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2020年10月10日(土)
『ダークマスター VR』

庭劇団ペニノ『ダークマスター VR』@東京芸術劇場 シアターイースト


いやあ、近頃のVRは匂いも再現出来るんですね。どのくらい視界を動かせるのかと序盤はあちこち向いてみたのですが、ある一定のところ迄いくと景色が止まってしまい、それ以上奥にはいけないこともわかってなかなか興味深かったです。
(20201019追記:……と書きましたが、実はその匂いは……後述)

少し前にtwitterで「#舞台上で調理を行う演劇作品」というハッシュタグがまわっていました。それを見て真っ先に思い浮かべたのがこの作品。三年前にこまばアゴラ劇場で観たときは、年季の入った洋食店でつくされる料理の数々に生唾を呑み込んだものでした。

それを今回VRで上演するというのです。迷うことなくチケットを確保しました。VR自体も初体験、乗り物酔いのような症状があらわれる場合もあるとのことで、ガイドラインに従って事前に酔い止めを服用。当方豊洲のぐるぐる劇場で酔うくらいの三半規管ですが、操縦の上手い飛行機とかは全然大丈夫なんですよね……。ちょっと迷ったのですが、具合が悪くなってからでは遅いし、当日は台風接近のため気圧も不安定だったので準備万端で臨みました。

1公演につき観客は20名。この日は5ステ、そのうちの3ステージ目に参加しました。ロビーでまずはゴーグルとヘッドフォンの装着方法と、何かあったときの対応についての説明を受ける。案内されて劇場内に入る。だだっ広いフロアに机と椅子が20席分、二列に並んでいる。青いネオンライトの動線に従って着席。席間はマジックミラーで仕切られている。なんかイメクラの個室っぽい……ストーリーを知っているのでこれも演出の一環として楽しめました。セッティングを終え開幕です。ヘッドフォンから女声のナレーション。自分と他人の身体の区別は? この体験は本当に自分が体験したことか自信が持てますか? 催眠術にかけられる前の呪文のよう。やがて目の前に「キッチン長嶋」の扉が浮かび上がります。

ストーリーはよりシンプルに、より原作に近づいた(戻ってきたというべきか?)。都市再開発とか外国人の地上げ屋とかは今回はおいといて。だいたい今、外国からひと来ませんからね。「このご時世外食するやつが減っちまった、テイクアウトばっかりで」というマスターの言葉どおり、この上演は2020年の秋現在を映し出したものになっている。VRを使うからには、という「お店でプロのつくったごはんを食べる」「厨房に入って料理をつくる」という醍醐味にウエイトを置いたものになっていました。これがまー楽しい。観客として作品を鑑賞していたこれ迄の上演とは違い、登場人物に自分がなるのです。自分の意思では動けない。首を動かして周囲を見回すことは出来るが、こちらの意思とはおかまいなしにマスターはコロッケ定食をつくるし、出された定食を食べる。店で働くことになり、イヤフォンから聴こえてくるマスターの指示どおりに料理をつくり、出す。客がどんどん来る。売り上げの札束を眺め、酒を呑み、デリヘルを呼ぶ。

食べたのはコロッケ定食、つくったのはヘレステーキとナポリタン。オムライスはつくる過程はなく、場面が変わったらもう出来あがって手に持っていた(笑)。コロッケの揚がる匂い、牛肉を焼く匂い、この辺り迄は「なんかいい匂いする……いやでも視覚と聴覚を刺激されたことでそう感じるのかも……」と思っていたけれど、決定的だったのはナポリタンをつくったとき。ケチャップのにおいがハッキリしたのです。それを炒めることによってますますあの酸味と甘味が際立って……キエー! 劇場内で匂いを撒いてんのかなと思ってゴーグルの隙間から様子を見たりしてたんですが(笑)そんな様子もなく、ここは結構狼狽しました。帰宅後調べたところによると、ゴーグルに匂いのカートリッジを仕込めるものがあるらしい。

