風紋 もくじ / この前 / この後
デスクトップのパソコンの端末がたくさんある部屋で、たくさんのコンロを使って鍋物をして楽しんでいる…という夢を見た(現実的にはあり得ない夢だ)。夢の中では、食べ終わった後で、必死に片づけをしていた。…季節外れの夢だなぁ。でも鍋物は好きです。すき焼きが好き(駄洒落ではない)。 ここ数日、この場所(「風紋」)に書きたいことがあるのに、書けないというもどかしさがずっとあった。今もある。 以前は、この場所1箇所しか、私の思いをWeb上に書ける場所を持っていなかったから、「書けない」というもどかしさや「書けないけれど、それもそれでひとつのあり方だ」という途中経過なども全部この場所に書いていたのだけれど、今は「そよ風」と、「はてなダイアリー」である「風向計」を持っているので、そのあたりの「揺れ」が3箇所に分散しているという気がする。それがいいことなのかどうかはわからないけれど、今はそれがひとつのあり方なのかと私自身は思っている(あくまで「今」は)。 書く内容の基本方針は2004年7月31日の日記(この場所)に書いてはあるのだけれど、一応方針は決めていても、日々揺れていくものだろう。 で、何を書きたかったかというと、その具体的な内容は、私自身にも曖昧であったりする。とにかく「書きたい」「書いて伝えたい」「いくばくかでも伝わって欲しい」という思いだけが先走っている気がする。その勢いといったら、まるで、ちゃぶ台をひっくり返すがごとく…なのだけれど、勢いだけ…。 思いつくまま。 こうして、私がこの場所に私の考えたこと感じたこと思ったことを綴る意味、について考えている。「意味」というとあまりにも大仰で、範囲が広すぎる気がするので「意味」という言葉を使うのは躊躇いがあるけれど、要するに、何が誰がどうなるかどうなっていくか、ということだ。 そろそろ、この場所に日記を書き始めて2年になる。2年の間に、大きなことから小さなことまで、いろいろなことがあった。具体的に何があったかということは、曖昧に書いていたりしたので(Webという公開の場にはどうしても書けないことがあるので)、読んで下さっている方々にしてみれば「何があったのだろう?」ということは曖昧であったかもしれないけれど、その時その時で、感じたこと考えたことについては、「言葉にならない」「言葉にしたいけれども、言葉にできない」という気持ちを裏に含みつつ、素直に書いてきた…と私自身は思っている。嬉しいことばかりでなく、落ち込んだ時のこと、どん底に落ちて這い上がれないと思ったことも、割と素直に書いてきた。 正直なところ、落ち込んだ時のことを書くのはちょっと躊躇いもあったけれど。 そうやって、その時々の気持ちを言葉という形にして、あるいは、途中からは写真という形も使って、残してきた。しかも、他の方に読んでいただくということを前提にして、つまり「伝える」「伝わるように形にする」という姿勢で残すことで、いくらか、…何と言葉にすればいいのだろうか…、私自身がその時その時の気持ちを整理できてきたような気がする。 もちろん、その裏には、先述したような「言葉にならない」部分も含みながらなので、若干の怖さや危うさは残る。しかし、「言葉にならない部分を含みつつ、読んでいる方々に伝えたいという思いで形にする」ということを私自身が自覚して、日々を綴り、また私自身が時々読み返すことによって、それは、何か、私にとって、「今」を振り返って「次」につながるものであるように思う。 ここでポイントにしたいのは「言葉にならない部分も含む」ということ。言葉にして完結させるのではなく、言葉にできない部分も残しているということ。それは、思い出す余地を残しているということ。こうして日々を綴り、読み返し、思い出すことができるけれど、その時その時で迷いながら言葉を選んでいたな、とか、ここは何度も書き直して削った言葉もあったな、と思い出す。 先日、私は「やっとここまで来た。でもまだ先へ行きたい」と思いつつ、「先」どころか「今」も見えていないということを書いた。確かに「今」も見えていない。でも、こうして、その時その時を確認しながら残すことはできる、と、ふと思った。 