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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2005年07月29日(金) --

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『ズンデヴィト岬へ』

「ごめん。急いでいるから」
「今はどうしてもできないんですよ」

私も…そう言えるとは限らない。たとえ、一生で一番、期待している出来事が待っているとしても。やっぱり、ティム少年のように行動してしまうかもしれない。8歳で、カモメ岬の燈台守の一人息子、まだまだ小さいティムのように。

いつも独りで遊んでいるティムは、キャンプに来た子どもたちのグループと知り合い、ズンデヴィト岬へ一緒に来ないかと誘われる。この不思議な名前は、私たちにとってさえ、未知への期待を抱かせるが、ドイツの子どもたちにとったら、ずいぶん冒険心をくすぐるのだろう。

お前はまだ小さいから、と不安げな両親の許可をもらい、子どもたちのグループと待ち合わせの約束をしたティム。そのティムを試すかのように、つぎつぎと頼まれごとがやってくる。あれを届けて、お願いだから。他に誰も頼める人がいないから。夢のなかで、いつまでも行きたい場所へ着けないような焦燥。自己犠牲への満足と、何度も何度も打ち砕かれる希望。非情な時計。

それでも、ティムはあきらめない。ティムの必死の格闘は、どこの段階で終わったとしても、現実にはよくあることで済まされる。くじけた時点で、それは終わる運命だ。ただその裏には、子どもの苦悩と喜びが混じり合った濃密な時間があったことを、私たちは想像せねばならない。

ティム、もう少しだから。きっと次の角には、彼らが待っているよ。 いつのまにか、呼びかけている。ティムほどは粘り強くなかった自分の子ども時代に向けて、なぐさめの言葉をかけている。

本のカヴァーに、こう書かれている。

発表以来40年
ズンデヴィトを知らないドイツの子供はいない
とまで言われる名作

そういう作品、日本の子どもの心にある夢の場所は、テレビジョンの教えよりもリアルな形をしているだろうか。と思わされる。

表紙カヴァーをはずすと、背に金文字を入れた緑の美しい布製本があらわれるのも奥ゆかしい珠玉作品である。 (マーズ)


『ズンデヴィト岬へ』著:B・プルードラ / 訳:森川弘子 / 未知谷2004

2004年07月29日(木) 『歌うダイアモンド』
2003年07月29日(火) 『魔術師のおい』
2002年07月29日(月) 『グリーン・ノウの魔女』(グリーン・ノウ物語5)

お天気猫や

-- 2005年07月26日(火) --

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『銀のうでのオットー』

だが、世は、ままならぬものだった。(引用)

中世を舞台にした、子どものための歴史小説。 パイルは簡潔で品格のある文章とともに、繊細で美しい挿絵も 手がける画家である。

タイトルの「銀の腕」が意味するところは、剣でも権力でもなく、 穢れなき純粋さ、知恵の象徴といえる。

主人公の少年オットーは、泥棒男爵の跡継ぎ息子。 「竜の館」で生まれるとすぐ母を亡くしたため、修道院に預けられる。

セント・ミカエルスブルクの僧院は、幼いオットーにとって 祖父にあたるオットー僧院長が統べる、平和な聖域。 そこで少年時代を過ごしたオットーは、しかし、 闘いを日々の糧とする父達の生活へと引き戻される。

そして、敵側のヘンリー男爵に捕らえられたオットーには 過酷な試練が待っていた。 ヘンリーの娘ポーリンのはからいで脱出を果たしたオットーが どのような痛手を受けたかは、読者の心配をよそに、 ただ1行で記されている。

中世の物語というと、なんとなくイメージはあるのだが、 サトクリフとはまた違うアプローチ。 『銀のうでのオットー』のように、 聖俗併せもち、それぞれの場面を象徴するような人物描写には 独創を感じられるし、冒険もあれば恋もある、というのは飽きさせない。

簡単に読めるが、読み返すとまた蘊蓄の深い言葉が並んでいる本。

修道院の庭で、ジョン修道僧が、リンゴの精と天使ガブリエルとの邂逅を語る 場面は、特にていねいに描写している。 幼い頃のケガがもとで大人になれないジョンは、オットーにとって 最適な守り役だったのだ。

