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2015年04月08日(水)
『母なる証明』

『母なる証明』@シネマート六本木 スクリーン2

シネマート六本木が六月で閉館。アジア映画にハマり出した矢先のことで寂しい……現在クロージング企画(劇終−THE LAST SHOW|特設サイト)が開催されており、そのなかのひとつ『韓流祭』に二日連続で出掛けてきました。まずは「ウォンビン祭FINAL」、傑作と名高いこの作品から。原題は『마더(マザー)』、英題は『Mother』。本国でも日本でも2009年に公開、監督はポン・ジュノ。

いやもう流石のポン・ジュノとしか言いようが…映画を観た! と言う気持ちの高揚ったらなかったです。大画面で輝く光と影のコントラスト、出処が認識出来るように配慮された細やかな音響。緻密なストーリー構成、ミステリとしてのスリル、エンタテイメントを介した社会への告発、ラストシーンで深く刻まれる余韻。すごい。終映後しばらく席を立てませんでしたよ。

ストーリー自体は、さほど珍しいものではない。知的障害があるらしい息子が殺人事件の容疑者として逮捕される。現場に残された物品、事件前後の息子の行動についての証言、事件を早く片付けたい警察の杜撰な捜査。何もかもが息子の不利に動く。母親は、息子の無実を証明するべく立ち上がる。果たして真相は?

全てが終わった現在、事件当日、事件の前後。大きく分ければパートは三つ。これらを細かく分解し、パズルのように組み立てていく。同じシーンが複数回現れる。リマインドとして出てきたとき、シーンに隠されていた秘密に気付く。それは息子のスローラーナー振りとも呼応している。突如甦る息子の記憶は、事件のことだけに限らない。そしてそれは、台詞に出てくるように「一心同体」である母親の記憶をも呼び起こす。殺人を犯した(かも知れない)記憶は、その根拠(動機)とともには浮かび上がらず、彼(彼女)の頭に沈んでいく。沈んだ記憶がいつまた浮上するかは判らない。母親はそれを「ツボ」に鍼を打つことで忘れる(と信じている)。

まだらな記憶は、映画の空白としても妙味を発揮する。語られない母親の名前、息子の父親について。息子の友人はどうして羽振りがよくなったのか? それなりの腕があるらしき母親が鍼師として開業できない理由は? これらは一切語られない。ナプキンおつかいの根拠も謎のまま。母親に「何年も前に閉経している」と言わせるためだけとは思えない…友人が自らの意志で逃げたのか、連れて行かれたのかも曖昧だ。反面、ひとりの女性としての母親の振る舞いが、意識的に挿入される。弁護士に会う前紅をひく、夜中自宅に上がり込んだ息子の友人に怯える……空白も唐突も、どちらも観客の想像力を喚起する。混乱と謎解きに翻弄される。そして最後に訪れる、母親と息子のある交感。「子鹿のよう」と繰り返し形容された息子の目は、母親のそれにそっくりだ。その目と目が交わったとき、互いの心に巣食った秘密は、やはり空白として時間の隅へと追いやられる。母親が一度だけ口にする「お母さん、」と言う台詞が思い出される。名前が語られない「母親」たち。息子も母親も、まだまだ生きていかねばならない。

いやはや本当に隙がない……ロケーションも素晴らしかった。母親が雨のなか事件現場から見た街の風景と言い、広い草原とちいさな人物との対比といい、引きの画面が大画面に映し出されたときのカタルシスと言ったら。カタルシスと言えば、壺のなかから携帯がずるりと引き出されるあの場面にも鳥肌が立ちました。詰問の場所として選ばれた廃墟の遊園地も味わい深い。ちいさき人々が暮らすちいさな街、しかし彼らにはひとり残らず違う人生があり、土地はどこ迄も拡がっているかのように映る。映画の不可思議さが詰め込まれた作品でした。初見はスクリーンで、と待っててよかったです。

パンフも販売されていたので購入。ジンテ役のチン・グが、『甘い人生』に出演しているとあり楽しみになる。これ明日観る予定なんだ。

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その他。

・輝国山人の韓国映画 母なる証明 マザー
データベース等。いつもお世話になっております!

・ケイケイの映画日記「母なる証明」
愛読している映画感想サイト。やっと読めた〜(笑・観る迄読まないでおいた)。膝打ちまくりのレヴューに加え、「自国へ向けての社会派的啓発」についての細やかな解説もとても勉強になりました。有難うございました!(エアで叫ぶ)

・韓国の疲労回復ドリンク“バッカス”、「国民ドリンクを超えて世界的ドリンクに」 | Joongang Ilbo | 中央日報
五歳の頃の息子が持っていた栄養ドリンクの瓶、リポビタンDだった気がする…と調べてみたらばどうやらこれらしい。ラベルの上がちょこっと見えたの

・韓国では出所したら豆腐を食べるって習慣については覚えたんだけど今回初めてそれを映画で観たー。しかしああ言う経緯で出てきても食べるものなの?

・初めてと言えば今回初めてウォンビンの仕事を観ました…韓流四天王と言われるひとの仕事自体も初めて(遅れてきた韓流)……。明日はイ・ビョンホンを観るヨ!