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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
アメリカの船乗りたちから見た「M&C」

全米公開をはさんで、映画評やら関係記事やらがネット上にはあふれております。
とてもではありませんが全てを紹介しきれませんので、このHPではある程度、私なりの観点でピックアップした記事をご紹介していくことになります。

紹介しきれない英文記事について、
映画評についてはこちらに映画評だけをまとめたページが出来ていますので、ご参照ください。
またラッセル・クロウ関係の記事はこちらに速報が上がりますのでご参照ください。
いずれも全て英語のページとなります。

というわけで、今回のテーマは「船と船乗り」です。
「M&C」に関しては、私は原作ファンであり海洋小説ファンなので、このような記事もいかがかと。

最初の記事は、米海軍のニューズレターから、現代のアメリカ海軍軍人たちがこの映画をどう評価しているか。2番目と3番目の記事は米国の地方新聞からで、マサチューセッツ州とデラウェア州にゆかりのある2隻の艦が、この映画にどのようにかかわったかを伝えています。


"Master and Commander"; Is It Naval History?
米海軍歴史研究センター(Naval Historical Center : NHC)と米海軍歴史基金(Naval Historical Foundation : NHF)の歴史学者たちは、先日バージニア州アーリントンでこの映画の試写を見た。
彼らの感心はもっぱら、この映画が歴史考証のしっかりした映画なのか? それともいわゆるハリウッド作品であるのか? 現代の水兵たちにも何らかの学ぶところがある映画なのか?に寄せられていた。

映画は全般的に歴史考証が正確で、NHCの歴史学者たちからは評価されている。
NHCの研究部長ウィリアム・S・ダドリー博士は、マスター&コマンダーを、帆船の時代を描いたハリウッド映画の中では最高の作品であるとし、用語や言葉のやりとり、軍服、索具や艦、当時の英国海軍の慣習、ラッセル・クロウが演じた艦長像、全てが正確であるようには思えた、と語っている。ダドリー博士は19世紀海軍史が専門であり、「The Naval War of 1812 : A Documentary History」の著者である。

NHCの研究者たちによれば、映画の中で飛び交う操帆命令、戦闘シーンの描写すなわち各持ち場で戦う水兵たち、砲列甲板での作業、砲弾などによる艦や人員の損傷、負傷者の手当や損傷箇所の修復、敵をあざむくトリックなども全て、歴史的に見て問題のないものだそうである。

それでは、歴史的に見て不正確な点は何処なのだろうか?

「小型艦の艦長にしては、オーブリーは危険を冒しすぎる」という指摘が一つ。嵐の中で戦闘に持ち込むのは危険だ。
敵となるフランスの私掠船は44門艦であるという設定であり、ボストンに現存する当時の米44門艦をモデルとしているが、一般的に私掠船はもっと小型であり、アメリカの当時の44門フリゲート艦ほど堅牢には作られていない。

戦闘中による負傷者の悲鳴やうめき声は実際はもっとひどいものだろう。むち打ちのシーンも納得できない。九尾の猫鞭は、処罰者の背中の皮膚を裂くのではなく、校長先生の柳の鞭より少々大きな傷しか残していないように見える。

士官の間の関係は良く描かれているが、下甲板の水兵たちは二次元的だ(これはパトリック・オブライアンの原作でも指摘される問題点である)。
オーブリーは、水兵たちの操砲訓練に精を出しているが、補給のままならない遠洋で、貴重な砲弾と火薬を訓練に使用する必要はない。

現代の海軍がこの19世紀の映画から学ぶものは多いという。
「日常作業、見張り、ベル(鐘)、ボースン(現代では掌帆長とは訳さない筈ですが、何でしたっけ?甲板長? ご存じの方はお教えください)の呼び子などは、現代でも変わらない。リーダーシップ、ダメージ・コントロール、訓練の大切さなども、世紀が変わったからといって変わるものではない。
この映画を見た現代の海軍将兵にとって最も重要な教訓は、チームワークだと思われる。19世紀の船乗り達は、仲間をひじょうに大切にしていた。


Deep-sea blues : Modern sailors weigh in on hard life portrayed in "M&C"
直前の記事で、少し触れられていた「仏私掠船のモデルとなった米44門艦」とは実は、ボストンに係留されているコンスティテューション号のことです。
次の記事はボストン・ヘラルド紙から、M&Cとコンスティテューション号のかかわりについて。

コンスティテューション号は、映画M&Cに深くかかわっている。映画製作者は3日間にわたりコンスティテューション号を正確にレーザースキャンし、そのデータは44門装備の仏私掠船アケロン号のフルスケールモデルの製作に使用された。

1797年に進水したコンスティテューション号の船上生活は、当時の英国艦の下甲板(水兵たち)に比べればましなものだったと考えられている。だが、M&Cの歴史考証を担当したゴードン・ラコ氏によれば、19世紀に入ると英国海軍の船上の生活条件を改善した。艦隊勤務の水兵は医療面などでは一般市民より良い手当を受けていた。
工場や農場で働くことを思えば、船の上は比較的清潔で、食糧も医者も手の届くところにあった。

「当時の船乗りたちを本当に尊敬する」と、コンスティテューション号の艦長、ライト中佐は言う。「展帆作業一つをとっても、水兵は命綱なしに高みに上がらなければならない。そしてどのような状況でもどのような天候でも作業はこなさなければならないのだ。船が激しく揺れていても、氷雨の中でも、戦闘中でも、非常に厳しい生活だ」

だが少なくともアメリカの水兵は志願者たちだった。当時の英国では乗組員の20%が強制徴募されていた。
それでは海上生活の魅力とは何だったのか?
当時のたいていの者にとっては、海上生活の方が陸上生活よりましだった。当時はそうだったのだ。
参考:コンスティテューション号のHP


Delaware shipwreck aids Russell Crowe film
最後はデラウェア州のローカル・ニュースから。

1798年にデラウェアのヘンローペン岬沖で沈没した英国海軍のデ・ブラーク号には財宝が積まれていた、と言い伝えられていた。船体は1984年に発見され引き上げれたが、金銀財宝は見つからなかった。
だがM&Cの監督、ピーター・ウィアーにとっては、デ・ブラーク号はまさに宝船だった。海底から引き上げられた大砲、砲弾、食器類、革製の靴、ボタンなどは、当時の船上生活を知る貴重な資料であったからだ。

デラウェア州歴史文化部に勤務するチャールズ・フィジアン氏は、M&Cの歴史考証スタッフの一人に名を連ねることになった。
デ・ブラーク号から引き上げられた毛織りの帽子に興味を示したウィアー監督に、フィジアン氏は複製品を製作する織物職人を紹介した。
「この映画は、2回以上じっくり見る価値がある。私が紹介した帽子だけではない。『これもそっくりその通りだ、あれもそうだ』という物が幾つもある。帆走軍艦の時代の生活がどういうものであったのか、実際に感じ取ることができるんだ」
参考:デ・ブラーク号のHP


2003年11月15日(土)