オットーが成人後に皇帝の右腕となるのは、 騎士の英雄譚よりもすっきりと納得がゆく。 オットーの善なる知恵が、苦しみによっても 曇らなかったことを、こちらの世界から喜び祝いたい。 (マーズ)


『銀のうでのオットー』著・絵:ハワード・パイル / 訳:渡辺茂男 / 学研1970

2004年07月26日(月) 『魔猫』
2002年07月26日(金) 『オペラ座の怪人』(その3)
2001年07月26日(木) 『九つの殺人メルヘン』

お天気猫や

-- 2005年07月19日(火) --

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『くちづけは眠りの中で』

リンダの新作はスパイ・アクション。 ヒロインのリリー・マンスフィールドは スパイではないが、CIAの契約ヒットマン。 37歳という年齢は、リンダ作品のなかでも拍手もの。 18歳から国家による制裁殺人稼業に専念してきたリリーが、 ある現場から連れ帰った、娘がわりのジーア。 まだ13歳の彼女が、里親夫妻である リリーの親友たちとともに殺された。 復讐のため、単独でイタリアマフィアのボスを毒殺するリリー。 リリーの動きを封じるため、CIAの諜報員ルーカス・スウェインが送り込まれる。

この彼、ちょっと今までのタイプと違っているのが面白い。 訳の口調もくだけているし、 リリーをくすくす笑わせ、スピード狂で、いい感じに洒脱。 そして二人が出会うのは、151ページと遅い。 出会ってからは磁石のように行動をともにするのだが、 スウェインが次々とレンタカーを乗り換えるのがまた可笑しい。 最初の車が一番高価で、グレーのジャガー。 こきおろされたフィアットはお気の毒。

派手なスパイ・アクションだった『青い瞳の狼』の ジョン・マディーナも背景に登場している。 スウェインとリリーの関係は、お互いへの信頼が鍵。 常に銃を手放さず、裏の裏を読み、 それでもお互いに惹かれているのを隠さない大人の二人。 スウェインがバツイチで子持ちというのは、 娘を亡くしたリリーにとっても、共有できる親の思いがあった。

リリーの精神状態を思いやるスウェインの的確さは、 お互いに一匹狼で同業に身を置く者ならでは。 こんな風に理解されるのは、ちょっと羨望。

それにしてもスウェインの名セリフは凄い。

「きみを〜(中略)なら、頸動脈の一本や二本切ったってかまわない」(引用)

(マーズ)


『くちづけは眠りの中で』著:リンダ・ハワード / 訳:加藤洋子 / 二見文庫2005

2002年07月19日(金) ☆スター・ウォーズの素
2001年07月19日(木) ☆100円ショップの本

お天気猫や

-- 2005年07月15日(金) --

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『あなたに伝えたいとっておきの言葉』

書の世界には明るくない私だけれど、 ここに書かれた言葉には、すっと寄り添うような シンパシィがある。

表紙にあるのは、『星の王子さま』の言葉。

かんじんなことは
目には見えないんだよ (引用)

美しくにじんだ淡い墨跡は、あの孤独な王子さまの 目にあふれそうだった涙を想わせる。 王子さまに会った人は、愛おしさを文字に見るだろう。

この本を私に下さった友人は、書を教えている方。 前々から、好きな書家として石飛氏のことは聞いていたが、 いろいろな素材の紙や写真を背景に書かれた言葉は、 すっと心の扉を開けてくれる。

チャップリンの映画から、セリフが書になっていた。

人生に必要なものは
勇気と想像力と
少しのお金 (引用)

やっぱりお金も少しは必要(笑)
愛と言わないところが、いい。

ありがとうは
幸せを呼ぶ呪文。(引用)

そう、これもまた真理。 口に出して感謝を捧げることは 少しの勇気で使える魔法だ。 (マーズ)


『あなたに伝えたいとっておきの言葉』(書の絵本)著:石飛博光 / 木耳社2005

2004年07月15日(木) 『カリン島見聞記(下)』
2003年07月15日(火) 『夜を忘れたい』
2002年07月15日(月) 『聖なる予言』

お天気猫や

-- 2005年07月07日(木) --

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『A KA RI』

「空気写真家」と形容される藤井保の 描写する空間に、秋山晶のコピーが青くトレースされる、 そんな至福の「本」。

1995〜2005年までの写真が収められている。 マグライト(アメリカ製)の広告写真ということで、 撮影場所はハワイからカリフォルニア、アラスカ、 都市のスタジオまでアメリカ全土を選んでいる。 ライトを手にしたカウボーイのようなシルエットが あらわれることもあれば、 ただ明かりだけが輝いている写真もある。