私は、本、新聞、雑誌、Web、講演会、直接会話する…その他で、いろいろな人のいろいろな意見や考え方に触れることができる。 その時に、ふっと引っかかったことを大切にしていきたいと思う。きちんとした感想にならず「お」とか「あ」とか「え」という言葉にしかならなかったとしても、その「お」や「あ」や「え」をとりあえず大切にしておいて、その後で、どういうことで私が「お」「あ」「え」と思ったのかを考えていきたいと思う。 賛成、同意する、反対、違和感を感じる…という言葉で最終的にまとめることであったとしても、はじめの「お」「あ」「え」(その他いろいろあるけれど)の感じを大事にしていきたい。 それは「そうそう、それ!」という感じに発展していくかもしれないし、「何だか違う」という感じに発展していくかもしれない。どう転んでも私は私の感じ方でいいのかもしれない。未熟ながら。そしてできれば、それを誰かに伝えていく勇気を持ちたい(Webという媒体以外でも)。 …いや、意見や考え方にとどまらないな。周りのものに対して、できるだけアンテナを張っておきたいと思う。 ふぅ。一応「書く」ことはできた。ひとまず今日はこのあたりでおしまいにする。でもまだ閉じない。まだ続く。迷いや曖昧な部分も残しながら、ふと思いついた方向に進んでいければいいと思う。 明日はどんな日になるかな? いいことがあればいいな。なくてもそれはそれで大切な1日。 メモその1:鈴虫の声を聴いて、人間は「風情がある」としみじみと感動するが、鈴虫は特に人間のために鳴いているわけではないこと。 メモその2:現在、化石として残っている動植物があるが、その動植物は、当時は特に化石になって残るつもりで生きていたわけではなかろうということ。
昨日はとても気持ちが落ち込んでいた。落ち込んで落ち込んでどうすればいいかわからなくて結局何もできなかったという感じ。こういう時は、何をしても悪い方向に進むような気がして、結局何もしたくなくなるし、何もできなくなるということが私には多い。 今日は、師とも兄とも慕う先輩とお話をした。これもとても曖昧な形で私が「お話してください」と申し出たものだった。お話をしたいと思った理由には、私が、右にも左にも前にも後ろにも進めない八方塞がりの行き詰まり状態(と、私自身が思っている状態)であり、困っているから…という理由がひとつある。しかし、相談…という形でもないような気がした。とりあえず話をしたかった。 結果、時間的にも内容的にも非常に濃く、有意義な話ができたと私は思う。話の内容は、まだ消化しきれていない部分もあるし、ひとつひとつゆっくり考えていこうと思うし、今日思うことと明日思うこと、1週間後に思うことがもしかすると違うかもしれないので、しばらく言葉にならない状態で寝かせておこうと思う(あるいは、この場所ではなくて私的な文書としてまとめていくなど)。 迷いながら生きることも、傷や痛みをそのまま傷や痛みとして抱えて生きることも、それでもいいんだなと思った。迷ったり傷ついたり答えを求めようとする過程そのものが大事なのかもしれない。こんな小さい存在である私だけれど。 メモ程度に。これまで私は「やっとここまで来た。でもまだ先へ行きたい」と思っていたけれど、「先」がどこを指すのかわからない…という感じでいた。しかし、「先」の前に「今」は?今はどうなのか?ということも見えていないな、と。 日々考え方や感じ方が変わっていくのは自然なことだと思うけれど、その時その時で「今」はどうなのか?ということを問うていきたいなと思った。 考えて考えて考えつくして形にすること(文章でも写真でも詩でも…詩は書いたことがないけれど)。考えることに疲れたら、ぱこーんとあきらめて、すかーっと空を見て思いっきり周りの環境を五感で味わうこと。とりあえず、そこからかな。 踏み出す勇気。 自転車で家に帰る途中、とある曲がり角を、何も考えずにごく自然に曲がった。曲がり終えて数メートル進んでから、あ、と気がついた。“あ、しまった”という感じ。 …この曲がり角は、いつも曲がる曲がり角ではない。だが2年前、前の家に住んでいた時には、いつもいつもこの曲がり角を曲がって帰っていたのだということに気がついたのだ。 今の家に帰るには、本当は直進した方が早い。最近…少なくともここ半年くらいはそうしていた。