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JIROの独断的日記
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2011年08月28日(日) 「鬼平犯科帳」(池波正太郎著)のすすめ。

◆本のおすすめをタイトルにしたのは初めてかも知れません。

拙日記・ブログを御愛読下さっている方々は御存知のとおり、

私は、今まで、随分と音楽に関して「お薦め」を書きましたが、本については

殆ど全く書いてません。

それは、特に積極的な理由があってのことではないのですが、先日、

うつ病からの回復--10年ぶりに本が読めた、ということ。

で書いたとおり、長い間本が読めなかったためだとおもいます。

病気になる以前は、若い頃から本を読むのが好きでしたが、

読めなくなってから、過去の本の話を書くのはなんとなく辛くて

避けていたのでしょう。そして、まず、難しいのですね。

新聞や雑誌にしばしば書評がのっていますが、その本の中身を引用せずに

読者に「読みたい」と思わせるような文章を書くのは大変難しい。

ですから上手く書けるかどうかわかりませんが、

故・池波正太郎氏が長い間文藝春秋社の「オール読物」に連載し、

文庫本になっている「鬼平犯科帳」(全24巻)

お薦めしたいのです。


◆名文句の宝庫。登場人物の個性。

「鬼平犯科帳」は機械的に分類すれば、「娯楽・大衆時代小説」ですけれども、

池波正太郎氏ご自身の豊富な人生体験があるからこそ書けた、

大変に味わい深い。分かりやすく言うと思わず膝を打ちたくなるような

「名文句の宝庫」なのです。それが、しみじみと伝わる。説教じみていないのです。

今は「デジタル」な世の中というのは短絡でしょうが、

何事も0ぁ1か。白か黒か。善か悪か。損か得か、の二分法になりがちですが、

「鬼平」を読むと、人間はそれほど単純では無い、という当たり前のことを

思い出します。これは、主人公である火付盗賊改方(ひつけ・とうぞく・あらためかた)、

長谷川平蔵の生い立ち(若い頃、継母に虐められてグレて下町で散々飲むわ、買うわ、チンピラと

ケンカをするわ。だったのですが、あるときから真面目になるのです)も関係するのですが、

人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。善事をおこないつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だわさ。(文庫版第2巻「谷中いろは茶屋」より。)

とかね。こういうのはザラなのです。


登場人物も極めてユニークです。

鬼平(書き忘れましたが「鬼の平蔵」の略です)の手下は無論、火盗改方(かとうあらため:火付け盗賊改の略称)

の部下である役人(同心ですね)がおりますが、その他に元・盗人(ぬすっと)だった者が大勢います。

彼ら(女もいます)は鬼平に捕まったものの、その人柄に惚れこんで、かつての仲間を裏切ることになる

(従ってそれがバレたら殺される)のを承知で、鬼平の密偵(いぬ)となっているのですが、彼らはしばしば、
盗人の風上にもおけねえ

という台詞を吐きます。鬼平犯科帳の世界では、「一流の盗人の掟」が存在します。それは、

(盗みに入るとしても)

