2015年02月21日(土)  引揚の町、再会の町、舞鶴。

昨日の舞鶴・日星高校での講演と生徒向けワークショップと先生方向けワークショップは、昨秋に同校のオープンスクール(オープンキャンパスの高校版。中学生が見学に来ます)によんでいただいて講演とワークショップをした際に竹内万里子教頭が「次は在校生に聞かせてください! 冬どうです? 牡蠣シャワー降らせますから!」と魅惑的なお誘いをくださり、その後もお電話やメールで口説いてくださり、実現。

昨夜は竹内教頭自ら腕をふるい、蒸し牡蠣、オイル(自家製オイスターソース入り!)漬け牡蠣、酒蒸しの紅葉おろし自家製ポン酢と自家製柚子胡椒がけ、手作り牡蠣おにぎり、土手鍋とこれでもかの牡蠣づくしで、一年分食したのではというほどの牡蠣シャワーを浴びさせていただきました。

何日も前から準備し(オイスターソースの牡蠣、オイルに数日漬ける牡蠣、朝とれたばかりの蒸し牡蠣と、牡蠣を仕入れる時期も三段階)貸し会場に食器やコンロを運び込み、お酒の好みもあらかじめ聞いて「赤の泡とシードル」とお答えしたら、ボーリングのピンのごとくドドーンと泡ボトルがお待ちかね。選ぶ楽しみまで用意してくれていたのでした。

 

……といういい思いを自慢をしたいのではなく、歓迎をあらわすというのはこういうことなんだなと心底圧倒され、自分が誰かをもてなしたいときは今宵の晩餐を思い出そうと心に刻んだのでした。

今日は舞鶴引揚記念館を訪ね、昭和20年に始まった大陸やシベリアからの引揚船の受け入れを、舞鶴は25年以降は唯一の港として33年まで13年続け、66万人あまりの引揚者を迎えたことを知りました。外の人を「よく来たね」と迎え入れる温かな懐は、この歴史とも関係があるのかもしれません。
(引揚記念館については、書きたいことがありすぎるので日をあらためて)

前回の舞鶴訪問の際に観光案内をしてくださった元気すぎる元国鉄マン、田丸さん83歳とも再会。場所は、三度目の「ゆめさら」さんにて。田丸さんを紹介してくださった米澤典子さんのお店。「戦争で勉強ができなかった」ことを悔やんでいる田丸さん。終戦時、13歳で国鉄に就職したものの昇進試験で苦労されたそう。平和な世の中になって、共通の趣味である甘いものを味わいながら他愛のないおしゃべりができる幸せをかみしめました。

一昨年から三年続けての舞鶴。そのたびに出会いがあり、再会があり、好きな人好きな場所がふえていく。引揚の町は再会の町でもあり、早くも次回の再会を楽しみにしながら舞鶴を後にしたのでした。


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