巻末に、藤井保の言葉で、それぞれの写真を 端的に美的に説明していて、素人でもなるほどと思う。

時間がたてば変化するのだろうけど、 今のお気に入りは、モンタナのグレイシャー国立公園で 撮ったというモノトーンの風景。 河の蛇行するところに、ぽっと明かりが灯っている。 ダイヤモンドみたいな、存在感。 大きな熊が出る場所だそうだ。 この風景、ちょっとこの辺りに似ていて、 それも好きな理由。

もうひとつは、アラスカの氷原。 ここではありえない風景だ。 それが好きな理由。

うちにも小さなミニマグライトがあるので、 なんだかうれしい。 ここに出てくるのはハリウッドのアクションスターが 使うようなのばかりなんだろうけど。 日が暮れてからをモットーとする犬の散歩に欠かせないのだが、 今、芯(何と呼べばいいのか)が切れていて、 近場のホームセンターに交換部品が入らなくて使えない。 いっそ大きいのを買う? (マーズ)


『A KA RI』(写真集)写真:藤井 保 / 文:秋山 晶 / リトルモア2005

2004年07月07日(水) 『新版 指輪物語4旅の仲間(下2)』
2003年07月07日(月) 「石の都に眠れ」

お天気猫や

-- 2005年07月05日(火) --

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『まよなかの魔女の秘密』

続・こそあどの森。

2作目は、あのゆったりした住人たちの知られざる 内面に迫る(というと心理分析みたいだが)意外な展開。

スキッパーは同居しているバーバおばさんが 再び留守の間、森でジバシリフクロウを拾う。 本当にいるのかどうかわからないが、そういう種類のフクロウを つかまえて、連れ帰るのだ。 (どうやらおばさんという人には当分会えなさそう) 何をしてもユーモラスな動作がつい笑いを誘うフクロウをめぐり、 行方不明となったポットさんの住民総出の捜索をからめて、 物語は心の故郷・ナルニアのテイストを盛り込んで進む。

テイストは、魔女・椅子・変身。そして誘惑。

ポットさんの奥さん、トマトさんの心配をよそに、 魔女の陰が森を走りだす。 魔女のねらいは何なのか?行方不明のポットさんはどこに? スキッパーと一緒に活躍するのは、ふたごの女の子たち。 前回はアップルとレモンという名前だったけれど、 今回はミルクとシナモンに自分たちで変えている。

草の汁を作る場面に、子どものころ同じことをして遊んだのを 思いだしたり、カンヅメの食事に夜中の胃袋を刺激されたり。 表紙を開くと、一面に細かい線で森の絵が描かれている。 そのなかに、やかんを半分埋めたような家、ボトルの家、 木の上の半分屋根の家、巻き貝の家、 スキッパーの住むウニマル(ウニみたいな船型の家)を探すのは とても、楽しい。(マーズ)


『まよなかの魔女の秘密』著・絵:岡田 淳 / 理論社1995

2002年07月05日(金) ☆「アマテラス」と美内すずえ
2001年07月05日(木) 『椰子・椰子』 (2)

お天気猫や

-- 2005年07月04日(月) --

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『ふしぎな木の実の料理法』

こそあどの森。

この森でもなければ
その森でもない
あの森でもなければ
どの森でもない
こそあどの森 こそあどの森 (引用)

そんな森を想像してみよう。 こそあどの森には、住人たちがいる。 ちょっととがった耳をして、個性的で 他人へのやさしさをしっかり持った住人たちは、 それぞれに好みを形にした家に住んでいる。

とてもシンプルな物語なのだけれど、 人へのやさしさや、人としか共有できない思いが しっかりと根を張っている。 こそあどの森全体に、その力が満ちている。

主人公の内気で気弱で浮世離れした男の子、 スキッパーは、育ての親であるバーバおばさんが 旅先から送ってきてくれた不思議な実、ポアポアの 料理法をたずねて、森じゅうの住人に会う。