    ・人を殺してはいけない。

    ・女を犯してはならない。

    ・盗まれてこまるような貧乏人からは決して盗まない。

これは「鉄則」であり、「急ぎばたらき」といって、強盗殺人をやるような

盗人は、「盗人の名を汚す外道」なんですね。


「一流の盗人」は、ある大店に泥棒に入ろうと決めたら、まず手下の一人を「情報収集」のために

その店の奉公人として送り込みます。その者は勿論非常に真面目に働いて、主人の信頼を得る。

それで、建物の間取り図をきちんと作成し、親分に渡し、犯行日には、内側から予定の時間に

鍵を開けて、一味の家宅侵入を補助する。親分はじめ一同は、金蔵から大金を頂くわけですが、

絶対、誰も気がつかないぐらい静かにやるのですね。で盗んだ後に、

「自分は○○という盗賊で、ちょっと金庫から頂戴しました。失礼。」みたいなメッセージを

残す。これぞ、「おつとめ」(窃盗のことです)の王道であります。


自分達が盗賊のころは、この掟は神聖不可侵だったのに、

「最近の盗人の野郎どもは」平気で人を殺傷するので、頭にきてるんです。

それで、今や、絶対の忠誠を「長谷川様」に誓っているのです。


◆やはり「説明」では限界があるので、引用させて頂きます。

音楽と同じですね。いくら「この曲は楽しいですよ」と書いてもなかなか、

聴いて頂けません。音楽を載せるようになってから、

読者の方からのコメントやメールをしばしば頂戴するようになりました。


文学でも、これは本当は「反則」ですけど、一部読んで頂いた方がはやい。

鬼平犯科帳の捕り物シーンよりも、鬼の平蔵が世の中「善悪だけでは割り切れない」と

考えていることが良く出ているシーンがあります。


これは、文春文庫ですと、鬼平犯科帳〈5〉に収録されている

「兇賊」という作品です。

設定は、長谷川平蔵が,ある夜、ぶらりと,町の中の芋焼酎の看板のある小さな居酒屋に入る。

(鬼平は時々夜の江戸を浪人風の格好をして見回るのです)。


その居酒屋の親父、鷺原の九平(さぎはらのくへい)は、もう老人ですが、昔は「一人ばたらき」(単独犯行専門)の盗賊です。

今は、「芋酒」や「芋なます」が売り物の堅気ですが、「おつとめ」の興奮が忘れ難く、

今でもときどき金持ちの家に忍び込み、「盗人の掟」を遵守して小金を頂戴してます。

さあ、その盗人の居酒屋に火付盗賊改方の「長官」長谷川平蔵が来ました。

「おやじ。熱い酒(の)をたのむ」

ふらりと入って来た中年のさむらいがあった。

ひとめで、

(浪人だな)

と九平は見た。

薩摩がすりの着ながしに紺献上(こんけんじょう)の帯。

小刀は帯びず、大刀を落しざしにしている風体から、そうみたのであるが、

月代(さかやき)もきれいにそりあげているし、顔つきも、

(品のいい・・・・)

さむらいなのである。

「うわさにきいていたが、ここの芋酒は逸品だというじゃねえか」

くだけた口調で、そのさむらいは、

「あとで、もらおうか」

「へい、へい」

「すこし腹がへっている。なにか口へ入れるものはねえかえ?」

「芋なますがございます」

「喰ったことがねえな。おもしろい。だしてくれ」

「へい」

さっそくに例の九平得意の芋なますが出て、これを口に入れるや、

「うむ・・・・・」

深くうなずいたさむらいが、

「お前、若いときに修業をしたな」

ずばりといった。

「へ・・・・へい、へい」

二十一のときから二年ほど、九平は芝・大門の「八百蓑」(やおみの)という料理屋で

はたらいていたことがある。

「うめえぞ。こいつを女房のみやげにしたい。何か入れものにつめてくれ」

さむらいは金一分を九平にわたした。一分といえば現代の一万円以上になろう。

「それで、足りるか?」

「とんでもござんせん。いま、おつりを・・・・・」

「いらねえよ」

浪人のくせに

(大様(おおよう)なもんだ)

九平は、すこし、おどろいた。

このさむらいが、火盗改方の長官(おかしら)・長谷川平蔵の

巡回中の姿だとは九平、おもいもよらない。

「鬼の平蔵」の名は知り尽くしていても、その顔を

見たことがない九平にしてみれば、当然のことといわねばなるまい。

そこへ、

「じいさん。熱くしておくれよ」

と、柳原土手をまわって客の袖をひいている夜鷹(引用者注:娼婦)の

おもん、が顔を見せた。

おさだめりの縞もめんの着物に深川髷(まげ)。茣蓙(ござ)を

片手に抱えた姿で入って着て、

「おさむらいさん、ごめんなさいよ」

頬かむりの手ぬぐいをとった顔は、しわかくしの白粉に

塗りたくられ、灯の下では、とてもまともにみられたものではない。

おもんは、もう四十に近い年齢なのに、客の袖をひいているのである。

すると・・・・

「おそくまで、たいへんだな」

平蔵が、こだわりもなくおもんへ声をかけ、九平に、

「おやじ。この女に酒を・・・・おれがおごりだ」

と、いったものだ。

「あれ・・・・・」

と九平よりおもんがびっくりして、

「すみませんねえ」

気味の悪い色目を使いはじめる。

九平は苦笑をした。はじめは、

(この浪人さん、おもんみてえな化けものを抱くつもりかえ?)

