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2020年12月31日(木)
2020年あれやこれや

「自然災害は覚悟してたけど、疫病でここ迄社会が立ちいかなくなるとは想定外だったね」と話したもんでした。という訳で「どこかへ出かけて何かを観る」ことが難しくなりましたが、エンタメは不要不急ではないということを強く感じた年でもありました。そんななかからあれこれを。

・ドネーションにクラウドファンディングとわあわあ参加、Tシャツコレクションが増える
・配信はとても有難く沢山拝見(聴)したが、チケット買ったあと時間と場所と集中力を確保出来ず、結構な本数を見逃している
・自分は映画や演劇ではなく、映画館や劇場が好きなのか……? と自問
・出かけることに制限が増えたため、サイトスペシフィックアート好きに拍車がかかる
・散歩にも拍車がかかる

★は特に印象深かったものです。

◾映画
『ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を』
 ひとりとひとりが寄り添えば? 今はもうない光景を捉えた映像も素敵
 『初恋』
 み・い・け! み・い・け!
 『コロンバス』
 ひとりとひとりが寄り添って離れていく

◾ライヴ
 Jagatara2020『虹色のファンファーレ』
 折坂悠太という歌い手を知ることが出来て本当によかった
downy『雨曝しの月』
 彼らは約束を守った。現場にいられたことに感謝します

◾音源
https://flower-lens.tumblr.com/post/639040005997805568/%E6%97%A5%E8%A8%98%E7%94%A82020%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%98%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AD%E3%83%86

Squarepusher『BE UP A HELLO』
Everything Everything『RE-ANIMATOR』
Deftones『Ohms』
Hurts『FAITH』
高橋徹也『怪物』
downy 第七作品集『無題』
Genevieve Artadi『Dizzy Strange Summer』
折坂悠太『平成』
Seigen Tokuzawa & Masaki Hayashi『Drift』
あと画像載せられなかったけどAlain Johannes『Hum』も!

◾配信
テキストに残してないけどフジとサマソニはやはり思い入れが深い

◾舞台
 『ねじまき鳥クロニクル』
 千秋楽を迎えられず閉じた。この辺りからバタバタと舞台が閉じていく訳だが、未だにあの吹越さんのシーンは鮮烈に記憶に残っている。多くのひとに観てもらいたかった
『バッコスの信女ーホルスタインの雌』
 コロナのことがなかったとしてもぶっちぎりのベストワンになったと思う
 『ダークマスター VR』
 『切断』
 タニノさんと安藤さん、真逆の手法で(そして互いをサポートし乍ら)活動を続けていることも興味深い
 『作者を探す六人の登場人物』
 待望。再会出来たこと、うれしくて仕方がない
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★東京バレエ団『M』
 東京公演
 神奈川公演
 配信
 憑かれたように追いました。次に逢えるのはいつだろう

皆さまご安全に。



2020年12月27日(日)
さいたまネクスト・シアター『作者を探す六人の登場人物』

さいたまネクスト・シアター リーディング公演『作者を探す六人の登場人物』@彩の国さいたま芸術劇場 大ホール


手に台本を持っているけど、もはや誰も見ていない。彼らのことだ、おそらく皆、稽古初日には台詞が入っていたのだろう。1訊けば10返ってくる(そう鍛えられたであろう)役者たちとのクリエイションは演出家にとっても楽しい時間だったのでは、などと勝手に想像する。ネクスト・シアターと小川絵梨子、初の手合わせ。

作者のルイージ・ピランデッロはジュネ、イヨネスコ、ピンター、べケット、ストッパード、オールビー等の作劇に大きな影響を与えた……なんていわれた日にゃあ「それ大好物やがな!」と喰いついた。ここに挙げられた劇作家全員、最低でも一作は観ているものだ。なんだかんだで観劇というものを趣味にしてもう30年近くになるということもあるが、それにしたってこの30年間、いやもっと以前からずっと、いつでもどこかで上演され続けている「不条理演劇」というものが、いかに役者と演出家にとって普遍的な魅力を持つかということに改めて感じ入る。

そして不条理は、イコール現在の話なのだ。いつでもどこでも。今回このテキストを選んだのは小川さんだと思うが、丁寧かつ的確なテキレジによりそのことがより浮かび上がった。

