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2015年10月10日(土)
『大逆走』

『大逆走』@シアターコクーン

赤堀雅秋全部のせ+新局面。そしてコクーンと言う劇場の機構を使って表現したいことの素直な欲求。心の底で願う美しさと、その美しさを表現することへの照れのせめぎ合いが凄まじい。無性にスズナリのTHE SHAMPOO HATが恋しくなった。

喪失を抱え崩壊した家族、孤独な若者、老人の純情。暴力、性衝動、敢えて口に出す汚物的な言葉。これ迄赤堀作品に出てきたモチーフが全編に散りばめられている。身体表現のエキスパートである小野寺修二をステージングディレクターに招聘し、かつての『立川ドライブ』(萌芽は『その夜の侍』)で試みた手法に磨きをかける。シンプルな骨組みセットを役者とダンサーたちが自ら移動、構築することで情景が出来上がる。

詩的な言葉を紡ぎ、それを対話によって日常と地続きにする。職人的な手腕を持っているが、実はとても作家性が強い。今回はそれが前面に出た。加えて破壊衝動がより露わになった。『その夜の侍』以降のふたつの路線。落語や似非歌舞伎的要素を用いた物悲しいコメディ、犯罪者とその周辺が陥る闇を偏執的に描写し、擬似実録もの。どちらも根は同じだと言うことを今回の作品で示した。

それを表現するために試みたことが混乱を呼んではいた。物語の強さか、現場で起こるマジックか。演劇、舞台表現を信じているからこその試みでもある。出演者たちと考え乍ら、ディスカッションを重ね乍ら作り上げられたと思われるシーンの数々は、巧者揃いなので非常に楽しめる。久々に観たい大倉孝二が観られたのも嬉しかった。池田成志の台詞まわし、趣里のダンス、濱田マリの声で奏でられる西の言葉。大高明良演じる器がちいさい男は、底知れぬ空洞を感じさせる。女の業と日々の暮らしが同居する魅力の峯村リエ、オフィーリアからあばずれ迄、秋山菜津子のザ・女優っぷり。奥行きを見せ、セットもない舞台にひとり立ってなお抜群の存在感(歌舞伎の所作もビシリとキマる)の北村一輝は受け身にまわっても周囲を輝かせる緩急を持っている、包容力溢れる座長。これらの個人技が堪能出来る。当て書きと思われる人物設定が痛々しく感じられるところすらある。痛々しいと言うのは所謂「イタい」と言うことではなく、当人にとって刺さるであろう、演じるにあたって傷つくこともあるだろうと思われる言葉のことだ。傷ついてもなお舞台で表現し続ける、それを観客に想像させることだ。

照れとのせめぎあい、と言うのは、美しいものを破壊したいと言う衝動でもある。たいせつにしたい美しいものを表現する迄に、のたうちまわるような葛藤がある。趣里さんの存在が大きく、彼女がいたからこそ赤堀さんが終盤のあのシーンを破壊せず届けたとも言える。言葉の劇作家と、言葉なき場面を立ち上げる演出家。そこにストレートな美しさが備わったことは新境地だと感じた。そして吉高由里子の声があったからこそ、クジラの台詞が瑞々しく響いた。

個人的にはとても愛おしい作品。成志さんの長いハムレット台詞が聴けたこともかなり嬉しいことだった。それにしても秋山さんの五郎丸(のルーティン)が観られるとは……日本は敗退(つっても3勝して予選敗退ってW杯史上初ですよ〜)したけど、上演期間中ずっとやるのかな。一瞬ですのでお見逃しなく(笑)。