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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
カノン・カトラス・カタロニア(2)こちらは世界各国情報

先々週ご紹介したデイリーテレグラフの記事「カノン・カトラス・カタロニア」には続きがあります。
ただし紀行文ではなく、オーブリー&マチュリン巡礼案内です。
巡礼…原文ではpilgrimageですが、物語の舞台を訪ねて歩く旅に、英語では「巡礼」という単語を使うとは初めて知りました。
どこの国にも物好きはいるものですが、そうですか巡礼ですか、これからは日本語でもこの用語、使わせていただこうと思います。

さてこの記事でバナーマン記者は巡礼先として八十八…ではなく8カ所を挙げているのですが、3カ所目から先は5巻以降…すなわち未訳部分に入るため、ねたばれになってしまいます。これを避けるために詳しく紹介するのは最初の2カ所、3カ所目以降はねたばれ部分をのぞいた簡単な紹介になります。
というか…このバナーマンさんという方、スティーブン級の皮肉屋さんのようで、ポートマオンの紹介を読んでもわかる通り、「なんだか意味よくわからないんだけど…これって皮肉?」…という感じの文章が多い。
私自身も読んでいない11巻以降は、英語はわかるんだけど意味がよくわからない…という部分があったりするので、間違いのないところだけさらっと紹介させていただきました。


1.ポート・マオン(メノルカ島:北緯40度東経4度)1巻「新鋭艦長、戦乱の海へ」
オーブリーとマチュリンの出会いの舞台は、ポート・マオンの総督邸である。
18世紀この地は、船乗り相手の酒場や娼館でにぎわう港町だった。今日なお町中では、英語やカタロニア語を耳にすることが多いが、これらはクルーズ船から降り立ったばかりの乗客たちか、埠頭に停泊したレジャーボートやヨットから繰り出す日焼けした連中にすぎない。
旧コリングウッド提督邸は、最新の注意を払って修復され、「Hotel del Almirante(ホテル提督亭…という感じですか?)」に生まれ変わった。Es Castellの軍事博物館には立派な大砲が展示されている。

2.モーリシャス(南緯20度15分、東経57度30分)4巻「攻略せよ、要衝モーリシャス」
モーリシャスをフランスの手から取り返し、新しい総督を据えるべく、オーブリーはこの地へ派遣された。
ポート・サウス・イーストを見下ろすマヘブール(Mahebourg)村には、歴史博物館が建設されている。
首都のポート・ルイスにある自然史博物館には、現在では唯一現存する、ドードー鳥の骨格が、保存・展示されている。あと100年早く生まれてきていたら、マチュリンはこの鳥を見ることができただろう。

3.エルシノア(デンマーク:北緯56度東経12度30分)7巻「The Surgeon's Mate」
マチュリンはバルト海で、巧妙な立ち回りを要求される任務を遂行することになり、オーブリーは彼を乗せてエアソン海峡を通過するはめになった。北海からバルト海への入り口に位置する狭い海峡は、友好国スウェーデンと敵対国デンマークにはさまれていた。エルシノア要塞からの間断ない砲撃を避けながら、ハムレットの墓所とケワタガモが話題に上る。
エルシノア城は現在、デンマーク国立海事博物館となっている。海峡を挟んだ二つの港(デンマーク側のエルシノアとスウェーデン側のヘルシンボリ)では毎年8月、バルト海帆船フェスティバルが開催され、ヨーロッパ各国から横帆船が集合、帆船の一般公開も行われている。

4.スンダ諸島(インドネシア:北緯0度30分、東経104度15分)13巻「The Thirteen Gun Salute」
オーブリーとマチュリンの任務は外交使節を南シナ海のPulo Prabang島に運び、フランスに先んじてスルタンの協力をとりつけることである。マチュリンは山の僧院で、仏教僧になついたオランウータンに出会う。
Pulo Prabang島を現代の地図の上に見いだすことは出来ないが、数えきれないほどあるスンダ諸島の一つであると思われる。これらの島々の多くはいまだに人跡未踏だが、オランウータンの運命はそれほど幸運なものではなかった。今や彼らはボルネオ島とスマトラ島の自然保護区にわずかに守られているのみである。

5.シドニー港(オーストラリア:南緯34度東経151度15分)14巻「The Nutmeg of Consolation」
初めての流刑囚が掘立小屋を建て、同じくらい不運な陸軍兵士たちが彼らを守るためにこの地に派遣された頃に比べれば、シドニーはずいぶんと変わった。
流刑囚の生活を知りたい方は、Hyde Park Barracksを訪れると良い、当時のRocks地方の生活臭に触れることができるだろう。