「〜を演じる俳優たち」、「〜が行われる舞台でのリハーサル」。蜷川幸雄の演出作品でよく使われた手法だ。大道具係役の手打隆盛が「稽古場」という舞台に上がり、存在しない「観客」に向かって挨拶をする。観客たちからは自然と拍手がおこる。二重の意味を持つ粋な幕開け、劇場と役者に再会出来たうれしさで胸が熱くなる。震災からすぐあとの『たいこどんどん』で蜷川さんが見せた演出でもある。装置や照明を瞬時に揃えられる稽古場という設定にもオマージュを感じる。

さて、そんな現在と地続きの場へ生身の「登場人物」が現れた場合、役者と演出家は必要とされるのか? 「私どもは舞台のために生まれてきたもので」「(演出家は)作者になりたいのよ」。かくて稽古場は混乱に陥る。「想像(創造)という言葉ほど私どもにとって残酷なものはないのです。何故なら私どもは今ここで、実際に生きているのですから」。想像力を信じて舞台に立つ役者、舞台を観る観客にとってこれほど切っ先鋭い言葉もない。演劇はやっぱり面白い。

演出家と役者にダメ出しを続け、本意が伝わらないことに疲弊していく登場人物たちがとても魅力的。久々ネクストの公演に登場した父親役・松田慎也の貫禄、怒りで生命力にガソリンを注ぐ継娘役・佐藤蛍。ふたりの対決が白眉。演出家役竪山隼太の落ち着いた演技に好感。

衣裳がとてもよかった(演出家のコート、父親のボーラーハット、マダムの靴(にストラップではなくビニールベルトが巻いてあったところにも「……舞台!」と泣きそうになった。第三舞台の刷り込みですわこれ)。継娘と女児のフレアスカートの丈も絶妙。プロンプターの服装もわープロンプターだーって説得力)けれどクレジットがなかった。役者が自分たちで揃えたのだろうか。

個人的には小川さんの演出とは相性が悪いので身構えてもいた。成河さんが以前「好きな作品なのに、好きな出演者、演出家なのにどう〜も面白くない、なんでだろうって思うことあるでしょう? 皆さん出演者や演出家で自分の好みが決まると思ってるでしょう、違うんです、実はそれはプロデューサーの力です」といっていて、理解しつつも納得したくない部分もあった。でもやっぱりそうかもなあ。今回の公演は心底楽しめた。さい芸のプロダクションにはいつも興味を惹かれるし、だからこそ決して近くはない、交通の便もいいとはいえない、劇場の行き帰りに寄るところもそんなにない(……並べ立ててしまった。ご、ごめん! 住むにはとてもいいところなのではと思います!)与野本町迄出かけていくのだ。建造物のフォルムも素敵です。この劇場には思い出がありすぎる。

という訳で、制作陣含めたさい芸というハコに愛着がありすぎるので、あの奥行き深い暗闇から登場人物たちが浮かび上がった瞬間に反射で涙ぐんだ。『美しきものたちの伝説』思い出しちゃったな。

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こういうのも含めて好きな場所。ここで芝居があるときはいつも早めに行って館内をうろうろしてる。劇場迄の道にある、シェイクスピアの台詞プレートや手形レリーフが汚れてしまっているのにちょっと寂しくなったりもする。このご時世だ、手入れをする時間も人手も足りないのだろう


そうなのよ。しずえさんのクイズ観るのが電車乗るときの楽しみだったので実は戻ってほしい〜



2020年12月26日(土)
『てにあまる』

『てにあまる』@東京芸術劇場 プレイハウス


あと芸劇つながりでそろそろまたNODA・MAPでも観たいな、『オイル』と『ロープ』の藤原さん大好きだったから。この二作はシアターコクーンでの上演で、プレイハウスでのNODA・MAPに藤原さんまだ出てないから。

「学級会」ではわからない家族のしくみ、人間のしくみ。絶対ああなるものかと憎み続けた父親とそっくりそのままの自分に気づく息子。カウンセラーは役立たず。事故と事件は紙一重。それでも連鎖は断ち切りたい。じゃあどうしよう? 案外AIが解決してくれるかもよ。「それは間違っている」という非難は、アプリの音声でこそ聞き入れられる。

松井さんの作品は人類という種の継続をとうに諦めていて(まあそれは至極当然のことなのだ)、絶滅迄にはもうちょっと時間がありそうなので出来ることはなんとかしようや、というのんびりさがある。確かにそうなのだ、ありとあらゆる生物が、永遠に繁栄する筈がない。まさに「てにあまる」それを、焦らずのんびり観察してみよう。そこで消える命があっても、人類という種のくくりから見ればちいさいちいさい。

