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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
命綱の無い理由――Capt.クロウ インタビュー

「ここから眺める世界は、ほんとうにとびきり素晴らしいんだ。ここまで来た甲斐があるんだよ」
ここというのは、サープライズ号のメインマストのトップ。甲板から138フィート(41m)の高さがある。
「命綱がなければ、かなり危険だ。トム・ロスマン(20世紀FOX会長)はもちろん良い顔をしなかった。彼は電話をかけて来て、一体全体君は何をやっているんだ!と言うんだ」

一体全体なぜ命綱をしないのか、ラッセル・クロウは説明する。
「僕自身は決して高いところが好きなわけではない。だがジャックが上るのである以上…」
パトリック・オブライアンは、ジャック・オーブリーを「実戦派の艦長たち(fighting captains)の中でももっとも決然たる男」と表現しているが、同じことがラッセル・クロウにも言える。…とメイキング本の著者トム・マッグレゴール氏は記している。
断固たる決意、生得の威厳、ぶっきらぼうなユーモア感覚まで。
クロウに自然と備わっているリーダーシップは、ピーター・ウィアー監督も認めるところ。
「彼は生来のキャプテンなんだ。俳優たちのキャプテンであると同時に、艦のキャプテン(艦長)でもある」

ジャックのこのような面について、クロウ自身はこう語っている。
「ジャックは家父長のようなものだ。常に全乗組員たちのことを気にかけている」
そしてクロウ自身もまた、撮影開始以前のトレーニングキャンプから、同様のことを気にかけていた。
「このような映画では、自然に確立されたリズムとか、上下関係とかが重要な意味を持つ」

オブライアンが自身の登場人物たちに語らせるように、俳優たちも演じる登場人物のエキスパートにならなければならない。演技に命を宿す上で最も重要なことである。
スティーブン・マチュリンとだけはジャックの話し方が異なるのも、同じように重要なことである。
ラッセル・クロウの語るスティーブン・マチュリン。
「スティーブンは、いろいろな意味でジャックの救い主になっている。ジャックの中には芸術を愛する心もあるが、スティーブンにはそれを開け広げられる。さもなければ彼は権威のみの艦長であるしかない。彼にはスティーブンが必要なのだ。スティーブンが腕の良い医者で、ジャックや乗組員たちの命を救ってくれるからだけではない。彼が船乗りでは無いからだ。スティーブンはジャックに率直で客観的な意見を述べることができる。彼らの世界観は非常に、まったく異なったもので、時には論を戦わせたりもするが、二人とも自分たちが航海している世界の広さは身にしみて実感していて、どれほど互いを必要としているかも十分に承知している。他の士官たちには認めていなくとも、スティーブンには自由な発言を許している」

そして先の話しに戻り、
「ジャックは体を張って自らの責任を果たしていく、それは彼の第二の天性だ。もし僕がその責任を体現しなければ、他の俳優たちや、サープライズ号本来の乗組員たちが自然と反応してくれることはないだろう。このようなことで彼らの信頼を勝ち得、高めていくことができる」
これが彼が命綱をつけない一つの理由。
そしてもう一つの理由は、ピーター・ウィアー監督の撮りたい映像を100%かなえられるように。命綱があるとどうしても撮影範囲が限られてしまうのだ。
「トム・ロスマン会長にもそう言ったんだ。それで落ちたらどうする?って彼は言うんだが僕は言った。こういう場合は、いちばん重要なことは何か?を考えて、臨機応変に対応しなけりゃならないんだよ、ってね。まず一番大事なことは、しっかり捕まっていることさ。簡単じゃないか!」

以上は、先日から引き続きご紹介しているメイキング本の第5章から、ラッセル・クロウのインタビューの要約です。一部意訳しています。
原文は、こちらをごらんください。

原文のニュアンスを出すことができなくて残念なんですけど、最後の「臨機応変に…」の部分の原文は、「Mate, you change your priority…」なのです。mateっていうのは、船乗り仲間の親しみをこめた呼びかけ。「おまえ」とか「兄弟」とか訳されている場合もあるけれど、ここではどうしてもそのニュアンスが出せなくて(なんと言っても会長さん相手だし、いきなりアンタよばわりでは意味不明になってしまいますし)、ちょっと残念。
原作を英語で読んでいると、この「Mate」っていう呼びかけは実に印象的です。そういう呼びかけのセリフが、ジョークとしてするっと出てくるところが、あぁラッセル・クロウは本当に原作をよく読み込んで役を自分のものにしているなぁ…と、私も実感としてわかるのでした。


2003年10月20日(月)