その前も、この曲がり角を曲がって帰ることはなかった。 今の家に引っ越してしばらくの間は、うっかりこの曲がり角を曲がってしまうことも割と多くあった。反面、前の家のことを思い出すとつらいので、意図的にこの曲がり角を避けることもあったし、逆に、思い出したいがために意図的にこの曲がり角で曲がることもあった。いずれにしてもこの曲がり角を通過するのに、無意識のうちに気合いを必要としていることには違いない。しかし、ふっと気合いが抜けることがある。しかし、2年も経って、このようなことがあるとは思いもしなかった。 この曲がり角を曲がっても、今の家に帰れるので、そのまま帰った。この道、ほとんど通ることがなくなっていたなぁ。変わったところもあったし、変わっていないところもあった。公園の桜は、見事に鮮やかな緑の葉を茂らせていた。子どもたちが笑いながら駆けていった。 前の家のあったところは、すっかり更地になっていた。できるだけ何も考えないようにして、その場所を通過した。 ちなみに、説明を加えておくと、私が約2年前まで住んでいた家はとある事情で解体されている。そして約2年前に私たち家族は、前の家からそう遠くないこの地に引っ越してきたのだ。前の家の跡は別の用途に使われるのを待つばかりで、今は空き地になっている。つい最近、工事の手が入りはじめている。私の気持ちとしては、「前の家の跡」という漢字をあてるよりも「前の家の痕」という漢字をあてた方がよいかもしれないという気がする。 前の家のあったところを通過するのには、慣れたといえば慣れた。なんだかんだと言って私は要領がよく効率のよい方法を求めてしまうようで、目的地に近い道を通ろうとすると前の家のあったところを通過してしまう。無意識のように、見ないように、何も考えないようにしてきた。でも、こうして、前の家に帰ってくるのと同じ道を通って、この土地に辿り着くと、言葉では言いあらわせない思いが胸をよぎった。胸をちくりと刺されるような痛み?…今は敢えて言葉にするまい。
書きたいという気持ちはとてもあるのに、何を書いたらいいかわからず、とにかく「今日は今日のことを残すのだ。残したいんだ。今日生きたということをなんとしても書き残したい」という気持ちが先走るときがある。今日はそんな日。たぶん。
ここ数日、調子がよかったので、できることをしておこうとばたばたと仕事に取り掛かっていたのだが(進捗状況がどうであったかは…問わないとして)、そうこうしているうちにパソコンの調子が悪くなった。で、余計にあたふたばたばたとしていた。パソコンが使えないと仕事のうちの大半ができないということもあって、気分的にも落ち着かず、いわゆる「テンパった」状態になっていたかもしれない。 BGM:吹奏楽のための音詩「輝きの海へ」(八木澤教司作曲) 詳しい情報は、後日「はてなダイアリー」にでも書こうかなと思う。一言で現すと「聴くだけで海に行ける。海の様々な表情を感じることができる」曲だと思う。 そういえば、「海を見る」というのは今夏の目標のひとつだったはずだが、未だ実現していない。私は海が好きです。
昼間に突然パソコンの調子が悪くなりました。私自身のパソコンではWebにつなぐことができませんが、家にある別のパソコンでWeb閲覧もメールチェックもその他可能なので、ちょっとほっとしています(ただ、家族のパソコンなので他の方々の日記を読むことができないのがつらい…)。 追記: 何とかなりました。ばんざーい。 …何とかするだけで疲れ果ててしまったのでひとまず今日は休みます。 何をどうしたのかは、また説明するかもしれないししないかもしれません。とにかく通常営業に復活できる状態です。 パソコンが思うように使えないと本当に困るなぁということをこの24時間…よりはもう少し長い…36時間ほどで実感して、実感する一方で、私はなぜそんなに困っているのかな?当惑して変な気分になっているのかな?ということについてもいろいろ考えたのだけれど、とにかく今日は休みます。 (2004/08/19,00:40追記)
