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2022年08月28日(日)
『ブエノスアイレス 4K』

『ブエノスアイレス 4K』@シネマート新宿 スクリーン1


今年の春にこの4Kレストア版の公開が発表され、よし今度こそと待っておりました。いや〜やっと、やっとだよ……。その間レスリー・チャンは亡くなり、プレノン・アッシュもなくなり、香港はあのときの香港ではなくなってしまった。「やり直し」の旅にも、残り時間というものはあるのだ。ただただ呆然と彼らを見送る。

いや、しかし、観てよかった。エゴとエゴで殴り合う恋人たち。停滞する男たちに爽やかな風を吹き込む若き旅人。トニー・レオンもレスリー・チャンもチャン・チェンも瑞々しく、痛々しく、戻らない青春を体現している。トニーは還暦になり(!)ハリウッド映画にも出演。今回の特集上映で初めてウォン・カーウァイ作品と出会う若い観客もいるだろう。これをきっかけにレスリーを知るひともいるかもしれない。こうして故人は何度でも観客の前に現れ、その心に消えない傷を残す。

自分が立っている真裏へと移動する。その距離と時間を思う。そこで資金が尽き、パスポートも失ったウィンのことを思う。「会おうと思えば、会うことができる」というファイの目に映っているのは誰だろう? クリストファー・ドイルのカメラが捉える南米の夜、滝、灯台。この世の果てのようだ。

相次ぐストーリー変更、予定を大幅に超え長引く撮影(アルゼンチンで!)、追加キャスト召集(わざわざアルゼンチン迄! しかも兵役前の休暇に入ろうとしていたチャン・チェンを呼びつけて! シャーリー・クワンに至っては撮影したのに結局使われなくて!)と撮影は混乱を極めたようだが、その煮詰まりが、そっくりそのまま恋人たちの関係に重なるよう。ひとりは出発し、ひとりは留まる。動けなくなるといった方が的確か。

今観るこの映画は、当時から現在への時間をも呑みこみ、熟成を続けているようにも感じる。今彼らはどうしているだろう? 彼らが出て行き、再び帰ろうとしていた国で、こんな映画をまた撮ることが出来るだろうか。一方、彼らが目指していたイグアスの滝や、旅人が辿り着いた世界最南端の灯台は、変わらず人々に荘厳な姿を見せてくれるのではないか。あの場所は、人類が滅んでも存在し続けるような気がする。

シネマートのサウンドシステム、「クラシカルブーストサウンド」での上映。ふたりのキスの音、踊るダンスはピアソラ、中華鍋とお玉の衝突、滝の轟音、エンディングの「Happy Together」。最高でした。

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・ウォン・カーウァイ『ブエノスアイレス』。男性同士の愛を描いた重要作を3つの視点で再考┃CINRA
チャンの存在そのものは、同業者やファンを勇気づけることに貢献し、同性愛に対する香港の映画産業の意識を変えていこうとする原動力となったはずだ。


今回が初見だったので、どの部分が短くなったのかや修復された映像がどのように違っているかは分かりませんでした。暗さや粗さがあってこそ、という場合もあるし、監督が納得することがいちばんかな

・衣装、菊池武夫だったのね!

・トニー・レオン、坊主頭だとときどき三島由紀夫に見えてしまい困った。近年三島の映像見る機会が多くてね…モノクロのシーンはなおさらね……


修復前にもこのシーンはなかったと教えて頂きました。そうなのか……


以前シネマートに他の映画を観に行ったとき、ロビーの隅に置かれたちいさなテーブルで、飾り付けをせっせとカッターナイフで切り抜いていたスタッフさんを見掛けたことがありました。
コロナ禍に入ってから拍車がかかっているような(笑)。いつも楽しい場づくりを有難うございます!



2022年08月27日(土)
八月納涼歌舞伎 第三部

八月納涼歌舞伎 第三部@歌舞伎座


歌舞伎の底力に感服しつつ、行政なんとかしてくれと歯ぎしりもしますよそりゃ。こんなことがいつ迄も続いていい訳がない。しかし本当に、歌舞伎役者と公演に関わるスタッフはすごい。

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ソニマニの前日、第一報。

・8月19日(金)第三部 公演中止のお知らせ┃歌舞伎美人(8月18日)
まあ予感はしていた…一、二部がバッタバッタと閉まっていくのを横目に、そろそろきそうだなとは思っていた……。そして、一、二部ともに1〜2日で代役を立て再開しているニュースを見て、流石だと思いつつも、興業側の切迫感もひしひしと感じた。

・第三部 8月20日(土)より公演再開のお知らせ┃歌舞伎美人(8月19日)
ソニマニに出かけたりスパークス祭りにどっぷりだったので、この知らせを見たのは8月21日。やっぱりなあ、すごいなあ。しかし無邪気にすごいすごいとも言い切れず。

昨年は各部の出演者とスタッフを完全に分けていたので、ひとつの部で感染者が出てもその部だけを閉めることでなんとか興業を成り立たせていた。しかし今は規制緩和を受け、複数の部に出演する役者が増えた(通常は当たり前のこと)。今回感染者/濃厚接触者が出たことで、ふたつの部が休演になってしまった。

現状、感染するのはもう仕方がない。責める道理なんてない。ショウ・マスト・ゴー・オンは、本当に困難で厳しい状況だ。観る側としては、配役変更は残念ではあるが、幕を開けてくれたことに感謝するばかり。そんなこんなでハラハラしつつも、それを逆手にとる舞台上の役者たちに大いに笑わせてもらい、泣かせてもらい、唸らせてもらいました。

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染五郎くんと團子くんがふたりでやる予定だった四役を、四人の役者に割り振っている。よって、ふたりが早替えで出てきて湧くであろう場面が妙に間延びする。ほら、早替えのときって、とってつけたような時間稼ぎのやりとりがあるじゃないですか(笑)。今回それをやる意味というのがほぼなくなるのね……事情を知っているとこれはこれで面白い。

しかし代役にしろ、それに伴う演出変更にしろ、1日の稽古で再開したってことよね? しかもこれ新作ですよ? すごすぎるがな……。本来の役に戻って出てきた笑三郎さんが「落ち着くわ〜」といって大ウケでした。

目玉は、なんといっても染五郎くんの代役を務めた猿弥さん。年明けも『岩戸の景清』で松也さんの代役を務め大評判だった。安心と信頼の市川猿弥! 芝居は安定、踊りも軽やか、ちょいちょいアドリブも挟む。重ねていうけど新作です。段取りも、踊りの振付も一から覚えなければならない。いや、本役の段取りや振付に上書きせねばならないのだから、より難しいだろう。踊り比べの場面では、「三番叟」等の古典を応用したものもあったけど、「ウエスト・サイド・ストーリー」風のモダンな踊りもあった。それを流麗に舞っている。感嘆しきり、ため息が出る。同じく團子くんの代役を務めた上で本役も演じた隼人くんもお見事。

本来の話をしますと、長崎の島に流れ着いた弥次喜多が、人助けをしたり、悪者を懲らしめたりしつつもちゃっかり泥棒とかして、ようやく江戸に戻ってきたら疫病で歌舞伎座が大ピンチ、買収話も浮上して……? という筋立て。ブラックな労働環境や、社会が荒むと文化や芸能が虐げられるさまをチクリと描き、「でも、こういうときこそ芸能が皆を元気づける」と宣言する。ノンシャランとした振る舞いの猿之助さんがいうから尚更響く。

寿猿さんもご健在。初っ端の台詞を一部飛ばしてイジられる場面はご愛嬌(また若手たちがうれしそうに、でもあたたかくイジるのよ。「まだいいたいことがあるんじゃねえのか」とか。それを受けてキャッとなる寿猿さんがまたかわいかった)。「あんたたちのお父さんもお祖父ちゃんも曾お祖父ちゃんも見てきたけど、それに比べりゃまだまだだよ!」の台詞には説得力しかない。その上で「アタシがあんたたちの、歌舞伎座の行く末をいつ迄見守れるかわからない、だから精進しなさい」みたいなことをいうのよね……神妙に、かつ決意を込めたような表情で頷く一同。虚構と現実が交差する瞬間。ここには涙が出ました。こういう場を用意するところも、一座の度量ですね。

