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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
復元帆船ヴィクトリア号見学記

東京・有明に来航中のスペインの復元木造帆船ヴィクトリア。
先週の日曜日にSalty Friends主催の見学会があり、スペイン語堪能なQさんの通訳・解説付きでじっくり見学させていただくことができました。

Salty Friendsのスタッフの皆さま>
先週は本当にありがとうございました。

ヴィクトリア号の東京での公開は25日(水)まで。その後、名古屋、大阪を訪問し一般公開を行うとのことです。
Salty Friendsでは名古屋、大阪でも見学会を企画していらっしゃるとのこと。
詳細はSalty Friendsのホームページへ。


このヴィクトリア号は、ポルトガル人の探検家フェルディナンド・マゼランの世界一周航海に成功した船なのですが、今回は愛知万博のスペイン・パビリオンのために来航しています。
マゼランはポルトガル人なのに、何故スペインがこの船を復元し自国のパビリオンとするのか?

その理由はこのようなものでした。
この世界一周航海、企画したのはポルトガルのマゼランでしたが、スポンサーはスペイン国王でした。
ポルトガル宮廷では冷遇されていたマゼランは、航海計画をスペイン国王カルロス一世に売り込み、承認を得て、1519年9月、5隻の船団(トリニダッド号、ヴィクトリア号、コンセプシオン号、サン・アントニオ号、サンチアゴ号)でスペインを出発します。
この船団の副指揮官、船長、航海士といった主要な乗組員は全てスペイン人が占めていました。

大西洋を南下し、マゼラン海峡を発見し、太平洋を横断する間に5隻だった船団はわずか2隻(トリニダッド号とヴィクトリア号)になってしまいます。
そしてマゼラン自身もフィリピンで、現地人との戦闘中に命を落とすことになるのです。
マゼランの死後、指揮官は二転三転しますが、最後に四番目の指揮官となったのが、エル・カーノというスペイン人。
このエル・カーノが最後にただ一隻残ったヴィクトリア号を指揮して、1522年9月に、スペインに帰還しました。

というわけで、この航海を企画・計画・指揮しながら道半ばのフィリピンで非業の死をとげたマゼランは、正確に言うと世界一周をしたわけではありません。
実際に世界で初めてこの地球を一周したのは、スペイン人であるエル・カーノと生き残った17人のヴィクトリア号の乗組員ということになるのです。
…ゆえにスペインはヴィクトリア号を復元し、自国のパビリオンとしているというわけ。
1992年のセビリア万国博覧会の時に復元され、今回の愛知博にも海を越え参加しています。

さてまずはヴィクトリア号の外観から説明が始まります。
今回の見学会でヴィクトリア号の説明をしてくださったのは、建造責任者のホアキンさんでした。
この船はキャラック船と呼ばれる種類で、ガレオン船(無敵艦隊の時代)より一時代前の船になります。船体中央と前部に横帆、船尾に三角帆を有するのが特徴。

キール(竜骨)とフレーム(骨組)部分は樫、外販は松、マストは現在は鋼鉄ですが、当時は松の木だったそうです。
真っ黒な船体は、全て木タール(木を蒸し焼きにして製造したタール。石油タールではない)で塗られています。

復元ヴィクトリア号の乗組員は15名、5人ずつの三交替制で航海しているとのこと。
実はスペインを出航した時には18名だったそうですが、途中で3人が帰国してしまったとか(うち一人は奥さんが恋しくなって帰ったとのことでしたが…ホント?)。
ちなみにマゼランの航海当時は一隻に50人程度が乗り組んでいたものと思われます。

乗船して船首から見学開始。
今回は甲板下の船室には入れませんが、天井のハッチから除くことはできます。

これ↓はハッチから除いた船室と寝棚(長靴がきれいに並んでいます)



船尾の船室(昔ながらの天蓋つきベッドと甲冑が)



これがポンプ(サプライズ号のに比べて小さい。こんな家庭用みたいなので足りたの?)



組み継ぎしたロープ(ロープは全て麻製)



舵丙(奥手にある木の棒のようなものです。この時代はまだ舵輪ではない)



船尾楼から見た船体前部。



帆を張るとこんな感じだそうです(展示パネルより)



実際に甲板に立ってみると、予想外に揺れます。東京湾内に停泊しているというのに。
これ外洋に出たらかなりきついでしょうね。

この復元船には、実はレーダーもGPSも動力ポンプもエンジンもあり(目立たないところに上手〜く隠されています)、通信装置も太平洋のまっただ中からインターネットも接続可能な設備があり、また今は缶詰もレトルト食品も、防水外套だってゴアテックスのありがた〜い雨具があるわけですが、
それでもやっぱり、実際にこの甲板に立って思うに、この船で太平洋を渡るのには覚悟がいると思います。
楽なことではないですよ。

船尾楼甲板での説明時に、乗組員の方が仰っていらっしゃいました。「ここから見る360度の太平洋は本当に素晴らしいんだよ」
それはおそらく、波と風に揉まれた人にのみ許される特権なのだと思います。
だからこそ現代でも人は苦労してヨットや帆船に乗り、自分の足で歩いて山に登るでしょうけれども。

でもこのヴィクトリア号が、ただ一隻生き残ってスペインに戻ってきたという500年前の航海は…。
とてもではないですけど、「楽ではない」…どころの騒ぎではなく…。
いったいどんなものだったのだろう?…少し調べてみました。

長くなるので、以下次号…に続きます。

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22日の日曜洋画劇場は「K-19」だったのですね。
実はぼやっとしていて、当日新聞を見るまで気が付かなくて。
ハリソン・フォードとリーアム・ニーソンの艦長副長対決が見物だと聞いていたのですが、しかし、この映画、気楽には見られないシビアな作品ですし、日曜の夜には重すぎる気もして、結局、録画してあとでゆっくり見ることにしました。

でも「K−19」って日本公開からまだあまり時間がたっていないような…、もうTV放映にまわるとはちょっと意外です。


2005年05月22日(日)