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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
パイレーツの定義

「海賊対処法案」が審議中です。
正直なところ最初に思ってしまうのは「海賊なんて時代が違うんじゃないの?」ということで、
もっともパトリック・オブライアン・フォーラム(掲示板)などを読んでいると、これは日本に限ったことではないのだな…と思います。

>世の中の人々が最近、目を覚まされた事実は、
>a)海賊なるものが、まだ存在する、
>b)その海賊は、ジョニー・デップというよりは強盗・ハイジャッカー・暴漢である、
>ということである。
>実際ところ「海賊行為」というのはソマリアに限ったことではなく、
>世界各国でいまだによく見られている。

これはオブライアン・フォーラムにあった書き込みなんですが…アメリカ人かな?イギリス人かな?これだけではちょっとわかりませんが、
ともかく欧米の人もこんな感想を持つんですね。

ここで「イギリス人の可能性が高いか」と書いたのは、この書き込みをした人が「海賊って本来、強盗・暴漢ではない」というイメージを持っているらしいことで。これがちょっと面白い。
日本語では海賊も山賊も同じ賊でしょう? 山賊といえば強盗とイコールじゃないですか? だから私は「海賊は強盗でハイジャッカーで暴漢だ」と言われても、この書き込みをした外国人のようには驚かないんですが、皆さんはいかがですか?

私の「海賊」イメージは、読んでいる本によっていろいろと推移してきました。
小学生の頃、最初に読んだのはアーサー・ランサムで、これはイギリスの子供たちが海賊ごっこをする話でしたから、なんとなくロマン…というか楽しそうなイメージでしたね。

高校生の時にアニメの「宝島」を見て、実際の海賊は、ランサムのごっこ遊びより荒っぽく凶悪で、なんだかヤクザの抗争みたいだと思いましたが、でもジョン・シルバーは滅茶苦茶かっこよかった。

大学生で歴史海洋小説を読み始めたら、ちょっと見る目が変わりました。
海賊にもいろいろあって、英国海軍の取り締まり対象となる、今でいうところの「海賊」…安全航行の秩序を乱す強盗・シージャッカー・暴漢としての海賊も多いのだということを知る。

じゃぁ果たして「海賊」ってなに?ということなんですが、
オブライアン・フォーラムの書き込みをたどっていく過程で知ったのですが、今は国際法(the United Nations Convention on the Law of the Sea : UNCLOS of 1982)に「海賊」の定義というのがあるそうです。

海賊というのは、英語では「パイレーツ(pirate)」
そして、「海賊行為(maritime piracy)」の定義は、
「特定の国家に属さない外国人による戦争に準じる行為(warlike act committed by a foreign nonstate actor)」
のうち、
「海上、河川上、時においては沿岸での、国家の権威を認証されていない船舶から仕掛けられる強盗など暴力犯罪行為」
のことで、「UNCLOS Article 101」では、
「私欲を目的(private ends)として、民間(private)船舶や航空機の乗組員によってなされる暴力・掠奪などの不法行為」
とされています。

海洋小説ファンだったら、これを読んで思わず苦笑…ですよね?
なぜわざわざ「特定の国家に属さない外国人」とか「国家の権威を認証されていない船舶」とか、「私欲を目的として民間船舶の乗組員によってなされる」とかまわりくどいことを言うんでしょうね?
この法律を制定する時に、うるさいことを言った国がどこか、なんとなく想像できてしまうような。
やっぱりドレイク船長の名誉は大切に守るべきってことなのでしょうか?

日本語で「海賊」に近い意味を持つ英語は、「パイレーツ」「コルセア」「バッカニア」「プライベーティア」と幾つかありますが、この定義を読むと、なるほど「プライベーティア」は海賊ではないのね…とよくわかります。

18〜19世紀の歴史海洋小説を読んでいると、「パイレーツ」に当たることは殆どありません。
アメリカ独立戦争当時、独立軍のゲリラ船として活躍していたのは「プライベーティア(privateer)」ですし、
ニコラス・ラミジ艦長やアダム・ボライソー艦長がアフリカ沖で取り締まる海賊は「コルセア(corsair)」です。
ラミジの親友の商船船長ヨークのご先祖さまがジャマイカで活躍した小説のタイトルは「バッカニア(buccaneer)」ですが、これは17世紀初頭のおはなし。

英英辞書などでそれぞれの意味を引くと、
buccaneerは、17世紀-18世紀にかけてスペイン船を攻撃したpirateのこと、
corsairはBurbary沿岸でキリスト教国の船を掠奪することを政府から承認されていたトルコ人などの一種のprivateer
privateerは戦時敵船捕獲の免許を得た民間武装船です。

プライベーティアの持つ免許状を英語ではletter of marqueと言いますが、これが法制化されたのは18世紀末以降のことのようです。
バッカニアの時代にはプライベーティアの制度がないためパイレーツという表現になるのでは? ゆえにイギリスのためと言ってスペイン船を拿捕してまわったドレイク船長はパイレーツということになるのですね。

ま、ようするにバッカニア、コルセア、プライベーティアは今風に言えば「海のゲリラ」みたいなものなのでしょう。
彼らは、国(イギリス、アメリカ、トルコなど)のために不法行為をしているのであって、私欲のためではないとか、民間船でも免許状という形で国の権威を持っているとか、微妙に現代の国際法に言うパイレーツの定義に当てはまらない部分があるからで、
これを全てひっくるめて「海賊」と訳してしまうから、日本人にとっては意味が混乱するのかもしれません。


2009年04月26日(日)