それにしても猿之助さん。「これ以上はいえねえや、竹本さんお願いしまーす」と義太夫さんに続きを振ったり、復帰したての幸四郎さんに「ずる休み?」なんて話しかけたり(不意打ちされた幸四郎さん、すごい慌てて「ずるじゃねえよ!」と答えていた)、舞台上では天真爛漫に振舞ってい乍ら全体をきりりと締める。すごいとしか……第二部の代役も務めて、第三部の演出変更も手掛けてるんですよ? 本当にすごい。

あと小道具と、その操作がすごくかわいかったです。カニとかタコとか。ほんといい座組。文明堂ネタは言わずもがな、鳩の精はあれ絶対鳩サブレーだろってな扮装だし、興業に関わる商店や製造業にも光を当てるその気配りにも泣き笑い。こうした協力体制に拍手を贈りつつ、やっぱりお上に怨み言の一つもいいたくなりますね。なんとかせえや。

三階席最前の花道横=宙乗り真横だったので、飛んでくる寿猿さんや主役四人もめちゃめちゃ近くで観られました。目が合った! 私を見た! くらいいわせてください。寿猿さんのゴンドラ底には「歌舞伎役者最高齢宙乗り ギネス申請中!」、猿之助さんの褌には「歌舞伎座復活!!」と書かれていて(幸四郎さんの褌はヒラヒラしててちゃんと見えなかった……)ニコニコしました。

配役が発表になったとき「総長シー子!? どんなん??」とドキドキしていた新悟くんも立派でした。映えるわ〜。てかあんなに長時間踊りの見せ場があるとは……演出変更の関係なのか、それとも? しかしたっぷり踊りを観られてうれしかったです。

本水の立ち回りに文字通り涼しくなり、すっかり納涼気分。一部を観ていないのに(…)アトム弁当と、おなじみめでたい焼を買って帰りました。こちらもお店の方の気配りが素晴らしかったな……有難うございました、おいしかったです!

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・世紀の美少年の代役は「ぽっちゃり55歳」…目を疑う歌舞伎座の奇策が成功した理由┃読売新聞オンライン
「ピンチをチャンスに変えるには、滅多に見られないものにしてしまおう」
「でもまあ、みんなこういう状況には慣れている」
「鉄則として、代役の人はふざけてはいけないんです。周りは色々いじってもいいけど、代役の人がふざけてやると本当にオチャラケになってしまう」
「まぁ、役者は家で覚えりゃいいけど、すごいのは衣装と床山です。1日で作ってくれた。その心意気が一番ありがたい」
「ぜひ、見に来ていただきたい。公演は30日までなので(染五郎と團子も)もしかしたらギリギリ戻ってこられるかもしれない。今からチケットを買っておいてはどうでしょう。」
猿之助さん、金言しかない。その上、二部の代役は「一度も見たことがないまま、代役を引き受けた」。評判は伝わっていたけど、怪物っぷりに震撼すらしました

・歌舞伎俳優 市川寿猿さん 92歳 公演でゴンドラでの宙乗り披露┃NHK
寿猿さんは初宙乗り。「本人がうれしそうなので、それがいちばん」「92歳でも現役で舞台ができるという姿を見て、少しでも観客の力になれば、これほどうれしいことはないと思います」。猿之助さん、ホントにもう……

・市川染五郎と市川團子が過去作&新作を語る! 8月は「弥次喜多流離譚(やじきたリターンズ)」で会いましょう┃ステージナタリー
うん、観たかった、観たかったよ……でも仕方ない。29日から復帰したそうです

・そういえば浅野和之ネタがあったんだけど、あれ日替わり? それとも本当に浅野さんいらしてたの?



2022年08月23日(火)
TONKOU LIVE PERFORMANCE

TONKOU LIVE PERFORMANCE@BLOCK HOUSE 2F


ex. mouse on the keysの清田敦のソロプロジェクト、TONKOUのデビューライヴです。instaで告知され、売り切れるのも早かった。告知はtwitterにも転送されてはいたんだけど、instaへのリンクのみって感じで気づいてないひとが多かったかも。リリース等の告知もinstaストーリーズをうまく使っている=twitterにはあまり向いていないやり方なので、客層というかターゲットを絞っているのかもしれない。


だいたいBLOCK HOUSEのサイトに載ってる地図、AudiはもうWeWorkになってますよ…時代……。ちなみにこの右に写っている建物は、Tokyo Hipsters Clubだったとこ。昔ジョン・スクワイアの個展やってたなー。もう10年くらいほっぽらかし状態じゃないか……都心って結構こういう、置いてけぼりにされてるスポットありますよね……。

ちなみに水曜カレーは、清田さんがinstaで話題にしてたので知りました。もともと馴染みの場所のよう。来場案内にも「この日はカレーはやってません。開演迄3Fでドリンクを楽しんでね」みたいなことが書かれていた。いつかカレーを食べたい……。

・BLOCK HOUSE 水曜カレー┃Instagram
・王道すぎず創作すぎず「15°くらいのヒネりを加えた」水曜だけのお楽しみカレー!┃食べログマガジン
「冷やしアジカレー」おいしそう〜。

閑話休題。普段ギャラリーとして使用されている2Fは、真っ白な壁に囲まれた空間。観客は40人くらいかな? 結構な台数のカメラがセッティングされていたので、何かしらの映像作品が出ると思われます。楽器から1mくらいの位置に椅子が4脚。流石にこんなかぶりつきで観るのはためらわれる(笑)。近くにいたひとが「こんな距離で観られたら緊張するよねえ」と話していた。ちいさなお子さんづれのご家族が座ってホッとする。このお子さんら、ちいさいだけにもじもじしていたが大きな声を出すことなく聴いていました。

デカビタCのボトルを手に出てきた清田さん、「じゃ、やりまーす」。1曲演奏が終わるとはぁ〜、といった感じで左胸を押さえていた。やっぱり緊張するのかも。MCは「じゃあ、次」とか「やりまーす」「終わりまーす」くらい。全部で9曲。アンコールが止まず「さっきやった曲をやります」ともう1曲。思えばmotkでも喋ったこと殆どないもんね。洗練された演奏と朴訥なMCというギャップが微笑ましかったです。

エレピのみ、エレピとPCからのアンビエントサウンド/シークエンスとのアンサンブル。ミドルテンポで、リフが淡々と変化していくミニマルな楽曲たち。しかしその変化が、遠景を見渡すかのように拡がっていく。静かな風景にも劇的な一瞬があるように、みるみる姿を変える雲のように。そして鳴ったそばから消えていく音は、聴き手の脳に残像を焼き付ける。まるで水に描かれた風景画のよう。炭酸水の泡のようでもある。

聴き手にふわりと寄り添うような楽曲たちは、きっと秋には秋の、冬には冬の思い出になりうる。でも今は、夏の思い出だ。

夏がものすごく苦手なのだ。というか暑いのが本当にダメなのだ。でも夏は音楽フェスがあったり、こうしてリリースされたばかりのナンバー「Summer Heartbreak」を聴けたりする。おいしい水を飲んだかのように、心が潤いを取り戻す。どんよりとした熱気に、清涼な風が流れ込む。音楽がなければ夏は越せない、そう思う。

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・TONKOU / atsushi kiyota┃lit.link


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TONKOU - Summer Heartbreak
Director: Hiroto Sawano
Editor:Hiroto Sawano
Assistant:Amane Fukuzawa
Starring:Kohei Otokonari
Guest-Starring:chun2
Presents:KIOKU disc
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男成公平さんはTOXGOのスタッフ、chun2はfrom COMEBACK MY DAUGHTERS。会場の選択といい、人脈というかコミュニティの広げ方といい、いいセンスだなあ。なんだかTOKYO No.1 SOUL SETを思わせる。これは面白くなりそう、今後の展開に注目します!



