2004年02月28日(土)  「ブレーン・ストーミング・ティーン」著者贈呈本

■「ブレーン・ストーミング・ティーン」初版の著者贈呈本が届く。無名の新人は一冊置いていただくのも必死なので、夢のまた夢の「平積み」をダイニングテーブル上で実現したりする。でも、夢は思い続けていれば叶うもの、平積み目指して宣伝開始。まずは贈呈本の有効活用を考えよう。で、タイトルにちなんで「口コミブレーン」を*いまいまさこカフェ*で募集することに。発売前に本を読んでもらい、それぞれのやり方で広めてもらう。ノルマもないかわりに謝礼もなし、というゆるゆるスタイル。イベント気分で本のPRに参加してもらえたら、面白くなりそう。いまいまさこ初の本、果たして口コミで動くのか。

2003年02月28日(金)  2003年2月のカフェ日記
2002年02月28日(木)  ヘンな弟よっくん


2004年02月20日(金)  いい履歴書の書き方

■「就活」と世間が騒がしくなるタイミングが年々早くなっている気がする。わたしの頃は「就活」と短縮する言葉もなかったし、大学4年生になるまでは何にも考えてなかった。今は3年生のうちに動き出すのが主流のようで、デパートのスーツ売場では年明けから就活コーナーができていた。■先日、サイトの掲示板に今年就職活動という学生さんから書き込みがあり、そういえば……と会社の引き出しを探り、古いプリントアウトを掘り出した。たしか入社して3年目ぐらいに書いたもの。OB訪問でやってくる学生の中に「履歴書の書き方がわからない」という人が多く、実際に書いたものを見せてもらったり、一緒に空白を埋めたりした。毎回同じことを繰り返す羽目になるので、紙にまとめて渡すことにしたのだが、「自分らしい履歴書を書けました」「自分を見つめるいい機会になりました」といったお礼状が届いたので、ある程度は役に立ったのだろう。今読み返してみると、かなり大げさに書いている部分もある(一人で履歴書千通見るというケースは稀で、普通は手分けする)し、職種によっては「キャッチフレーズにする必要なし」なところもあるだろうけれど、自分の持っているものをどんどん書き出す作業の中で「自分の売り」が見えてくるというのは、就職活動するすべての人にあてはまるのではと思う。■ちなみにわたしは、自分のことを「全天候型お祭り人間」と名づけ、応援団で歌って踊った4年間をアピールして、「これまでは自分が踊って選手を励ました。これからは言葉を躍らせて商品や企業を元気にしたい」と志望動機につなげ、広告を通してお茶の間にあったかい会話や笑顔を運びたいという意気込みを、「日本をチン!したい」というキャッチコピーで表現した。もちろん、突っ込まれた場合の会話は想定し、練習して面接に臨んだ。「なるほど。応援団と広告代理店は似ているんですね」と面接官に言われ、「どっちもチンドン屋です」と答えたら、どっと受けて今の会社に採用された。

いい履歴書の書き方

履歴書は、あなたを売り込む「広告」です。
 あなたの代わりに、あなたを知らない人たちに、あなたを欲しいと思わせる。
 売れ行きは、書き方次第です。

印象に残るのは、百人に一人か二人。
 読み手は、何千通もの履歴書を、仕事の合間を縫って読む人たち。
 あなたのを読むのにかける時間は、長くて5分と考えましょう。

面接=店頭。客(面接官)を釣る餌をばらまいておきましょう。
 広告だけを見て商品を買う人がいないように、履歴書だけでは採用されません。
 履歴書ですべてを語ろうとせず、「ここを突っ込んで欲しい」という部分を
 強調しておく。そうすれば、面接でちゃんと聞いてくれます。
 (逆に、焦点のぼやけた履歴書だと、とんちんかんな質問をされて失敗する)

