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2014年07月12日(土)
『おとこたち』

ハイバイ『おとこたち』@東京芸術劇場 シアターイースト

岸田戯曲賞受賞後初の新作と言うことで注目の公演だったようです。幕が開いてからの反応も、twitterを見る限りかなりのものだった。それもあってか、当日券の行列がすごいことになってました。キャンセル待ちのひとたち、皆入れたのかな。

いやあ、もう、すごかった……。

岩井さんのインタヴュー記事を読んでいると、前回の『ある女』(岩井さんver.菅原さんver.)から「取材」で書く、と言う作品作りをしているようなのだが、その取材対象への潜りっぷりが凄まじい。そしてその対象が直面している現実をあく迄対象として捉える冷徹さも凄まじい。冷徹であるからこそ、その現実への寛容がある。全ての人生に肯定を探す。幸福は線ではなく点に宿る。その温度を絶妙に汲んだ役者陣も素晴らしい。

順調に昇進し家庭も安泰、いちばんの出世頭と言われていたソツのない鈴木。学生結婚した妻とバイト先の女の子との間でグズグズ状態のフリーター森田。子役から戦隊ものでプチブレイクした役者津川。なんとなく就職した先でなんとなく業務に励みなんとなく身体を壊し、なんとなく転職した先でなんとなく仕事が軌道に乗り、なんとなく定年迄勤める山田。幼なじみのおとこたち四人の、青年期から老年期。それぞれ楽しい時期もあり、苦しい時期もあり。不定期に集まり、近況を報告し合い、カラオケで騒ぐ。年を重ねるにつれ、人生の闇は色濃くなる。

段差で三分割された舞台は、出される小道具によってそれぞれの家や呑み屋になる。いちばん使われる正面エリアはカラオケルーム。おとこたちは好きな歌を熱唱し、マイクパフォーマンス(このナレーションにもなる手法、ハイバイの得意技でもあるがホント絶妙。また平原さんがウマい!)の体でお互いをおちょくったりしてはしゃぐ。場面は時系列に進まず、場面毎に後方の大きな壁に年齢を表示する。役者たちはその年齢の変化だけでなく、彼らをとりまく複数の人物を演じ分ける。衣裳替えが多少あっても、老けメイク等していない彼らの顔が、シーンによって幼児になったり老人になったりする。演者の的確な演技によるものであるが、あれは照明(松本大介)の力も大きいと思う。パンツの裾を何度か折ってクロップ丈にするだけで子供っぽくなると言う、衣裳(小松陽佳留)のアイディアにも唸る。

順調に見えた筈の人生はいつしか迷路になり、迷路のようだった人生はますます混沌としていく。家庭には秘密が増える。彼らの顔には死相が浮かび、そしてふたりが死ぬ。いや、いずれは皆死ぬのだが。

ひとりの死んだ男が次の場面で幼児の役を演じる。それは全く別の人物だ。しかし「おまえ…!」と指摘する登場人物をそこに置くことで笑いが生じる。生まれ変わりと言う有り得ない可能性をふいうちで想起させ、新しい命がそこにあるだけで笑顔になるひとを寄り添わせる。こういう歪な優しさが岩井さんにはある。

先日『関数ドミノ』の最後の暗転を観たとき『ある女』の最後の暗転のことを思い出した。近い種類の怖さなのだが、同じではない。そして時系列をシャッフルすると言う手法は、以前岩井さんが前川さんの作品を観て「情報を出す順序だけで面白くすることができるのか」と、『て』から取り入れた手法だ。お互いの作品の手触りは全く違う。それは前川さんと岩井さんの資質の違いなのだろう。

友情の物語でもある。つかずはなれず立ち入らず、しかしいざと言うときには力になる。その力はへなちょこでたよりない。ヤバい道へと進んでいる予感があり乍ら、見守ることしか出来ない。それでも、彼らはともだちだったのだ。淡々と活写される、これも歪な優しさ。

自分に縁のない娯楽―カラオケやゲーセンの様子を見られるのも、岩井作品の好きなところだったりもする。岩井さんとは、彼の書く作品以外で接点が見付かることはないように思う(笑)。でも、それが面白いのだ。ゲーセンにシルバー割引があることなんて知らなかったものなあ。あと肺水腫の話、ここにモチーフで出すかと思った(岩井さんが常日頃影響を受けた受けたと言ってるあのミュージシャンの死因ですね)…って、ここにあったわ! 私と岩井さんの接点!(笑)どう受け止めてるかは別として!

個人的には菅原さん演じる山田が自分のロールモデルなので(笑)いろいろ思うところがありました。流されるままの受け身人生なんだけど、案外悪くない。それがああいう老後だとしてもね。何かが決定的に欠けている。でも、そういうひとっているものだ。