2022年08月22日(月)
SPARKS SUMMER SONIC EXTRA

SPARKS SUMMER SONIC EXTRA@WWW X



楽しい時間はあっという間に終わる。でも楽しかった思い出はずっと残る! 怒涛の4日間でした。


前日はサマソニ大阪から日帰り。暑いし疲労もあるだろうし、単独はチルな感じでまったりでもいいのよ〜なんて思っていた。ところが今回のツアー中最も長時間、セットリストも特別メニューでラッセルの声もいちばんパワフルだったような…大阪には行けなかったから定かではないけど……。すごい、すごいよ。単独ならではのアットホームな雰囲気と、フェスを経たダイナミック、エキサイティングな演奏を同時に味わえました。

客入れBGMは日本のGS。加藤賢崇さんのツイートによると岸野さんきっかけの本人たちセレクトらしい。日本の映画好きというのは有名だけど、音楽にも興味を持って、自分たちでディグってるのが素敵だなあ。

場ミリに従い空きスペースを探す。下手側後方になんとか隙間を見つけ、まあなんとか見えるかな? なんて話していたら、前の方が振り返って「見えますか?」と声をかけてくださった。それがなんと美馬亜貴子さん。はああ大丈夫です! 有難うございます! セトリを撮らせてくれた方と「すごくよかったですね!」と話したり、手づくりのアップリケつけたTシャツ着てきてるカップルがいたり、なんかもうフロアが優しさと愛に溢れていたよ……。

これで最後かと思うと「So May We Start」イントロのピアノが鳴り出した途端に涙出ましたよね。でも最後だからこそ思い切り楽しむのだ。ラッセルもロン兄もとても楽しそう。うれしい。ラッセルのジャケットにキティちゃんのブローチがついてるというのはソニマニから帰宅後、配信を観ていたどなたかのツイートで知って、あー映像だと寄りで見られるもんね、肉眼ではわからんかった……と思っていたんだけど、単独のちいさいハコだと結構後ろ目の位置からでも見えました! きゃわわー。


そうそう、日本に着いたよ〜ってツイートの画像で、ラッセルはキティちゃんと手を繋ぐようにポーズをとっていたな。かわ…かわいい……。

そして今日、キティちゃんブローチの下には、黄色と白の記章というのか、式典とかでつける花形リボンを着けている。何か文字が書かれているが見えねえ〜、何〜と思っていて、帰宅後この方のツイートで「司会者」と書かれていたと知る。集合知有難い有難い。てかどこで見つけてきた。手鏡に自分を映して唄う「I Married Myself」もよかったなあ。僕は僕と結婚するんだ〜。心憎い演出にホロリですよ。歌詞に合わせたジェスチャーをするところも可愛いよね、「Lawnmower」の“I'm pushin'”のところとか。一緒にやるわよ押すわよ、そして手を叩くよ。

集合知といえば、「Shopping Mall of Love」でロン兄がセンターに出てきてハンドマイクで「Yeah.」とポエトリー・リーディングするところがあるんだけど、途中そこを「Small Stage.」と言い替えて拍手喝采だったの。でも帰宅後、段差に引っかかって尻餅をついた後のことだったと知りヒェっとなりました(動画もあった)。見えてなかったよ…怪我なくてよかった……。

「Wonder Girl」では、「僕らの最初のアルバムの、最初の曲。トッド・ラングレンプロデュース」とMC。「We Love Each Other So Much」の前には、「僕たちはラッキーだった、『スパークス・ブラザーズ』と『アネット』が日本で同時に公開されて」。新旧織り交ぜた、キャリア総ざらいのセットリスト。スパークスはずっと進行形。そしてどの曲をやってもフロアの反応がいい。どの時代から触れたとしても彼らは受け入れてくれるし、どの時代の曲にも私たちはアクセス出来る。

それにしても「We Love Each Other So Much」、アダム・ドライバーとマリオン・コティヤール両方のパートをラッセルがひとりで唄ったのよ! ラッセルがラッセルをラブイーチアザーそーマッチですよキャーーー!!! 理性が飛ぶわ。いや真面目な話あの音域の広さよ……先日小林建樹さんが「高音が地声で出せなくなったら裏声で出せばいいかと思ってたけど、実際にはむしろ裏声を出すこと自体が(歳をとると)難しいって気付いた」って話してたんだけど、ラッセルのファルセットの美しさと強さ! 素晴らしい!

あとバンドがよい…「This Town〜」には欠かせないのエッジィなギターと力強いイーブンキック(しかもツーバス)、「All that」のアコギ……よかった……。

アンコールでは、ロン兄が『男はつらいよ ビームス篇』のTシャツで登場して大ウケ。寅年に合わせてこういうのやってたんだな……もう、かわいい! かわいいしかいってない。多幸感でいっぱいの「Suburban Homeboy」、だけどお別れは目の前。幸せなのに泣けてくる。最後の最後は「All That」。

“All that we've done, we’ve lost, we've won / All that, all that and more”
“I can't believe my luck in meeting you”

ラッセルは「じゃあね、またね。」といい、ロンは「大好きです。」といって去っていった。私も大好きです。有難う、有難う、さようなら。じゃあね、またね。

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setlist(setlist.fmから引用

01. So May We Start
02. Angst in My Pants
03. Tips for Teens
04. Under the Table With Her
05. I Predict
06. I Married Myself
07. Wonder Girl
08. Stravinsky’s Only Hit
09. Shopping Mall of Love
10. Johnny Delusional (FFS cover)
11. We Love Each Other So Much
12. Lawnmower
13. Music That You Can Dance To
14. The Rhythm Thief
15. Never Turn Your Back on Mother Earth
16. When Do I Get to Sing "My Way"
17. My Baby's Taking Me Home
18. The Number One Song in Heaven
19. This Town Ain't Big Enough for Both of Us
encore:
20. Suburban Homeboy
21. All That
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それにしてもこんな祭りになるとは。イヴェンター、映画配給会社、レコード会社の尽力には感謝しかありません……つっても今の日本のディストリビューターはどこよ? エージェントも2年前はMagniphから派生したSilent Tradeだったけど今のサイトには載ってないし、どうなっているのやら。それはともかく、スパークスのおふたりが日本を楽しんでくれていた様子なのがとてもうれしかったです。


本当に有難う、元気でね。また来てね。

祭りが終わった……健康に気をつけ続けなんとかなったのでこれからも健康に気をつけてなんとかしたい! 皆様もご無事で!



2022年08月20日(土)
スパークス来日記念『アネット』再上映&舞台挨拶

スパークス来日記念『アネット』再上映&舞台挨拶@ユーロスペース スクリーン2


撮影タイムで一斉にスマホやカメラを構える客席を見て大ウケしたあと、じゃあこっちからも撮っちゃお〜、とラッセルがカメラを構えたところ。ロン兄、お寿司屋さんみたいな上着(法被コートっていうの?)着てたけどどこのブランドだろう、どこで買ったんだろう。袴みたいなパンツも合わせて似合ってたわ〜オシャレだわ〜。ラッセルの花柄ジャケットもかわいかったわ〜オシャレだわ〜。


でへへ、私も写っているわ。

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ソニマニ帰りはそのまま健康ランドとかに行っておふろ入って、夕方迄ゴロゴロダラダラ休もうと思っていたのです。テルマー湯も24時間営業が復活したし(コロナの影響で営業時間を短縮していた)、ルビーパレスもいいなあなんて。そしたら8月10日になってこんな発表が。



・スパークス来日記念!『スパークス・ブラザーズ』『アネット』再上映&舞台挨拶開催決定!┃Fan's Voice

『スパークス・ブラザーズ』再上映&舞台挨拶
8月20日(土)9:40上映回(上映後)
渋谷シネクイント スクリーン1

『アネット』再上映&舞台挨拶
8月20日(土)14:20上映回(上映前)
ユーロスペース スクリーン2

『スパークス・ブラザーズ』Blu-ray/DVD発売記念
8月20日(土)16:10〜16:40
銀座 蔦屋書店

…………健康ランドは夢と消えた。

蔦屋書店は限定30名だから諦めるとして、ソニマニから寝ないでシネクイントに向かうか、帰ってちょっと休んでユーロスペースに行くか。体力的に両方は無理。ソニマニをスパークス後切り上げて帰ればなんとかなるかも知れないけど、その選択肢はない(その頃には終電も終わってそうだし)。スパークスのトーク付きで『スパークス・ブラザーズ』が観られる機会なんて多分二度とないよ…しかしそれは『アネット』も同じか……。

迷った末『アネット』一択に。なんとかチケットもとれ、ソニマニから帰宅して4時間寝て、渋谷へ向かいました。思えばソニマニ、スパークスの出順が早め(23:00〜)だったのはおじいちゃんたちを少しでも休ませるためだったのかも。休んで! 無理なく! 来日期間中宿泊しているホテルは渋谷だったので(他のアーティストもそうだったけど、SNSからダダ漏れですよ……)会場も近いもんね!

