HOME ≪ 前日へ 航海日誌一覧 最新の日誌 翌日へ ≫

Ship


Sail ho!
Tohko HAYAMA
ご連絡は下記へ
郵便船

  



Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
長い冬休み2011

タイトルは金曜日のNHKBS北欧特集「ニルスのふしぎな旅2011」のもじり。
この番組も30年以上前(1980年)にNHKで放映されていた子供向作品(セルマ・ラーゲレーブの児童文学を原作としたアニメーション)との再会だったのですが、岩波少年文庫7月新刊「長い冬休み」も、30年以上の月日を経て再会した児童文学でした。

今日の更新は個人的エッセーのような形で、海洋小説つながりではありますが、海洋小説情報ではありません。

私が大学時代に海洋小説というジャンルを読み始めた遠因は、子供の頃に読んだアーサー・ランサムの児童文学だった…という話は以前にこちらに書いたと思いますが、そのランサムのシリーズが昨年から、新訳で岩波少年文庫からふたたび刊行され始めました。
「長い冬休み」はその3冊目にあたります。

その昔、小学6年生で初めてこの本を読んだ時には、帆船も英国の海の伝統も全く知らず、アウトドアの経験もほとんどなかったのですが、その後、大学時代にはサークルでテントかついで山歩き、歴史海洋小説にもはまり、海洋映画もいろいろ見て、実際にイギリス旅行もして…30年以上後にこうしてふたたび新訳新刊という形で再読すると、むかしは気づかなかったこと、知らなかったことを、その後自分自身で経験したり知識を得たりしていたことに気づきます。

物語の主人公である子供たちが、知らず身につけている英国の海の伝統も、子供の頃には気づかなかったことが、数多の海洋小説を読んだり、自分がアウトドアや旅行でいろいろなことを経験した今は見えてくるんです。これが面白い。

「長い冬休み」は、学友たちより4週間長い冬休みを過ごすことになった子供たちの物語です。
なぜそんなことになったかというと、仲間の一人がおたふくかぜにかかったために、一緒に冬休みを過ごしていた他の7人の子供たち全員が、学校に帰れなくなってしまったから。
小学6年生でこの物語を読んだ時は、これが不思議でした。
たしかに日本の学校でも、たとえば水ぼうそうになった子は完治するまで学校に来られない(出席停止)というのはありました。でも例えば姉が水ぼうそうになったから一緒に暮らす妹まで学校に来ては行けない…ことはなかったはず。
学級閉鎖はあったけど、それは全員が休みになるわけで、それも3日間とか。
一緒にいた子がおたくふかぜになっただけで28日間の出校停止って、イギリスの学校はすごいな〜、うらやましいな〜、私も長い冬休み欲しい!と、そのときは思っていたわけです。

学校に帰れなくなった7人の子供たちは、この休暇延長を「検疫停船」と呼びQ旗をかかげ、おたふくかぜになった子は伝染病発生を示すL旗をかかげます。
Q旗とL旗の本当の意味と怖さを知ったのは、大人になって海洋小説を読んでからです。
ボライソー21巻「復讐のインド洋」のオーケイディア号と、オーブリー5巻「囚人護送艦、流刑大陸へ」のレパード号。

長い冬休みの子供たちが学校に戻れなくなったのは「○○は今回の休暇中いかなる伝染性疾患にもかかったことがなく、また私の知る限りいかなる伝染性疾患流行地域にも滞在したことがないことをここに証明します」という書類に了承のサインがもらえなかったからなのですが、
確かに第二次大戦前の英国では、親が休暇中に子供をインドやカリブ海、アフリカに連れていくこともあったでしょうし、そこで子供がおたふくかぜよりもっと怖い伝染病にかかってしまう可能性も高かったのだと思います
…そんな事情がわかってから読むと、28日間の出校停止もなるほどと納得です。

今でも英国は日本より慎重ですよね。
私、モロッコには英国経由で行ったんですが、カサブランカを離陸するブリティッシュ・エアウェイズ機は、離陸前の客室座席上持ち込み手荷物入れの開閉チェック時に、キャビンアテンダントが殺虫剤を噴霧してから扉を閉めてまわるんです。
さすがイギリス。
ここまでの用心を、たとえばバリ島のデンバサールとか東南アジアの空港を離陸するときに、日本の航空会社はしていなかったような?(最近、東南アジア方面乗ってないんですが、少なくとも5年前は殺虫剤を撒いてませんでした)。日本もここまでやった方がいいんじゃないかしら? 温暖化してるし夏長いから、マラリア蚊が来ちゃうかもよ…と思います。

…ちょっと話が脱線しました。戻ります。

「長い冬休み」でもう一つ、いま読んで感心するのは、怪我や命の危険もあるアウトドア活動にあたっては、たとえ子供たちでも指揮系統がきちんとしていることですね。
物語の始まりでは、リーダーは地元に住む最年長のナンシイですが、彼女がおたふくかぜに倒れた後は、彼女の妹でやはり地元民のペギイと最年長男子のジョンが、状況に併せて臨機応変にリーダー役を交替します。
リーダーの決断には素直に従い、子供たちの役割分担もきちんとしていて、指揮系統の混乱に類することが全くありません。
いつもはナンシイの影にいた妹のペギイが、突然の大役にとまどいながら、一生懸命代役を果たそうとしている努力は、いま読むと臨時の艦長代行で頑張ってる副長のようでほほえましくもあります。
それは子供たちが無意識に、海千山千の大人たち(海軍中佐であるジョンたちの父や、今で言う途上国も含む世界を旅したナンシイとペギイの叔父など)から学んだことなのでしょう。
アウトドア活動に際してのリーダーシップの大切さというのは、大人むけの海洋小説からも学ぶことができるし、大学時代に山に行っていた私は、自分の経験からもうなづくところが多い。

「長い冬休み」では、都会育ちの子供たち2人が新たに仲間に加わります。
都会っ子だった私は、小6の時はこの都会育ちの子供たちの目線で読んでましたが、自身の山歩き経験(と言っても夏山の尾根歩きだけで積雪期は行ってませんが)の後に読むと、今は自然慣れしていない都会っ子のあぶなさにも気づいてしまう。
その彼らが、アウトドア経験豊富な他の子供たちから、いろいろなことを教わり、その後の3冊の本で経験を積み、いずれはスカラブ号という自分たちの船をもつことになります。

「長い冬休み」のあとがき解説で児童文学作家の野上暁氏は「ランサムの物語は21世紀の子供たちへの貴重な文化遺産」だと書かれていますが、
最近の中高年登山の遭難事例を見てると、私は、この本は子供だけではなく21世紀にアウトドアを楽しむ全ての大人も一読すべき文化遺産ではないか、と思うのです。
再読に学ぶことの多い1冊です。


2011年07月30日(土)