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JIROの独断的日記
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2010年10月04日(月) 「祝賀ムード一色に=統一20年で記念式典」←当時は信じられないような奇跡的な出来事でした。/音楽。

◆記事:祝賀ムード一色に=統一20年で記念式典 東西格差、改善の兆し・ドイツ(時事通信 10月3日(日)17時5分配信)

【ベルリン時事】1990年の東西ドイツ統一から20年となる3日、北西部のブレーメンで記念式典が開かれた。

式典ではパレードやコンサートを開催。統一時からの課題だった東西格差に改善の兆しが見え始める中、

ドイツは祝賀ムードに包まれている。

式典にはメルケル首相やウルフ大統領のほか、周辺諸国との交渉に当たり、統一実現に大きな役割を果たしたゲンシャー元外相ら約1400人が出席。

欧州連合(EU)欧州委員会のバローゾ委員長やファンロンパイEU大統領(首脳会議常任議長)をはじめとする外国要人も招かれた。

ウルフ大統領は式典で、「自由のために戦ったすべての人に敬意を表する」とあいさつ。

統一後に移民問題が新たな課題に浮上したことを踏まえ、宗教の枠組みを超えた連帯を国民に呼び掛けた。

記念式典は毎年、各州の持ち回りで開かれ、今年はブレーメン州が主催。統一20年に合わせた行事は、

このほかにもベルリンなど各地で1日から実施された。


◆コメント:歴史が動くときの不思議な力。

第二次大戦後、アメリカとソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)との冷戦構造が形成され、

世界は大きく東西に2分されました。ドイツも分断されました。ベルリンは地理的には東独の領域内に

有りましたが、その中がさらに西ベルリンと東ベルリンに別れ、東独側が「ベルリンの壁」を作りました。

冷戦は未来永劫続くように思われましたが、歴史が動くときのパワーはすさまじいものがあり、

1989年、市民により、ベルリンの壁は壊されました。その映像は、全世界に文字通り歴史的な出来事として

大きく報道されました。私の敬愛する、ベルリン・フィルの第一コンサートマスターを25年務めた

安永徹さんは、コンマス正式就任が1985年でしたから、「壁」の崩壊を正に目の当たりにしたわけですが、

後年、

自分が生きている間に、このような光景を見ることが出来るとは、想像だにしなかった。

と仰有っていました。多くの人が同じ感慨を抱いたと思います。

冷戦は、現在も続いているアラブ・イスラエル紛争のように、永遠に続くように思われたのです。

しかしながら、とにかく1989年、ベルリンの壁がなくなりまして、翌年、東西ドイツが統一されたのです。


◆「壁」を超えるのは、普通の人にとっては、大変な手間だったのです。

何しろ、ベルリンの壁を境界として、東ドイツと西ドイツは「別の国」でした。

しかも西は、自由主義、資本主義社会で、東は共産主義国家。下手をすれば一触即発。

西ベルリンから東ベルリンに移動すること。又はその逆に移動するのは、大仕事でした。

互いに「スパイ」に潜り込まれないように、特に東独チェックは厳しく、境界を通過する為に

何時間も待たされるのが、当たり前の事となっていて、皆諦めていました。


◆東西を自由に行き来していた、オトマール・スウィトナー氏(故人・指揮者)。

ところが、そんな時代にも東独は非常に例外的に、自由に東西を行き来出来る特別のパスを

例外的に、ごく限れた人に渡していました。

西ベルリンに住んでいながら、東独のオーケストラを指揮していた、

オトマール・スウィトナー氏もその一人です。


旧東独には良いオーケストラが多いのです。何度かご紹介しましたが、

シュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)、

シュターツカペレ・ベルリン(ベルリン国立歌劇場管弦楽団)。

ライプツィッヒ・ゲバントハウス管弦楽団など、枚挙に暇がありません。


オトマール・スウィトナー氏は、これらのオペラハウスの音楽監督だったので、

西ベルリンに住んでいたのに、「特別のパス」を東独が渡していました。

これを見せれば、あたかも駅の改札を通過するような簡単さで東西を自由に

動けるのでした。スウィトナー氏は、西ベルリンの自宅を出て、東ドイツの

シュターツカペレ・ドレスデンや、ベルリンを指揮していましたが、

東ドイツのコーヒーが大変不味いので、昼食の時には一旦西の自宅に戻って食事を済ませ、

午後からまた東ベルリンでオーケストラのリハーサルをしていたのです。


東西に分断され、互いに「敵国」と見なしていたのに、この「超特別パス」を

渡したということは、東独が如何にスウィトナー氏に敬意を払っていたかの証左です。


◆【音楽】シュターツカペレ・ドレスデン、ベルリンの演奏。スッペの序曲。

勿論、スウィトナー氏の指揮による演奏です。

シュターツカペレ・ドレスデンとスウィトナー氏の演奏がCDボックスになっています。

スイトナー&シュターツカペレ・ドレスデンBOX(10CD)です。輸入盤ですから日本語のライナーノーツは

有りませんが、モーツァルトの交響曲の多くが収録されているのは無論魅力的ですが、

日本では(私が記憶する限り)指揮したことがない、ビゼーの交響曲、チャイコフスキー:弦楽セレナーデ、

シュトラウス父子のウィンナー・ワルツ、ポルカ。スッペ序曲集、

何と、ヒンデミット、ストラヴィンスキーまで。10枚で3,000円台は破格の安さです。

私は決しておカネが余っている訳ではないのですが、これは、と思い買いました。


この中から、非常に意外な、スウィトナー=シュターツカペレ・ドレスデンによる、

スッペの序曲をまず聴いて頂きます。「軽騎兵」と「詩人と農夫」。


喜歌劇「軽騎兵」序曲


Light Cavalry



非常に厚い響きです。これぞドレスデンです。軽騎兵序曲ですら、シンフォニックな音がする。

もう1曲、スッペ。


「詩人と農夫」序曲



Poet and Peasant



良いですね〜。長いチェロのソロがありますが、なかなかこれほど流麗なソロはないです。

その後、3分23秒付近からは、血湧き肉躍る音楽です。



さて、今のはシュターツカペレ・ドレスデンでした。


スウィトナー氏と縁の深い、旧東独のオペラハウスのオーケストラ、シュターツカペレ・ベルリンの演奏。

これは、今年1月にスウィトナー氏が亡くなった時にもお薦めしました。再びお薦めします。

ブラームス「ハンガリー舞曲集」です。


これから3曲。


ハンガリー舞曲第1番



ハンガリー舞曲第1番



切なく、もの悲しいけれど、懐かしい。

続いて一番有名な5番です。


ハンガリー舞曲第5番



ハンガリー舞曲第5番



最後は、ウェーバー序曲集から、


「精霊の王者」序曲。


「精霊の王者」序曲。



月曜日から、音楽で飛ばし過ぎました。本題から逸れてしまいましたが、ご容赦のほど。

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