入場時にQRコードのついた用紙を手渡される。質疑応答時の発声やマイクのやりとり等の接触を避けるため、QRコードからアクセスしたwebに質問を記入して送るシステム。通訳は、洋楽好きにはおなじみの丸山京子さん。通常は聞き手の耳元近くに寄って話すのだけど、距離をとって大声になるのも困る。なのでマイクを使わせてください、と断って通訳されていました。さまざまなコロナ下での気遣い。

岸野雄一さんが司会だったこともすごいよかったなー。個人でHELLO YOUNG LOVERSツアーを招聘してくれた方。恒例のオープンプライスコンサートで、SPARKSがシークレットゲストとして(R&R Brothers名義)出演したこともあった。愛ある交流が続いていてとてもうれしい。彼らのことを深く理解した的確な進行で、落ち着いて話を聞けました。

以下おぼえがき。記憶で書いているのでそのままではありません。どこかに詳細なレポート出るんじゃないかな、出てくれ〜と期待。

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・入場時ラッセルが階段につまづいて皆がああっとなる。転ばなくてよかった……。帰りに同じ階段を先にロン兄が降りようとしたとき、ラッセルが「Watch your step!」といっていた。愛! 気遣い!

・昨夜のSONICMANIAに来たひと〜? わかるよ、クマが出来てる。僕もだよ〜と笑っていったラッセルは終始サングラスをしておりました

・(演出について監督とディスカッションしたり、現場でアイディアを出したりしましたか?)自分たちの世界(原案と音楽)をカラックスが受け入れてくれた、ということが全てでした。それ以降は監督に何もいうことなどありませんでした。そして、出来上がった映画は自分たちが想像していたものをはるかに超えたものになりました

・(自分たちの演技については? 演出はありましたか?)最初のスタジオから出て行くところは、立ち位置等の指定はあったけどあとはフリーだった。他のシーンも同様。監督はとても厳しく頑固なひとだと知られていると思いますが、何もいわれなかったのでOKということだったのでしょう(笑)

・最初と最後のシーンにだけ出演する予定だったのだけど、ここも出てよとどんどん増えていって、全部で5シーンに出ています。どこか探してくださいね

(3つしかわからなかった……4つ目は教えてもらった。5つ目はどこだ。また観よう)

・そして、『アネット』のためにつくった音楽以外にも、あれを使いたい、あれも、という感じで、いつのまにか過去曲も起用することになっていました(笑)。これも、何がどこで流れているか探してくださいね

・次の映画のプランももうあって、もうすぐ最初のプロットと音楽を提出するんです

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終始穏やか、誠実で、時折ユーモアを交えて。ふたリともとってもお話し上手。うえーん楽しかったよー。疲労で映画観てるとき寝るかもと思っていたけど、やっぱり作品自体が素晴らしいので全く眠くならず、爛々とした目で観てしまった。大好きなカラックスと大好きなスパークスがつくった映画。有難う有難う。


Busy day in Tokyo! いや〜おつかれさまでした!



2022年08月19日(金)
SONICMANIA 2022

SONICMANIA 2022@幕張メッセ


情緒が乱れきっているので、とりあえずtwitterメモを元にざくっと。


千葉に来た! と思うのはチーバくんを見たとき〜。いやー久しぶり。

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KASABIAN(途中1/3くらい)→Cornelius(チラ見)→SPARKS(フル)→電気グルーヴ(チラ見)→PRIMAL SCREAM present Screamadelica Live(途中1/4くらい)→TESTSET(フル)→Creepy Nuts前のDJ松永(チラ見)→THE SPELLBOUND(後半3/4)
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HARDFLOORを観られなかったのが無念。

コロナ下での大規模フェスは初めてだったので、様子を見乍ら動く。いちばんデカいステージMOUNTAINのアクトは終始後方の空いてる場所で観ました。やー、あの混雑は流石にためらう。酒が入って傍若無人な輩もいましたしね。内本順一さんのフジのレポを読んでいたこともあり、酔っ払ってそうなひとには近づかないようにしました。いや、酒は悪くないんだ。酒でタガが外れちゃうのがいかんのだ。しかし酔った自分も、自分じゃないのかい。と藤岡弘、もいってますよね〜。

という訳で今回体調第一、感染しそうな行動を避けるってのがテーマだったので、飲食したいときというかしとかないとやばいかなってときは、飲食エリアが空いているとき(=集客多いアクトが演奏中)を狙うしかなかったのよ。よってCorneliusも電気も少しだけ(しかし絶妙のタイミングで「Shangri-La」やってくれたんでうれしかった)。

■KASABIAN(MOUNTAIN)
スクリーンに映し出されているロゴが、一度そう見えてしまうと「本上」にしか見えず。本当は何のロゴだったのだろう。あれでKASABIANと読むのか、それとも。トムが素行不良で脱退(ていうかあれは解雇ですね……)したので、ヴォーカルはサージがひとりでがんばっていた。で、そのサージが着ている全身犬柄のスーツがすごいインパクトで、いろいろと集中力が削がれました(笑)。帰宅後サポートでTHE MUSICのロブが参加していたと知り、サージの犬服のブランドはPALACEだと知りました。


軽井澤ソフトクリームの「チョコディップソフト 牧場ブラック」。デカいアクトが終わると大行列。空いてるとき食べられてよかった。という訳で大事をとってSPARKS迄ごはんとおやつタイムです。いつもは混んでるまぐろ丼のお店でアボカドまぐろユッケ丼も買えました。そうめんのお店とかもあって、フードエリアもいろいろ進化していた。

印象深かったことといえば、対面を避けるため、皆が同じ方向を向いて食事をしていたこと。長テーブルがあるのは例年と同じなんですが、ベンチが片方にしかないのね。なかなかシュールな光景でした。

■SPARKS(PACIFIC)

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setlist(setlist.fmから引用

01. So May We Start
02. Angst in My Pants
03. Tips for Teens
04. Stravinsky’s Only Hit
05. Shopping Mall of Love
06. Johnny Delusional (FFS cover)
07. Music That You Can Dance To
08. Lawnmower
09. When Do I Get to Sing "My Way"
10. My Baby's Taking Me Home
11. The Number One Song in Heaven
12. This Town Ain't Big Enough for Both of Us
13. All That
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「ラッセルです、ロンです、スパークスです。行きましょう!」。日本語のMCの後に流れてきたのはあのピアノ。最新作『アネット』ostのオープニングナンバー「So May We Start」でスタート! きゃー! 跳ねるフロア!
いつでもクラシックでいつでもモダン、唯一無二のTwo Hands, One Mouth。その上今回はバンドサウンド。ドラムはツーバス、ロックテイストなギター(「This Town〜」のあのリフ!)もグルーヴィーなベースも最高。どの曲もイントロドンでぎゃーとなる、キェエめちゃめちゃシンガロングしたい! 出来ねえ! 拷問だ。情緒も乱れるってものです。
一週間前には日本入りしていた兄弟、久しぶりの東京を楽しんでいる様子は日々SNSにアップされており、よかったね堪能してねと思う反面ご安全に! 気をつけて! とヒヤヒヤしていた。何せおじいちゃんたちだからね……暑いし、コロナ下だし、この一週間で体調崩しちゃったらどうしようとか思ってて。しかしコンディションは万全だった。ラッセルの声もアクションも、ロン兄のピアノもダンスも、パワフルそしてエレガント。キャリア50年のプロフェッショナルっぷりを見せてもらいました。
「Angst in My Pants」でガッツポーズ、「Shopping Mall〜」でニコニコ、FFSのカヴァーにやったーとなり、「〜"My Way"」で涙、「My Baby's Taking Me Home」でニヤニヤ、「The Number One Song〜」ではナンバーワンのサインを掲げる。この春Apple iPad AirのCMで流れまくった「This Town〜」はあの『Kimono My House』から。1974年の曲よ。最後の「All That」はオリジナルアルバムでは最新作の『Steady Drip, Drip, Drip』から。オールタイムベストのセットリストにこれだけ近作が馴染んでいるのも素晴らしい。いつでも王道、いつでも異端。そしていつでもフレッシュ! 最高です!
4ビートの太いキックに合わせ終始手拍子、掌がパンパン。