各項目ひとことで言いきる、つまり、キャッチフレーズを書く気分で。
 同じことでも、書き方ひとつで魅力もインパクトも変わります。
 「友人と作った野球同好会で四年間エースとして活躍しました」と書くより
 「草野球界の野茂英雄」とネーミングしたほうがユニークで覚えやすい。
 「誰が見てもほのぼのする、温かくてヒューマンな人間関係をドラマにしたい」のなら、
 「日だまりのような人間ドラマを描きたい」と凝縮させて余韻を残します。

では、具体的な作業開始。
 まず、言いたいことを紙に書く。どんどん書く。
 その中で、とくに言いたいことを絞っていく。
 (書けば書くほど自分という商品のウリが見えてきます。)
 最後に残ったもの=エッセンスを履歴書に書けばいいのです。
 (この作業は、一時間やそこらじゃ、できないはず)

できあがったら、広告としての出来をチェック。
  短く歯切れがいいか。(気持ちよく読めるか)
  わかりやすく具体的か。(商品イメージがわくか)
  書いた人らしさが出ているか。(他の商品=ライバルと差別化できているか)
  もっと知りたくなるか。(もうひと押しで買ってもらえそうか)

では、GOOD LUCK

2002年02月20日(水)  別世界


2004年02月19日(木)  ツマガリのアップルパイ

■朝日新聞土曜日版のBeを楽しみに読んでいる。とくに1面と2面の「フロントランナー」が面白い。各界の第一線で活躍する人物に毎週一人ずつ光を当てていくのだけど、「世の中にはこんな人がいるのか」「名前だけ知っていたこの人に、こんな転機があったとは」などと毎回感心しながら記事を切り抜いている。それぞれが歩まれてきた道は山あり谷あり。その起伏に試される中で培われた信念が、成功を引き寄せる力になっているようで興味深い。■「フロントランナー」で取り上げられた人物にはアンテナを張るようになる。先日、近所に住むK夫妻から「神戸の洋菓子店のアップルパイが送られてきたんですけど」とお裾分けの連絡をもらったとき、1月24日号で取り上げられた津曲孝社長の顔が思い浮かんだ。記事からはお菓子を心から愛している人柄が伝わってきて、そんな人が作るお菓子はどんな味がするのか興味をそそられた。でも、支店は神戸と大阪の百貨店の三軒にとどめ、生ケーキは西宮の本店でしか売らない。東京などから出店の引き合いがあっても応じない理由は、「店が出ていくと、菓子が旅をしなくなる」から……。そうなると、なおのこと、秘蔵っ子を味わってみたくなるのだった。お裾分けの受け渡し場所に現れたK夫妻が抱えてきたケーキの箱を見て、「あ、ツマガリだ!」。実はとても食べたかったのよ−と興奮して言うと、K夫妻もそれは何よりと喜んでくれる。食べたいと願ったものに出会わせてくれる、お菓子の神様っているのかもしれない。念願かなって対面したその味は、やさしい甘みがじんわり。嬉しさも手伝って、何重にもおいしく感じられた。

2002年02月19日(火)  償い


2004年02月18日(水)  父&ダブルまさこでディズニーシー

■テーマパーク好きの父が「茨城に出張するついでに東京ディズニーシーで遊びたい」と言い出し、夜行バスで朝いちばんに舞浜に乗り込んだ。高校教師なりたての頃の教え子、関東在住のマコさんを8時に呼び出し、つきあってもらっているところに、夕方から娘のわたしが合流。11日から始まった「ディズニー・リズム・オブ・ワールド」が目当てだったのだけど、父とマコさんは午前中に観終えていたので一人で鑑賞。配られた紙製カスタネットを一人でたたく。
■三人でインディジョーンズに乗り、ディズニーシー・シンフォニーにうっとり浸り、コロンビア号2階にあるマゼランズでサンドイッチをつまみながらお酒。教え子・マコさんの名前もまさこで、ダブルまさこに挟まれて、父はごきげん。お会いするのは初めてだと思っていたら、「あなたが生まれたときに会っているのよ」とマコさん。「赤ちゃんと高校生」として出会っていた父の教え子と一緒に飲むことになるなんて、なんだか不思議。そして、わたしの年齢の分だけ時が流れても、相手をしてくれる教え子に恵まれた父は幸せ者だなあと思う。12時間も父につきあってくれたマコさんはお疲れだったはずだが、「今度先生とディズニーシーに行くときは、XX君たちも誘いましょう」と今日参加できなかったクラスメートの名前を挙げ、「そうやな。次は早めに言うわ」と父もまた来る気なのだった。

2002年02月18日(月)  函館ラ・サールニュース


2004年02月17日(火)  オーマイフィッシュ!