で、ちょっとしたことで光明が見えたりする。ただ、その過程で失われてしまったものを取り戻すことは出来ない。当事者からすればたまったもんではないが、観察者はどうすることも出来ない。当然観客も居心地が悪い。ただ、いつか自分もその当事者になるのだろうと腹が据わる。それがいつしかこの困った世の中を生きぬく心構えになる、かもしれない。

演出は柄本明。オープニングのセット(美術:土岐研一)には「す、スズナリ……」とニヤニヤさせられたが、その後はプレイハウスの広さならでは。息子のマンション一場でもやりきれた内容だと思うが、最初の四畳半的なセットは絶対やりたかったのだろうなと思わせられる。息子と父親の居住環境と支配欲、その後の歩みを予感させるいい対比。

父親や妻に冷静な態度をとろうとする反面、部下(別居する前の妻と娘にもそうだったのだろう)に対しては激昂する。人生の中間管理職を務めようと揺れ、壊れていく人物を藤原さんの見事に演じる。膨大な台詞量を、相手が生身の人間だろうがアプリの音声だろうが兄の亡霊だろうが「会話」として成立させてしまう。

エモい演技が揶揄されることもあるけど、激昂しても呻いていても、俯いていてもひっくり返っても、どれだけ早口でも言葉が的確に伝わる。藤原さんの凄さを改めて実感しました。身のこなしも美しい。だいじなことは二回いう、舞台の藤原竜也はやっぱりいいなあ。

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・今回の「Sky presents」ってどこ製作? ホリプロじゃないの? と思っていたんだけど、帰り道でやっと気がついた。これかあ!



・パンフレットが電子書籍でも販売されるの、今年に入ってからぼちぼち増えてきた。来場出来ないひとが接触/タイムラグなしに即入手出来るのはいいですよね



2020年12月20日(日)
SAVE THE どん平 安藤玉恵による“とんかつ”と“語り”の夕べ vol.1『切断』

SAVE THE どん平 安藤玉恵による“とんかつ”と“語り”の夕べ vol.1『切断』@どん平


事件のご当地で演じられる阿部定。彼女が現代の言葉づかいで語る心境は、時代を超えて観る者に届き、匂いとして記憶に残る。本番前ごあいさつに現れた安藤さん、舞台上の定さん、アフタートークの安藤さん。別人のようでいて、繋がっている。役者の力と土地の磁場。脚本は劇団『地蔵中毒』の大谷皿屋敷、演出は大谷さんと安藤さん。

荒川都電(今はさくらトラムって愛称があるんですよね。E電と通じるものが…慣れない……)に乗り、宮ノ前停留所で降りる。車と並走したり、停留所にくっつくくらい近くの書店や飲食店に驚いたり。久しぶりに乗る路面電車、ワクワクしっぱなしです。先月行っていた姉から「路電ってバスと同じ仕組みだったのすっかり忘れてた。(宮ノ前より手前の)荒川車庫行きに乗っちゃって、そこで一旦降りるしかなくなって。ホームにいればまた乗れるとかじゃないのよ、そもそも改札がない(笑)」と聞いていたのでめっちゃ緊張して行き先確認しましたよね……。

・都電の利用方法┃東京都交通局
「誤って途中止まりの電車に乗車し、次の電車に乗継ぐ場合においても、別途大人170円(IC168円)、小児90円(IC84円)の運賃がかかりますのでご注意願います。」ははは。

早めに着いたのでしばし散歩。ひなたぼっこするねこがいたり、いい感じです。商店街なのだけど、日曜日は殆どどこも開いていない。そうだよなあ、普通日曜日はお休みですよ。都心が便利すぎるのだよな。などと考えているうちに開場です。チケットなどはなく、「ご予約は?」と訊かれ名前をいうと通される。お勘定はレジで後払いですって、飲食店マナーだー。もう楽しい。二階にあがり靴を脱ぎお座敷へ。座卓が3×3、ひとつの卓に座布団ふたつ。最前列中央と下手の卓には火にかけられた鉄鍋が。芝居で使うのかな? と思っていましたが、開演直前に片付けられていました。加湿に使っていたのかも、雰囲気もあるしナイスアイディア。開演ギリギリに着いたひとは卓と卓の間に追加された座布団に案内されていたので、席は全部で20とちょっと。最前列から畳二畳分程奥がステージです。段差はなし。上手に布団が敷かれ、下手に置かれているCDラジカセから流れる演歌が客入れBGM。