前方エリアには場ミリがあって、皆それを基準に立っていた。割り込みもあんまりなく平和。

■PRIMAL SCREAM present Screamadelica Live(MOUNTAIN)
「Screamadelica」スーツ姿のボビーを眺めに。この姿形の変わらなさよ…声もそんな変わらんし、還暦とか信じられん。『Screamadelica』再現は以前にもやってるのですが、今回曲順を変えてやってたみたいです。「Come Together」で、スッ……とマイクをフロアに向けシンガロングを促すボビー。戸惑うオーディエンス。シュールな光景でした。声出しNGなのよというのはどれくらいアーティスト側に伝わっているのか、いやでもボビーはボビーだからね……それにしても、ボビーはずっと入国出来てるのに何故リバティーンズのピートはダメなのだ、お薬関係だけじゃなくて窃盗やらで逮捕歴があるってのも問題なのかねなどと身も蓋もないことを話す。切ないところです。いや、ボビーも今はヘルシーなのかも知れんが。

■TESTSET(SONIC)

今回サポートで千住宗臣がドラムを叩くというので! めちゃめちゃ張り切って観に行きました! 衣装作ってもらえるのかしら〜とちょっと期待していたが、一人だけ自前の服だった。やっぱ一度っきりなのかしら、白根さんのスケジュールが合わなかったらまた来てくれるかしら。
日記には書きそびれてるけどTESTSETのライヴは二度目。METAFIVEをサマソニで観たのは6年前……あれからいろんな、本当にいろんなことがあったなあ。ユキヒロさんがまたステージに立てるようになってほしい、ドラムを叩けるようになってほしい、いや、でも、元気になってくれれば。穏やかに苦しくなく暮らしていけるようになればそれでも充分。小山田くんも音楽活動を続けていければ充分。某方面にいろいろ呪いをかけたくなるけど、それも虚しい。いつかまた集えたらいい。
緊急事態から生まれたTESTSETではありますが、それにしたってまりんの肝の据わりっぷりには感服する。流石電気にいた男。親の仇のようにカウベルを叩くLEOくんも、パワフルなヴォーカルで格好良かったです。TESTSET名義の初EPも出て、よりハードになった印象。遂に「Don't Move」をやらなくなったけど、前進するためにキラーチューンを外したということならそれはそれで。今後も聴いていきたい。
それにしても音が良かった。あの肌が震えるような低音は現場ならでは。映像もデカい空間で観ると、光に全身が包まれるように感じる。
DC/PRG後期では耳栓をしていた千住くん、今回イヤモニのサイズが合ってないのか耳に影響があるのか、何度も着け直していた。前述の通り楽譜もめっちゃ観てたが演奏は流石でしたね。
DC/PRGではほぼソロイストとしての演奏だったし、ヴォーカルが入るバンドで叩くのを観るのは後藤まりこ以来、10年ぶり(!)だったけど、やっぱうめえ。太い、重い、それでいてタイト、ソリッド、シャープ。
終わってステージからはけるとき、まりんが笑顔で千住くんにありがとねって感じで手を合わせてるのが見えた。にっこり。


山口尚美さんのツイート拝借。機会があったら是非また〜! 衣装作ってくれてもいいのよ!

■THE SPELLBOUND(PACIFIC)
実はということでもないが、前述のTESTSETとの対バンでTHE SPELLBOUNDのライヴも観ているのです。よってこちらも二度目。
作家の人間性と作品の評価は別、とは思っているのだが、私にも心があるのです。どうしても許せない一言というものがあるのよ。それでもやっぱり馴染みの曲にはホロリとなるし、新しい曲にも心を動かされる。という訳で結構悩んでます。これでも。
いいライヴだった。楽しそうに演奏しててよかった。またバンドをやれて、ライヴが出来て、フェスにも出られるようになってよかったね。小林さん、福田さん、大井さん、よろしくね。

連日の猛暑の谷間といった感じで、結構涼しくて助かった。やっぱりフェスはいいな、オールナイトはいいな。しみじみ。



2022年08月17日(水)
『キングメーカー 大統領を作った男』

『キングメーカー 大統領を作った男』@シネマート新宿 スクリーン1


圧巻過ぎて圧巻と二度も書いている。ホントに圧巻だったんだもの。そんな風にある意味安心してソル・ギョングとイ・ソンギュンの演技合戦を観られたのは、観客がこの映画をfact+fiction=「ファクション」とわかった上で観ているから、史実における彼らの未来を知っているから、かもしれない。

原題『킹메이커(キングメーカー)』、英題『Kingmaker』。2021年、ビョン・ソンヒョン監督作品。1960〜70年代、エピローグ的にソウル五輪に沸く1988年が描かれる。国会議員に初当選したキム・ウンボム(金大中=キム・デジュンがモデル)は、志を共にすると押しかけてきたソ・チャンデ(嚴昌録=オム・チャンロクがモデル)を参謀とし選挙戦を勝ち抜いていく。ところがひとつの事件をきっかけに、ふたりは訣別することになる。

観客は、その後の金大中を知っている。1971年の大統領選でパク・チョンヒ(朴正煕)に敗れ、以降暗殺未遂、拉致、逮捕、死刑宣告と苦難が続く。大統領の座に就いたのは1997年。しかし、嚴昌録は? 彼のその後についてはあまり知られていない。“影”として重宝された彼は、“光”になることがなかった。

先生と共に歩み、世の中を変えたい。そのためにはどんな手を使ってでも選挙に勝たねば。“影”が考え出した戦略は、ま〜とにかくえげつないものだった。笑ってしまうくらいのネガキャンなのだが、これらはほぼ史実だったという。選挙において票を得るには効果的だが、そこで生まれるのは互いへの憎悪、欺瞞、軽蔑ばかり。分断! 分断! また分断! と大槻ケンヂが叫びそう(あれは『断罪!断罪!また断罪!!』か)。慶尚道 vs 全羅道の図式が出来上がったとき、ある人物が「南北に分かれたのがまた東西に分かれただけだ」という。なんて皮肉。

恐らく先生は、あの事件は彼が仕掛けたことではないとわかっていた。そして、分断を生み出した彼は先生の信頼を得られなかった。

誠実であり続ける“光”をソル・ギョング、“光”に憧れ続ける“影”をイ・ソンギュン。ふたりの役者が役を生きる。舞台劇のように台詞の立つ演説と会話。映画でこそ感じとることの出来る、クローズアップされた繊細な表情。目が離せない。スタイリッシュであり乍ら台詞(シナリオ)とシンクロし、光と影を過剰に捉えた映像も印象的(タイトルが出るタイミングも見事)。音の配置も絶妙で、背後からの人物の声にはつい振り向きそうになった。

後述の記事によると、嚴昌録は1988年1月に亡くなったという。ソウル五輪開催期間に先生と再会する、というシーンはフィクションということになる。彼は、先生が大統領の座に就くことを知らぬまま世を去ったのだ。最後に会って話せていたらという、作り手の優しさが余韻を残す。

金大中が大統領になる。劇中の未来も既に過去だ。この国の、自分の国の、そして世界の未来を私たちは知らない。未来にはどんな映画が作られるだろう。この映画のように、一筋の光は描かれるだろうか?

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・輝国山人の韓国映画 キングメーカー
撮影監督がチョ・ヒョンネという方だとわかってスッキリ。今後チェックしよう

・キングメーカー 厳昌録 — 東亜日報「南山の部長たち」より┃一松書院のブログ
嚴昌録について。こちらのブログ、『モガディシュ』のときもお世話になりました。
それにしても闇の深いこと。みな真実を墓の中迄持って行ってしまったか

・韓国、“政治的な扇動”が問題に……『キングメーカー 大統領を作った男』に見る選挙と社会の分断┃サイゾーウーマン
分断の選挙戦の歴史について、より深く知ることが出来る記事

・【イベントレポ】『キングメーカー』トークイベント! 小説家真山仁氏「このまま大統領選に出れば」とソル・ギョングを絶賛!┃Cinem@rt
「選挙って当選が終わりではない、政治家はそこから始まるわけです。ですので、よくあるネガティブキャンペーンをやると、結果的にそれで勝った人というのは、本当に汚い手で政治家になったよね、とあまり期待されなくなるもの。どうやって勝ったか、というのが意外に大事」
「傲慢な人が、自分を傲慢だと自覚できないのと一緒で、誠実な人も自覚なんてしません。だからこそ誠実な人柄が輝くんです」

・イ・ソンギュンが谷原章介に見える病。低音の美声も、メガネのチョイスも似ていた(これは嚴昌録に寄せてたんだが)

