2009年04月09日(木)  心に橋をかける映画『The Harimaya Bridge はりまや橋』

今井雅子脚本の6本目の長編映画『ぼくとママの黄色い自転車』でご一緒した東映の木村立哉さんが昨年プロデュースしたもうひとつの作品、日米韓合作『The Harimaya Bridge はりまや橋』を試写で観る。英語教師として高知に暮らしたことのあるアロン・ウルフォーク監督の長編映画デビュー作。その題材と舞台に日本を選んだのは、そこで過ごした時間が監督の人生に大いなる影響を与えたことを物語っている。

わたしも高校時代にアメリカ留学をした一年間に、それまでの16年間で得た世界観を塗りかえるほどの刺激と衝撃を得た。映画長編デビュー作『パコダテ人』でしっぽをモチーフに個性や差別を描いたのは、肌の色の違いを超えて「わたしはわたし」だと発見した経験がベースになっている。また、長編3本目の『ジェニファ 涙石の恋』は、主演のジェニファー・ホームズが日本に留学したときの経験が原案の日米合作映画で、「外国人から見た日本」という視点は『はりまや橋』に通じる。

もうひとつ、『はりまや橋』に興味を抱いたのは、英語教師として高知に滞在した黒人青年ミッキーの設定。画家としての才能も発揮し、子どもたちに絵の指導もしていた彼が不慮の事故で亡くなるところから物語は始まるのだが、主人公である彼の父ダニエルは、息子が日本人女性と結婚し、二人の間に子どもがいたことを知る。黒人の青年が日本を去った後に混血の子が残るという筋書きが、わたしがガーナの脚本家John Sagoe氏とメール交換で脚本を開発した『Pacific Chocolate』と似ているのだ。

『パシチョコ』の場合は、跡継ぎのいないガーナの王様(ガーナにはたくさんの王様がいるらしい)が、かつて日本留学中に恋仲になった日本人女性との間に息子がいることを聞きつけて日本を訪ね、血はつながっているが心のつながりのない彼と心を通わせていくストーリー。ガーナ人との混血の青年はチョコレート色の肌をしていて、家具工房で働いている(ガーナは木工が盛んで、ラストは彼がガーナへ渡って指導をする)。子どもたちにも手ほどきをしていて、「チョコレート先生」と慕われているのだが、「芸術家で先生」というところは『はりまや橋』のミッキー青年に重なる。

John氏は確か3年前の東京国際映画祭直前に「来週東京へ行く」とメールをくれたのが最後で音信不通となり、パシチョコ企画は止まっているのだが、「先にやられてしまった」という気持ちと、「どんな風に仕上がっているのか」の好奇心が湧いたのだった。

実際に本編を見てみると、『はりまや橋』と『パシチョコ』の大きな違いは「心の壁」のスケールだった。ともに親子が溝を埋める話だが、『はりまや橋』のほうが溝は深い。青年ミッキーが日本へ行くのを父ダニエルが猛反対したのは、ダニエルの父つまりミッキーの祖父が太平洋戦争中に日本軍の捕虜として悲惨な死を遂げたから。父を殺した国に息子が夢を見ることは、ダニエルにとっては裏切りだった。だが、喧嘩別れした息子との仲を修復する機会のないまま、息子は日本で命を落としてしまう。

残された父にできるのは、息子が生きた証、日本で描き遺した絵を集めることだった。その目的のためだけにダニエルは日本の土を踏む。息子が現地の人の心に遺したあたたかなものには見向きもせず、絵という物を集めることだけに血眼になるダニエルは、
観客には憎むべき人物に映り、もどかしさや憤りさえ呼び起こす。だが、その心が少しずつ解きほぐされ、離れ小島になっていた彼の心は日本へ向かって開かれる。そして、彼が現れたことによって心をかき乱された人々も、それぞれの答えを導き出し、穏やかさを取り戻していく。

黒人や外国人への偏見ももちろん描かれているが、それは「心の溝」の代表例のようなもの。人と人を隔てている「わかりあえない、わかりあいたくもない」という拒絶や諦めは、相手を知らないことから始まり、親子の間であっても「知りたくない、聞きたくない」という失望が溝を生む。そこから一歩踏み出したとき、心と心の間に橋が架けられることを『はりまや橋』は静かな感動とともに伝えてくれる。橋を渡るほんの少しの勇気があれば、人と人も、国と国も、わかりあえる、つながれる。そんな希望を届けてくれる作品だった。

役者陣の熱演も光っていた。ダニエル役のベン・ギロリさんは、この作品のエクゼクティブ・プロデューサーでもあるダニー・グローヴァーさんと、スピルバーグ監督の『カラーパープル』以来23年ぶりに兄弟役で共演。教育委員会の原先生役の清水美沙さんの英語の演技には説得力があった。ミッキーの妻、紀子を演じた高岡早紀さんは見とれるほどきれいで(『さよならCOLOR』の原田知世さんを観たときのような感動!)、切なさが美しい。主題歌『終点〜君の腕の中〜』も歌っている教育委員会職員・中島役のmisonoさんは、くるくる変わる表情がなんともキュートで、たちまちファンになってしまった。彼女を見てジュディマリのYUKIちゃんを連想したら、公式サイトの「好きなアーティスト」に「YUKI」と名前があって、納得。

The Harimaya Bridge はりまや橋』は、高知での先行上映に続き、新宿バルト9ほかで6月13日よりロードショー。日本にこんな風景が遺されていたのか、と感動を覚える高知の空や坂や緑は、ぜひスクリーンで。『ぼくママ』と同じくティ・ジョイ配給なので、予告編では『ぼくママ』を観られる可能性大。

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