■満足に魚をさばけないので普段は切り身専門なのだが、このところわが家は「まるごと魚」づいている。しかもデカい。第一弾は全長30cmほどのオオマイという魚が届いた。 「タラに似た味で、焼いて、マヨネーズと醤油と七味のタレで食べるとおいしいです」という手紙の通りに食べてみた。「マヨネーズのために生まれてきたような魚だ」とダンナがうまいこと言った。第二弾は全長70cmはあろうかという新巻鮭。冷凍庫に入る大きさに切り分けるのがひと苦労。包丁についた身をなめると、塩が効いて、ごはんが欲しくなった。二つの魚は北海道からの贈り物。大阪の『まねき猫ホスピタル』の院長、石井万寿美さんと札幌のスーパードクターSこと斎藤聡氏が共同運営するホームページ『ほろ酔いまねき猫』の開設3周年記念プレゼント企画に応募したところ、当選。Dr.Sからクール便で賞品が送られてきたのだが、まさか二度おいしい目に遭えるとは思わなかった。第三弾が来たらどうしよう、もう冷凍庫に入らない……と心配してたら、さすがにそれはなかった。■斎藤氏とはお会いしたことがないが、プロフィールによると、「カメやヘビの手術、ウニや魚にも麻酔をかけるスーパードクター」で、「獣医師8名看護士7名を率いて、全ての病気と闘う北海のヒグマ野郎」とのこと。英語とフランス語と北海道弁を操り、海外を飛び回ることも多い様子。「ご興味があれば」とイラクを訪ねたときに撮った画像を送ってくださったが、命へのあたたかいまなざしと、戦争へのやりきれなさが伝わってくる写真だった。


2004年02月13日(金)  ウィーリー・ウォンカのチョコレート工場

明日は土曜日のバレンタインデー。社内をチョコが飛び交っている。毎年この季節になると思い出すのが、『WILLY WONKA & THE CHOCOLATE FACTORY』。『夢のチョコレート工場』の邦題で知られるこの映画、自分が製作に関わった『パコダテ人』『風の絨毯』を除いて、いちばんよく観た作品で、いちばん大好きな作品でもある。

1971年のアメリカ映画で、アメリカ留学中にホストファミリーが借りてきたレンタルビデオで出会った。当たりが出たら秘密のチョコレート工場を見学できるというおとぎ話っぽいストーリーも、ユニークな名前のチョコレートやキャンディも、時代を感じさせないポップな色づかいと音楽も、何もかもが「好き!」で、日本に帰ってからも何度もビデオを借りて観た。チョコレート中毒ならぬチョコレート工場中毒状態。映画の元になった児童文学"Charlie and the Chocolate Factory"も愛読書になり、"The Wizard of Oz(オズの魔法使い)"と並んで2大はまり作品の座を守っている。

今度出す小説『ブレーン・ストーミング・ティーン』にWilly Wonka & the Chocolate Factoryが登場するので、スペルチェックのためサイト検索したところ、THE Willy Wonka Candy Factoryなる会社のオフィシャルサイトwonka.comを発見。なんと「夢のチョコレート工場」は存在する!? 

