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2011年11月17日(木)
『エオンナガタ』

『エオンナガタ』@ゆうぽうとホール

ロベール・ルパージュが演出でラッセル・マリファントが振付、それをシルヴィ・ギエムが踊るコンテンポラリー。と思っていたら……いやはや3人がガッツリ組んだコラボでした。ルパージュもマリファントも踊り、ギエムが台詞を語り歌を唄う。18世紀に生きた両性具有のスパイ、シュヴァリエ・デオンの数奇な運命を辿った70分間のストーリー。男性と女性、そしてその両方を持ちうる性。フランス、イギリス、ロシアと言う3つの国とその言語。デオン(EON)を3人のパフォーマーが体現する。

ルパージュを観たのは2006年に上演された『アンデルセン・プロジェクト』(ルパージュ版白井さん版)以来。これを観ていたおかげか、今回の作品にもすんなり馴染めた感じがしました。ある人物の一生をルパージュの手法で描く。昨年来日した『ブルー・ドラゴン』を逃したのが悔やまれる…最近ではMETの演出も手掛け、すっかり大御所ディレクターのイメージですが、舞台に立つ彼の若々しいことと言ったら。身体がビュンビュン動く。序盤のテーブルを使ったシーンではギエム、マリファントと丁々発止であり乍ら絶妙なコンビネーションのダンスを見せてくれました。その反面、老いて亡骸へと変化し解剖されていくエオンの最後の姿を演じたのも彼。不思議な説得力がありました。年老いてはいない、けれど生命の炎は徐々に小さくなっていく人間の姿。しかしその灯りは最後の瞬間迄灯りなのだ。

基本的な演出、枠組みはルパージュのものだと思いますが、そのなかで演者がどう動くか、どう生きるかと言ったこまかい部分は3人のアイディアを持ち寄ったもののようでした。マーシャルアーツの引用はマリファント、布をまとうことで動きを美しく見せるギエム。そして三人の共通点、愛情溢れる日本文化へのオマージュ。歌舞伎や文楽を連想させるモチーフが、随所にスタイリッシュに織り込まれています。前述の『アンデルセン・プロジェクト』のアフタートークでも指摘されていましたが、ルパージュは上演を重ねるごとに作品をどんどん変えていく(上演される国、言葉、文化を柔軟にとりいれる)タイプの演出家だそう。「映像の魔術師」とも言われる彼ですが、今回は「光の魔術師」と言った方がいいかも。ギエム演じる女性エオンとマリファント演じる男性エオン、そしてルパージュ演じる第三の性のエオンが、照明とセットの鮮やかな転換とともに次々と入れ替わっていくさまには幻惑されました。ゆったりした動きのなかでそれを行う箇所も多々あり、それは演者の高い身体能力を要求されるもの。落ち着いて観られるのはギエムとマリファントのポテンシャルあってこそ。

テーブルやボードをスライド、回転させることによって時間も空間も自在に移動する。四角く区切られたピンスポ、登場人物の心象風景を可聴化にしたかのようなノイズ。照明デザイナーはマリファントとの共同作業を数多く手掛けているマイケル・ハルズ、サウンドデザイナーは『アンデルセン・プロジェクト』もこのひとだったジャン=セバスティアン・コテ(すごく独特で心地よいんです)。芳醇なアイディアに溢れ、整然とした美しさを提示したおふたりの仕事っぷりにも魅了されました。そして衣裳のアレキサンダー・マックイーン。全身纏足みたいな印象すらあるのですが、ダンサーたちが着るものなので開放的。ボンデージ&ディシプリン的なものが意識され、エオンが常に抱いていたであろう“抑圧”を感じさせる衣裳でした。流麗なラインなのにそこはかとなく恐ろしい…マックイーンの生霊がステージにいるようだった。いやマックイーン死んじゃったから生霊じゃないか…残念だよ……。

そして女優・ギエムの魅力が満載でした。男装を禁じられ、クリノリン(この名称だって今知った…)で拘束された(ように見えた)エオンの悲しみを、静かにしかし饒舌な所作で表現。ひとつだけもらった勲章をだいじそうに胸につける仕草、小さな部屋に押し込められ膝を抱えるその姿は、ちいさなこども(少年でもあり少女でもある)のようなはかなさでした。声もいい。ギエム演じるエオンとルパージュ演じるボーマルシェのシーンでは、前半は台詞を交えたコメディ、後半は前半での動作を踏襲しつつボーマルシェを誘惑するエオン、と言う妖艶な図式で見せる。鏡を介したマリファントとの対峙も官能的でした。

ギエムはこの作品を「ダンスのあるスペクタクル」と称していました。トップクラスのパフォーマーとスタッフが作り上げた非常に美意識の高いステージ。在り方は対照的ですが、『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』に続き、短期間で「ダンスと音楽、それらと密接に関わった演劇」を観ることが出来たのは幸運でした。