和服姿の安藤さんが出てきてご挨拶と諸注意。看板メニュー「燃える酒鍋」用に設置した業務用換気扇は消防署のお墨付きです。演じるスペースから客席の距離は2.5m以上離れているので問題はありませんが、心配な方はフェイスシールドをお配りしますので声をかけてください。COCOAをインストールしているスマホの電源は切らなくてもいいですが、機内モードにする等、音の出ない設定にしておいてください。一度引っ込む安藤さんを拍手で見送ります。さて開演、これからも上演は続く予定なので、以下具体的なネタバレは避けますね。

昭和十一年に起こった「阿部定事件」。吉さんの遺体を前にして、定さんはひとり宿で思いに耽る。どうしてこうなったのか、これからどうしようか、吉さんとの思い出、幼い頃の思い出。つい意地悪をしたくなってしまう気持ち、同じものを見ていても違うものを感じとっている寂しさ。定さんは今の言葉遣いで話します。独白は令和二年の言葉、吉さんとの会話は昭和十一年の言葉。

ついさっき朗らかに前説をしていた安藤さんが色っぽく気怠げな定さんになる。夏祭りにはしゃぐ少女になる。三味線を弾き、布団に寝転がり、昔のこと、今のこと、これからのことを話す。「消費」されていくであろう自分を引き受ける。生きる覚悟は鍋に灯った火のように静かで、でも強い。外界との仕切りは暗幕一枚。それなのに、幕切れの暗転は漆黒の闇に感じられました。それは定さんが覗いたあの「空洞」だったのかもしれません。孤独を感じられる、ここはまさに「劇場」でした。

想像力を刺激し、ないものをそこにあるかのように見せるのが演劇だが、その逆もある。そこにあるものが、ないものを甦らせる。時折肌に触れる冷たい外気、揺らめく火が送る暖かさ、ものが燃える匂いは、芝居がはねたあと、もっと遠い未来にも、このお芝居を目の前に立ち上がらせてくれる。

アフタートークのゲストは罍(もたい)陽子さん。前説でもあった今回のお芝居と安藤家の縁から、どん平の味と歴史迄、笑いの絶えないひとときでした。安藤さんのお祖母さまが、事件後現場の土地を買ったのだそうです。「当時は安かったんでしょうね〜(笑)」「私がこどもの頃はまだ建物も残っていて、生まれたときから身近で、それがあたりまえだったんです。『キャンディ・キャンディ』で『私キャンディ!』ってごっこをやるように『私阿部定!』って遊んでましたよ」「荒川区にここを阿部定ストリートと名付けてもらって観光名所にしたい(笑)」「尾久産業ってすごい有名だと思ってたけどあまり知られてなかったんですねえ」。罍さんは燃える酒鍋はどうやって作るか、どんなにおいしいかを熱弁し、安藤さんに「お店のことこんなに詳しく的確に話してくれたゲスト初めて、ここだけ(お店の宣伝のために)配信したい」と喜ばれていた(笑)。罍さんの「だってこれSAVE THE どん平でしょ! そのためにやってるんでしょ!」「私たちの力じゃ地球は守れないかもしれないけど、どん平は守れると思うの!」って言葉が沁みた。自分の周りをちょっとずつ。それをそれぞれがやれば、見える光明ってあると思うんです。

出演、舞台装置、制作。安藤(タニノ)家、総力あげての公演でした。終演後、お食事の用意になるとき安藤さんが「ここからは飲食店の仕切りになります」っていったのが格好よかったな。配信が当たり前になり、その効力に感謝しつつも、やはり演劇を現場で観られる幸福に勝るものはない。ここへ足を運ぶことが出来て本当に良かった。

お店の営業状況と安藤さんのスケジュールの関係で、公演は不定期。お芝居45分+アフタートーク15分の、感染対策もバッチリな作品です。『切断』は「vol.1」となっているので、作品を変えて「vol.2」と続くかも。どん平の営業がもとどおりになったら公演も終わる。それがいちばんいいのだけれど、また機会があったら行きたいな。