HISTORYのページを読んでみると、ルーツは1950年代初頭にシカゴで開業したBreaker Confectionsという家族経営のお菓子会社。1965年にサンマーク社が買収し、1980年に社名をWilly Wonka Brandsに変更。1988年にはNestleが買収し、1993年に今の社名に。つまりは映画が先で、その名前を社名にしたという歴史のよう。映画からタイアップ商品が生まれる(パコダテワインみたいに)ことはよくあるけれど、ブランド名になってしまうこともあるなんて!「夢のチョコレート工場」は実在した。へぇ〜〜〜

2002年02月13日(水)  ゆうばり国際ファンタスティック映画祭 1日目


2004年02月12日(木)  本のお値段

■本屋でめあての本を探すためにひたすらタイトルだけを見る、ということはよくやるけど、ひたすら値段を見るという経験はしたことがなかった。4月に刊行する『ブレーン・ストーミング・ティーン(Brain Storming Teens)』に値段をつけるにあたり、相場を調べに行ったのだが、「いやー、実にまちまちですね」というのが結論。著者の名前も本も売れていて装丁もリッパな本と、名前を知らない著者の薄っぺらい本が同じ値段だったり。「さて、これはいくらでしょう?」と一人クイズをして正解(値段)を見る遊びもなかなか面白い。わたしの本は230ページぐらいのソフトカバー。同じような体裁の本を探すと、1000円から1600円ぐらいの開きがあった。出版社の文芸社がページ数から割り出した価格は1400円だったけど、去年読んで感動した『対話篇』(金城一紀 講談社)と同じというのは申し訳ない。主人公と同世代の高校生や就職活動の大学生に読んでもらうには、1000円をあまり大きくはみ出さないほうがいい。じゃあ2月生まれということでラッキーナンバーの2をからめて1200円でどうだ!『蛇にピアス』(金原ひとみ 集英社)と同じなのはおこがましいけれど、ページ数は勝っている。しかし、『蹴りたい背中』(綿矢りさ 河出書房新社)は1000円。芥川賞作品より高くていいのだろうか。でも、青春小説と広告業界実用書を兼ねて二度おいしいってことで……と勝手に妥当性をつけ、出版社に打診すると、「ご意向を尊重させていただきます」と返事。こんな感じで、いまいまさこ(著名はひらがなで行きます)初小説の価格は1200円に決定。

2003年02月12日(水)  ミヤケマイ個展 MAI MIYAKE EXHIBITION2003


2004年02月11日(水)  口福の餃子

■去年SL旅行に行ったメンバーの年越し企画「餃子パーティー」がついに実現。K夫妻宅に昼過ぎ集合し、Mちゃんが粉をこねてきた生地をのばし、作った具を包み、ぐらぐらの湯でゆでる。皮から手作り、包んですぐにゆでて食べる水餃子がこれほどおいしいとは。皮はツルツル、具はプリプリ、中国で食べた絶品水餃子も吹っ飛ぶ。ひと呼吸置いて焼き餃子に突入。こちらは市販の皮だけど、これまた焼き加減が絶妙で、もう止まらない。「幸せはごはんの湯気の中にある」という台詞が映画『ぼくんち』にあったけど、幸せは餃子の湯気の中にあるのだった。料理上手なK夫人が腕をふるった牛すね肉のスープやサラダや赤飯もすばらしく、「こんな奥さんが欲しい!」と心から思う。女性は4人いたけれど、わたしは戦力外で、エプロンは着けているもののキッチンの外に常駐していた。食べて飲んでしゃべって、歌まで歌って、口は大忙し。このメンバーと過ごすと、あっという間に時間が過ぎてしまう。あ〜口福な午後。

2002年02月11日(月)  こどもの詩


2004年02月09日(月)  今年もハッピーバースデー

「誕生日なんか来なきゃいいのに」と年が増えるこの日を嘆く人もいるけれど、来てしまうのは止めようがないので、せっかくなら楽しんだほうがいい。去年、赤坂NINJAでお祝いしてくれた同僚デザイナーのE君とCMプランナーのT嬢に、営業のK君とデザインプロダクションのO嬢が加わり、表参道のTESOROというお店で祝宴。ガラス戸で区切られた個室でコース料理を堪能する。フレンチのアレンジを加えたスペイン料理がワインによく合い、パエリアはカンヌで食べた感動の味に匹敵するおいしさ。デザートタイムにはHAPPY BIRTHDAYの歌とともにケーキが運ばれ、「着ているもののイメージで選んだのよ」とカラフルな花束を贈られる。今年もハッピーバースデーを更新。