本当は、家で本を読んだり星を見たり、好きなだけの 濃さに入れたお茶を飲んでいたりしていたいのに… そう、たったひとりで、長い長い時間を。

私もそういうことに無上の喜びを覚える質なので、 時間を与えられれば、何日でもそうしているだろう。 幸いなことに、そうできる状況ではないから、世の中と 関わって生きていくことができるのだけれど。

スキッパーがつぎつぎに訪ねる住人たちは、 だんだん、スキッパーを変えてゆく。 ひとりだけで暮らすよりも、人との往き来がある暮らし。 誰であれ、たったひとりにしておいてはいけない。 それが人間という種族の(スキッパーたちは人間かどうか わからないけど)、群で暮らす名残なのだろう。

こそあどの森は、どこかナルニアの森にも似た空気を かもし出しているし、スキッパーをはじめとする住人たちは、 どこかホビット庄の人々を想わせる。それが心地よい。

著者による細やかな室内のスケッチは、 この世界をさらに引き寄せ、スキッパーだけでなく、 私たちをも、住人たちに再会したいと想わせてくれる。

次回作では、姿を見ることのなかったバーバおばさんにも 会いたいと想った。 (マーズ)


『ふしぎな木の実の料理法』著・絵:岡田 淳 / 理論社1994

2002年07月04日(木) 「ニューヨークの恋人」(その2)
2001年07月04日(水) 『椰子・椰子』(1)

お天気猫や

-- 2005年07月01日(金) --

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『デセプション・ポイント』

☆刺激的な要素が満載な割には、魅力が薄いのはなぜ?

・ポリティカルスリラー
・大統領選
・国家情報機関の暗躍
・謎の隕石?
・ETの発見?
・知的なヒロイン
・頼りがいのあるヒーロー
・さまざまな対立の構図

…うーん。どこをとっても私の好きな要素ばかりで、「満艦飾」なサスペンスなのに。 面白かったかどうかと聞かれれば、確かに面白かった、と答えるけれど。 この何となく不完全燃焼のような、あるいは気の抜けたサイダーのような読後感は多分、 ダン・ブラウンに求めていたものが十分にえられなかったからだろう。

何を求めていたのか?
それは、読後に今まで知らなかった世界が開かれ、真実なのかどうなのかそれは分からないにしても、新しい視座がえられるところに、知的好奇心がくすぐられていたのだと思う。

『ダ・ヴィンチコード』を読み終わった後、ダ・ヴィンチの作品を見る時、微妙に視点をずらすようになった。少なくとも、あの有名な『最後の晩餐』に対しては、好奇心は十分に満たされ、新しい解釈に圧倒された。『天使と悪魔』でも、バチカンについてあらたな興味が掻き起こされ、「コンクラーベ」なるもののしくみを、現実の世界の新法王選出に先んじて、知ることができた。

ダン・ブラウンを読み終わった後に残る、今まであたりまえのこととして漫然と見ていた世界に潜む、さまざまな意味や陰謀。あらたな視座・視点。そういうものが、今回は本を読み終わっても、えられなかった。

そういうプラスアルファを求めすぎたので、『デセプション・ポイント』に辛くなるのかもしれない。大統領選をテーマにしたものは小説に限らず、ドラマでも映画でも、だいたいは一定の水準を超えて面白い。もしかしたら『デセプション・ポイント』では、大統領選はこのサスペンスの背景に過ぎないから、多少の不満を感じるのかもしれない。次期大統領の座を見据えた熾烈な駆け引き、北極から海洋での命がけのアドベンチャー、ほのかに漂うロマンス。もちろん、「知的な」科学的解説もいっぱい盛り込まれている。うーん。あまりに物語の要素が多すぎて、小説の面白さが分散してしまったのかもしれない。(あるいは、私が科学に興味を持てなかったから評価が辛いのか。)

次回作はラングドン・シリーズとのこと。どんな風に驚かせてくれるのか、とても期待している。 あ、『デセプション・ポイント』のレーティングは、5つ星で3.5くらいでしょうか。(シィアル)

※デセプション・ポイント(deception point)とは、「欺瞞の極点」と訳されていました。(あとがきより)


『デセプション・ポイント』上下 著:ダン・ブラウン / 訳:越前敏弥 / 角川書店2005

2004年07月01日(木) 『くまのローラ』
2002年07月01日(月) 「テディベアの夜に」

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