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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
番外:SHERLOCK

現地在住の後輩が「日本で放映があったら是非みてください」と言ってた「SHERLOCK」、先週の月曜〜水曜(22日〜24日)NHKBSでの放映でした。
シャーロック・ホームズが、現代で犯罪を解決するコンサルタント業、という設定で、コナン・ドイルの原作の事件も現代風にアレンジされて再登場。
現代版シャーロック・ホームズというよりは、全編が原作と1980年代放映のグラナダTV版ホームズへのオマージュというかパロディというか、マニアックな仕掛けが満載で、知っているとあちこちでクスリと笑えます。
たとえば業を煮やしたレストレイド警部がホームズの部屋に家宅捜索令状を持ってやってくる。「何の容疑だ?」「麻薬所持」。
19世紀の原作で阿片チンキを飲んでたホームズを知ってる人は、あぁありえる、と思うわけですが、禁煙パッチを貼って禁煙している現代のシャーロックの部屋からは何も出ません。
セリフにもいろいろ仕掛けがあったようで、私がシャーロッキアンだったらさらにもっと楽しめたんだろうけれど、私がウケたのはおもにグラナダTV版のオマージュの方でした。カメラワークとか照明とかが、いかにもで。

まぁその、パトリック・オブライアン・ファンとしては、黒髪に薄い瞳で、マントルピースの上に平気で頭蓋骨を放置しているホームズ(演じているのは、「アメイジング・グレイス」でピット首相役だったベネディクト・カンバーバッチ)を見ていると、なんとなく「マチュリンの若い頃ってこんな感じ?」とか考えてしまって…こんなこと言うとシャーロッキアンから怒られてしまいそうだから、ここだけの話だけれど。

ドラマでは、ホームズが部屋のマントルピースの上に放置していた頭蓋骨がいつの間にかなくなっていて、「あれどうしたんだ?」と尋ねるワトソンに「ハドソンさんに片付けられた」と憮然と答えるホームズ。あ〜ぁマントルピースの上に置くからよ。スティーブンみたいに食器棚の中に入れておいたらよかったのに、と思ってたら第三話ではホームズ、冷蔵庫の中に生首を入れていた。
買ってきたものをしまおうとしたワトソンがぎょっとして「なんで冷蔵庫に生首が入ってるんだ?」と訊くと「調べるために借りて来たんだけど、腐るから」と。
あぁ19世紀に冷蔵庫がなくてよかったね…なんて余計なことを考えるオブライアン・ファンがここに一人。

さて、原作や昔ながらの日本語訳ではワトソンを「ワトソン君」と呼んでるホームズですが、現代なので現代らしく「ジョン」とファーストネームで。
ワトソンがアフガニスタンで負傷して退役した陸軍軍医という設定は同じ。
同じ…どころか最初にホームズは「アフガニスタン? イラク? どっち?」とワトソンに尋ねる。あぁそうだ、現代はアフガンのほかにイラクっていう可能性もあったのだった(このあたりでクリス・ライアンやアンディ・マクナブの小説がぱらぱらと頭に思い浮かぶ)。
舞台を150年後に移しても同じセリフが生きる(どころか選択肢が増えている)英国ってどうなの?って皮肉に思わないでもありません。

でも現代の英国ではやはり「紳士」の概念は薄れてきているのでしょうか?
もちろん英国は今でも階級社会だし、ホームズの兄マイクロフト(外務省のエリート役人)は嫌味ったらしいインテリ英語をしゃべるし、M&C時代の水兵のような発音をするコソ泥の英語を、いちいち丁寧に文法的に直すホームズなどというシーンも出てくるけれど、見た目あきらかに「紳士でございます」というような演技(歩き方とか立ち居振る舞いとか、外出するときの服装とか)はホームズにもワトソンにも無い。
「紳士」の概念は、それでも第二次大戦後もしばらくは明らかにあったと思うんですよね。ショーン・コネリーのジェームズ・ボンドは明らかに「紳士」だから。いつ頃から変っていったのか?
今年の4月23日の日記で、英国気質が変わったのではないか?という話をしましたが、このあたり関連あるのかもしれません。

そして、現代版だと女性が自然体で魅力的、レストレイド警部の部下のサリー巡査部長、検死官のモリー、ワトソンがパートで働いている診療所のサラ、マイクロフトの部下のアンシアも再登場を期待したいですね。
自然体でというのは、最新ハリウッド版「シャーロック・ホームズ」(ロバート・ダウニーJr.とジュード・ロウの)でレイチェル・マクアダムズが演じたアイリーン・アドラーと比較して、という意味だけれど。
19世紀だと明らかに紳士淑女の「様式」があるんだけれども、現代のロンドンにはそれが無い。

ロンドンの街自体も、この10年でずいぶん変りましたねぇ。
新宿の東京モード学園みたいな高層ビルが建ってたり、バスとタクシーは完全に排ガス規制適合車に模様替えされてるし、
でもマイクロフトは本当に「いかにも」な現代スパイ小説によく出てくる風の「外務省のエリート役人」なので、逆にすぐ誰だかわかっちゃった。

あ、スパイ小説と言えば、ホームズ役のベネディクト・カンバーバッチの出演作をIMDBで調べていてびっくり、
彼の次回作(映画)はジョン・ル・カレの「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」(ハヤカワ文庫NV)、これ映画化されるんだ!
比較的マイナーなプロダクションで、スウェーデン人監督。ジョージ・スマイリー役はゲイリー・オールドマン。

昨年公開されたハリウッド版最新「シャーロック・ホームズ」とBBC版の違いは、「イギリス流の毒」があるかないか、だと思います。
ハリウッド版は19世紀ロンドンの街とテムズ河をほぼ正確に再現し、監督は英国人で、ジュード・ロウなんて完璧な紳士を演じていると思うんだけれど、いまひとつ物足りない。
その理由は、毒抜きされてしまってるからなんだ…と、今回BBC版を見ながら気づきました。ハリウッドは万民にうける作品が基本だから仕方ないけど。
やっぱり、英国作品は(監督だけではなく)資本からプロデューサーから全て英国でないと、英国の毒のある面白さをそのままには出来ないんじゃないか?と今回思った次第です。
上記ジョン・ル・カレの映画化については、そんなわけでどこまで渋く抑えられるかに期待と不安が入り交じりますが、どうなることでしょう。

さて、あんなとんでもない終わり方をした「SHERLOCK」ですが、続編は3話製作されていて、英国では2012年はじめにBBC放送予定。
でも続編3話目が「ライヘンバッハの滝」の話なので、いちおう6話でモリアーティ教授との決着はつくものと思われます。
日本での放映は一番早くて来年の夏でしょうけど、できるだけ早めに放映をお願いします。NHKさま>


2011年08月27日(土)