そうおもったからである。

「おれも年でな。そっちのほうはもういけねえのさ」

平蔵は、おもんに語りかけて、

「ま、だからよ。体があったまるまで、ゆるりとのんで行きな」

声に、情がこもっている。

「すみませんねえ」

おもんの目から「商売」が消えた。

そのかわり年齢相応の苦労がにじみ出た。

しんみりとした口調になって、

「旦那、うれしゅうござんすよ」

「なぜね?」

「人なみに、あつかっておくんなさるからさ」

「人なみって、人ではねえか。お前もおれも、このおやじも・・・・・」

見ていて聞いていて、九平は

(この浪人さん、てえしたお人だ)

いっぺんに平蔵へ好感を抱いてしまった。

このようなさむらいを、六十になった今まで、

(見たことがねえ)

九平だったからである。

半刻(はんとき=一時間)も、平蔵はおもんと世間ばなしをした。

おもんが先に出て行くとき、

「はなし相手になってくれて、おもしろく時がすごせた。ありがとうよ」

平蔵は、おもんへ、いつの間にしたものか紙へ包んだ金をわたしてやった。

「こんな、旦那……すっかり御馳走になった上に……」

「いいから、とっておいてくれ。お前はそれだけのことをしてくれたのだよ」

おもんは泪ぐみ、深ぶかとあたまを下げ、土手の暗闇へ消えて行った。

「いいことをしておやんなさいました」

九平がいうと平蔵はこともなげに、

「当り前のことさ。あの女は、おれの相手をしてくれたのだ」

と、いった。

という調子です。火盗改方は司法機関です。おもんという夜鷹は

吉原の女郎よりももっと劣悪な条件、ござを敷いて、土手で客を引く、

遊女ですね。社会の最底辺です。本当は違法なのかもしれませんが、

昔、散々悪いことをして遊び世間を識っているこの火盗改方のお頭は、

この時代、そういう運命に生まれついた女はそうやって生きていくしか無い、

ことを熟知していて、せめて、ゆっくり飲んであたたまっていけと、

そういうシーンです。

ここだけ読むと分からないのですが、鬼平は本当の悪党には情け容赦無いのです。

散々強盗を働いた盗賊などは逮捕したら翌日には、はりつけにするし、

必要とあらば拷問も厭わない。悪い奴にはこれほど怖い人はいないのですが、

その合間に見せるこういう人情味の溢れた場面。

さらに、鬼平は人を殺傷していなければ、犯罪者にすら、情を見せることがあります。

そのコントラストが見事です。人の世は単純に割り切れる者では無い。

それが、よーく分かります。


因みにこれはフジテレビ系列で中村吉右衛門が鬼平役で長く続きました。

(この凶賊のテレビ版では、「おもん」を若村麻由美さんが演じました。綺麗すぎます(笑))

あれは、必ずしも原作どおりではない。大抵原作を尊重していますけれども。

映像から入ってもいいのですが、原作には池波正太郎氏特有の文体、

表記法の特徴があって、それが、作品の魅力の一要素になっています。


今思い出しましたが、過去なんども書きましたが、

元、メリルリンチ上級副社長、その後出雲市長、衆議院議員となった

岩國哲人(いわくに・てつんど)氏を私は最も優秀な国会議員だったと思っています。

岩國さんを重用しなかったのが今の民主党の最大の失敗なのです・・・

まあ、今はそれはさておき、その岩國さんが、大の鬼平ファンなのでした。


本のお薦め、やはり難しいです。騙されたと思って鬼平犯科帳読んで下さい。

どうしても面倒臭い方は、第一シリーズから全部DVDになってますから、ご覧下さい。

人間、このような「情」がなければいかん、とつくづく思います。

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