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漫画関連ファイル


2001年05月28日(月)
『ジェラールとジャック』と『残酷な神が支配する』

よしながさふみさんの『ジェラールとジャック』の第2巻が発売されて
もう1ヵ月が過ぎたというのに、私はまだ一日に一回はこの作品を読み返しています。
もうセリフもコマ割りも絵も全部頭に入っているというのに、何度読んでも飽きることがありません。
こんなにはまったのは久しぶり。読み返しては、その都度、少し幸せな気分になっています。

読んでいるうちに、このお話が『残酷な神が支配する』にちょっと似ていることに気がつきました。
連載の途中ではわからなかったけれど、この作品の主人公ふたり、
ジェラールとジャックはそれぞれに不幸な過去を持っています。
ジェラールは、妻に裏切られ、妻の(不貞の結果である)子供を助けることができなかった。
ジャックは、幸福な家庭に生まれながら、成長するにつれ両親が不仲になり、
やがて借金のカタに父親の手で男娼として売春宿に売られてしまう。

妻に裏切られた夫。子供を失った父親であるジェラールと
母の行いのために、父によって男娼にされてしまったジャックは
グレッグであり、ジェルミであってもおかしくなかったかもしれません。

売春宿に客としてやってきたジェラールにジャックは手酷く扱われます。
それは、ジェラールを裏切った妻が貴族であったことから、子供らしい誇りから
貴族であることを振りかざすジャックへの八つ当たりだったかもしれません。
ジェラールはジャックの身請けのための金を支払い、
「まっとうな仕事がどんなにつらいものかやってみるがいい」
と言ってジャックを自由にしてやります。
ジャックは言葉どおり仕事を探し、たどりついたところはジェラールの屋敷の下男の仕事でした。
そして奇妙な主従関係が始まりました。

出会いは、ほとんど暴力に近い形だったのに、それは傷として残らない。
ジェラールは、ジャックに仕事をすることの意味を教え、教育を与える。
そのことによって、じつは、ジェラールの父親としての心の傷が埋められていく。
ジャックは、仕事を責任をもって果すことで、自尊心を育てる。
そしておだやかな毎日の中でまっすぐに成長していく。

彼らの心の傷は、他者への暴力という形はとらない。
そのへんは根本的に『残神』とは違っています。
自分の気持ちに縛られずに、他者を思いやることのできる様子が
いろいろなセリフやエピソードからわかります。
グレッグの愛が奪うことであったのに比べて、ジェラールとジャックの愛は
与えることから始まっているようです。

母親の再婚相手の屋敷に行った事で、自分が不義の子であることに気がついたジャックを
(酔っ払った)ジェラールは抱きしめて言います。
「どこへも行かせない!
俺が本当の父親よりも母親よりも
お前を愛してやる!」
この言葉はジャックの心にしみこんでいきます。
自分は不幸の元凶ではなく、自分はいなくてもいい存在ではない。
なぜなら、両親よりも愛してくれる人間がいるから。
そしてジャックの心はジェラールへ向かっていきます。

妻の不貞の相手であるアマルリックの登場により、
ジャックはジェラールの抱えている心の傷を知ります。
それは、自分の父親の人生を破壊したものと同じであることを知ります。
その時にジャックの頬に流れる涙はいったい何でしょう。
父親のために流す涙でしょうか。それともジェラールのために流す涙でしょうか。
そこでジャックが言う『愛している』という言葉には
いろいろな意味がこめられていて、読んでいてせつなくなってしまいます。

ジェルミが言うだけなら何度でも言えるという『愛している』という言葉と
ジャックの『愛している』という言葉には、遠い隔たりがあります。
ジャックの言葉は、自分の父親への許しであり、ジェラールの自己嫌悪を
溶かすくらいの重さがあります。

そうして、ふたりは初めて対等に向かいあうことができるようになりました。
自分の家族から受けた傷をお互いに埋め、実の親子のようにかけがえのない存在になります。
そして、やがてそれは並行して、恋人同士の愛情へも発展していきます。
コミックスの第一巻の帯にあったあおりがなかなかいいんですよ。

『恋よりも深い関係』

物語の背景にはフランス革命期の状況がさりげなく説明されていて、
お話をドラマティックに盛り上げています。
父親らしい自制心からジャックに手を出すことを控えていたジェラールも
革命政府の追っ手が迫った最後の瞬間に本当の自分の気持ちを言ってしまう。
あとは怒涛のクライマックスで、ふたりの姿はほほえましいといか
いいようがありません。

最後に、ジェラールの独白部分があります。
自分を裏切って、子どもを捨てて死んだわがままな妻の墓の前。
愛するあまり裏切りが許せずに妻を憎んでいたジェラ−ルは
墓に向かってこう言います。
これまで、憎んでいたものたちを許そう。
独裁者や密告者や妻や妻の愛人を許そう。
妻を許せなかった自分を許そう。
(ここから引用)
『ジャック、お前を愛さなかったら
 俺は今でも自分を許せなかった』
(引用終わり)

数ある愛情不足の物語の中で、これくらい明確に
再生を宣言したお話は、これまでなかったんじゃないかしら。
ほとんど確信犯的独白シーンかもしれない。

お話しを夢中で読んでいる子どもたち、大人たちの中に
ゆっくりとこの言葉が浸透していくのかもしれないと思います。
気づかないくらいさりげなく。
心の傷は他者への暴力という形をとることがあるかもしれない。
自分を壊すという形をとることがあるかもしれない。
でも、そのふたつとは違った形もあるかもしれないと。




よしながふみ関連ファイル


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2001年04月18日(水) 『ジェラールとジャック』第2巻 その2
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