2003年2月9日(日) 何才になっても祝うのだ

2003年02月09日(日)  何才になっても祝うのだ
2002年02月09日(土)  シモキタ(下北沢)


2004年02月08日(日)  FRIDAYの亀ちゃん

■先日、『問題のない私たち』の試写会の後の飲み会で、面白い男の子に出会った。今度のストレイドッグ公演『悲しき天使』に出るモデルらしいが、とにかくトークが抜群。けっこう攻撃的なんだけど、彼にいじめられるのはなぜか楽しく、話の輪の中でいちばん年長だったわたしは何度も「(年食っても)がんばりましょうね」とお節介に励まされつつも笑いっぱなしだった。名前を聞いたら「フライデーの亀でーす」。「よっしゃ亀ちゃん、会社に遊びにおいでよ、うちのキャスティングに紹介するから」と言ったら、次の金曜日、ほんとに来た。キャスティングに顔を見せ、会社の近くでお茶。名古屋から競争の激しい東京に出てきた亀ちゃんは、本名・亀蔦健一。フライデーは、モデル事務所のFRIDAYのことだった。「こないだ今井さんに芸能向きって言われてショックでした」と亀ちゃん。褒めたつもりなんだけど、モデルは顔をほめられないと不安らしい。お調子者だけどしっかり者で、危険物取り扱いの資格を取っていたりする。「将来ガソリンスタンドやきるんですよ」とニカッと笑う。トークに合わせて表情が変わるから、見ていて飽きない。おしゃべりが乗っているとき、いちばんいい顔をする。やっぱりしゃべっていて欲しい。

2002年02月08日(金)  フライングワイン


2004年02月07日(土)  二人芝居『動物園物語』

■西武新宿線「野方」駅ではじめて下車。目的地は、駅から7分ほど歩いた住宅街の一角にある民家を改造した稽古場。そこで上演された大蔵省・瀬川亮の二人芝居『動物園物語』を前田哲監督と観る。公園のベンチで静かに本を読んでいる男(大蔵省)に見知らぬ若者(瀬川亮)が話しかけてきて、男の心穏やかな午後のひとときは思いがけない方向に。今の時代、ほんとにいきなりとんでもないことに巻き込まれるので、この設定にはリアリティがある。原作はイギリスの古い戯曲ということで、台詞回しにも時代を感じたけれど、舞台を現代の日本に変えたらもっと面白くなりそう。観客は役者仲間らしき人が多いと見えて、皆熱心に見入っていた。瀬川亮君は下北沢の小劇場で出演中に「超星神グランセイザー」の監督・スタッフの目に留まり、主演に抜擢されたのだそう。大蔵省君にもそんな出会いがありますように。


2004年02月06日(金)  ミニ同期会

■勤務先の会社の同い年の女性5人でミニ同期会を開く。中途入社が多い職場なので、同期入社のわたしとYちゃん以外の3人は入社時期がバラバラ。「実は同い年なのよ」ということで一緒に飲むことになった。千駄木の『三忠』という蛸料理専門店で、たこしゃぶをつつきながらしゃべりまくる。会社の人の噂、美容の話、グルメの話……。わたし以外は全員営業で、同じ会社なのに知らないこともあったりして面白かった。会社の中で部署を超えて飲み仲間を作るというのが流行っているという新聞記事を最近読んだけど、わかるなあと思った。情報交換ができて、共通の話題もいっぱいあって、うっぷん晴らしにもなって。、「嫌い野菜炒め(ゴーヤなど癖のある野菜を炒めたもの)」「タコのみ焼(タコいっぱいのお好み焼)」など出てくる料理がまたおいしく、おなかも大満足。あんまり楽しいので「またこの5人で飲もう」ということに。今回は5人の中でいちばん誕生日の早い「長女」が幹事をやったので、次回は「次女」が仕切ることに。四女のわたしの番が回ってきたら、何を食べようかなあ。

2002年02月06日(水)  電車にピップエレキバン


2004年02月03日(火)  東北東に向かって食らえ!