予約の際、店内飲食かお弁当かを選べます。特製とんかつ弁当と、追加でかつサンドをテイクアウトでお願いしました。店内飲食だとごはん、味噌汁、キャベツはお代わり自由。テイクアウトの場合ワンドリンク付き。
「こ、これがニュータッチ……!」なほろりとしたとんかつは勿論、副菜もそれぞれ丁寧につくられていて(お新香が「おっ」となるおいしさ)舌鼓を打ち鳴らしましたよね。写真は一緒に撮ったけど流石にかつサンドは翌日に食べたで……当日パンフレットにあった通り、アルミホイルに包んでオーブントースターで温めて、おいしくいただきました。ごちそうさまでした!

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・安倍定(失楽園)事件を歩く┃東京紅團
先にこれ読んでから行けばよかったかな、と思うものの、初見は驚いて復習で楽しみたい派なのでした。「(失楽園)」って入ってるところに、時代を感じますねえ。2000年に書かれた記事。
「平成9年(編注:1997年)まで『満佐喜』の建物が残っていた」。アフタートークで「あの角を曲がってこう行ったところです」って説明はあったけど、当時とは様子がすっかり変わっているので見当がつかず、行き着くことは出来なかったんですよね。いや、気づかず通り過ぎていたかも。本当に近く、すぐそこだったんだ

・孤独のグルメ Season3 第10話「東京都荒川区西尾久の炎の酒鍋と麦とろ飯」┃テレビ東京・BSテレ東
・ストーリー 孤独のグルメ Season3┃テレビ東京
ログ残ってた〜。鍋+ミニセットって五郎さん(番組の構成上とはいえ)すごい胃袋だわ……



う〜定食おいしそう〜。つきあいの長いおふたり、話も弾んでおりました


素敵な作品とおいしいとんかつ、有難うございました!



2020年12月19日(土)
菊地成孔 3DAYS デュオ with 林正樹

菊地成孔 3DAYS デュオ with 林正樹@Shinjuku PIT INN


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菊地成孔:Sax
林正樹:P
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菊地さんの音楽も言動も、ライヴじゃないと、クローズドな場でないと伝わらないの権化。現場がピットインなら尚更。なのでピットインでのライヴはここんとこテキストには残していなかったが、今年はピットインが配信を始める程(!)非常時だったことだしメモだけでも残しておこうかなと。しかし核心はやはり聴き手の心のなかにだけあるのだった。

・今年の3DAYSは各日限定50席。プレ抽選もピットインの直売りもないぴあのみの販売で、全日即完だった。そんななかでも年配の、ゴリゴリなジャズファンらしきお方が結構な割合でいるのです。このひとたち皆発売日の10時にスマホやPCからチケットとったんだよなあと思うとグッとくる
・ひとり客が多いところもなんかいい。ただただ菊地さんの演奏が聴きたくてやってきたひとたち
・で、そんな方たちが、ステージ上の菊地さんが思い出せなかったプレイヤーの名前を教えてあげたりする。ヤジる感じではなく、自然と、落ちついたトーンの声で。それに礼をいう菊地さんも自然で、音楽好き同士の礼儀がある会話が聴ける

・カヴァーと即興を交互に演奏。2ndセットのみ配信あり。著作権の関係でアーカイヴは出来ない。音はこうして消えていく。やっぱりここは方舟なんだな
・といいつつ、MCは2ndセットの方が無茶苦茶いってて肝が冷えました(笑)まあこれも残らないからな
・確かに配信には放送禁止用語はないのであった。今のところは
・とはいえいちばん笑ったのは「林くんはブラームスに似ている(顔が)」だった。あと床屋行った話ね。クローズドの場でも内輪ウケってないもんです

・ソプラノ、テナー。Wayne Shorterの「Pinocchio」、沁みた
・絶品指パッチンもファルセットも堪能
・林さんとのデュオは今回が初めてだったけどこれがまあ楽しかった。また聴きたいな

・出口に店長さんはじめスタッフの方が待っていて、帰っていく客ひとりひとりに礼をいっていた。ライヴハウスの苦境はまだしばらく続きそうだ。なんとか存続してほしい。方舟がなかったら、水がひく迄どこに避難すればいいんだ
・フロアにひとがみっしりで、プレイヤーの姿が見えないときもある。それでも音楽を楽しめるピットインが戻ってきますように