・といえばチョ・ウジンは悪い役するときの中村靖日に似てたわね



2022年08月13日(土)
『世界は笑う』

『世界は笑う』@シアターコクーン


しかもこの日は台風で、多くのイヴェントが中止になった。コロナの影響で既に初日は遅れている。同じく初日が遅れた『Q』は追加公演が出ていたが、今作はなし。スケジュール的に無理なのだろう。これ以上休演を出したくないだろうなあと思いつつ、お知らせが出ていないかチェックしてから渋谷へ向かい、駅ビルでもう一度SNSを覗く。マチネが終わり、ソワレも行われると確認し、劇場へ向かう。最近は開場して席に着いてから公演中止を知らされることも増えているようなのでドキドキしていたけど、無事開幕。

風雨がいちばん酷かった時間は上演中。劇場は安全なところだ、そうあってほしいとしみじみ。

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昭和32〜34年、喜劇人たちのバックステージもの。実在の人物、場所を織り交ぜ、虚構を描くのはKERAさんの得意とするところ。「ムーラン・ルージュも潰れちゃって」という台詞では、つい先日オンエアされていたNHKのドラマ『アイドル』を思い出す。昭和20(1945)年に空襲で焼け落ち、その後再建したが昭和26(1951)年に閉館した劇場だ。物語は、ムーラン・ルージュと同じ新宿にあった(とされる)劇場、三角座の面々を描く。高度経済成長期に入り活気溢れる東京、しかし戦争により残された傷は大きい。

喜劇に魅入られたポン中の弟、その弟を訪ねてくる実直で優しい兄。兄弟の話でもあり、地方出身者の上京物語でもあり、青春の終わりを描いたものでもあり、ある共同体が崩壊する話でもある。誰かのせいだと責めることなど出来ない。KERAさんの描く喜劇人の悲劇は『SLAPSTICKS』が印象的だったが、笑いを生業にすることの幸福と苦しみを観客はどう受け止めればいいのだろうと考えてしまう。無邪気に笑っていいのか、などと。しかし観客に心配なんてされちゃあおしまいだ、と喜劇人は思うのだろう。

笑いを生業にする人々へつけ込む大衆の残酷さも描かれる。もっと愛想よくしろ、サービスしろ。劇中に出てきたエノケンとトニー谷の話は背筋の凍る思いだった。このエピソードは、清川虹子『恋して泣いて芝居して』からのものだそうだ。元々は山本嘉次郎『春や春カツドウヤ』に書かれていたことだと大友浩氏のブログで紹介されている(後述)が、文体からして劇中で引用されたのは『恋して泣いて芝居して』からのものだと思われる。

三角座の連中には、エノケンやトニー谷、『SLAPSTICKS』でとりあげられたロスコー・アーバックルのような凄絶さはない。それでも彼らは必死だった。初日寸前に台本を渡されても、配役が変わっても、開場前に刃傷沙汰があっても幕は開く。“ショウ・マスト・ゴー・オン”といった矜持を持っている訳ではない。ただただ、とにかく、やらなければ。本能のようなものだ。喜劇人という生きもののせつなさが滲む。

ポン中の弟は、本当に笑いの才能があったのか。正直なところわからない。大衆は移り気で無責任。何が人気と金のタネになるのかわかったものではない。テレビの波に乗れたのが、劇団でお荷物扱いされていた老俳優だというのも皮肉だ。彼はさほど面白いとはいえない一発ギャグを持っていた(同僚からもいい加減にそれやめろといわれていた)が、そのバリエーションで生き残ることが出来た。

とにかくKERAさんの書く会話が巧く、それを語る演者が巧い。リズムがいいともいえる。どの台詞も、この役者のためだけに書かれたかのように生き生きとしている。兄を演じた瀬戸康史の素直さ、弟を演じた千葉雄大の危うさ。弟の恋人を演じた伊藤沙莉の、飴細工のような強さと弱さ。彼ら三人を包み込むようにベテランたちが立ち回る。なんていい座組だろう。しょうがないひとたち、困ったひとたち。どんなにケンカしても、どこかでわかりあっている。どんなにいがみあっていても、笑いにおいてはよき理解者である。笑い乍ら涙が出る。(昭和の)東京オリンピックの5年前、こんなひとたちがいたのだと想像する。まるで知っているひとたちのように思えてくる。

上田大樹の映像はやはり見事。アトラクションではない、こけおどしでもない。演者とシンクロし、登場人物の心情やストーリー展開にしかと寄り添い、視覚効果をブーストする。KERA×上田コンビのプロジェクションマッピング演出は、数多の舞台作品のなかでも図抜けている。今回観ていて、やっぱりちょっとKERAさんが演出するパラリンピックの開会式は観たかったな。なんて思っちゃった。スタジアム規模であれが観られたらねえ。しかし2020〜2021年のオリンピック/パラリンピックを巡る騒動で、それこそ大衆の残酷さを目の当たりにした今となっては参加しなくてよかったかもなんてことも思ってしまう。せつないな。

兄は弟に、笑いのことを考え続けられることこそが才能だという。弟は笑いを信じている、兄は弟の才能を信じている。兄はひとを信じ続けるという才能を持っている。ラストシーンはそんな兄へのちいさなプレゼントだ。全編通して流れるのは「ケ・セラ・セラ」。カラリとした、しかし物悲しいメロディと歌詞。それぞれの人生に寄り添う、どこ迄も優しい歌。

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・エノケン子息の葬儀で┃芸の不思議、人の不思議
この時期の大衆は、こういう残酷さをたしかに持っていたと思う。
今日だったら、見物人から「ドッと笑い声がおこ」る可能性は小さいのではないか。
今の人々は、「テレビの向こう側」「スクリーンの向こう側」に対する想像力がある程度行き届いているから、他人の不幸を不幸として受け止める節度をもっている気がする。

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2010年12月に書かれたのはブログ記事。今はどうだろうと考える。テレビやスクリーン、webの向こう側を想像すること、それを忘れないようにしたい

・大倉くんの役がとても新鮮で、「え、え、大倉くんがこういう役?」と狼狽して観たところもありました(笑)。二枚目!

・戦時中に活躍した伝説のアイドル。「まっちゃん」を知っていますか? 明日待子さんが生前、語っていたこと┃BuzzFeed
おまけ、ムーラン・ルージュで活躍したアイドルの話。ドラマを観ていた時は架空の人物だと思っていたが、明日待子さんは実在した方なのですね。加藤和枝さんが出てくる場面は「あ、美空ひばりだ」とピンと来たのですが



2022年08月12日(金)
『夏、唄う 小林建樹』Tateki Kobayashi Live 2022

『夏、唄う 小林建樹』Tateki Kobayashi Live 2022

4月の『唄う 小林建樹』から、4ヶ月で次が決まるとは。小林さんのライヴを年に二回も聴けるなんてちょっとねえ、寿命が縮むわ。いや伸びるわ。前回同様配信で、会場も前回と同じLive Cafe Eclaircie(ライブカフェ エクレルシ)。この環境がしっくりきたかな? そういえば、以前も8月に『向日葵のころ 間に合うか?小林建樹、多分レコ発ライブ』と題したライヴをやったことがあった。怪しげなタイトルだがちゃんと『Emotion』のリリースに間に合い、無事レコ発を祝ったのだった。夏にライヴをやること自体を気に入っているのかななんて思ったり。喉のケアも冬よりはしやすいのかもしれない。

配信は8月11日。リアタイ出来ず、週末にアーカイヴで鑑賞。期限が切れる18日迄、繰り返し観る。聴く。

近年(といってもどこ迄を近年というのだろう。この方の場合10年前でも近年のような気がする)のソロライヴは、前半ギター、後半ピアノでやっている。前回も今回もそうだった。この構成、とてもいい。楽曲と演奏の良さが剥き身で伝わる。“Two Hands, One Mouth”(スパークスから拝借。小林さんはこれをひとりでやっているのだが)の魅力が際立つ。

初っ端が「SPooN」! 声の通りのいいことにちょっと驚く。光のような鋭さで、耳にすうっと入ってくる。しかも強さがある。ご本人曰く「横隔膜トレーニングを始めた」、そして「キーを下げたんですよ。そしたらすっと唄えるようになって」「地声と裏声の切り替えもいい感じになって」。南こうせつさんや山下達郎さんの例を挙げ、「ずっと元のキーで唄えるひと、すごいなと思うんですけど」。

自分の身体を音楽の乗り物だと考えているのだなあと思った。音楽は時間の芸術。鳴った端から消えていく。身体もいつか消えてなくなる。変化する自身を知り、理想の音楽へ接近する旅を続ける。自分がつくっただいじな曲を、自分の身体でどう鳴らすか。チューニング、調律のようなものだ。

