶賛!」か、一つ星の「つまらん、わからん、寝た」のどちらか…という(笑)。
最終的平均評価は五段階評価の3.7くらいでしたか、YAHOOの映画評は、概してミニシアターものの方が良いですね。平均して4点台の後半に行きます。
「M&C」の総合評価が低い理由は、おそらくロードショー公開だったからでしょう。これがミニシアター公開だったら、もっと評価は上がっていたのでは?
もっともロードショー公開だったからこそ、地方を含めて多くの方に見ていただけた…というメリットがあり、ミニシアターで限定公開になってしまったら見たくても見られない方が大勢いらしたと思うので、それはそれで良かったと思うのですが。

確かに、ロードショー公開に慣れた方が見ると、この映画って「盛り上がりがなくてつまらない」だろうと思います。「全世界の人に、わかりやすいエンタティメントを提供する」ことを基本原則としているハリウッド・ロードショー映画は、ストーリー展開が単純でわかりやすく、特定の時代や歴史背景を知らなくても楽しめる作品…が当たり前なのですが、それって全て、まったく、「M&C」にはありませんものね(苦笑)。
その点、ミニシアター公開映画は、じっくり内容を見せるものや、観客にある程度の下知識を要求するものが多く、観客もまたそれを承知の上で映画館に行きますから、「つまらん、わからん」と文句を言う人はあまり出てきません。

YAHOO評の中には「何故アカデミー賞なのかわからん」というのもありました。
渡辺謙のノミネートでにわかアカデミー賞ブームになった今年、そのあおりで「M&C」は多少の注目のおこぼれをいただいたものの、その反面、アカデミー賞そのものを誤解した日本人も多かったもしれません。
今年のアカデミー賞は「ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還」が完全制覇しましたし、「ラストサムライ」もあぁいう作品ですから、「アカデミー賞はわかりやすい感動大作に与えられるものである」と鵜呑みにした方が多かったようです。が本来アカデミー賞は、ゴールデングローブ賞と違って、業界人の選ぶ賞なので、かならずしも世間一般の人気や興行収入が反映されるものではない。感動大作はもちろん受賞の一因にはなるけれど、必ずしもそれだけではありません。
「M&C」って去年(2003年)のノミネート作品で言えば、「めぐりあう時間たち」に近いかなとも思います。
確かに「めぐりあう…」はわかりにくし、私も現代編(メリル・ストリープと周辺の人々のエピソード)は理解できていませんが、でもだからと言って「何故アカデミー賞なのかわからん」という意見は、去年は出なかったと思うのですけれど。

映画評を書くのは怖い…と時に思うのは、映画理解が、時にその評を書いた人自身の物差しになってしまうこと。
その人の人生経験とか、許容量とかが、時に素直に出てしまう。「わからない」と思うのは、ひょっとしたらその人自身の狭量さや知っている世界の狭さ、人生経験の不足に由来していることもあるのだということを、ちょっと立ち止まって考えてほしいなぁと、これは私自身への自戒でもあるんですけど。

これとはまた逆に、よくご存じゆえの批判…というのもありました。
「ピーター・ウィアー監督にしては社会批判が無い」とか「イラク戦争が問題になっている時期なのに、主人公たちが戦うことに悩まない」とか。
これに対するピーター・ウィアー監督自身の反論は、「この映画では、当時の価値観を当時のままに描きたかったのであって、現代の解釈をもちこんでいない」というもの。

歴史モノに現代の解釈を当てはめるのは結構難しいものです。
例えば「赤穂浪士」は、主君のために47人の家臣が命をかけて復讐を果たす話ですが、現代の解釈で言えばそれはちょっと非常識。でもそれを言ったら始まりません。私たちは「江戸時代の武士道ではそれは善とされた」という価値観を承知した上で、赤穂浪士の大河ドラマなどを見ているわけです。
「M&C」もある意味同じことだと思うのですが。

昨年公開された「サハラに舞う羽根」は、やはり19世紀の英国帝国主義時代を舞台にした映画でしたが、監督のシェカール・カプールは一部に現代の価値観を持ち込もうとしました。
これはある部分では成功していますが、一部では当時の価値観との間に軋轢が生じて、やはり歴史モノの現代解釈は難しいなぁと思いました。
歴史小説はその時代の価値観を舞台とし基礎としているわけですから、一部分だけを現代風に変えると全体のバランスが崩れかねない。「サハラ…」で言えば、現地で主人公を助けるスーダン人アブー(ジャイモン・ハンスゥ)の描き方などは「英国人の見たアフリカ人」ではなく「実際のスーダン人」に近くなっており評価できます。
ただしアブーの物語は全体の進行から言えば脇のラインなので良いのですが、ストーリーの基本軸にある主人公ハリー(ヒース・レジャー)の従軍拒否理由を現代解釈にしてしまったのは、果たして良かったのか? 
確かに現代人はハリーに感情移入しやすくなりましたが、彼をとりまく周囲の人々と根本的なストーリーの流れは19世紀のままなので、逆にストーリー展開にちょっと無理が出てしまったような気がします。

もっとも「M&C」も、全く現代解釈が無いわけではありません。映画のマチュリンには現代人に通じる価値観があり、ゆえに「典型的な19世紀初期人」であるオーブリーと論争になるのですが、そこで最終的にはオーブリーの方法論が通ってしまうところが、…だってこれ、基本的には歴史映画なんですから、それが歴史映画たるゆえんなのではないでしょうか。

2月27日付の航海前夜の日記で、この映画の公開で何がどのように変わるのか? 不安と予想を書きました。
2ヶ月たって、当たったものもあり、予想外の展開になっているものもあり。

今回の映画化で、1巻までさかのぼって原作を読んでくださった方が多かったのは、予想外に嬉しいことでした。全20巻すべてがハヤカワから翻訳出版されるのはまず間違いないでしょう。まずは一安心です。
TVドラマ「ホーンブロワー」の日本語版DVD発売決定や、今夏のBS再放送も決して「M&C」と無縁ではないと思います。

願わくは、皆様>どうか映像だけにとどまらず、同じハヤカワから出ているアレクサンダー・ケントのボライソー・シリーズや、徳間文庫のアラン・リューリー シリーズ、至誠堂のラミジ・シリーズなども読んでみてくださいね。
私は「M&C」のHPをやってますけど、実はいちばん面白いと思っているのはボライソー、次がラミジだったりするのです。

まぁ世の中なんて移り気だから、「トロイ」が公開されたら皆さん「トロイ」に、「キング・アーサー」が公開されたらアーサー王に行っちゃうわよ…とも言われていますが、ランスロット(ヨアン・グリフィス)経由で「ホーンブロワー」に戻って来てくださっても結構ですので、海洋冒険モノもお忘れなく(笑)。
いやその、アガメムノンやユリシーズ(どちらも軍艦の名前になっている)経由で、もっと早く英国海軍に戻ってきてくださっても良いのですが。


2004年04月24日(土)