おちついてくると、自分の意思や身体と、VRとの差異を面白がれるようになってくる。当方左利きの女性ですが、右にお箸を持たれる違和感がいちばん強かった。で、その手がなんかかわいらしかったんですよ。映像はFOペレイラ宏一朗さんのものなんだけど、ちっちゃくて華奢で。実感よりちょっと遠くにある(ように見える)こともあり、なんだかこどもの手のようでした。デリヘルといたすところはそんなに……(笑)この辺はVRに触感があればまた変わるかな。でも息遣いや唾液が垂れる様子、相手の毛穴をめちゃくちゃ至近距離で感じるところにはやはりドキドキしました。いや、自分は見られていないという安心からか、むしろまじまじと相手を見てしまったな。オチはご愛嬌でした。ふと思う、これレイティングあったっけ? 終演後調べてみたら、R12だったようです。ははは。

マスターから店を引き継ぎ、いつのまにか料理の腕だけでなく、その感覚迄共有することになるという『ダークマスター』のストーリーは、VRという手法にぴったりでした。指令用のイヤフォンを耳に入れられるときのノイズ(これは鳥肌立った!)、呑めない酒を口にするとマスターが酔い、デリヘルとやってるときにマスターがうめく。その声がイヤフォン(実際にはヘッドフォンだが)を通して直接耳に届く。さて、自分もやがて「階上のマスター」になるのだろうか? 次の「マスター」はいつ来店するのだろう? 再び女性の声でアナウンス、ゴーグルを外すと隣の席がうっすら見えるようになっておりギョッとする。自分と他人の違いをまじまじと眺めて終演です。




すっかりあてられてふらふらと退場。雨のなかオムライス(と、実はコロッケも買った・笑)を手に帰宅しました。いやー面白かった、VRを体験しに劇場へ足を運ぶという過程からして、サイトスペシフィック演劇な側面もあり非常に楽しめました。

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・「ダークマスター VR」タニノクロウ インタビュー / FOペレイラ宏一朗が語る稽古場┃ステージナタリー
「今回、配信はせず、少人数でもある種の緊張感がある劇場で観てもらいたい、劇場でやる必要があると思っています」。当初は通常の舞台として上演する予定だったそうです。案があったとはいえそこからよく思い切ってこの上演形態にしたな、これだけの品質のものをつくったなと感嘆。コロナのおかげとは絶対いいたくないが、この「転んでもただでは起きない」スピリット、見習いたい。
「なるべく中性的というか、主人公の性別が特定されないような感じで作ることは心がけました」。いわれてみれば、劇中で性別は明かされないんですよね。過去観た記憶からの男性だと思い込んでいた

・「ダークマスター VR」開幕、タニノクロウ「新しいライブの感覚を作りにきてください」┃ステージナタリー
劇場内の様子はこちらの画像で。動線のデザインからして美しい、流石ペニノです

・最新のVRで“香り”と“味”の体験が可能に。仮想空間に「食」の可能性は広がるか┃BAE
2019年の記事。カートリッジが仕込んであるのね。やがて味も体験出来るようになるらしい

・そういえば今回の上演では「携帯の電源を切ってください」だった(KAAT、SePTでは「機内モードに設定し、Wi-Fiをオフにし、Bluetoothをオンにして、アラームを切るのを忘れずに」だった=参照)。機器に影響あるとかかな

・料理といえば。緊急事態宣言期間中、ペニノから「タニノクロウよりみなさまへ」というメールが届いてたんだけど、そのなかに餃子のつくり方レクチャーがあったんですよね。「餃子の餡は豚バラスライスを3ミリピッチくらいで細かく切ったのを挽肉とミックスさせて、お湯じゃなくて鶏がらスープで焼くと激変しますよ!」このこだわりも見習いたい。ちなみにお肉の切り方とかはすっ飛ばして鶏がらスープで焼くってのだけをやってみたけど、確かにすげーうまかった!

(20201019追記)
・観客は実態のない支配者にリモートで“操作”される タニノクロウ演出『ダークマスター VR』(末井昭)┃QJWeb
「スタッフが玉ねぎを炒めて、ウチワで扇いでブースを回っていたらしい」……ちょっと待てそっちかい、「ブースの外から匂い送ってる? いやいやまさかね、VRだもん」なんて最初に思ったけど、正解だったんかい! VRも進化したなあと思っていたのに…いや、調べた通りそういう機器も既に開発されてるそうだけど……。個人的には断然こっちのが「演劇」として好き!