以前『Rare』はつくるとき本当に苦しんで、それを思い出してしまうので唄うのはなかなか……といっていた記憶があるのだが、今回自身を調律した(キーのことだけでなく)ことで、その辺りのナンバーもやってみよう、やれる、と思ったのかもしれない。今回『Rare』からは4曲。「祈り」は定番だが、他の曲は『Rare』ツアー以降聴いた記憶があまりない。何しろ一曲目が「SPooN」だもの、PCの前で「おお!」って声出ちゃった。まさに夏の歌、今回のライヴにぴったりだ。しかも「不思議な夜」も聴けるなんて。当時、いや今も繰り返し聴いている大好きな曲。とてもうれしかった。

最初に聴いた小林さんのアルバムが『Rare』で、怒りと焦燥が滲む不安定なところに惹きつけられた。思い入れがあるアルバムが小林さんにとって辛い思い出になっていることに、ずっと複雑な気分だった。しかし今、それらが当時の魅力を損なうことなく、ポジティヴな響きをもって演奏されている。こんなうれしいことはない。曲はひとつでもひとつではなく、リスナー個人個人の記憶にコミットし、その数だけ拡がっていくということを感じさせてくれるライヴでもあった。はー、言葉はいつも思いに足りない。

エヴァーグリーンな代表曲と近作『Mystery』『Nagareboshi Tracks』からのナンバーもしっくり収まる。困るのは(?)弾き語りが良すぎて元々のアレンジがどんどん上書きされてしまうこと。音源ではブラスアレンジが印象的だった「Twilight Zone」がこんなに弾き語り映えするとは。そしてどんなアレンジでも揺らがないメロディの強度。

ピアノパートの一曲目は「Brazil」、これにも驚かされる。ピアノの方が自由度が高いのだろう、演奏している最中にもリズムのバリエーションをどんどん増やし、そこに自身がハマって歌が追いつかなくなる、といった様子も見られた。こちらも固唾を呑んで聴き入る。何度も書いている気がするが、配信番組『下北沢音問屋珈琲店』(Ustream終了とともにアーカイヴも消えたが)で窪田晴男に「相当ブラジルに行って帰ってきたって感じだね」といわれ、「同じ曲をいろんな作曲家風にアレンジするのにハマっている」と話していた。それをリアルタイムで観ているようでもあった。自分の曲にはあらゆる可能性が潜んでいる。それを発掘する作業。

そういった意味でも、音源では窪田さんがアレンジしていた(最後に入っている笑い声も窪田さんなのよ☆)「花」が演奏されたこともうれしかった。『曖昧な引力』と『Rare』の間にリリースされたマキシシングルにしか収録されていない、レア曲でもある。これも何度も書いているが、今のこのモードの演奏に他のプレイヤーが加わるとどうなるのだろう……と言う興味もわく。今の小林さんと窪田さんのセッション、聴いてみたいな。自分のツイート発掘する迄忘れてたけど、あのときの配信で窪田さんは「この男の行く末を見守ってください」っていったんだわ。見守ってるわよ!

「今、シティポップが話題ですね」という話から(小林さんの口からThe Weekndの名前を聞くとは。今年1月にリリースしたアルバムの1曲「Out Of Time」で亜蘭知子の楽曲をサンプリングしていて、ちょっとした騒ぎになったのだ)「綺麗なメロディーとローファイなサウンドを組み合わせれば面白いものが出来るんじゃないか、とか考えてデビューしたんです」「でも時代の要請というのは変わっていくんですね」「と、こういうことを考えていられるのも平和だからですね」「そういうことを考え続けられるような世の中であってほしい」とポツリ、そして「祈り」。やはり春からのライヴは平和を祈って行われている。最後は「青空」。

このひとの手を離してはいけないな。次があることを信じて待とう。窪田さんの言葉を思い出す。「そんじゃまた、そのうち会おう。出来れば、絶対に」。再会を楽しみに待っている。

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setlist

Guitar:
01. SPooN(『Rare』)
02. 迷信(『曖昧な引力』)
03. 満月(『曖昧な引力』)
04. M&R&R(『Mystery』)
05. すべての唄に愛を捧ごう(『Nagareboshi Tracks』)
06. Twilight Zone(『Mystery』)
07. パレット(『曖昧な引力』)
08. 不思議な夜(『Rare』)
09. カナリヤ(『Nagareboshi Tracks』)
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Piano:
10. Brazil(『Window』)
11. イノセント(『Music Man』)
12. 夏の予感(『Music Man』)
13. 花(single『青空』)
14. ヘキサムーン(『Music Man』)
15. 祈り(『Rare』)
16. 青空(『Rare』)

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2022年08月11日(木)
『新学期 操行ゼロ』『ラプソディー』

『新学期 操行ゼロ』『ラプソディー』@銀座メゾンエルメス ル・ステュディオ

フライヤーを見る度行ってみたいなあと思いつつ十数年、お誘い頂いたタイミングでようやくお初のル・ステュディオ。銀座メゾンエルメス10階には、40席のちいさな映画館があるのです。2022年のテーマは『もっと軽やかに!』、今月のテーマは「老いも若きも」。若者と、老人の過ごす時間を描いた二本立て。エルメスの店内(店というより館だな。建物自体が美術品ですね)に足を踏み入れるのは山口晃展『望郷 ―TOKIORE(I)MIX』以来、十年ぶり(!)。受付のスタッフも、フライヤーも当日パンフレットも、隅々迄気が配られた素敵なアテンドとデザイン。


監督・脚本・編集:ジャン・ヴィゴ、49分。
大人たちは戯画的に、こどもたちはリアルに。美少年っていつの時代も搾取されるのねとじんねりし、抑圧されたままでは終わらない少年たちの反骨心に感嘆し。
そういいつつ、いや〜仕切りはカーテンしかない同室で寝起きして、こどもらは夜通し騒いで……。眠れんし気も安まらんがな…つらい……なんてヨボヨボの大人になった観客はつい教師に味方したくなってしまったり。
あの新任教師はよかったな。生徒たちに頼りにされてた訳ではないけど好かれていた。
羽根舞うベッドルームを誇らしく行進するこどもたちの美しさには胸がすくような思い。同時にこの作品は“教育制度に対する批判”として上映禁止にされたということに暗澹たる思い。
行ったり来たりの感情に揺さぶられ、翻弄されている間に終幕。
後進に多大なる影響を与えた、フランスを代表する監督と作品だそうです。どちらも初めて触れました。いい機会。

以前からではあるけれど、古い映画を観ると「ああ、今これに写っているひと(動物も)、もうこの世にいないんだよなあ」と思ってしみじみしてしまう。それは歳をとる毎にますます増える。そして、「映像に残ってよかったなあ」と思う。会える筈のないひとと会えたように感じる。


監督・脚本・製作:コンスタンス・メイヤー、15分。
高層マンションで暮らす、ひとりぐらしの老人。昼は同じマンションに住む女性のこどもを預かり、面倒を見る。夜は近場のバーに出かけ、友人の話を聞く。穏やかな日常。
たったこれだけのストーリーだけど、とても豊潤。
ちょっと『パターソン』みもあります。制作も同時期ですね。不思議。
住んでるところはいいところ。若い頃がんばったんだなあと想像する。親の遺産を喰いつぶしているようには見えない。自分で稼いだ金で手に入れた場所。そんなふうに思わせる雰囲気。
一度も笑わない。しかし赤子を見る目は優しく、時にぶっきらぼう。泣き出した赤子に「ほら、飲め、飲め」とミルクをぐいぐい与えるシーンでは客席から笑いが起こった。ちょ、乱暴じゃない?(笑)しかし赤子は泣き止んで、ごくごくとミルクを飲み始める。
こどもの面倒を見るのに慣れてる。かつて自分の子の面倒をこうして見ていたのか、あるいは孫か。だとすれば彼らは今どこにいるのか。元気にしているのか、ときどきは会えるのか、それとも縁が切れているのか。
何のトラブルもなく、どんな波も起こさず。
彼の人生は決してそうではあるまい。誰もが皆そうであるように。
そんなこと迄想像させる。
今回のキーヴィジュアルになっている午睡のシーンは、宗教画のような崇高さを持つ名場面。

