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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
オーブリーの時代の海軍について

海外からのニュースが一段落している間に、11月末の公開前後の記事で後日まわしになっていたものを、少しずつ紹介して行きたいと思います。
まずは11月25日の英日刊紙The TIMESから、「マスター・アンド・コマンダー」公開特集として、当時の海軍を紹介した記事。
これは12月31日付けでご紹介したチラシの訂正:士官候補生の実際、に対応する内容ともなっています。

Master and Commander Souvenir
この特集は3本の記事から構成されています。

■Nelson's navy by Guy Liardet
勝利は、良く統率され、装備に優れ、勇敢で技量のある大胆な男たちによって勝ち取られるもので、コクゾウムシのついたビスケットや鞭打ち刑や強制徴募隊によって得られるものではない。18世紀の資料は何よりもそれを語ってくれる。

戦時であった1813年に艦隊勤務についていた水兵や海兵は14万2千人に及んだ。これはかなりの数であり、人員確保は重大な問題となった。「強制徴募(農村などに出むいて成人男子を強制的に徴募する)」は徴兵制よりはましな手段、必要悪として世間一般に認めれていた。
1793年から1815年まで続いたフランスとの戦役において、新兵における志願と強制徴募の割合は当初50:50だったが、最終的には25:75に変化した。

平時においてはしかし、海軍は志願兵には困らなかった。志願者にとって海軍の魅力は、逆説的に聞こえるかもしれないが、海上では意外と仕事量が少ないこと、陸の上よりはましな食事、拿捕賞金を得られるチャンス、少額ではあるが確実に支払われる給料、世界各地を訪れるチャンス、愛国心などであった。
海上での厳しい規律は、規則によって上から押しつけられるものではなく、納得づくの協力体制である。帆走船では統率された操帆作業が全てであり、海では全員の安全のために命令は絶対遵守である。

きつい、危険、そのうえ給料の安い職業でありながら、海軍は士官志願者には困らなかった。海軍士官への道は、紳士階級(gentry)の少年たちに広く開かれており、家が裕福であるか否かは問われなかった。将来の士官となる候補生に対しては無料で訓練が施された。少年たちは将来の名声や幸運を夢みて14才未満で海軍に入った。12才になる前に二度の海戦を経験した者もあった。
全ての士官は、例外なく最初は下士官(候補生)としてそのキャリアを開始することになっていた。この時点での階級に少年の生まれた家の社会的地位は全く関係しない。

えこひいきや特権、コネなどは有害なものと考えられ、それらを行使した結果、失敗に終わる例も少なくなかった。
これとは別に、だが勤続の長い艦長は、たいてい若い士官たちの追随者を抱えているものだった。艦長となれば、自分の艦には能力や気心の知れた優秀な士官を確保したいものなのである。若い士官たちは勇気と忠誠をもって艦長に仕え、艦長は昇進の機会を与えて彼らに報いた。


■Horatio Nelson by Colin White
(トラファルガー海戦で有名な)ネルソン提督はジャック・オーブリーのヒーローである。ジャックは軍帽の被り方も提督にならっていた。原作小説にネルソン提督が登場することはないが、オーブリーはネルソンその人に会ったことがあるという設定であり、彼の口からその思い出が語られる。
その一つは「戦略にはこだわらず、常に全力で敵に襲いかかれ(Never mind manoeuvres, always go at'em)」であり、今ひとつは「君、その塩をとってくれないか?」という言葉にまつわる身近な思い出である。
訳注:この話しは映画にも登場します。

だが実はこのエピソードには問題がある。
ネルソン提督の旗艦ビクトリー号の軍医だったDr.William Beattyによると、提督は塩が壊血病の原因の一つであると信じており、塩の使用を禁じていたというのである。
また「Never mind manoeuvres, always go at'em」は、長年ネルソンの言葉であると信じられてきたが、最近の研究によると、これは同時代の勇敢なフリゲート艦長コクラン卿の言葉らしいことが明らかになった。
ネルソン提督が海戦にあたり戦法を部下たちに説明したスケッチが、昨年(2002年)発見されたが、このスケッチからも彼が事前にあらゆる面から戦略を検討していたことがわかり、これは彼が決して「戦略にこだわらず襲いかかる」ような指揮官ではなかったことを物語っている。

2005年はトラファルガー海戦から200年に当たる記念の年であり、英国では「SeaBritain 2005」と題した記念の催しが数多く開催されるが、これに歩をあわせ、上記の最近の発見も含めた、数多くのネルソン提督関連書籍の大艦隊(armada)が出版される予定である。


タイムズ紙の特集には上記2本の記事の他に、トラファルガー海戦に参加したBenjamin Stevensonが姉妹に書いた手紙の原文(ポーツマスの海軍博物館に資料として保存されている)も掲載されています。


2004年01月02日(金)