大阪・堺の今井家では節分の日に「その年の縁起のいい方角を向いて太巻きを丸かぶりする」のが毎年の恒例だった。一本食べ終わるまでは口をきいてはいけない。笑ってもいけないのだが、家族五人が一方向を見つめ、真顔で大口開けて寿司に食らいつく姿は笑けてしょうがなかった。子どもの口には太巻きは辛かった。おかげで口がデカくなってしまった。

ペンフレンドのサオリが受験のために大阪に来た日も節分で、「これ食べたら合格するから食べ!」と無理やり参加させられていた。親戚と連絡が取れなくてサオリと一緒に来たユキコも「はじめまして」と言った数分後には、その口に寿司が突き刺さっていた。二人は戸惑いながらも太巻きを平らげたけれど、受験ではご利益は発揮されなかった。大阪観光のついでに受験に来たノリだったので、さすがに太巻一本ではどうしようもなかったのかもしれない。節分がめぐってくるたび、そんなことを思い出し、イベント好きな家に育っておもろかったなあと思う。

「恵方巻」は全国にある風習だと思っていたら、全国的に市民権を得てきたのは最近のことらしい。今年はあちこちのコンビニで見かけたけれど、「何で節分に寿司なの?」と不思議がる人が多く、説明すると「知らなかった!」と感動された。東京育ちのダンナに教えると、行きつけの寿司屋から太巻きをお土産に持ち帰ってくれた。丸かぶりではないけれど、直径が大きいので食べごたえがあった。今年の恵方=東北東を向いて食べたけれど、黙るのを忘れてべらべらしゃべってしまった。ご利益は期待できないかなあ。

2003年02月03日(月)  納豆汁・檜風呂・山葡萄ジュース・きりたんぽ
2002年02月03日(日)  教科書


2004年02月01日(日)  東海テレビ『とうちゃんはエジソン』

■朝刊の番組欄の紹介記事を読んだときから見るぞと決めていたFNSドキュメンタリー大賞「とうちゃんはエジソン」。16時に目覚ましをかけておいて、見逃さなかったことを心から喜べるすばらしい番組だった。16年前、点検中の機械が突然動き出し、巻き込まれた右手の指をすべて失ってしまったとうちゃん。右手の機能を補ってくれる道具を探すが、作っているメーカーはなく、ならば自分がと補助具作りに乗り出す。試行錯誤の末、完成したのは2年後。補助具に箸を取りつけ、右手で食べたいという願いを実現した。箸をトンカチに替えれば釘を打て、シャベルに替えれば土を掘れる。失われた指を補うこの道具は、指を失ったことであきらめていた夢を叶えてくれる。噂を聞きつけて全国から補助具を必要とする人が訪ねてくる。一人ひとり不自由の形は違うから、オーダーメイド。とうちゃんは夜なべで世界でたったひとつの補助具を作り、材料費だけを受け取り、笑顔で見送る。できなかったことをできるようになったのがうれしいから、同じうれしさを他の人も味わってくれるのがうれしい。無邪気で無欲なとうちゃんを見ているだけで心が洗われた。どうやったら、とうちゃんのように無垢になれるのだろう。涙が少しは自分の醜い部分を洗い流してくれた気はする。奥さんのモノローグの形でとうちゃんのことを淡々と語る宮本信子さんのナレーションもまた良かった。年金とかあちゃんの工場勤めで暮らす夫婦の絆にも涙、涙。ラストは、補助具に引っ掛け爪のようなものをつけて逆上がりに挑戦するとうちゃん。見事くるりと回った後の笑顔がまた素晴らしく、テレビに向かって思わず拍手。こんな生き方をしている人がいるという事実、その生き方に光を当てた制作者のまなざし、驚きと感動に加えて、感謝のようなありがたい気持ちに包まれた。

2002年02月01日(金)  「なつかしの20世紀」タイムスリップグリコ

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