6.アンデス山脈(ペルー:南緯16度西経70度)16巻「The Wine-Dark Sea」
チチカカ湖のほとりでは、今なおUros族の人々が浮島に暮らしている。観光客は浮島に宿泊することもできる。
(短いのですが、この物語は背景を説明してしまうとねたばれになるので、これでご勘弁を)。

7.ウイダー(ベナン:北緯6度15分東経2度)17巻「The Commodore」
かつて西アフリカの奴隷貿易の中心地だったウイダーでは、数多くの悲劇の歴史の記録を知ることができる。歴史博物館はまたブードゥー博物館としても知られており、現在もこの地に残る数々の風俗習慣などを知ることができる。

8.ウェスト・コーク(アイルランド:北緯51度30分、西経9度45分
フランスの遠征軍を追跡したオーブリーは、アイルランドの南西端にたどりつく。実際に戦闘が行われた場所が何処か特定するのは難しいが、長年の間英国海軍の基地だったCastletown Berehavenか、最南端のClear Islandの名前が挙がっている。
バントリ(Bantry)には1796年のフランス軍侵入に関する博物館があり、ミズン岬(Mizen Head)の灯台跡には海軍関係の品が数多く集められている。


***補足情報***
以前オフ会の時に「グリニッチ・ポーツマス巡礼には行きたいけれど、普通の観光客がイギリスで行くところではないから、同行者捜しにこまる」という話しが出たことがありました。
今回ご紹介の「巡礼地」もなかなか同行者選びに窮するところが多いですが、一カ所だけそのような悩みと無縁のところがあります。
3.の「エルシノア城」、日本では「クロンボー城」と呼ばれることの方が多いと思いますが、ここはシェイクスピアのハムレットで有名なお城、日本人旅行者が数多く押し寄せる観光名所です。

デンマークの首都コペンハーゲンからは、中央駅からヘルシングーア(Helsingor)行きの列車で55分、または近郊列車エストー(S-tog)C線のクランペンボー(Klampenborg)駅から388番のバスで1時間。
ヘルシンボリ鉄道駅はフェリーターミナルに隣接しており、前方にはクロンボー城(エルシノア城)、海に目をやると目の前が、海洋小説には何度も登場するエアソン海峡の最狭部、5km先に見える対岸はスウェーデンのヘルシンボリ。
デンマーク側のヘルシングーアとスウェーデン側の町ヘルシンボリ(Helsingborg)との間には20分間隔でフェリーが運航しており、海洋小説の主人公たちが何度となく通過したこの海の難所を、海上からながめることができるのです。

「ちょっと、スウェーデンに行ってみない?」と同行の方を誘ってみてください。20分フェリーに乗るだけで異国に行ける…というのは、なかなか魅力的なお誘いの筈。
私は母と一緒に行きましたが、スウェーデンにも行ってみる…という提案は母にも魅力的だったらしく、計画に乗ってくれました。
かくして私は、エアソン海峡を船で渡れることに!
「私の訪れた外国」の中にはスウェーデンもちゃっかり入っていますが、それって実はこの時に、対岸のヘルシンボリにわずか1時間滞在しただけのことなのです。

さて、このエアソン海峡、幅わずか5kmの狭い海峡を、デンマーク側からの砲撃を避けながら航行しなければならないのですから、司令官や艦長さんたちは大変です。
ホーンブロワーの「決戦バルト海」、ボライソーの「提督ボライソーの初陣」「最後の勝利者」など、エアソン海峡通過の緊迫感を描いた小説は幾つかありますが、なにせ状況が状況なので、誰も…古典にはかなり詳しいホーンブロワーでさえ、エルシノア城塞が実はハムレットのお城だ…などとは教えてくれませんでした。

私なんてデンマーク旅行のためにガイドブックを買って初めて、「えっ? あのエルシノア城塞が実はハムレットのクロンボー城?」と知ったのです…が、
ところがオーブリー&マチュリン7巻「The Surgeon's Mate」で初めて、この要塞とお城の同一性を指摘してくださる方が現れました。
我等がマチュリン先生です。
潮と風とデンマーク側からの砲撃に全神経をとがらせているジャックの横で、ハムレットと鳥の話しを持ち出してはしゃいているのですよ、さすがパトリック・オブライアン。
ジャックもある程度まではスティーブンの話にのっているのですが、途中で艦の間切りを変えなければならなくなり、いきなり言葉を切って操舵命令を叫び始める…と、甲板は慌ただしくなりハムレットはどこかに飛んでいってしまう…というエピソードが笑えます。

明日(24日)夜10時BS-i(BSデジタル)で放映の「北欧クルーズ・スローライフ」は、エルシノア城が登場するようです。
BSデジタルご覧になれる方は是非!おすすめです。

エルシノア城塞(クロンボー城)の砲台からエアソン海峡を見る


2004年08月23日(月)