まず何をおいてもはじめに。今日は忘れてはならない日だと私は思う。この日だけ、この季節にだけ思い出すのは意味がないとは思うのだけれど、1つの区切りとして今日という日を。この季節だからこそ、新たに思い返すということもあるのかもしれない。 さて。 なぜこんな時間にここに日記を書こうとしているのか、実は私自身もよくわかっていない。ただ、書きたいと思うから書いている。しかし、なぜ。 時々訪れる、ぽこっと胸に穴のあいたような寂しさのためかもしれない。寂しくなければこんなところ(公開の場)に書こうとは思わない。しかしそれで寂しさが埋められるとも思わない。 結局私は、どこまでいっても寂しい(これを「人は」と一般化できるかどうかわからないので敢えて「私は」と書く)。しかし、寂しくない。私はひとりではあるけれど、ひとりではない。 「私はここに居るんだよ」と伝えたいのか、伝えられたいのか。忘れるのは嫌だ。一方で忘れられるのも嫌だ。 そんなことをくるくると考えていたら、昨夜は非常に妙な時間に眠りにつくことになってしまった(誰のせいでもない。たぶん私のせいでも…ない)。一方で今朝は非常に妙な時間から起きている。だからと言って大丈夫ではないというわけではない。でもたぶん、数分後か数時間後にたぶんもう一度寝ることになるだろう。 関係があるようなないような話だが、今の家に引っ越して来て2年が経とうとしているが、時々家の中で私自身がどこにいるのかわからなくなることがある。と言っても別に大仰な家だというわけではなくて、眠りから目が覚めた時に、ここは前の家のあの空間だったと思うけれど、と思いながら起き上がったら全然違って今の家の風景が目に入ってきたり、こうして机に向かっていると、ふと周りに何がどのような配置であるのか、前の家の部屋の配置とごっちゃになってわからなくなったりということがある。思い出しても前の家はもうないんだけれど。解体されたから。 あ、お坊さんがお盆のお参りに来て下さった。一緒にお仏壇の前でお経をあげてこよう。 …まとまらないまま一旦ここで筆をおく(厳密には「筆」ではないけれど)。たまには私もぐるぐるするのです、というか、実はいつもぐるぐるしているかもしれない。それでも着実に何かが必ずどこかで1歩進んでいるのだと信じたいけれど。続きは書くかもしれないし書かないかもしれない(曖昧)。 (ここまで、2004/08/15,10:55記す)
前回(8月6日)の日記で「あまり自覚していないが、少し疲れているらしい」と書いたのは、あながち嘘でもなかったようで、「夏バテまっさかり状態」が継続している。あ、別に夏バテになったのは誰が悪いわけでもなく、単に私の体力不足と体調不良が天候と合わなかっただけなのかもしれないけれど。今も「何となく変だな〜だるいよ〜」という感じでいる。 というわけで、今日は「朝6時頃に散歩をする」ということを「1つのこと」にした。というわけで、ばんざい。 案外涼しくて、風もあって、空は雲ひとつなく真っ青で美しかった。 ところで、ここで話はがらっと変わる。 小学校高学年や中学生になると、授業用のノートとして普通のノートを使うのが一般的だと思うが(そのうちにルーズリーフに移行していったりもするが)、小学校に入りたての頃は、まず「こくご」「さんすう」などと書かれた学習帳を使うのが普通かなと思う。私の場合、算数、理科、社会あたりは徐々に普通のノート、あるいは罫線や方眼が薄く見えるだけのノートに移行していったが、漢字練習帳と連絡帳は割と長く学習帳を使っていた。 で、私が連絡帳として使っていたのはごく普通に縦罫線が入っただけのものだったが、なぜか家には、使いもしないのに1日1ページ式の連絡帳があった。例えば、こんなのとか、こんなので、要は明日の時間割と持ち物を1日1ページに書くのだ。 で、子どもの頃、この「連絡帳」に1ページずつでたらめの時間割と連絡を書いて妹と交換して見せ合いっこして遊んでいたことがあった。内容はあまりにも子どもで莫迦だったので恥ずかしくて一部しか書けないが、たとえば「1時間目:音楽:ドレミファソラシドを歌うだけ。2時間目:算数:数字の「1」の書き方の練習。6時間目:面倒なので勝手に帰る。宿題:昼寝すること。持ち物:昼寝した証拠のまくら」など。 で、交代に書き合いっこしていたのだが、「図工」で、妹が「写生(雲ひとつない空)」と書いてきた。