富裕層増税に抗議し2012年ベルギー領に移住、翌年ロシア国籍を取得したドパルデュー。その後も映画出演は続いていたが、性加害告発を受け活動を控えている(単にオファーが来ないのかも知れない)。今年のウクライナ侵攻を受け、プーチンを非難するコメントを出した。以降の動向は伝えられていない。今はどうしているのだろう。

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・『新学期 操行ゼロ』Zéro de Conduite『ラプソディー』Rhapsody┃GINZA MAISON HERMÈS Le Studio 銀座メゾンエルメス ル・ステュディオ



2022年08月06日(土)
NODA・MAP『Q:A Night at the Kabuki』

NODA・MAP『Q:A Night at the Kabuki』@東京芸術劇場 プレイハウス


初演を観たからいいやと思ってるひとほど観た方がいいように思う。私もそうで、再演なら他に観たいのあるなあ、なんて思っていた。普遍的な作品というものは、現在を摑まえる要素をも持ち合わせているのだと思い知らされた。初演の感想を基に、現在の視点から気づいたことを中心に書く。

初演は2019年。大ヒットした映画『ボヘミアン・ラプソディ』の記憶がまだ新しい時期、そして前述したように日本ではラグビーワールドカップが開催中だった。ニュージーランドチーム(オールブラックス)が試合前に披露するハカは、TVやWebで頻繁に流れていた。平家が出陣前におどる舞は、そのハカの「カ・マテ」を引用したものだった。「カ・マテ、カ・マテ」という歌詞も引用されていた。「カ・マテ」は「死」を意味する言葉だ。

初演時は時事ネタ的なところもあり、結構ウケていたと記憶している。初演時の感想にも書いているが、なんて絶妙なタイミングで上演されたんだと思った。しかし再演でも「カ・マテ」は採用された。この踊りが何を意味するか、今ではラグビーに興味がないひとにもある程度知られている。ポピュラリティを獲得しているものならではの効果だ。心底怖いし、出陣することがどういうことか、ということがひしと伝わる。

対して源氏は名乗らず奇襲をかけてくる。こちらは現在放送中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が記憶に新しい。義経が持ち込んだ戦術は優れたアイディアではあれど、美化も出来ないという解釈で描かれていた。今作のベースである『ロミオとジュリエット』の名前を捨ててという台詞と、名前を拾う(探す)戦後という歴史のレイヤーがより鮮明になった。あと『鎌倉殿〜』観てると、清盛も頼朝もこんなにひと殺(すように指示)しといて自分たちは自然死(諸説ありますが)かよ〜! という思いもメラメラ湧き上がりますね(…)。

そして2月からのウクライナ侵攻。殺人は終戦の瞬間罪に問われる(つまり、戦中は罪に問われない)こと、一度戦争を始めてしまうと「終わっても終わらない」ことがより現実的なものとして胸に迫る。多数の無名戦士、多数の抑留者。そして多数の行方不明者。なんて酷いこと、なんて理不尽なこと、なんて不条理なこと。そのことを忘れないように心掛けているが、やはり人間は忘れてしまう生き物だ。NODA・MAPを始めてからの野田さんが、繰り返し戦争をモチーフにした作品を書いていることの意味を思う。8月は「終戦」の月ではあるが、その後何年も辺境の地に留め置かれ、命を落としていった者たちにとって終戦などない。だから繰り返し伝える。忘れてはいけない、なかったことにしてはならないと。

再演からは、作品は過去から学ぶだけではなく、現在を見つめるものでもあるという視点をより強く感じた。竹中直人は「まっすぐ歩ける!」ネタを封じ、よりシリアスに役に徹した。東京公演のあとにはロンドン、台北での公演が控えている。ロミオがティボルトを殺す場面で「ボヘミアン・ラプソディ」が流れるという演出が、イギリスでどう受け止められるか。シベリア抑留を台湾の観客はどう見るか。源平合戦や『俊寛(平家女護島)』は海外のひとたちにどう理解されるか、興味がある。そうそう、俊寛で思い出した。これは初演時もいわれていたと思うけど、死者の声を聞くという意味合いが濃く、やっぱり歌舞伎というより能だなあと感じた。Queenの楽曲を使うという前提があるので、ここはカブキとしたいのだろうが。

国が崩壊すると通貨がゴミクズになることも『モガディシュ』を観たばかりだったのでより切実に感じたな……。優れた演劇は、個々の観客の記憶にリーチすることが出来るのだと改めて思う。

21世紀を「憂え」、「信じてみる」とした野田さん。戦争は続く。疫病は収束しない。それでも「信じてみる」。信じてみよう、いつか戦争がなくなる時代がくることを。あの言葉を、これからずっと松たか子の声で思い浮かべることが出来ることを幸せに思う。初演で感じたことは、これからも胸に残る。

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コロナの影響で初日からの4公演が中止になりました。海外公演含め残り全ての公演が無事終えられるよう、強く願います。



2022年08月03日(水)
『なまず』

『なまず』@新宿武蔵野館 スクリーン1


原題も英題も『なまず(메기 / Maggie)』。2018年、イ・オクスプ監督作品。

事件や事故が起こると、加害者ではなく被害者に注目が集まるのは何故? 立ち退きを迫られた側が、家を探さなくてはならないのは何故? シンクホールは度重なる再開発の結果? それとも男たちへの報い?

ポスターにもなっている自転車ふたり乗りは名場面。大好きな彼とくっついていたい彼女と、それを危ないとか前が見えないとか嫌がる様子もない彼。ああいう風に乗れるんだ! という驚きも。同居もそれなりの長さになっていそうな、ふたりの自然な暮らしぶりも観ていて楽しい。しかし綻びはあちこちに。不信感はちょっとしたきっかけで大きく膨らんでいく。

ポップでキッチュな映像は、シュールなストーリー展開にぴったり。かわいらしいのにどこかが不穏。自分によく似合う服を着た素敵な元カノは心の傷に苦しんでいるし、終始すっとぼけた表情の彼は、物事に動じないように見えれば頼り甲斐があるし、心の奥底に闇を抱えているように見えれば警戒の対象になる。一度不信が生まれると、隣でぐっすり眠ることも出来なくなる。「若かったから」で済ませられるのは何歳迄か? 「手が早い」同僚を疑ってしまった彼がなんともいえない表情をするように、過去はいつ迄ついてくるのか。

信じることが幸せなのか、疑い続けることは苦しくないか。人間は多面体で、どちらの姿も真実だとしたら。その一面だけを信じ、疑った結果の答えがひとつだけの筈がない。シンクホールは埋めなおされるが、地面のあちこちに空洞はある。それはちょっとしたきっかけで闇に落ちてしまう人間の危うさそのものでもある。埋めた穴がいつまたぽっかり空くか分からない。生まれた疑心も埋め立ててしまえばもう安心、な訳がない。

なまずは人々の暮らしを眺めている。地震を予知することで彼らを守っているようでもある。穴を見つめる彼女の選択はどちらなのだろう。余韻が残るラストシーン。後述のインタヴューで監督がいっている通り、「彼女がこの先安全に幸せに暮らして」いってほしい。

彼女を演じたイ・ジュヨンは『梨泰院クラス』でブレイクしたひとだそう。目力が強く、いい面構え。彼女が勤める病院の副院長はムン・ソリ、人間の二面性をしれっと見せて魅力的。そして彼、ク・ギョファン。『新 感染半島』『モガディシュ』と大作で強烈な印象を残していますが、インディペンデントな作品でも光る。叫ばず、暴れず。ちょっとした仕草と表情を映像に焼き付けられるひとですね。

そしてなまずの声はチョン・ウヒ、『哭声』で悪霊(?)と闘ったあの子だった。えー!!! わかんなかったよ!!!

といえば『哭声』も「何を信じるか?」という話だったな。「異物」を信じるのは自分が知らないことへの好奇心、疑うのは自分が知らないことへの恐怖心。

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・輝国山人の韓国映画 なまず
いつもお世話になっております。なまずの声がチョン・ウヒだってここ見なきゃ知らないままだった



・個性派俳優ク・ギョファン×イ・オクソプ監督、パートナーと創る映画の未来┃CINEMA ACTIVE! 撮る人々┃ELLE
公私ともにパートナーなおふたり。
―長年一緒に仕事をしていて、信じられないなっていう瞬間は一度もないんですか?
K 人間関係では全ての瞬間がそうなんだと思います。でも全ての瞬間で、疑いながらも同時に信じてもいるんですよね。