で、私も「写生(洗濯したての真っ白なシーツ)」など、まぁいろいろと書いていたのだけれど、今朝歩いていて空を見上げると、これ「雲ひとつない空」だなぁ、と思い出してしまった。 当時の私たちは、「雲ひとつない空の写生にしても、洗濯したての真っ白なシーツにしても、写生の対象としては一色で仕上げるしかない」というオチで笑っていたのだが、今、よく考えると、「雲ひとつない空」を絵に描くのはけっこう難しいのではないかなと思った。 例えば、もしかすると青い空一色に見えてもよく見ると濃淡があるかもしれないし、それは時間によって変わるかもしれないし、そもそも、色として何を使う? 「青」が一般的なのだろうが、絵の具や色鉛筆の「青」を使ったところで見た空とぴったり同じにはならないだろう。 それにしても今朝の空はきれいだったが、写生したり、写真に撮ったりするのは案外難しいだろう。私が散歩していて、風を受けていて、ちょっと靴擦れで足が痛くて、周りの風景もあって、それで私が「今朝の空」をとらえたのだから。 余談ですが、莫迦莫迦しいかもしれないですが、「1日1ページの連絡帳で架空の時間割を作ろう遊び」、人によってはけっこう面白いかもしれません。でも1人でするのはむなしいので、できれば2人以上で回覧しながら遊ぶのがよいと思います。 どうも最近、いろいろ調子が悪いようなので、積極的になりながらも気をつけて過ごしていこうと思う。余裕があったら楽器を吹きに行こうかとも思っていたが、お休みした。
どうやら、少し疲れているらしい。あまり自覚していないが、疲れているらしい。ある人と電話をしていると「いつもより声が単調でかくかくとして聴こえる」と言われた。ここ数日、動き回っていたのは事実。でも、私が出来る範囲で動き回っていたし、何よりも私自身がそうしたいと思ったから、出かけ、人と会い、美味しいものを食べ…という日々を過ごしていたのだ。まさに「なつやすみっ♪」という日々を過ごしていた。楽しかった。 鞄を整理していると、普段あまり使わないポケットから、紛失したと思っていたシャープペンシルが出てきた。嬉しかった。たった100円のものではあるけれど。 水面下で、浜梨さん改造計画進行中(←自分自身に「さん」をつけているのは単なるお茶目心)。日記を書くことででも、少しずつでも、きっかけをつかみたいと思う。 いくら夏バテによる体調不良の日が続いていたとはいえ、いくら夏で日付の感覚がゆるんでいたとはいえ、今日という日が何の日なのか、過去に何が起こった日なのか、今年は直前まで考えに浮かばなかった。なんてことを、私…と、思う。ごめんなさい、と思う。 忘れられないし忘れてはならないのだろう。もちろん、8月だけ考えればよいというものではないのだけれど。せめて8月くらいは。できれば、いつも、あるいは、時々でも。
ちょうど1年前のこの日に訪れ、歩いた街を、再び訪れ、再び歩いた。今日はひとりで。ちなみに1年前のこの日の日記はこれ。 誰かに何かを伝えたい、という想いは、なぜどこから生まれるのだろうと考えていた。 嬉しかった気持ち、悲しかった気持ち、つらい気持ち。ひとりで抱えていてもいいのに、伝えたい、という想いがある。 心を動かされたこと、素直に素朴に「見て,見て〜」「来て,来て〜」と伝えたいこと。 今日出逢った言葉。 「人は皆、自分の力で何もできない時は祈るしかないのだ」 この言葉を支持するかどうかはおいておいても、私が「苦しかったし、今でも苦しい」と打ち明けた時に「何を誰に祈るのかわからないけれど、祈りに似た思いを抱いている」と伝えてくれた人を思い出した。そして、その後、その人にも、他の人にも、祈っていただいていたことを思い出した。そういう人が生きていてくださるだけで、ありがたいと思った。 私も祈る。どうすればわからないけれど、ただひたすらに、私は生きる。 再宣伝。はてなダイアリーで「風向計」この場所)という日記をはじめることにしました。今は趣味であり私の生きる支えである吹奏楽の話が多くなっていますが…(そして相変わらず「はてなダイアリー」の使い方をあまり理解していないのでありました)。 あ、でも、ここから「風向計」へのリンクをどう貼ればいいかわからないな(研究します…)。
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